第43話 ピアの初料理
暗き暗き森から一旦戻ったジョアン達。
では、どうぞ。
俺たちは太陽が夕日になった頃、代官屋敷に帰還した。
ドノバン先生は村長ディルクの家に急いで向かった。
ピアの心理攻撃は下手な野生動物の襲撃よりもドノバン先生にとっては恐ろしいようだ。
俺は背嚢に入れて連れて帰ってきたスライム2匹を、とりあえず広めのたらいに入れ、広間に置いた。
生物の排泄物や死骸、堆積物を食べるということだから、昨日調理した時に出た生ごみを少し入れておけばいいだろう。それで様子を見てみよう。
いきなり便をスライムのたらいに入れるような勇気は俺には無い。
ハンスとダイクは帰宅後の日課になりつつある水汲みに行っている。
水を汲み終わったら体を拭くだろう。
ハンスは2日目に大広間で体を拭いているところをピアに見られてから自室で体を拭くようにしているようだ。
ダイクもドノバン先生も自室で体を拭いている。
できれば入浴したいなあ。
王宮の風呂が懐かしい。
疲れて帰ってきて、熱い風呂に浸かる。
こんな幸せがあるだろうか? いやない。
しかし現状では見果てぬ夢だ。フライス村には入浴の文化は全く届いていない。
ちなみに、王宮に風呂が出来てからの2年間で、貴族には入浴の習慣が広がりつつある。
例によって、イザベル母さんが社交の場で広めているからだ。
入浴の時に使っている石鹸を工夫し、色々な香りを楽しめるようにし、社交の場でその効能を力説している。
「私、入浴するようになってからお肌の調子がとってもよくってよぉ」
と石鹸のバラの香りを漂わせながら話しているそうだ。
これもラウラ母さん経由で聞いたのだが。
初めて王宮の内廷で風呂に入ったジュディ夫人も入浴の効能を広めるのに一役買っている。
あの後、ハールディーズ家のタウンハウスと領地の屋敷に浴室を作らせ、賓客とジュディ夫人が認めた夫人方には入浴を許しているそうだ。
ハールディーズ家の屋敷の風呂は当然蒸気機関は使用していない、普通に薪を焚いて沸かす風呂だ。
それでも俺がハールディーズ領でガリウス公爵とダリウスに剣を叩き込まれた3か月、風呂に入れたのは有難かった。
ダリウスと一緒にガリウス公爵の広い背中を一生懸命ヘチマで擦ったのはいい思い出だ。
あー、風呂に入りたい。
俺は侘しい気持ちで濡れタオルで体を拭いた。
何かドラム缶的なもので五右衛門風呂でもいい。
温かい湯に浸かって疲れを湯に溶かしたい。
適わぬ夢か。
夕日が半分森に沈みかけた頃、ピアとドノバン先生が鍋を抱えて戻ってきた。
パンとスープは昨日作った物がある。ピアがマールさんに教えて貰った料理は何だろう?
「ピア、今日はどんな料理を教えて貰ったんだい?」
「殿下、それは後のお楽しみです」
くうっ、じらし上手め!
結局その料理が何かわかったのは皆が揃った後。
深皿によそわれ一人一人の前に置かれたその料理は、ロールキャベツだった。
最も中に詰めてあるのは挽肉ではなくソーセージだが。
この時代、まだ挽肉は一般的では無いし、フライス村自体が動物性たんぱく質の入手が難しいから仕方ない。
「おお、凄いじゃないか、ピア! これ、ピア一人で作ったのかい?」
「マールさんのお手本を元にして、私が作って見ました。お口に合いますかどうか」
「ピアの初料理なら、口を味に合わせるよ」
「殿下が合わせて下さっても、他の皆様方の口に合わなければ結局意味がありません」
ピア、何でそんな冷静なんだよ~。
「我らを見守って下さる大いなる神よ。今日も私たちに生きる糧をお与え下さり感謝いたします。
神の恵みを」
「「神の恵みを」」
神への祈りの後、食事に手をつける。
早速俺はピア作、ロールキャベツを口に入れる。
塩分たっぷりソーセージから出た脂分と塩分がキャベツの甘みを引き立てる。
キャベツはほっくり、中のソーセージはパリンプリュッとした食感で、ソーセージも塩分がスープに流出して丁度いい塩加減だ。
スープと一緒に煮込まれた粗挽き胡椒の香りとスパイシーさがいいアクセントになっている。
「うん、ピア、これは美味しい!上手く素材の味を生かしてる」
俺は心からの賛辞を送った。
「こいつはウマい! ヘタな酒場で出される物より断然こっちが上ですよ。ああ、エールをグイッと行きたくなりますよ!」
「確かに、キャベツとソーセージが一体になって甘さとしょっぱさをお互い引きたてていますね」
ハンスとダイクも賛辞を贈る。
ドノバン先生は……目を閉じ宙を仰ぎ、ゆっくりと味わっている。目尻が下がり、幸せをまさに噛みしめている、そんな表情だ。
ピアはそんな皆の様子を見て、ホッとしたのか、ようやく自分もロールキャベツを口にした。
「この味、皆様に喜んでいただいたこの味を忘れないようにしないと」
そう言いながらピアも自身の初料理を味わっていた。
ピアの、自分の仕事に責任を持とうとする姿勢は相変わらずで、それが嬉しい。
食後の後片づけをしたあと、今日一日の成果を確認する。
「トレントの移動についてですが、我々が詳細に観察していると動かないんですね。それで、トレントの話として良くある、人が見ていないうちに背後の木々が動いて森の様子が変わり、森に入った人が迷うという状態をわざと作ることにしました。
確実にトレントだろうと思われるのはヒヨコ岩よりもフライス村側に森が伸びた部分ですから、私とハンスさんでその周囲の木の根の周辺の地面に色付き釘を打ち、何度も方向を変えて振り返るようにしたのです。」
「どうでした? 動く決定的なところは確認できましたか?」
俺は思わす話してくれているドノバン先生の方に身を乗り出してしまう。
「いや、残念ながら動いている決定的なところは私もハンスさんも見ることができませんでした。ただ、やはりトレントの移動は地面の中の根が幹ごと地中を移動するようですね。釘を打った地面に移動してきたトレントの、地上に出た根の部分に釘が乗り上げるような形になっていましたから」
「殿下、トレントも流石に遠くから見る分には見られていると感知しないと思うんですよ。ですから一人が今日と同じような動きをして、もう一人が双眼鏡などを使って遠くから様子を観察すればトレントが動くところをバッチリ観察できると思うんです」
「なるほど、ハンス鋭いな」
「問題は双眼鏡を持ってきていないってことです」
そ れ な 。
「必要なものは用意するしかないね。じゃあ、双眼鏡も複数用意するか。
ダイク、周辺の地勢と生息してる魔物や動物、どうだった?」
「アルミラージやホーンラット、ジャイアントボアなど、角を持ってある程度攻撃力のあるものが多いですね。雪狼に対抗できる存在としてはグリズリーもいるようです。一人歩きは危険だと思われます。
地勢としては、完全に確認したわけではありませんが、拠点候補地の近くを流れていた川がおそらく代官屋敷の横の川でしょう。ヒヨコ岩から拠点候補地と反対に私と雪狼の足で15分程森の中に入ったところに温泉が湧いていました」
「温泉! 本当かい?」
「ええ、湯気がもうもうと立っており、周辺が硫黄臭かったので。多分温度は100°近い熱湯が湧いていると思われます。流れ出た湯の川は、フライス村の方向ではなく南西に流れ出ているようですね」
「そうかー、上手く使えるといいんだけどな、せっかくの温泉、勿体ないよ」
「どちらにしろ今日明日でどうにかできる類の話ではありませんね」
「確かにね。こっちはもっと先の話になりそうだね」
情報のすり合わせをした上で、必要な物を洗い出す。
斧やノコギリは村の物を使わせてもらう訳にはいかない。
何故なら村人がヒヨコ岩入り口のトレントを伐採するのに必要だからだ。
自前で用意しなければならないが、鍛冶屋に頼むとしたらクリン村の鍛冶屋しかない。
多分クリン村の鍛冶屋は農具の鍛冶が中心で、既に周辺の村からの注文で手一杯だろう。
ハールディーズ公爵領の、バッカー湖畔の町ベルシュで購入する方が早そうだ。
購入するのなら他にも双眼鏡、荷車、大量の釘などもまとめて買った方がいいだろう。
ベルシュにはライネル商会の支店があったはずだ。
「とりあえず、必要な物の購入に誰かベルシュまで行ってもらわないといけないな。誰か行きたい人いるかい?」
俺がそう尋ねると、ハンスが行く、と申し出た。
「そうゆう町場のことはお任せください。値切って安く上げて見せますよ」
うん、確かにハンスがうってつけだ。
「じゃあ、ハンスに任せるよ。久々の町だからって、あんまり羽目を外さないように頼むよ」
「お任せ下さい殿下。酒は飲んでも飲まれるな、ってね」
ああ、もう飲む気だな。
ま、多少の役得は仕方ない。
「代金は王宮に付けてもらって。あと、ライネル商会の担当者に、私がフライス村にいるってことをあまり知られたくないので適当に誤魔化すように伝えておいて」
「おまかせ下さい、デンカー商会御曹司のジョアン=デンカー坊ちゃん」
何でそうゆう時はサラッと坊ちゃんが出てくるのか。
酒に対する一念か?
まあ、ハンスはなんだかんだ言って酒の失敗はしないだろう、と信じたい。
「よろしく頼むよ、ハンス」
俺は祈る様にそうハンスに声をかけた。
次の日。
ハンスは朝食後、必要な資材のリストを持つと、ベルシュに向けて出発した。
ベルシュまでは馬なら3時間程度。
フライス村が所属するノースフォレスト地区5ヶ村の中心、クリン村までは馬で1時間程度だからそれよりは遠いが、大きな街となると一番近いのはベルシュになる。
馬で3時間だから、今回徒歩で行くハンスの場合は6時間程度はかかるだろう。
当然日帰りはできない。
「ハンス、気をつけてね」
俺はそう声をかけた。
この時代の街道だから、当然舗装もされていないし、道幅もそんなに広くなく、荷馬車がすれ違うのがやっとだ。
途中も森の中を通って行かねばならない。
魔物が住んでいるのは暗き暗き森ばかりではなく、途中の森にも当然出る。
更に言えば(滅多にないが)流民が盗賊として潜んでいることもある。
ちなみにハールディーズ公爵領は隣国テルプと境を接しているため、テルプからの流民や、流民に紛れたテルプの間諜、時には流民に紛れさせて盗賊に扮した威力偵察の集団が潜んでいることがあるため、ガリウス=ハールディーズ公爵は領内の警備には特に気を使っている。
つまり一人で移動するには決して安全という訳ではない。
ハンスには当初ダイクに同行してもらおうと思っていたが、ハンスが「ダイクまで取っちゃ、暗き暗き森の探索やら拠点設営やらが捗らなくなりますから」と断られた。
行きは一人の方が何かあっても隠れたり潜んだりしやすいし、帰りはライネル商会の商隊と一緒に戻るから安全、とハンスは理由を言っていた。
俺たちは出発するハンスを見送った後、代官屋敷の掃除や洗濯をするピアと別れ、また暗き暗き森へと入った。
というわけで第43話でした。
第44話は明日同じ時間に投下できそうです。




