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第41話 傷

過去の魂の傷で苦しむジョアン。


では、どうぞ。



 暗き暗き森のエルフの少女、リューズの前世だった高校生、永田未央は、俺が担当していて俺が死ぬ前に最後に訪問した永田チヨノさんの孫だった。

 高校生永田未央は、隕石落下の土砂に巻き込まれ命を落としたが、前世の日本で生き返ることは可能だった。

 だが、俺が担当していた永田チヨノさんの認知症状が悪化したことで、永田未央は永田未央に戻ることを諦めた。


 リューズになる前の女子高生永田未央すら救えない俺。

 そんな俺が王子? アホか。

 偉そうに出来る立場か。

 下らない、無力な俺はもう消えた方がいい。

 そうだ。

 魔法で脳幹への血流を止めよう。そうすれば静かに呼吸が止まる。

 この期に及んで苦しくない死に方を考える俺は、度し難い小物だ。

 やっぱりどうしようもない男だ。


 俺は土魔法で、自分の脳動脈に硬い土の塊が詰まることをイメージした。



 ドスッ


 何かが俺の左足の太腿に当たった。

 そのせいで土魔法のイメージが途切れてしまう。

 

 俺は自分の左の太腿を見た。


 俺の左太腿から矢が生えていた。


 竹の矢。


 リューズを見ると、リューズは弓を脇にしまい、俺の前に一足で近づき俺の左太腿から右手で矢を引き抜いた。

 矢で止められていた血が、矢を引き抜くことで吹き出す。

 俺はその時やっと左太腿に激痛を感じた。

 立っていられず、膝をついてしまう。

 そうすると太腿の筋肉が伸びて、ますます痛みが激しくなる。

 思わず両手で矢傷を押さえ、「痛ッ!」と呻いた。


 リューズはいつかラウラ母さんがしたように、俺の横っ面を左手で張りつけた。

 リューズの左脇に抱えていた弓が地面に落ちた。

 

 そして俺の両掌を矢傷からはがし、代わりにリューズの両手を俺の左太腿の矢傷に当てると目を閉じ集中した。

 俺の体の中の何かが左太腿の矢傷に集まっていく、そんな気がする。


 リューズが手を放すと、左太腿の痛みが消えていた。

 同時に俺の中であれだけ渦巻いていた許せない自分への殺意もかなり消えていた。


 リューズは俺の左太腿から引き抜いた矢を矢籠に戻し、落ちた弓を拾うと、もう一度、今度は右手で思いっきり俺の左頬を引っ叩いた。


 『ジョアン、君ってってトリッシュから貰った特典、何となく雰囲気で自分の考えを伝える力、だったっけ? あれだけおどろおどろしい殺気出されたら、こっちも止めるにはかなり手荒なことしないと、ってなるよ! 私に殺気が向いてたら、躊躇なくあんたの心臓ブチ抜いてたわ!』


 『ああ、ごめんリューズ……助かった』 


 『さっき私の話した時に私言ったよね! もう吹っ切れてるって! もうこっちの世界で産まれて生活して6年、5回も冬を越したんだよ。ねえ、この世界の冬って、本当に生き物生きるのが大変なんだよ。私たちエルフはそう簡単に死なない、強靭な種族らしいけど、それでも少しでも弱っていたりすると死にそうになる者だって出る。この厳しい現実を知っちゃうと、前世のお祖母ちゃんの認知症がひどくなったのだって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ってそう思うんだよ?

ジョアンがお祖母ちゃんのケアマネージャーだったのは知らなかったけど、お祖母ちゃんがああなったのはジョアンのせいじゃない。お祖母ちゃんにとっての運命だったんだよ』


 『でも、少なくともリューズの前身の未央さんが悲しむようなことにならないようには出来たんじゃないかと、どうしても思ってしまうんだ』


 『……ジョアン、それは結果論だよ。あの時ああしておけば、そんなの私だっていくらでもあるもの。お祖母ちゃんにシャワー浴びせようとした時、もう少し温度を(ぬる)くしておけば、とか、夕方私が帰った時にお祖母ちゃんが寝ていたとしても、起こしてもっと話しかけるべきだった、とかね。

 もういいじゃない、ジョアン。自分の過去の悔いに襲われて自分に殺意向けたりするのはさ。前世の記憶で自分を殺すなんて、まるで呪いだよ』


 『呪いか……確かにそうかも知れない。自分で自分を呪っていたんだな』


 『さっきのジョアンは本当にヤバかったよ。何かするつもりだったんでしょ?』

 そう言いつつリューズは草の上に腰を下ろす。


 『自分で自分の脳動脈に土魔法で土の塊を出して血流を止めようとした』

 俺も腰を下ろし、体育座りをしながら答えた。


 『それ、本当に出来たら、ジョアンは規格外になっちゃうよ? 多分私たちエルフの方が魔法の扱いは人間よりも上手いんだと思うけど、水中に石とか土とかは出すことができないからね。脳動脈なんて血液が一番勢いよく流れてる血管だから、普通は無理だよ』


 そうか、確かに言われればそういうものだろうな。今まで俺も水中に土や石を出したことは無かった。

 でも、さっきの感覚、イメージ、行けそうな気がした……


 『ジョアン、もう一回やろうとか思わないでよ。水中に土魔法で何か出せるか試したいんだったら、あとで川とかでやんなよ。せっかく止めたのにまた死のうとされちゃ、私が体力使っただけでくたびれ儲けだよ』


 『くたびれ儲けって……よくそんな言い回し知ってるね』


 『そりゃあ、お祖母ちゃん子だったからね。お祖母ちゃんの言い回しは覚えてるさ』

 

 『なるほどね。チヨノさんはリューズの中に息づいてるんだな。気が強いところとか、似てるよ』


 『そうかー、そうかもね……お祖母ちゃんの影響、けっこう私受けてるんだね……うん、そうだよ。お祖母ちゃんにはもう会えないけど、私の中にいるんだよ、お祖母ちゃんが。そうゆうことだよ、うん』

 

 リューズは、本当に祖母のことは割切ったつもりだったのだろうが、やっぱり前世の祖母の影響は残っている、そのことを改めて受け入れたように見えた。


 『ジョアン、私はさ、やっぱり外の世界に行ってみたい。エルフの暮らしが嫌な訳じゃないんだ。今の父さん母さんもいい人……いいエルフ? なんだけどね、前世のお祖母ちゃんのために始めた勉強だったけど、森の中の生活だけだと生かしきれないんだ。それがもどかしいというか……何か役立てたいって思うんだ』


 『リューズがそう思うんだったら、俺は協力を惜しまないよ。むしろ、こっちが協力してほしいくらいさ。俺は今のアレイエムに不満があるんだ。特にトイレとかね』


 『ああ、トイレはね、確かに』


 『エルフも排泄するのかい?』


 『ジョアン、君は少しデリカシーってもんを持ってよ。6歳の幼女に聞いていい事じゃないよ。うちの集落に行ったときに父さんに聞いてよ』


 『そうか、済まないね。リューズの方が随分俺より年上に見えるからさ、つい』


 『中身は前世の父さんと一緒の年のくせに良く言うよ』


 グハッ!


 『なあ、リューズ、昨日言うの忘れてたけど、オッサンは結構心がナイーブなんだぜ……』


 『外見は金髪西洋人の幼児なんだからさ、あんまりそういうこと言うと可愛げが半減するよ』


 『そんなの知らんがな……』


 俺は絶句した。



 その後、持ってきた水で俺の手足、リューズの手と矢に付いた俺の血を洗い流した。

 ズボンの左太腿に空いた穴は仕方がない。

 嗅覚が発達しているダイクには流血したことはごまかせないだろうな。

 また言い訳を考えておかなければ。


 『ジョアンはこれまでもさっきみたいなことあったんじゃない? あれは周りの人間にはすぐヤバいってわかるくらいの雰囲気出してるからね』


 『俺を産んでくれたラウラ母さんが治癒魔法を使えてね。おかげで何とか自殺したり鬱になったりせずに過ごして来れたよ。1回今みたいになりそうになったことあったけど、その時もラウラ母さんが引っ叩いて止めてくれたな』


 『それ、本当にお母さんに感謝した方がいいよ。多分お母さんの治癒魔法のおかげで健やかに成長して来れたんだと思うし、お母さんだから止められたんだと思う。ジョアンがさっきみたいになったら、多分他人じゃ私みたいに相当手荒なことして意識を強引に捻じ曲げないと、止められないよ。

 トリッシュがその力をジョアンに授けてなかったら、お母さんにも様子がおかしいのを気づかれず、今頃引きこもりになって私と会えなかったかもよ』


 『トリッシュの奴、アカシックレコード厨ってだけじゃなかったんだな。きちんと俺のこと考えてくれてたってわけだ』


 『ちなみに私も3番目にもらった能力、いまだに意味がわからないんだ』


 『リューズは何貰ったの』


 『ここ一番の決定力、だって』


 『……サッカー広めないと意味ない感じ?』


 『そんなことないって言ってたけど、どうせならサッカーも国どころか世界中に広めたいな』


 『あー、そうだね。いつかはワールドカップとか開きたいね』


 『その前に国内リーグ作らないといけないでしょ』


 『そうだね、最もその前に色々と暮らしの上での課題が多いから、人々がサッカーやれる余裕ができるくらいの暮らしにしていかないといけないな。リューズ、そのためにも色々と力を貸しておくれよ』


 『ええ、私がどれだけ、どんなことが出来るか解んないけどね、精一杯やりたいと思う』


 さて、そのために今後どう動いて行くのがいいのか。

 まず、リューズの父母に会って、リューズが森の外に出る許可は貰わないといけない。

 そのためにはリューズに俺たちの言葉を通訳してもらうようではダメだ。

 となると少なくとも誰か一人はエルフの言葉を覚えなければならない。

 逆にリューズが森の外に出るとしても、リューズも俺たちの言葉を覚えなくてはならない。


 とすると、森の中のどこかに勉強できる拠点は必要になるな。


 『リューズ、やっぱりリューズの親御さんにリューズが森の外に出る許可を貰うとしても、私たちが直接親御さんに会って、私たちの人となりを親御さんに知ってもらう必要がある。そのためにはエルフの言語を私たちが覚える必要がある。だから、リューズにエルフの言葉を教えてもらいたいんだけど、どこか森の中に拠点作りたいんだ。どこかない?』


 『この先、少し歩いて丘陵を越えたところになるけど、川に近いちょっとした高台みたいな場所があるの。そこにテントか小屋を作ればいいんじゃないかな。水場は近いし、煮炊きするとしても便利だから。テントはこれを使えば簡単なのはすぐ張れるよ』


 そう言ってリューズは腰に付けた大き目のポーチから、きれいに畳まれたスライムの皮膜に似た透明なものを取り出した。


 『これはスライムの皮膜を加工したもの?』


 『そう。これはよく見ないとわからないけど裏表があってね、裏は水を通さないけど、表は水を通すっていう性質を持ってるの。だからこの裏が外側に来るように張れば水を通さない簡易テントの出来上がりってわけ』


 凄いな、スライムの皮膜。何か使い道ありそうだ。


 『私たちはこれを使って雨合羽みたいな雨具を作って使ってるよ』


 ああ、単純にそれも欲しいな。


 『スライムって結構生き残ってるの?』


 『そうね、けっこう普通に生息してるわよ。私たちはまとめて飼ってるけどね』


 『まとめて飼ってるって、スライムの食べ物とかどうなってるの? 人間でも飼えそう?』


 『スライムは森の掃除屋よ。堆積した木の葉っぱや動物の排泄物を食べて、植物に必要な養分として排出してくれるのよ』


 マジか!


 『そんな都合のいい生物が居ていいの?』


 『居ていいのも何も、居るんだから仕方ないじゃない』


 そりゃそういうもんかも知れないけど。


 『スライムが居ると、その周辺の植物は成長が早いわよ。暗き暗き森がこれだけの自然を残しているのも、そのおかげかも知れないわよ』


 まあ、その辺りは今後観察してから検証しよう。


 『じゃあ、みんな戻ったら、リューズの言う場所に移動しよう』



 しばらく待つと皆戻ってきたので、森の中の拠点を作ることを伝えた。


 ちなみに俺の左太腿の傷は、森の中の落ちて枯れた木の枝に誤って引っ掛けて怪我をしたのをリューズに治してもらった、ということにした。


 「確かに今後も腰を据えて暗き暗き森の探索をするとなると、拠点はあった方がいいですね」

 ハンスがうなづく。


 「暗き暗き森のエルフの言語ですか、興味深いですね」

 ドノバン先生も知的好奇心をくすぐられている。


 「水場が近い方が何かと便利ですね」

 ダイクも賛成する。


 「じゃあ、いまからその場所へ確認の為に向かおうか」


 俺たちは雪狼を連れて拠点候補地に移動した。



 







というわけで第41話でした。


第42話、明日投下できるといいなと思います。


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