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第9話 炸裂 スリップストーム!

 いよいよ師匠の東尾さんが参加するエキスパートクラスのレースが始まる。私は師匠のレースを観戦する為に、コース全体が見渡せるコースの内側で待機した。師匠は当然の様に先頭のスタートライン中央に並んだ。

 スタート時間となり、ピストルの音と同時に選手達が走り始める。エキスパートクラスも、私が参加したビギナークラスと同じでローリングスタートとなっている。師匠を含む30人程の集団が先導車の後を整列しながら走行している。計測は出来ないが、目視で見た感じではビギナークラスと同じ時速30km程度だろうか。

 そして1周目を終えスタート地点に戻ったところで、再び鳴ったピストルの破裂音がリアルスタートを告げた。ビギナークラスとは比べ物にならない程、圧倒的な加速をしながら第1コーナーに飛び込む。第1コーナーを抜けた後、更に第2コーナーを抜けバックストレートに入った所で師匠が先頭に踊り出す。下ハンドルを鷲掴みにして、腰を上げ力強くペダルを漕ぐ。僅か数秒で物凄い加速をして後続の選手を引き離そうとする。

 レース開始でいきなり先頭に出たら、ドラフティング効果が得られなくて疲れるのではと思ったが師匠はそのまま先頭を走り続ける。

 師匠が飛び出た事で、一か所に固まっていた集団は棒状に伸び始めた。そのまま、ヘアピンコーナーを抜けホームストレートに戻っても師匠は先頭をキープしている。

 どうして師匠は不利な筈の先頭をキープしているのか理由を考えながら観戦していいたら、2周目のヘアピンコーナーである事に気付いた。走行順でヘアピンコーナーでの脱出速度が違う!! 先頭を走る師匠は速い速度でヘアピンコーナーを抜けているが、後続になるに従って前走者と距離が詰まって速度が落ちている。時速35kmから加速するのと、時速30kmから加速するのでは、選択するギアも筋肉の負荷も違う。

 師匠はストレートでの巡行時の負荷より、加速時の負荷が少ない走り方を選択していたのか! 特に今日のコースの様にストレート部の距離が短く、コーナーの立ち上がりがキツイコースでは効果的なのだろう。

 次第に後続の選手が疲れてきたのが見える。師匠は徐々に後続の選手を引き離し、師匠を含む3名の選手が集団から逃げ始めた。逃げが決まった後は師匠と他の2名の選手でローテーションを始めた。師匠も流石に全周回を先頭で走るのはキツイ様だ。ホームストレート……バックストレート……直線部分に差し掛かる度に綺麗に走行順を変えながら走る3名の選手。

 気が付いたらレースは残り2周となっていた。師匠達と後続の集団とのタイム差は30秒。後続の集団は逃げている師匠たちを追うのを止めたようだ。今日のレースの勝者は師匠を含む、逃げグループの3名の誰かとなるだろう。

 そして、師匠達がスタート地点を通過したと同時に、ファイナルラップを鐘が鳴らされる。第1コーナーを抜けバックストレートを走り、ヘアピンを抜ける処までは今までの周回と同じだったがホームストレートで何故か加速しない? お互いの様子を伺いながら徐々に加速する3人。

 そうか、後続に追いつかれる心配がないから、ゴールスプリントを行う為に足を休めているのか。

 突如、一人の選手が腰を上げ加速を始めた。師匠ともう一人の選手も後に続いた。先頭の選手、師匠、もう一人の選手の順番で加速を始める。

 残り100m……師匠がスプリントを開始した。

 上体が水平になるほどに、ほぼ直角に体を曲げた独特なスタイル。空気抵抗を極限まで下げる為に顔がハンドルにぶつかるくらいの低姿勢を維持しながらバイクを振る。どうして真っすぐ走れるのか不思議なくらいにガシャガシャとバイクを振りながら暴力的な加速を見せ、一気に先頭の選手を追い抜いた。

 後続の選手も師匠の後ろからスプリントを開始して追い抜こうとしたが、ドラフティング効果を得ているにも関わらず追いつけない。

 師匠の自称必殺技『螺旋気流嵐(スリップストーム)』(ただのスプリント)が炸裂した。

 師匠の自分語りを聞いていた時はただの妄想だと思っていた。だが、師匠の走りを目の当たりにした今、空気抵抗の壁を食い破り突き進む、赤き疾風の神の様に見えた。

 そして、師匠が一着でゴールして私に向かって()()()()()()()

 師匠が優勝する姿を見て、自分の事の様に喜びがこみ上げた。だが会場内の空気がおかしい。近くで観戦していた人が「あーあやっちゃった」と言っている。

 師匠が優勝するのが悪い事なのか……不思議に思っていると場内放送が聞こえた。


『ゼッケンナンバー28番 東尾選手は本部テントにお越し下さい』


 師匠が呼び出された10分後……再び場内放送が流れる。


『手放しによる危険走行でゼッケンナンバー28番 東尾選手は失格となりました』


「ししょぉぉぉぉぉぉ!!!」


 年甲斐もなく、思わず叫んでしまった。

 レースが終わり、待ち合わせ場所で待っていると師匠が戻ってきた。


「すまない……弟子にカッコイイ所を見せようと張り切ったら本当に優勝出来ちゃって……興奮したら思わずやってしまった……」


 師匠は想像以上にショックを受けているようだった。わざとでは無いとはいえ、レースで失格となったのだから。仕方がないな……機嫌を取る為に、師匠の必殺技をカッコ良かったと熱烈に褒めた。

 私が褒めると師匠は直ぐに調子に乗った。まぁ、嘘は言っていないから良いか。

 本当に今日の師匠のレースは凄かったのだからーー

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