第4話 俺の新たな家族を紹介
ようやく、異世界に転生した主人公。
どんなところに生まれたのでしょうか
それではどうぞ。
暗闇の中に光が見え、その光がどんどん大きくなって俺を包み込んだ。
いや逆だ。俺が暗闇の中から引っ張り出されたのだ。
寒い。
それまでいた暗闇の中はとても暖かく快適だった気がする。
寒くて寒くて、俺は大声で泣いた。
「ほぎゃー、ほぎゃー、ほぎゃー」
俺は産まれた。
まだ目も未発達なのか、さっぱり周りがわからない。
明るい、暗いの区別はつく。
誰かの手で抱かれているのか首の後ろに柔らかい中にしっかりした感触のものが当たっている。
身体が横に揺れ、初めて空中でかかる移動の際の重力に驚いた。少し俺には熱いと感じられた湯の中に入れられ、体中をまさぐられ洗われる。初めて顔に湯が少しかかる。
抱きかかえられた移動でかかる重力に驚き泣き、湯の熱さに驚き泣き、顔に湯がかかったことに驚き泣いた。
泣いている俺を見て周りにいる人たちが口々に何かを言っているが、当然言葉を覚えていない俺には誰が何を言っているのかさっぱりわからない。
やがて誰かの手で体を柔らかいもので拭かれ、柔らかい布でくるまれた俺は誰かの胸に抱かれた。
鼻も未発達だったのだろうが、俺を抱いている人の匂いはわかった。
その人の匂いに俺は心から安心を覚えた。
泣き疲れたのとその人に抱かれている安心感で俺は眠りに落ちていった。
こうして俺は誕生した。
まあ、2度目の誕生だけど、前回、俺が死ぬ前の人生で俺が誕生した時のことは覚えてないから、新鮮な体験だった。
今の俺の名はジョアン=ニールセン。
国王である父ダニエルと、第2王妃である母ラウラとの間に産まれた。
現在は3歳。
実際のところ、自分が転生者だという前世の記憶や人格は誕生の瞬間から持ち続けていたのだろうが、魂は体に引っ張られるのか、生まれた直後の記憶以降は1歳で何となく言葉を覚え始めるまでほとんど覚えていない。
単なる人間の赤ん坊のジョアンとして、乳を求め、排泄をし、眠り、の繰り返しだった。
その頃の記憶で覚えているのは、腹が減ったら泣くと母ラウラか乳母が母乳を与えてくれ、排泄して気持ち悪くて泣くとおむつを替えてくれて、ただひたすら泣くことで意思表示したが、腹が減ってるのにおむつを見られるとイラっとして更に大泣きしたくなるのはこりゃ当然だなってことくらいだ。
母はやっぱり大したもんで、俺が泣いても俺の欲求を的確に当てて対応してくれるので、当然ながら母のラウラを大好きになった。決して乳母が嫌いと言う訳ではないことはご承知おきいただきたい。
やっぱり単純に脳が未発達だったのだろう。脳の成長とともに魂が持つ記憶が扱えるようになってきた感じだ。
そうなってくると前世でエロいことも当然していたので、母ラウラに対しても不埒なことを考えてしまうのかと思ったが、まったくそんなことはなく、母の胸は母の胸で、俺にとってとても安心できる、大好きな場所で、俺のための栄養が出るところという認識だった。
やっぱり魂が覚えている前世の記憶は、今のこの体に大きく引っ張られるのだろう。
成長してようやく前世の記憶とかも考えられるようになってきた頃、あの謎空間で床から突き出したペ〇シ〇ン、トリッシュが言っていた転生特典の「簡単に死なないように身分保障」がこの王家の第1子への転生だったのだと思った。
3歳になり家庭教師がついたことで勉強の合間に色々雑談というか世間話をする中で家庭教師に世情を聞いたのだが、貴族家では子供は大事に養育されているが、都市では不景気で治安が悪くなり犯罪に巻き込まれて命を落とす子供が多かったり、農村部では度重なる飢饉で労働力にならない子供は売られたり餓死したりしているという。
王族で良かった、とほっとしたが、何か色々面倒くさそうなので、貴族の息子でよかったのになあ、などとこの世界の何処かにいるトリッシュに贅沢な悩みをぶつけたいと思ったりする。
何か前世の頃に、昔の西欧の王候貴族は家族スペースも大人と子供は完全に隔離され、食事も一緒に摂ることはほとんどない、って書いた文章をネットで読んだことがある。
俺の家族のニールセン王家は、居室は大人と子供が分かれているものの、食事はなるべく時間を合わせて食べるようにしているようだ。最も国王である父は忙しいので食事時間が合わないこともある。
ちなみに食事は朝、夕の2回だ。まだ昼食を食べるということは定着していないらしい。
正直に言うと、腹が減って困っている。
勉強の合間の休憩時間に王宮内の様々な植物が植えられている庭園に忍んでいき、そーっと食べられる実や花、草を食べて腹をごまかしている。
家族について紹介しよう。
まず父の国王ダニエル=ニールセン27歳。
苦労しているが英邁な王らしい。長身ですらっとしていて非常にプリンスっぽい。俺のおじいさんが在命なら、女性の憧れの王子様だっただろう。前王、つまり俺のおじいさんに当たるアードルフ王が、東部海岸沿い地域の貴族連中が教会の分派騒ぎに便乗して連合を組んで反乱を起こした時に鎮圧に向かい戦死してしまったため急遽18歳で王位を継いだ。未だに貴族連中のゴタゴタが絶えず苦労しているらしい。ちなみに東部で反乱を起こした貴族連中はそのまま独立し国を立ち上げ「テルプ王国」と名乗っている。
母の一人イザベル=ニールセン28歳。正妃。西の半島に位置する隣国ハラス王国の王女。先に書いたテルプ独立で不安定となった外交関係を立て直すためもあり、父と母は5年前に結婚した。ハラス王国は非常に良港が多く、国土の広さはアレイエムの10分の1に過ぎないが、大型外洋船を駆使した貿易で潤っている。ハラス王家が貿易の元締めということもあり、母イザベラの存在がアレイエムへの胡椒や砂糖など南方物資の流通を担保している。半年遅れで生まれた弟のジャルランの実母でもある。 ちなみに当然のことながら彼女の母乳を俺は飲んだことがない。今更飲んでみたいとは言い出せない。まだハイハイしている頃に言っておけば良かったと後悔している。ジャルランは何度かあるらしい。
そして俺を産んでくれた母の第二王妃ラウラ26歳。元々父ダニエルと国内貴族のハース候爵家の令嬢だった母ラウラは婚約者だった。ただ、上記の理由もありイザベル様が正妃になったため第二王妃となった事情がある。だから妙に王宮で働く者はラウラ母さんに同情的だが、ラウラ母さん本人はまったくイザベル母さんに含むものはない。むしろ同年代の姉妹のような関係になっている。俺の養育は乳母に任せきりにせず授乳やおむつ替えなど甲斐甲斐しく俺の世話を焼いてくれた。
祖母アデリナ=ニールセン58歳。多分この人がうちの家族の中で一番偉い。今でも王の家族が暮らす内廷に父が戻ってきたときに父を叱りつけることがある。元々は反乱を起こして独立したテルプの王族を名乗っているツェルナー家の出身で、テルプの反乱の時は実家が敵に回ったアデリナ婆ちゃんは立場がなかった。でも実家を敵に回してニールセン家と息子のダニエルを支え、反乱した貴族を切り崩し、反乱の決着に貢献した女傑だ。
弟のジャルラン=ニールセン2歳。もうすぐ3歳か。ちょこちょこと俺の後を付いてこようとする可愛い弟だ。王宮の内廷には子供が俺とジャルランしか居ないから、それで俺に興味深々というのもあるだろう。最近俺に家庭教師がついて遊ぶ時間が減ったことに不満でブー垂れることが多い。
今は朝の8時。王族家族揃っての朝食だ。夕食はだいたい夕方6時頃だ。それ以上待たされると空腹で死ねる。
この家族一緒に食事を摂るという習慣を提案したのはアデリナお祖母ちゃんらしい。そりゃあ誰も逆らえない。
元日本人の俺にとっては家族で集まって食卓を囲むことの方が自然なので違和感がない。
助かる。
食卓に家族皆が座ったことを確認し、アデリナお祖母ちゃんの声がかかる。
「みんな食卓に着いたようだね。それでは神に祈りを捧げよう。
我らを見守って下さる大いなる神よ。今日も私たちに生きる糧をお与え下さり感謝いたします。」
神の恵みを」
「「神の恵みを」」
神に祈りを捧げた後、その場で一番立場が上の父ダニエルがフォークを付けるのを待って全員が食べ始める。ここはアデリナお祖母ちゃんも息子であるダニエルを立てる。
今朝はパンと海産物のスープ、ローストビーフ、山盛りサラダだ。
王都アレイエムは海から比較的近いので、そこそこ新鮮な魚介類が手に入る。
スープに入っているのはアサリだろう。いいダシが取れているが、貝殻が面倒だ。
味付けは基本塩。それを胡椒を始め各種ハーブで味に変化をつけている。
元日本人としてはアサリは味噌汁で飲みたい。
だが贅沢は言えない。
朝から結構量があるが、次は夕食まで基本食べないので、ここで食べておかないと途中空腹で何度も言うが死ねる。
一人分ごとに分けて出されているが、俺は正直物足りない。パンを給仕の者にねだってさらに食べる。
「おや、ジョアン、あんたまた食べる量が増えたね。結構結構。食べないと心も体も大きくならないからね。たんとお食べ」
アデリナお祖母ちゃんが俺の食べる様子を見て目を細める。
「ただし」
「もしも残すようなことがあったなら、神様が見ているよ。生けとし生きるものをいただいているんだ。残したら神様が許して下さらないよ」
と注意を忘れない。
俺はパンを給仕の者から受け取り
「はい、お祖母様。わかっています。」
と返事をするとアデリナお祖母ちゃんは目を細めニコッと笑う。
昔は美人だったであろう、やや吊り上がった目を細めて、年とともに寄った目尻のしわをくっつけて。
「ダニエル、辛気くさい顔して食べるんじゃないよ。そんな顔してたら、せっかくあんたのために食卓に上ってくれた牛に申し訳ないだろうが。」
と父ダニエルがアデリナお祖母ちゃんに注意を受ける。
「すまない母さん。今日の朝議の案件、どうしても頭から離れなくてね」
父はそう弁解すると、母イザベルも
「あなたにとっては苦渋の決断でしょうけど、塩の荷抜けはどう考えても重罪ですよ。断固とした処置をしておかないと我が国の根幹が崩れてしまいますわ」
と言葉をつなぐ。
アデリナお祖母ちゃんは
「あんたたち、朝議が心配なのはよーっくわかるよ。でもねえ、ここは家族だけの食卓だ。そうゆう話はジョアンやジャルランが朝議に出るようになってからにしとくれ。この場では家族の話をしようじゃないか。」
とたしなめる。
母ラウラが「ジャルちゃんは食べるの上手になりましたねー。」
とジャルランに声をかけると、一人だけ刻んでもらったローストビーフをスプーンを使って頬張っていたジャルランが、「うん、こぼすと牛さんにも、作ってくれたエルマーにも悪いからね」
と返事をすると父ダニエルも母イザベルもにっこりとほほ笑む。
その様子を見てアデリナお祖母ちゃんもやれやれ、と苦笑し食事を続ける。
とりあえず、今日の夕方までどうにか持つかな、という程度に俺の腹具合は満足した。
こうして3歳の俺の1日が始まっていく。
というわけで第4話でした
第5話は本日夕方か夜に投稿いたします。