第86話 撃退
すいません、また遅れました。
第86話投稿します。
では、どうぞ。
ダイクの遠吠えのような号令で、林に隠れていた雪狼たちが一斉にワイバーンに襲い掛かった。
ワイバーンの周囲を取り囲み、ワイバーンが吐いた炎で雑草が燃えている一角を除いた全方位から一斉に襲い掛かる。
この間にハンスとドノバン先生は一旦ワイバーンから距離を置いた。
隣の畑まで飛ばされたダイクもワイバーンの近くに駆け寄って来る。
リューズは矢を10本程射ち、ワイバーンの羽の皮膜に10か所の穴を開けたあとは矢を射るのを止めて様子を伺っている。
雪狼10頭はワイバーンに飛び掛かり、牙と爪をワイバーンの体に突き立てようとするが鱗が固く傷がついていない。
雪狼は鱗のない足を狙おうとするが、ワイバーンは足を狙って来る雪狼に対して蹴爪を蹴り上げ応戦する。雪狼は蹴爪の一撃は避けるように応戦するが、足の脛に噛みついて出血はさせるものの、足の動きが鈍ることはない。
そして雪狼が尻尾の届く範囲に入ると尻尾を振るう。
振るわれた尻尾を雪狼は避けるが、避けたと思った瞬間に数頭の雪狼が吹っ飛んだ。
尻尾を避けたと思わせ、その返しで瞬足を使い尻尾を振ったのだ。
尻尾に繋がれているロープがピンと張りつめ、ロープが結ばれた木を揺らす。
瞬足の尻尾で薙ぎ払われた雪狼たちは、飛ばされた先で横たわり立ち上がることが出来ない。鐙付き腹帯をしている雪狼2頭も吹っ飛ばされている。やはり余計なものを付けていると野生の通りの動きは難しかったのかも知れない。
死んではいないと思うが、kuuuun……と弱々しい鳴き声を上げている。
可動範囲が狭まっているとはいえ、尻尾の届く範囲内に踏み込むのは危険と言えた。
リューズが隠れていた木の陰から飛び出し、転がる雪狼たちの元に走り出し、雪狼たちに手を当てた。雪狼に治癒魔法を使い、1頭1頭治療していく。
「waoooon」ダイクはそれを見て雪狼にまた指示を出す。
雪狼たちは今度はワイバーンの足を狙わず、翼の皮膜に一斉に飛び掛かった。
ワイバーンはまた瞬足で尻尾を振るい、見えない尻尾にまた2頭の雪狼が吹っ飛ばされたが、5頭はワイバーンの翼に爪を立てることができた。
ただ、爪を立てても皮膜に食い込まないで、宙にかけられた布に飛びついたかの如く勢いを殺され地面に落下する。落ちて来た雪狼2頭をワイバーンは蹴爪で蹴り上げた。
1頭は回避したが、1頭は蹴爪をまともに胴体に食らった。蹴られた雪狼は胴体から派手に血を流し吹っ飛ぶ。内臓がはみ出てしまい辛うじて胴体の前後が繋がっている状態だ。あの雪狼は助からないだろう。
だが、翼の皮膜に飛びついた雪狼のうち、爪をリューズが矢で開けた僅かな穴にかけることができた者も3頭いた。その雪狼たちは3cm程の僅かな穴を広げ、更にその穴から垂れ下がった皮膜に噛み付き翼の綻びををさらに広げようともがいている。
ワイバーンは翼を広げ、雪狼を振り落とそうとしているのか翼をはためかせる。
地上にいるダイクやハンス達は翼の起こす風に耐えながら何とかワイバーンに対して戦闘態勢を取り続けている。
翼の皮膜に齧りついていた雪狼たちは最後まで皮膜を放さなかったが、ワイバーンの羽ばたきに自身の皮膜の方が耐えられなかったのか雪狼が齧りついた部分が破けて、雪狼たちは皮膜の一部を咥えたまま落下した。
ワイバーンは3か所程翼の皮膜が破れ、ボロボロになった翼をなおもはためかせる。
揚力を得られそうもない翼の羽ばたき。なのにワイバーンの巨体は空に浮かび上がった。
「どういうことだ、ダイク! 翼は破れてるのにあいつ飛び上がろうとしてるじゃねえか!」
ハンスが驚愕しながらダイクに大声で怒鳴る。
「そんなの俺が知るか! 理由が知りたかったらあいつに自身に聞けよ!」
ダイクも予想外だったのだろう、そんな無責任なことを叫び返す。
「ワイバーンの飛翔は魔法で体を浮かせているのかも知れません!」
ドノバン先生が考察を叫ぶ。
実際ドノバン先生の言う通り、魔法で体を浮かせているとしか考えられない。ワイバーンの蝙蝠のような翼は雪狼の攻撃で、左側の翼の皮膜は下半分が真ん中から破れており、右も先端に近い部分だが裂け目が入って周囲に残った皮膜が羽ばたきでひらひらと、まるで強風に煽られ翻る洗濯物のようになっている。
地上にいるダイクやハンス達も羽ばたきが起こす風の圧力が大分減ったため、羽ばたき始めた時に比べ風に逆らう必要もなく楽に立てている。
ワイバーンは地上から5m程の高さまで浮かび上がり、なおも5点打を連続で叩いている教会の方向に向かおうとしたが、尻尾に掛かっているロープが繋ぎ止め、それ以上は動けなくなった。
ピンと張ったロープ。ミシミシと音がするくらいに張りつめている。
ロープが繋がれている木はしなりながらもしっかりと根は地面を噛んでいる。
この木とワイバーンの綱引き。俺の気休め、自己満足にしかならないが、俺は雪狼に乗ったまま、その木に手を当て、「頼む、頑張ってくれ!」と必死に祈った。
やがてワイバーンは空中から地上に降りた。
ロープと木はワイバーンの力に何とか耐えきってくれた。
地上に降りたワイバーンは、2本脚で地面を駆けダイク達の方に再度向かってきた。
地上を駆けるワイバーン。雪狼よりは遅いが、ジャイアントボアよりは速いだろう。
GYOAAAAAAAAAA!
ワイバーンは走りながら咆哮した。
咆哮を聞いた雪狼たちが怯む。
その瞬間にワイバーンはロープごと尻尾を瞬足で振るった。
見えない尻尾を上手く避けた雪狼もいたが、3頭程の雪狼は瞬足のスピードで暴れるロープに巻き込まれ足や胴体に深手を負う。
そしてワイバーンは胸を反らせるとダイク達に向かって口を開けた。
「ダイク、正面は避けろ! そいつはやべえ!」
少し離れたところにいたハンスがそう叫ぶとダイクは消えた。
瞬足。
ワイバーンの足を斬りつけダイクはワイバーンの後方に回っっていた。
斬りつけられたワイバーンの左足は結構深い傷ができたようだが、ワイバーンは気にせず口から霧状の物を吐き出した。
その霧を浴びた雪狼は、ふらふらとよろめく。
その直後にワイバーンが吐いた霧が燃え上がった。
霧を浴びてよろめいていた雪狼は炎に包まれ「kyaukyauuu……」と苦しんでいたが倒れて動かなくなった。
「まずい! ロープが……」
ドノバン先生がロープの異変に気付いた。
一度はワイバーンの飛翔を止めたロープだが、飛翔を止めた代償と、瞬足のスピードで地面と擦れたことによって結構麻の繊維がちぎれた部分が多く出来ていた。
そしてワイバーンが吐いた霧状の液体が繊維がちぎれた部分に着き、炎でロープが燃え出していたのだ。
GYOAAAAAAAAAA!
ワイバーンはまた咆哮すると、再び破れてビロビロになった翼をはためかせ、空中に浮かび始める。
そして先程の様に教会の方向を目指し空中を移動し始める。
またロープがピンと張り一瞬ワイバーンを空中に止めた。
だが、張りつめたロープは燃えた部分からプツンと切れた。
ロープから解放されたワイバーンはゆっくりと空中を滑るように教会へ向かって移動していく。
「急いで追おう! 教会が、ルンベック牧師や孤児の子供たちが危ない!」
俺は皆に聞こえるように叫んだ。
「ハンス、ドノバン先生、鐙の付いた雪狼に乗ってくれ! 前教えた通りで行けるはずだ、急げ!」
ダイクがそう指示を出す。
腹帯を付けた雪狼たちはリューズが治癒魔法で怪我を治していたのでハンスとドノバン先生の下に駆け寄る。二人は俺と同じように雪狼に乗る。
「待って、燃えてる草むらをこのままにしては行けないよ! 森や林まで燃え移っちゃう!」
リューズが倒れていた雪狼たちの治療を済ますとダイクにそう叫ぶ。
「俺たちが乗る雪狼以外、ここに残して消火させる! wauuuuu,wauwou」
ダイクがそう叫ぶと、体が治ったばかりの、俺たちが乗った雪狼以外の3頭が川まで走って行き、川に飛び込んだ。
そして全身濡れた状態で燃えている草むらを転げ回って火を消していく。
「じゃあ、急いで行くぞ!」
ダイクの号令で俺たちを乗せた雪狼は教会に向かって駆け出した。
ダイクはボス、リューズはバロンに乗っている。
空中を飛ぶワイバーンはスピードは出ていない。
多分、ワイバーンの飛翔は、地面を駆けてスピードを付けて魔法で飛び上がり、その後翼の羽ばたきでスピードを出すのだろう。
あるいは翼は空中の風を捉えるためだけの役割かも知れない。
魔法の揚力だけではスピードは出ないようだ。
雪狼の林を走るスピードならワイバーンを追い抜くまではいかなくても、ワイバーンが暴れて大きな被害を出す前に教会に辿りつけるのではないかと思う。
「ダイク、頼みがあるんだ、聞いて!」
雪狼の背にしがみつきながら俺はダイクにそう叫ぶ。
「殿下、本当ならこのまま殿下には代官屋敷に戻っていただきたいんですがね!」
俺の声を聞いていたハンスがそう叫ぶ。
「ごめん、ハンス! でもワイバーンを撃退できるかも知れない方法を思いついたんだ。私の言う通りに動いて欲しいんだよ」
「あいつを撃退できるんだったらやってやりますよ。教えて下さい殿下」
ダイクがそう返事する。
「私とリューズが教会の屋根に昇って注意を引くから、誰でもいい、あいつの角の近くの鱗を斬り剥がして欲しいんだ」
「そんな危険なことを殿下とリューズさんにさせる訳には参りません!」
ドノバン先生がそう諫める。
「いや、多分教会の屋根に昇る方が安全だよ。あいつの攻撃方法は尻尾の打撃と毒針、両足の蹴爪、それと口から吐く毒の霧と火炎だけど、教会の屋根の上までは尻尾も蹴爪も届かない。口から吐く霧と火炎だけ気を付ければいいんだ。
あの毒霧は燃える。だから多分口から吐いた毒霧にあいつは火魔法で着火して火炎を吐いてるんだよ。大道芸人が口に含んだ濃度の高い蒸留酒を霧状にして火を吐くみたいな原理だと思う」
「だからと言ってあの毒霧と火炎を浴びればタダでは済みません、命に関わります。そんなことを殿下にさせる訳には……」
「瞬足の応用で、視界の強化できるから、毒霧を吐き出す瞬間にこっちが火魔法で着火してしまえば被害はこっちに来ない」
「無茶です殿下! そんなことは誰もやったことがない!」
「ドノバン先生、魔法はイメージが大事なんでしょう? 多分できますよ。火魔法は手元や近くにだけしか着火出来ないって、多分そんなことない筈です。今まで誰もやってないってだけで。火魔法ではないですが、私は土魔法で単なる庭土を陶器のように加工をしました。あれはドノバン先生はご存じなかったんですよね?」
「ええ、湯たんぽ作りの時に初めて目にしました。殿下が行われるのを見たら私も出来ましたが」
「土を陶器に加工するのも多分誰もやったことがなかったんです。でも出来た。それに陶器の加工は私の手の届かない氷室の天井も行えました。距離は関係ないと思いませんか?」
「……」
ドノバン先生は言葉を無くした。 完全論破!
「だから出来ます。教会の屋根の上の方が安全なんです。それに私とリューズが屋根に昇る間あいつを地上で牽制するのはハンスやドノバン先生、ダイクにしか出来ません」
「わかりましたよ殿下。殿下の言う通りにやってみましょう。ただし殿下が死んだら、私もダイクもあいつに突っ込んで名誉の討ち死にしますからね。そうじゃないと護衛のくせに護衛対象を守り切れずおめおめと生き延びたって言われて俺たちの家族にまで迷惑かけちまう。あ、ドノバン先生は付き合わなくていいですよ。結婚もしてないのにピアさんを未亡人にするのは可哀想ですから」
「ハンスを死なせるわけにはいかないよ。みんなの家族の為にもね。必ず上手く行く。アイツだって生きてる生物なんだったら必ず。
教会に着いたら、ハンス達3人はさっきの休耕地と同じようにとにかくあいつの気を引いて。
私とリューズは用意をして教会の屋根に昇る。それであいつの注意を私たちに向ける。
あいつの注意が屋根の上の私たちに向いたら、誰でもいいから角付近の鱗を剥がして。
止めはリューズに刺してらうよ。切り札もちょうど教会ならある筈だから。
で、地上のみんなはあいつから出る物は全て避けてね。これは私には絶対無理だから」
「ジョアン、ボクが止めを刺すって、どういうこと?」
「ごめん、それは屋根の上に昇ったら話すよ! もう着く! みんな、よろしく頼むよ!」
俺たちが駆け抜けている林。もうすぐ抜けるはずだ。
林の向こうから重量のある物体が地上に降り立ったドスン……という音が聞こえた。
ルンベック牧師はワイバーンが目の前に降り立っても気にせず5点打を続けているようだ。
カンカンカンカンカン!
カンカンカンカンカン!
GYOAAAAAAAAAA!
ワイバーンの咆哮が鐘の音に重なり響く。
カンカンカンカンカン!
カンカンカンカンカン!
ルンベック牧師はワイバーンの咆哮に全く動揺せずに同じように5点打を続けている。
俺たちが林を抜けると、ワイバーンが尻尾を振るうのが目に入った。
振るわれたワイバーンの尻尾はルンベック牧師が鐘を叩いている鐘楼に叩きつけられた。
バキッ!
ガラーン! ガランガラン……
鐘楼の石で作られた4本の柱のうち1本はワイバーンの尻尾の一撃で折れ、鐘はその衝撃で飛ばされて教会前の広場の石畳に落ちて転がった。
鐘を叩いていたルンベック牧師の姿はない。
まさか尻尾の一撃を受けて林の中に飛ばされてしまったのか……
「このやろおおおおおおッ!」
雪狼から飛び降りたハンスがワイバーンの背中を剣で下から切り上げると、ワイバーンの硬い鱗を何枚か切り飛ばした。
「下から斬り上げれば鱗を剥がせるぞ!」ハンスが叫ぶ。
ダイクとドノバン先生もワイバーンを取り巻くように、そして教会から注意を逸らすように配置に着き、斬りつけていく。
さっきの打ち合わせ通り、ここはハンス達に任せて俺たちは屋根に昇らないと。
「リューズ、先に屋根に昇って隠れてて! 私は必要な物持ってすぐ行く!」
「早く来てよ、ジョアン!」
そう言うとリューズは教会の庇に飛びあがり手をかけ、ヒョイヒョイと危なげなく屋根の上まで登った。
俺は教会の裏手に回り、裏手の厨房の出入り口に向かおうとした。
その時、またGYOAAAAAAAAAA! とワイバーンの咆哮が轟く。
思わず俺は振り向いてワイバーンを見た。
すると、ルンベック牧師が手に持った鋤を、ハンスが鱗を剥がしてむき出しになった肉の部分に突き立てて引き抜いたところを目撃した。
そうか、ルンベック牧師だって瞬足使えても不思議はないな。教職者なんだし。
こんな危機的状況でも知人が無事で俺はホッとした。
教会の裏手に回り雪狼から降りて裏手の入り口から厨房に入ると、孤児たちが数人中で固まっていた。
年長らしい子以外は、みんな声を上げて泣きながら年長の子にしがみついている。
「ごめん、表の怪物を倒すのに鍋とお玉を借りたいんだ! あと、物を包める布! 貸して!」
そう言って中に入り、大き目の両手鍋を探すが見つからない。
すると金髪のマリアと呼ばれていた幼女が、棚の下から両手鍋を出し、流しの上に掛けてあったお玉と一緒に俺に渡してくれた。
布はマリアと同い年くらいの男の子が出してきてくれる。多分この男の子がジャンだろう。
「ねえ、本当に大丈夫なの? 牧師様がここにいれば安全だって言ってたけど……」
マリアは不安そうにそう言う。自分とジャンが最年長だから、一生懸命泣くのを我慢しているのだろう。
「牧師様を信じて。大丈夫。今、牧師様も表で怪物と戦っているから。必ず追い払って下さるよ」
俺は一旦鍋とお玉を床に置き、マリアとジャンの肩に手を置いてそう言って勇気づけた。そして厨房を後にし、裏庭で切り札になるものを幾つか拾い集め布に包んで背負った。
そして右手に鍋、左手にお玉を持ち、また雪狼の背に乗った。
まだ正直俺の身体能力ではリューズの様にヒョイヒョイと屋根の上に昇ることはできない。
俺はお玉を持った左手を雪狼の前に出し、屋根の上を指さして雪狼の耳元で言った。
「あの上まで私を連れて行ってくれ。頼む」
そして雪狼の首元を叩いて「行け!」と号令をかけた。
瞬足で身体能力を強化し雪狼にしがみつく。
雪狼は助走をつけて飛び、庇に足を掛けて屋根の上まで飛び上がった。
瞬足を使わないと振り落とされるところだった。
『ジョアン、どうするの?』
屋根の上で匍匐して待っていたリューズが日本語で聞く。
別に誰に聞かれても構わないから日本語で話す必要はないんだが。
俺は雪狼から降りると、リューズに作戦を説明する。
『これで鍋を叩いて奴の注意をこちらに向ける。奴の毒霧は吐き出す前に兆候が見えたら俺が着火して無効化する』
『あ、久々に俺って言ってる』
『茶化すなよ、リューズ。結構真剣なんだよ。
それで、リューズにやってもらいたいことなんだけど、エルフの弓は百発百中なんだろ? まず奴の目を潰す。出来る?』
『やれるわ。この高さなら奴の頭に近いから目が常に狙える。さっきみたいに下からだと突き出した口が邪魔だったけど』
『それで、奴の注意がこっちに向いてる間にダイクかハンスかドノバン先生か、誰かが奴の頭部の天辺の鱗を削ってくれたら、鱗を削った部分に俺がこれを投げるから、これを矢で射抜いて欲しい』
俺は背負った布の中から、汚れて臭う切り札を取り出した。
教会に分けたのは排泄物処理に使っていたから、教会裏庭の排泄物の廃棄場所から拾って来たのだ。
『……なるほど、スライムの中身で奴の中身を溶かしちゃおうって訳ね。でもジョアン、そんな正確にスライムを奴の傷口に投げられるの?』
『俺の体って一応同種族の中では一番の能力らしいから。まだ成長し切ってないけど。それに瞬足の感覚を使えば多分狙ったところに正確に物を投げるのは行けると思う』
『けっこう大して根拠ないわね。まあ傷口外れたとしても、私が弓で射れば、鱗でも多少溶けるだろうから、なるべくダメージ大きそうなところで射るわよ』
『うん、頼むよ。リューズじゃないとこんなの絶対無理だと思ったんだ。それにリューズがトリッシュから貰った力あるだろ? あれって絶対こういう時に上手く行く力だと思うんだ』
『ここ一番の決定力、かあ。まあそう信じるしかないね』
『よし、じゃあ私が鍋叩いて奴がこっち向いたら頼むよ』
俺はそう言うと、鍋をお玉で叩き出した。
コンコンコンコンコン!
コンコンコンコンコン!
5点打にしたのに意味はない。何となくだ。
何度も鍋を叩いていると、ワイバーンが首を回し、こちらを睨みつけた。
その顔は俺達から10mも離れていない。本当に近く感じる。
ピシュ
リューズが矢を放ち、その矢は寸分たがわずワイバーンの無事だった右目を射抜いた。
GYOAAAAAAAAAA!
ワイバーンは咆哮し、のけ反る。
間近で咆哮され、俺の全身が空気の振動と恐怖で震える。
だが、やらないといけない。
ここでやらないと、他に奴を撃退する手段が思いつかない。
俺は勇気を振り絞り鍋を叩き続ける。
そして、瞬足をイメージする。動かないが感覚は強化される。
ワイバーンの咆哮が終わり、息を吸い込む瞬間を俺の強化された視界が捉えた。
奴の口の中の毒霧に着火、を瞬時にイメージする。
ボッ!
と奴の口の中で爆発が起こる。
大きな口が更に大きく開くのが見えた。奴の口の中の赤い、先端が2つに割れた舌の表面が黒く焦げ、熱を外に出そうとするかのように蠢く。
事前に伝えて置いた作戦とは違うが、これはチャンスだ!
俺は20cm程の大きさのスライムを掴み、奴の大きく開けた口めがけて投げ込んだ。
強化された俺の体と感覚は、スライムを正確にワイバーンの口の中に投げ入れた。
『リューズ!』
予定と違うため、俺はリューズにそう叫んで合図した。
リューズは心得ていたのか、俺がワイバーンの口に投げ入れたスライムを口の中に入った瞬間に矢で射た。
矢で射られたスライムは破れ、ワイバーンの口の中に有機物を溶かす中身をまき散らし、矢でワイバーンの喉奥に縫い留められた。
GYOAAAAAAAAAA!
GYOAAAAAAAAAA!
ワイバーンは頭部を狂ったように振り回し、溶けかかった喉から咆哮を絞り出し続ける。
ワイバーンに手があったなら喉を押さえていただろう。手の代わりに翼を頭を押さえるかのように広げたが当然届くはずもなく。
ワイバーンは立っていることが出来ず、地面に横倒しになり狂ったように頭を地面に擦りつけのたうち回る。
地面に擦りつけて自分の口に入った自分の体を蝕むものを取り去ろうとするかの如く。
そののたうち回った尻尾は鐘楼の残りの柱を壊し、鐘楼は完全に崩壊した。
地上にいたダイク達は暴れのたうち回るワイバーンを上手く避けて林に避難していたようだが、ダイクは俺たちが何をしたか、何をしたかったのか理解したようだ。
「殿下ー、一匹こちらに!」
そう言って屋根の上の俺に向かって手を振り上げる。
俺はダイクにそなるべくそーっと20cmくらいの大きさのスライムを投げ下ろした。
ダイクはスライムを慎重に両手でキャッチすると、姿が見えなくなった。
GYOAAAAAAAAAA!
また一段と大きくワイバーンから咆哮が上がる。
ダイクが姿を見せると、腰に差していた剣が無くなっていた。
俺はもう一度瞬足で感覚を強化しワイバーンを見ると、頭部の右耳にダイクの剣が刺さっている。
剣が刺さっているワイバーンの右耳からスライムの皮膜らしきものが見えた。
ダイクは瞬足でのたうち回るワイバーンに接近し、スライムをワイバーンの右耳に当てそのスライムごと剣で突き刺し、ワイバーンの脳まで溶かし止めを刺そうとしたのだろう。
ワイバーンは地面をのたうち回っていたが、やがて宙に浮き始めた。
自分で地面をのたうち回っているうちに翼の骨が何か所か折れたのか、綺麗な曲線ではなくなっている。破れた皮膜とあいまって、ボロボロのこうもり傘が竜の胴体に付いているかのようだ。
ワイバーンは空中でのたうち回りながら、自分が来た方向にゆっくり移動を始めた。
あれじゃ止めを刺せないのか。
とんでもない生命力だな。
だが、とりあえず村があいつに襲われることはないだろう。
撃退はすることができたのだ。
「リューズ!」
俺はリューズに呼びかけ、右手を頭の上に掲げハイタッチを促す。
「ジョアン、やったね!」
リューズはそう言って自分も右手を上げると、俺の掌を叩き俺たちはハイタッチをした。
というわけで第86話でした。
第87話は7月14日に投下いたします。




