第2話 蔦のお屋敷
午後になって、まだ夕方と呼ぶには少し早い時間帯。
「先生、さようならー!」
「はい、さようなら」
学校が終わり、梨香ちゃんも友だちと一緒に帰宅します。
たわいないおしゃべりを楽しみながら、青空の下、住宅街を歩くのですが……。
「それじゃ、また明日! バイバイ、梨香ちゃん!」
「ばいばーい!」
梨香ちゃんの家は、仲良しのみんなとは少し方角が違うので、途中で別れる形になります。
しかも、一人になったくらいから、まばらな家並みとなり、自然の緑が増えていきます。まだ宅地開発が進んでいない地域に入るので、森の中を進むようなものです。道も曲がりくねっていますが、梨香ちゃんは「毎日ちょっとしたハイキング気分」と、自分の通学路を気に入っていました。
しばらく歩くと、さらに人気がなくなり……。
大きなお屋敷が見えてきました。とっくの昔の住人は死に絶えたという噂の、いわゆる廃墟です。門の扉は壊れて、出入り自由となっており、赤茶けた洋館は、伸び放題の蔦に覆われていました。
不気味な雰囲気もあるお屋敷なので、たまに肝試しの舞台となる以外、近所の子供たちは近寄りません。でも梨香ちゃんは、建物の赤と蔦の緑のコントラストを美しいと感じて、このお屋敷を好ましく思っているのでした。
「……誰もいないよね?」
キョロキョロと周りを見回して、通行人がいないのを確認してから。
梨香ちゃんは、お屋敷の敷地に入っていきました。
ちょうど、道が大きくカーブするところに位置しているお屋敷なので、敷地内を突っ切っていくと、かなりの近道になるのです。もちろん不法侵入なので、本当はいけないことだと梨香ちゃんも理解しています。初めての時は大きな罪悪感がありましたが、今ではすっかり「このお屋敷も通学路の一部」という感覚です。
ただし。
梨香ちゃんがここを通るのは、ただ「近道だから」という理由だけではありません。
その証拠に、今日も梨香ちゃんは、わざわざ庭の片隅で足を止めて、少しの間ボーッとしていました。
「先週、なおしてあげたばかりなのに……。もう、こんがらがっちゃってる……」
悲しげな声の梨香ちゃんです。彼女の視線の先では、蔦植物の茂みが、勢いよく育っていました。
かつての住人が植えた園芸植物なのか、勝手に生えた雑草なのか、梨香ちゃんにはわかりません。でも、ここから伸びた蔦がお屋敷の壁に巻きついているのは間違いないだろう、と考えていました。あの美しい赤と緑のコントラスト、その一翼を担う役者の発生源です。
最初の頃は、ただ黙って微笑ましく眺めるだけで、通り過ぎていたのですが……。ある時、梨香ちゃんは気づきました。蔦同士が変な方向に絡まって、うまく伸びるには邪魔になっている部分があったのです。
「植物さん、かわいそう……」
ふと、編み物をしているお母さんが頭に浮かびました。毛糸がもつれて、困っていたお母さんです。ぐちゃぐちゃになった毛糸を、お手伝いのつもりで梨香ちゃんが解いてあげたら、とても喜ばれたのでした。
その時のお母さんの笑顔を思い浮かべながら、
「今度は植物さんだ!」
梨香ちゃんもにこやかな表情になって、絡まった蔦をほぐし始めるのでした。
それ以来、こんがらがった蔦を見かける度に、梨香ちゃんはなおしてあげるようになりました。
だから今日も、いつもの作業に取りかかったのですが……。
解いている途中で、突然、後ろから声をかけられました。
「お嬢さん、いつもありがとう」




