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エピローグ

「……想定外、だね」

 トントンとこめかみを叩きながら、ロマロは立ち上げたスクリーンの映像を繰り返し確認していた。

 中継器を設置する事で、元我が家からの映像を五分程度のラグで確認できていたのだが、途中で映像が消えたのだ。

 結果だけを言えば、ロマロの予想通りに虚空領域ヴォイドエリア深淵領域アビスエリアに指定された。

 深淵領域アビスエリアとは、基本的には銀河系間に存在する虚空領域ヴォイドエリアの深部を指す。端的に言えば、生きて帰るすべの無い領域の事だ。転じて、人類が近寄ってはならない領域の事を深淵領域アビスエリアと呼ぶようになった。

 つまり、あの領域に大型のブラックホールが発生したか、超質量の恒星か、はたまた大量の反物質が残ってしまったのか。

 十分すぎる反物質をあの我が家には用意しておいたので、選択肢は限られる。

 問題は、実際にどれか把握できないと言う事だ。

「中継器は多めに設置しておいた。つまり、我が家が爆破するまでは映像が来る筈なんだが……何故この段階で途切れる?」

 二度目の爆発までは確認できた。その直後から映像が切れているのだ。

 その理由が、どう考えても分からない。

 そんな悩めるロマロの肩に、手が置かれた、

「ロマロ様。そろそろ研究の内容に関して教えていただいても?」

「五月蠅いねぇ。もう少し待てと何度も言っているだろう」

「えぇ、何度も言われました。その結果、ロマロ様を乗せてからすでに二十四時間経過していると理解して下さい」

 ロマロと同じぐらい細身のその男性は、微笑みながらもその目が笑ってはいなかった。

 焦らされてキレているわけでは無い。そう言う人種と言うだけだ。

 彼の服装はどこぞの惑星警察の制服。他二人の操縦担当も同じ制服をまとっている。

 かといって、ロマロが警察に捕まったわけでは無い。メインブリッジにロマロ用のスペースが与えられ、自由にしている点からもそれは確かだ。

「ふむ。……君としても、情報の一つも無ければ困るか」

「上が雇用を確約していますので別段困りはしません。ですが、情報としてその知恵の一端でも教えていただければ、扱いにかける手間というものが幾分か軽減されるかと」

「……まあ、いいだろう。なら、私の城に関して説明しよう」

「反物質ではないのですか?」

「君たちがそれを求めているのは知っているからね。私の偉大さを知る為にも、他の技術に関して触り程度は教えてやろう」

「……城とは、ロマロ様が乗っていた機体の事ですか?」

 察しのいい男に、ロマロは笑みを深める。

 と、突然モニターにロマロの見知った顔が現われた。

『素直にロマロを渡せ。でなければ撃ち落とす』

「ハッキングされたっ!? そんな馬鹿なっ!」

「前方に機影っ! そんな、この距離になるまで気付かないなんてっ!」

「落ち着けっ!」

 男の一喝いっかつで、メインデッキは静寂を取り戻す。

 その様子を楽しげに眺めていたのは、ロマロともう一人。モニターに映し出されるユイだった。

『じゃ、落ち着いた所でロマロを引き渡しなさい。そこにいるじゃない』

「こちらの映像を見ているというのなら丁度いい。我々は惑星警察の者だ。ロマロは我々が確保した。賞金稼ぎなどに渡す道理は無い」

『ねぇ、エルジア惑星警察にはあなた達が所属しているって言うデータが無いんだけど? ルークス艦長とお供お二人さん』

「……何故、俺の名を」

『そんな事どうでも良いでしょ? 指名手配犯をかくまい、警察を詐称さしょうする。……うん、撃ち落とされても問題ないわね』

「ま、待てっ!」

 ルークスは慌てて声を上げると、苦々しい表情と共に口を開いた。

「我々は……宇宙警察だ。上の指示があり、秘密裏にロマロを護送している」

『だから?』

「……宇宙警察に喧嘩を売るつもりか?」

 凄むルークスに、だがユイは楽しげに口元を歪めた。

『少しは頭を使いなさいな。さっきから出してる救援信号に、なんで誰も応えないと思ってるの』

「何をした」

『あたしは何も。ただ、宇宙警察が動いてくれただけよ』

「……は?」

 間の抜けた顔になったルークスに、ユイはクスクスと笑い声を漏らして続けた。

『現状最も危険なテロリストが潜伏している宙域だもの。実際いたわけだし、隔離は正しい判断だったってわけね』

「何を、言っている……?」

「ふむ。これは無理だね。私に代わりたまえ」

『はぁいロマロ。年貢の納め時って奴よ』

 ユイの言葉に、ロマロはゆるみそうになる頰をどうにか引き締めた。

 ただのしつこい小娘という認識でしか無かったが、まさかここまで追ってくるとは。想像を超えたその行動力には、喜びすら覚える。

「まず聞きたいんだが、何故なぜ私が死んでいないと思った?」

『拠点が爆発すれば確信ぐらいするわよ。あんたは絶対に死ぬような真似はしないから』

「ははっ! あぁ、ずっと追いかけてくれただけはあるね。ではもう一つ。何故なぜ私がここにいると?」

『企業秘密よ。あぁ、素直にこっちに来るならその辺りも分かるわよ? 大丈夫、殺しはしないから。ただ、この世からは引退して貰うだけ』

「はっはっはっ! 興味深い。興味深いが……ダメだな。やっと心ゆくままに実験を出来る環境が手に入るのでね。諦めて貰おう」

『勝てるとでも?』

 気負いの欠片すら無い微笑みに、ロマロも微笑みを返した。

「あぁ、もちろんだとも。少し待っていてくれ給え」

『いいわよ。あぁ、一応言っておくと、あんたは生まれ変わってまずは地獄を見る。それは確定だから、せいぜい足掻あがきなさい』

「それは楽しみだね」

 そんな会話を最後に、通信が切れた。

 顔を赤く染め怒鳴ろうとするルークスを片手を上げて制すると、ロマロは足を踏み出した。

「折角だ。実戦で私の技術というものをお見せしよう」

「……大丈夫なんだな?」

「ははっ。まぁ任せておきたまえ。私に利用されて有名になっただけの小娘に負けはしないよ」

 ダイブシステムを搭載した自分の城。

 その素晴らしさを、作り上げたロマロ自身が実感している。幾度となく実戦も行い。一流どころが相手でも負けはしないという確信があるのだ。

 だからこそロマロは、笑顔で格納庫へと向かっていった。


 駆逐級の艦から出てきた機体は、戦闘機と呼ぶにはあまりにも巨大だった。

 大きいとされるアマガサの更に倍。通常の戦闘機が十機は入る格納庫に一機入るかどうかと言ったサイズだ。

 にも関わらず、ちゃんと戦闘機の形状をしている。楕円のキャノピーも機体前部に取り付けられ、中は見えないがそこにロマロが座るコックピットがあるはずだ。

 大気圏内の交戦を想定したが故の形状なんだろうが、ここまで戦闘機の形状に酷似しているのは、合理主義者のロマロっぽく無い。

 ロマロにもおとこのロマンというのがあったりするんだろうか。

『待たせたね』

「別にいいわよ。わざわざアレに乗り込むよりはマシだし」

『ふむ。……ん? 何をした?』

「あの艦の機能を全て止めただけ。あ、生命維持装置だけは機能させてあるから、心配しなくても大丈夫よ」

『それは困るな。技術のお披露目ひろめが出来なくなる』

 若干じゃっかん不愉快そうに、だが冷静にそう呟いたロマロは、スクリーン越しにあたしを見て笑みを浮かべた。

『なるほど。我が家の映像が途中で途切れたのも、君の仕業か』

「厳密に言えば違うけどね」

『……ふむ。他にそれをできる技術者がいるわけか』

「技術者って言うか何というか……」

『カナメちゃんでっすっ!』

 スクリーンに映るロマロの顔が、驚きに変わった。

 スクリーン越しに聞こえた声からするに、カナメがいきなり現われて変なポーズでも決めたんだろう。あたしからは見えないけど。

『馬鹿な。どうやってこの機体のセキュリティを越えた?』

『ちょっとねー。ま、すぐに分かるから大丈夫よ。じゃ、いい勝負しましょ』

 軽くそう伝えて、戻ってきたらしい。ロマロの視線があたしに向く。

『自立型AI、か?』

「それもすぐに分かるわよ。じゃ、始めましょうか」

『……そうだな。もし生き残ったのなら、ゆっくりと聞かせて貰おう』

「大丈夫、ちゃんと分かるから」

 そう答え、互いに視線を交わすと、同時に口を開いた。

「任せた、カナメ」

『ダイブシステム、起動』

 スクリーンが閉じ、まずは力試しとばかりに互いの主砲に光が満ち始めた。

 放たれる互いの主砲と主砲。

 まるで申し合わせたかのように同じタイミングで放たれたそれは、互いの中間点でぶつかり合うと、眩い爆発を引き起こす。

 それが、戦闘開始の合図だった。


 ロマロの機体を端的たんてきに表現するなら、戦闘機の形をした戦艦、だろうか。出力だけでいうのなら、間違いなく戦艦級だ。

 だが、戦艦に比べれば遙かに小さい為加速が速く、武装は多様。あえて主翼や尾翼を着けたのは武装の為だったと分かるほどに、様々な攻撃が放たれる。

『むぅ……。面白いっ!』

 カナメは嬉々として乗りこなしているが、あたしでは回避しきれないような弾幕だ。

 まず、フェザーバルカン。

 機体前部に二門あり、更に両翼上部にも可動式が二門ずつ。

 そしてラインガン。

 簡単に言えばフェザーバルカンの上位となるエネルギー兵器の総称であり、必要な出力が大きくなる代わりに一発の威力、長さも変わる。その一発の形状が線であるように見えるからラインガンなどと呼ばれるのだが、それが尾翼の両側に一門ずつ。

 更に、主砲となるのがスパイラカノン。

 戦艦級に搭載されるようなエネルギー兵器であり、一発が直径五メートルはありそうなエネルギーの球体だと言えばその威力も察せるだろう。そんなモノが、両翼に一門ずつ。

 そんな兵装の数々を休憩なしに撃ってくるのだ。並の戦艦でも息切れすることを考えれば、何か特殊なエンジンを積んでいると言う事は想像に難くない。

「どんな、エンジンよ……」

『フォトンエンジンよ』

「は?」

『フォトンエンジン。この世界じゃ学術的に研究されたってだけで製造はされてない筈なんだけど……うん、凄い。質量が殆どないモノを原動力にしようなんて普通思わないわよ』

 カナメは楽しそうにそう言うが、あたしには意味が分からない。

 と言うか、思考に頭を使う余裕が殆ど無い。

 それだけ機体の加減速がとんでもないのだ。ただ乗っているだけで操縦すらしていないと言うのに、アマガサの速度に身体が悲鳴を上げている。

 現代ではまだ追いついていないような反作用システムを使ってこれだ。もしカナメ達がパイロットの事を何も考えずに機体を仕上げていたら、今頃あたしはミンチになっている事だろう。

『反物質も光子発生にかかる反粒子の存在から着想を得たんでしょうけど、ゼロからここまで仕上げるなんて素直に感心するしか無いわね。マッドお爺ちゃんも大喜びでしょ』

「随分と、余裕ね」

『そりゃあね。あ、速度落とす?』

「気にしないで。あたしが、無理言って、付いてきたんだし」

 相手はロマロだ。こんなとんでも機体が出てくる事ぐらい考慮していた。

 だからカナメは留守番を勧めてくれたのだが、あたしは断った。

 アマガサはあたしの機体だ。カナメが貸せと言えば貸すし、返せと言えば返すけど、それでも今はあたしの機体なのだ。

 だから無理矢理付いてきた。

 おまけに過ぎず、最悪足手纏いになると分かっていても。

『ふふっ。じゃ、頑張っちゃおっかな』

「うん。全力で、やって」

『まっかせてっ!』

「……耐えろ。耐えるんだ、あたし」

 カナメに聞こえないよう小さく呟いて、奥歯を噛み締める。

 モニターの左下にはアマガサの後部映像。追尾してくるのは四本のミサイル。そして、上から降り注ぐ無数の光。

 ミサイルから逃げつつエネルギー兵器の弾幕をかわしてはいるが、今はまだ楽だ。なにせ、ミサイルを引き離さないよう速度を落としているのだから。

 まぁバレロールに加減速と、弾幕を回避する為の行動はしているのでそれなりにキツいが。

「ぐっ」

 いきなりの停止に思わず胃の内容物が吐き出そうになったものの、急旋回からの加速に血流ごと全て引っ込んでゆく。

 意識がブラックアウトしないように、奥歯を噛み締め眉間に皺を寄せるだけで精一杯だ。

 急速に近付くロマロ機。弾幕をバレロールだけでかわし、アマガサはその鼻先をかすめて行き過ぎた。

 追尾してくるミサイルがロマロ機に直撃———しなかった。

 かなり近くで爆発したようには見えたが、ロマロ機は健在だ。

『リアクションレーザーか。変なモンまで積んでるわね』

「何? それ」

『非殺傷性のレーザーなんだけど、波長とかで接触判定を送るのよ。着弾したと誤認させるから、ああやってミサイルなら接触前に起爆出来るわけ』

 確かに変な兵装だ。今どきミサイル自体が骨董品だってのに。

 まぁ、ロマロ機にもミサイルが積まれているわけだから、用心深いだけとはいえるだろう。毒を使う者は解毒剤を持っているのと同じだ。

『じゃあ、今度は主砲でっ』

 ぐるんと機体を反転させ、ロマロ機を正面に。

 いつの間に発射準備に入っていたのか、カナメはロックするなりプラズマカノンをぶっ放した。

 雷光を伴う一撃がロマロ機へと突き刺さる寸前、光は凹状に広がると僅かな雷だけがロマロ機の表面を撫でて消えていった。

『出力五十パーとはいえ、防ぎきるんだ。けど、これで終わりかな?』

 カナメの呟き通り、ロマロ機の反応は悪かった。

 シールドで防いだとはいえ、機体腹部を襲った衝撃に少なからずダメージはあったんだろう。機首をこちらに向けるのが遅い。

『発射』

 先程と同じ、出力五十%のプラズマカノンがロマロ機に突き刺さる。

 シールドに阻まれ事すら無く、雷光が闇を裂く。それこそ障害物など存在しないかのように真っ直ぐ。

「……は?」

 その光が行き過ぎた後、ロマロ機は存在していた。

 まるで何事も無かったかのように、ただそこに。

『は、あははははっ!』

 カナメは酷く楽しげな笑い声を上げると、加速。六機のWABを展開して攻撃に移る。

 WABとは有線式アタックビット。ワイヤーの先にフェザーバルカンが搭載されており、個々に操作可能な小型兵器だ。

 ただ、普通の人間なら二機を意のままに動かす事すら難しい。それを六機も自由自在に操れるのは、この世界でも百人といないだろう。更にいえば、再び始まった弾幕を回避しつつのWAB操作だ。

 異常極まる。あたしじゃあ一生無理だ。

 十以上ものエネルギーの間をシールドすら張らずにくぐり抜けるような真似も、ミサイルの後部をワイヤーで切り落とし無力ささせるような真似も、絶対出来ない。

『ねぇ見せてよっ! もう一回っ!』

 ひたすらに距離を詰めるアマガサに異常性を感じたのか、ロマロ機は機首を反転させ逃走を始めた。

 だが、すでに加速しているアマガサと、今更加速を始めるロマロ機。

 どちらが速いかは言うまでも無く、すぐに追いつく筈だった。

 ロマロ機の両翼からブースターが出てこなければ。

『もうっ。ユイちゃん、行くよっ!』

「んっ」

 あたしの声は、返事では無く覚悟を決めた際に漏れただけの声。

 それと同時に、一瞬意識が飛ぶほどの衝撃が脳を貫いた。

 アマガサがブースターを始動したのだ。

 正確に言うのなら単にエンジン出力を最大にしただけなのだが、あたしがまず使う事の無い噴射口まで作動する事になるので、そこをあたしはブースターと呼んでいる。

 そもそも、反物質エンジンの時点で十%もあれば十分な加速を得る事が出来るのだ。あたしが全速全開と指示したとしても、五十%の出力になるようシステムを組んである。

 それが、百%。

 薄目を開けた先でロマロの機体がみるみる内に近付いてくるが、加速の衝撃だけで全身がミシミシと音を立て意識をたもつ事すら難しい。

『ほら早くっ! でないと墜としちゃうよっ!?』

『全く、騒々しいねぇ君は』

『やっと答えたっ! 危機感感じちゃった?』

『いやいや。単なる』

 そこで一度音声が途切れた。

 同時に、目の前に迫っていたロマロの機体も消えた。

『最後の挨拶だよ』

 一瞬、意識が飛んだんだろうか?

 瞬きすらした覚えは無い。だと言うのに、ロマロ機が真後ろにいた。

 複数のエネルギー反応にアラートが鳴り響く。

『あははははははっ!』

 放たれるエネルギー兵器。

 その弾幕の中を、カナメは酷く楽しそうな笑い声と共に舞った。

 バレルロールでかわし、WABでミサイルを迎撃し、更にWABに展開したシールドで直撃コースだったスバイラカノンの一撃をはばみ、爆発させる。

 一分に満たない攻防。

 その間に、一体どれほどの操作が行われたのか。モニターに表示されてはいたもののあたしには全てを把握する事叶わず、気がつけばアマガサは旋回しロマロ機に向き直っていた。

『凄いわねお爺ちゃんっ!』

『いや、凄いのは君だろうに。なんだねその機動は。おおよそ人に可能な動きとは思えんが』

『ふふっ。私のはただの技術。貴方のは理論。……時を止めたでしょ』

『…………』

 カナメの言葉に返答は無く、弾幕も止まった。

『フォトンエンジンなんて作れるんだから、その辺りに気付いても不思議は無い。けど、それを実戦で使えるってのが凄い。正直驚きね』

『……なにを、どこまで知っている』

『そう言われても説明に困るんだけど……貴方のそれは、次元を少しもぐってこの世界から消える技術。けど、私達は次元を下げるメリットを感じられなかった』

 そんな二人の会話を聞きながら、あたしは息を整えていた。

 座っているだけ。動いてすらいないのに、全身が筋肉痛のような痛みだ。

 それでも、どうにか呼吸は落ち着いてきた。大きく息を吸う度に胸は痛むが、呼吸に問題はない。

『メリットを、感じない? まるで自分たちが私の先にいるかのような口ぶりだな』

『その通りね。次元を潜る理論は見限った。私達は、次元を越える理論を模索もさくしている』

『……面白いな。君が何者かは知らないが、俄然がぜん興味が湧いてきたよ』

『嬉しいわね。何せ、貴方は私達と同じになるんだから。罪にふさわしい罰は受けてもらうけど、お仲間よ』

『いや、残念だがそれは少し違うな。君が私の道具になるんだ』

 そう言ったロマロは何かしようとしたらしいが、機体はピクリとも動かなかった。

『……なんだ? 何故動かないっ』

『かっかっ! すまんの、新しき同胞よ。機体の制御権は奪わせて貰った』

『おっそいよお爺ちゃん』

『なかなかに強固なプロテクトでの。ここまで手こずるとは思いもせんかったわ』

『もーっ。お陰でちょっと本気出しちゃったし』

『良い運動になったじゃろ? たまには良かろうて。……ユイ嬢は潰れておらんじゃろうな?』

『あったりまえじゃないっ』

巫山戯ふざけるなっ!』

 マッド爺とカナメの音声に、ロマロの怒声が割って入った。

『この私の城にクラッキングしただとっ!? あり得ないっ! どんな手品だっ!』

『ロマロ、と言ったかの。まぁ落ち着け。人が創るモノに穴があるのは当然じゃろう』

 かっかかっ! と響く笑い声にマッド爺お得意の下ネタをぶち込んできたのだとあたしは理解できたものの、当然ロマロには通用しなかった。

 ガンッと何かをぶっ叩く音が響き、怒声が続く。

『黙れっ! 私が創った物は完璧だっ!』

『若いのぉ。まぁワシもお主のような時期は確かにあったが……まぁ、罰の期間は体感で二百年を想定しておる。性格も矯正きょうせいされるじゃろう』

『何を言っている? 何をするつもりだっ!』

『カナメから聞いておらんのか? 何、ワシ等と同じになるだけじゃよ。お主ならきっと、それが幸運な事と気付くじゃろう。……ふむ、カナメ。アレを見せてやってくれんか?』

『いいわよー』

 カナメが軽くそう答えると、次の瞬間あたしは酷い目眩めまいに襲われた。

 これは、何度やっても慣れない。

『なっ、単独転移っ!?』

『お主、性格はクズじゃが単独で次元を潜る術を実用化するとは天晴れ。なればこそ、ワシ等に迎え入れようというのだ。次元を越える術を学べ』

『……馬鹿な。大規模な固定装置があって初めてワープが可能になるはずだ。何を一体どうすれば……』

 声自体はスピーカーから聞こえてくるので聞こえる方向は変わらないが、ロマロの機体は今や後方にある。

 単独短距離転移。

 短距離も長距離も点と点を移動する為同じらしいが、目的地が見えているか否かで安全度が違う。でもって従来のワープ装置とは根本的に異なる理論から行われている、らしい。

 まぁ簡単に言えば、人体の安全は保証されていないのだ。マッド爺が言ったように次元を越える術を持って行われているらしく、毎回あたしは体調を崩す羽目になる。

 人間以外の化け物に変異しなきゃいいんだけど。

「カナメ。やるときは、一声かけて……」

『あ、ごめんっ! もう、マッドお爺ちゃんがいきなり指示するからっ!』

『ワシのせいかっ!? と言うか、ワシはマッドサイエンティストではあってもマッドという名前では無いぞっ! ロバート・ベリルじゃっ!』

『はいはい。私達の場所までかなりかかるんだから、さっさと行っちゃって』

『冷たい……』

 しょんぼりしたマッド爺の声を最後に、通信が切れた。

『ごめんねユイちゃん。大丈夫?』

「ちょっと気持ち悪いだけだから。それより、ロマロは任せていいのよね?」

『うん。ちゃんと罰を与えて、矯正するから。最悪性格が直らなくても簡単に始末できるから大丈夫』

「なら一段落、かな。一応処遇に関してはサイトにデータ送っておいてくれる?」

『これの元持ち主ね? 了解』

 はふぅと息を吐いて椅子に寄りかかる。

 何もやってないのに疲労が凄い。

「あたしも義体を検討するべきかなぁ」

『なんでっ!? もったいないよっ!』

「もったいないって……」

『折角の肉体だよっ!? 終わるまでちゃんと酷使しなきゃもったいないよっ!』

「お、おう。……うん、分かった」

 カナメの勢いに押されて仰け反り、あたしは思わず苦笑した。

 カナメが今のあたしで良いと言ってくれるのなら、多分いいんだろう。

「じゃ、カナメ用のアンドロイドを検討しよっか。ちゃんとしたデータちょうだい」

『……ちょっと盛っても?』

「別にいいけど、義体だと元の身体を忠実に再現した方が拒絶確率低くなるとか言ってたし、そこそこ使うつもりなら正確な方がいいかも」

『ん~……。まぁ、まずはあっちで正確なデータ測ってみる。じゃあまたね』

「うん。バイバイ」

 レンズに向かって手を振ると、カナメは気を利かせてくれたのかレンズの色を緑、赤と交互に点滅させた後赤いレンズへと戻った。

 試しに叩いてサイトの名前を呼んでみるが、繋がらない。カナメが完全に制御兼を奪ったんだろう。

 まぁこの件も含め、サイトに報告だ。


     ▼△▼△▼△▼△


 三日後。

 サイトは送られてきた映像を眺めていた。

 地獄。

 現代であってもそう表現される世界。

 溶岩の川が流れ、剣の山がそびえ立つ。棘の道に、酸の泉。

 そんな中を進む人々がいる。

 皮膚が破れ、肉が溶け、骨だけになっても尚それらは進む。痛みがあるのか怨嗟おんさの声を上げながら、ただ前へ。

 やがて骨が砕け灰へと変わると、それらはスタート地点から人の姿へと戻って再び進む。

 歩み出せない者もいる。

 だが、それはそれで罰を受ける。恐ろしき紫色の化け物によって。

 おそらく、それに食われると痛み以上の何かが与えられるのだろう。再び現われた者は、二度と食われまいと歩き出す。

 まさしく地獄だ。拷問の世界と行っても過言では無い。

 そんな中にロマロはいた。

 既に三桁は灰へと変わり、人の姿へと戻っている。その瞳に光は無く、まるでソンビのように歩き出す。

 送られてきた映像だけで、一週間分だ。

 ユイから報告を受けて三日。それで一週間分の映像というのはあり得ない。

 だが、サイトには心当たりがあった。

 永久刑罰所。

 最重要指名手配犯を含めた、死刑では生ぬるい罪を犯した者が移送される最後の刑務所だ。

 脱走出来ないよう脳だけにされ、現実の十分の一の速度で進む時間の中、脳細胞が死に至るまで牢獄の中で過ごす映像を見せ続けられる、末路の刑務所。

 だがそこでさえ、こんな拷問のような真似はしない。

 遺族が求めるのは永遠の苦しみであって、早急な死では無いのだから。

 つまりこの映像は、そこ以外のどこかで行われていると言う事だ。

「彼女のバックに誰がいるのか、非常に気になりますね」

 電脳空間でも、時間は現実と同じ速度で流れる。あくまで刑罰だからこそ時間の認識を操作できるような処置を行えるわけで、一般人にまでその処置を許可すれば人口の十分の一が消え去る事だろう。脳への直接的な処置は、現在でさえそれだけ難度が高い行為なのだ。

 ユイの背後にいる者は、それを可能にしている。このような環境まで整えていると言う点を踏まえれば、かなり手慣れていると言えるだろう。

 加えて、貸し出していたスピアフロート。最新のソレにセキュリティ強化を踏まえ、様々なカスタマイズを施した一品が、普通に乗っ取られた。

 サイトとしては、こちらの方が驚きの度合いは強かった。

 賞金稼ぎに付けた時点で返却されない可能性は考慮していた。だが、不正アクセスや強い衝撃に対してはアラートが鳴るはずだったのだ。

 だが、にも関わらずサイトがスピアフロートの権限を奪われたと知ったのは、ユイの報告を受けてから。

 本来常時送られてくるはずの映像データも、≪イミテュート・ゼロ≫襲撃時後半から全て消えていた。ロマロの件も含め、とんでもない技術者が複数人バックにいると見て間違いは無いだろう。

 問題は、どこの機関に所属しているのかと言う点だ。

 スピアフロートを介してこちらにクラッキングが行われた痕跡こんせきは無い。ユイという人物の人柄、賞金稼ぎになって以降の経歴にも不審な点は無いが、注意はしておくべきだろう。

 そう判断しながらも、サイトの口元は緩んでいた。

「まさか、賞金稼ぎの成り上がりをこの目で見る事になるとは思いませんでしたね。今後も良い関係でいたいものです」

 地獄の映像を切り、ニュース番組へと変える。

 そこでは相も変わらず、ユイという賞金稼ぎの情報が≪イミテュート・ゼロ≫の殲滅せんめつに大きく貢献した事、そしてロマロ討伐に至れた経緯がながされていた。

 レポーターと会話をしていたと言うのも大きいが、警察の艦隊が苦戦した戦闘機を軽々と撃破している映像も繰り返し流されている。

 実弾製造工場では、この一週間で数年分のミサイル売り上げに匹敵するほど注文が殺到している、なんて嬉しい悲鳴まである。

 現状、少なくともこの銀河系においては一流賞金稼ぎの仲間入りを果たしたと言っても過言では無いだろう。

 そんな彼女とあった色々と思い出して、サイトはにやける口元を右手で隠したのだった。


 大金が入った。生活の不安も消えた。

 だからこそあたしは、バカンスを満喫していた。

『ユイちゃん、バカンスって言ってるけど……ふつーの部屋よね? ここ。私が知ってるビジネスホテルと同じぐらいの広さしかないし』

「でも、朝夕付きだから」

『いやいやいやいやっ! ユイちゃん、もっといい暮らししようよっ!」

「えー。あれよ、もったいない」

『お金あるんだよねっ!?』

 ぐいぐいとレンズを近付けてくるカナメをつかんで抱きしめる。

 あたしは足を伸ばしてゴロゴロ出来るだけで幸せなのだ。

「お金はね、使えば無くなるの」

『それはそうだけどっ! 注文してくれたアンドロイドに比べれば、普通のホテルだって端金だよっ!?』

「大丈夫大丈夫。一日二食食べられるってだけでも幸せなんだから」

『三食にしよっ!? そこはせめて三食食べようよっ!』

「もったいない」

『私が教えた言葉だけど、それホントにやめよっ!?』

「いーのっ!」

 さすがにちょっと五月蠅いので、布団にくるんで抱きしめる。

 実際、注文したアンドロイドはとんでもなく高かった。超大金持ちになったつもりだったが、一瞬で半分消し飛んだのだ。

 更にいえば、入港にもお金はかかるし、戦闘したからアマガサのメンテ代もかかる。

 今回みたいな大儲けなんて十年以上賞金稼ぎやって初めてなのだ。十年ごとに一回でもあるなら兎も角、今までを振り返ると正直大儲け出来る機会がまたあるとは思えない。

 だから節約する生活で十分。

 ちゃんと二食食べられる、ホテルに泊まれる。それだけで身に余るほど幸せなのだから。

「あんま文句あるなら、カナメのアンドロイド出来たらいい所選んでよ」

『……むぅ。考えとく』

「お願い。じゃあたし、ちょっと寝るね」

『目覚ましじゃないんですけどーっ!』

 ぐりぐりとレンズをお腹にこすりつけてくるカナメをちょっと強めに抱きしめて、あたしは意識を落としてゆく。

 気が向いた時に眠れる。それも幸せな証拠だ。

 腕の中でカナメのスピアフロートがもぞもぞと動いていたが、あたしは気にする事無く意識を手放した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても面白かったです。登場人物一人ひとりに物語があり、想像の余地があってもっとフォーカスして見てみたいと思いました。 [気になる点] 最終決戦時、アマガサとロマロとマッドが同じ『』で、読み…
[一言] 子供の頃にSF、スペオペを読んだときのワクワクがありました。 外伝含めてすごく楽しかったです。 また彼女たちの活躍が見たいと思わされました。 縮めて言うと、GJ!続きはよ!
[一言] お疲れさまでした。 前作とシリーズ化してリンクしていただけると友達に勧めやすいのですが。
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