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第五章   アマガサ

「ただいまーっ!」

『おかえりーっ! 何よ奏芽カナメ、部活は~?』

「今日からテスト期間ーっ!」

 答えながら靴を脱ぎ、台所に向かう。

 私は天笠アマガサ奏芽カナメ。永遠の十六歳だ。

「げ、ねぇちゃん」

「何よその反応。ぶん殴るわよ俊和としかず

「ぼうりょくはんたーい」

 そう言いつつテレビゲームに視線を戻す弟。

 そのリビングを抜けて、台所へ。冷蔵庫から麦茶を取り出して、自分のコップに注ぐ。

 安いプラスチックのコップだ。夏だから透明なグラスで麦茶と言いたい所だけど、裕福なおうちでは無いのでマイカップはこれ一個だけ。夏冬兼用だ。

「お母さん、夕飯は?」

「生姜炒めよ」

「……うん、それなら外れはないかな」

「何よ上から目線で。たまには作ってくれてもいいのよ?」

「じゃ、勉強してきますっ」

 ぐっと一杯飲み干して、麦茶を注いで二階の部屋へ。

『ちゃんと制服ハンガーに掛けときなさいよーっ!』

「分かってるってーっ」

 いつものやりとりを繰り返して、弟の部屋の隣にある自分の部屋へと入る。

 勉強机とベット、本棚があるだけの狭い部屋だ。ハンガーは壁に釘を刺して一カ所だけ掛けられるようにしてある。

 こんな部屋でも今はスマホがある。便利な時代に生まれてホントに良かった。

 麦茶は勉強机へ。鞄も一緒に放って、制服のままベットに寝転がる。

 いつもの毎日。繰り返される一年。

 けど、あたしはこの毎日が夢なんだと知っている。

 スマホを取り出して、スイッチを入れる。

 これは、共通の夢の中で繰り返される、私達の日常。何百年も繰り返されているなんて知らなかった、幸せな夢。

 それを、スマホ越しに思い出す。

 初めて起きた時も、こんな暑い日に、ベットに寝転がっている時だった。

 いきなり頭を殴られたかのような衝撃。

 ぱっと目を開くと、目の前には少女がいた。

 ミイラのように痩せ細り、死んでいるようにしか見えない女の子。

 戸惑う私をよそに、頭の中には彼女が生きているというデータが流れてくる。

『え、は? 何これ? 何?』

 出てきた声は、私の声であっても何故か機械チックだった。

 その声で目が覚めたのか、女の子が座席に寄りかかったままうっすらと瞼を開いた。

「だ……れ……」

『いや、待って待って』

 私の声。だけど、なんか違う言語で喋ってる。

 そう思うと同時に、何百という言語が頭に浮かんだ。英語や日本語なんてのもあるけど、知らない言語の方が遙かに多い。

 なのに、どの言語も喋れると言う確信がある。

『えっと、ちょっと、えー? ……うん、まず、あれね。水と、食料』

 少女は餓死の一歩手前。

 もしかしたら病気かもしれないけど、見た感じはそれだ。

 だからこそ水と食料の場所を考えた時、全ての記憶が蘇った。

 難病で死んだ時。

 一縷いちるの望みをたくして、両親が脳ドックに私の脳を保管した時。

 宇宙へと発射する事になった、その一部始終を。

 もう死んでいて、脳だけなのに、あたしは何故かその光景を記憶していた。

 何が現実で、何が夢なのか。

 分からなくて、吐きそうで。それでも、目の前に死にそうな少女がいるというのは、救いだった。

 彼女を死なせない為に行動すればいい。そう思う事が出来たから。

 そのとき改めて私が何になっているか意識してみれば、脱出ポットみたいな球体だった。頭の中には戦闘機である事と型番や武装などが流れてくるけど、基本的には余計な情報だ。

 知りたいのは、この身体の動かし方だけ。

 何も見えないのでライトを付けて、右へ左へと動ける事を確認。

 同時に、食料がある場所も見つける事が出来た。

 と言うか、この戦闘機がぶつかった建造物だ。

 円錐状の巨大な建物。SFアニメとかで言う、コロニーみたいな奴だ。

 そして、私がいる場所でもある。

 そこに入る事には少し抵抗があったものの、少女の命を優先して、兼引けんいんようのワイヤーを射出して移動を始める。

 少女の生命維持に必要な燃料すら極僅かなのだ。エンジンの稼働は抑える必要がある。

 今の私は球体の戦闘機だけども、意識は他に移せる。幽霊になって、機械に乗り移ってるような感覚だ。

 そんな不思議な感覚で、建造物のハッチを開き、中へと入り、すぐに閉じた。

 すぐ閉じたのは、建造物の中なら僅かではあるが外より気温が高いのだ。それでも気温は低い。生命維持装置が稼働しているコックピット内ですら氷点下。外気に触れた瞬間、少女が死にかねない。

 食料を見つけたとしても、どうやって少女の元に運べば良いか。

 その答えは、すぐに分かった。

 戦闘機のデータからどう作業すれば良いのかが脳裏に流れ込んできたのだ。

 小物だけをエアロック経由で中に入れる機能がある事を知り、私は残っているだろう食料の場所へと向かう。

 それは、私の記憶か、この建造物のデータか。

 『おい、この食料とかどうすんだよ』

 『人権屋主導のテロリスト共がすぐそばまで来てるんだ。諦めて最終確認に入れ』

 『もったいねぇ。……あれ、でも閉じたら真空になるんだよな? どっちにしろ電力の無駄じゃねぇか?』

 『そー言うのに対応する余裕がねぇって言ってんじゃねぇか。兎に角、打ち上げた』

 そんな会話が、見てきたように思い出される。

 その場所に向かい、扉を開く。

 溢れ出る水と食料に、慌てて扉を閉める。

 アームとかがあれば楽なんだけど、意識を建造物に移したり機体に移したりとめんどくさい。

 まぁそんな事言ってられないけど。

 水と食料を機内に入れ、少女の元に。

 遠隔充電を始めると同時にコックピット内の温度を上げる。 

 それから暫く待つと、少女はゆっくりと瞼を開いて、浮いているボトルに手を伸ばした。

 開ける事すら苦労しているようだが、そこは手出しできない。

 少女がどれくらいぶりかの水と食料に手を着けるのを見ながら、私は確認したくない事実を見に行く。

 ここは、脳ドック。一万人の健康な脳が納められている建造物だ。

 確認したくなんて無い。吐きそうなぐらい、怖い。

 なのに、吐く為のモノも、身体すら無い。本当なら、奥歯をカチカチと鳴らして震えながらそこに向かっていたはずなのに。

 ゆっくりと、建造物の端に近付く。

 多分、少女がぶつかった場所に一番近い所だ。

 ≪可能性ノ柱≫。両親が、私を救う為に多くを調べて、たまたま見つける事が出来た初期プロジェクト。記憶が確かなら、No.5と書かれたここに、私は居る。。

 建造物にアクセスして、ロックを解除。ゆっくりとせり上がってくる水槽に入っていたのは、想像通り脳みそだけだった。

『あは、あはははははははははははっ!』

 泣く事も出来ない。

 壊れる事も出来ない。

 それが、辛かった。

 壊そうと、終わりにしようと、そう思った。

 体当たりしようとした瞬間、水槽の一番下に張り付けられた札が目に入った。

 両親が刻んでくれた、ネームプレート。

 『天笠奏芽  貴女の、幸せな未来を願って』

 機体を、動かす事が出来なかった。

 お父さんが、お母さんが。私の病気でどれだけ苦労したか知っている。弟も、どれだけ苦しんだか。

 でも、今の私には、脳みそしか無い。

 存在する為だけにコードを繋がれた、脳みそしか。

「どう、したの……?」

『どうしたら、いいんだろ。……今の私は、それ』

「……うん」

『死にたいよっ! ずっと、幸せな夢を見てて、いきなりこれなんてっ! こんなの、あんまりじゃないっ!』

 私の叫びに、少女はもぐもぐしながらモニターを真っ直ぐに見据えると、ごっくんと音が出そうな勢いで飲み込んだ。

「でも、あなたが、助けてくれた」

 その微笑みに、私は目を奪われた。

「……たから、ありがとう」

 そうとだけ呟くと、少女は事切れたかのように座席に沈んだ。

 慌ててバイタルを確認してみるが、生きてはいる。カメラだけでは見た目の健康状態しか分からないのがもどかしい。

 そんな事を思うと、最新の機種なら適時スキャンして病気などの判別も可能、なんてデータが出てくる。

『……ははっ。あぁ、そっか。私は、ダイブシステムを使ってるみたいなものなのか』

 この機体に蓄積されたデータからしか情報は得られないけど、私にとって未来である現在の状況を垣間見る事が出来た。

 この少女が、この機体に乗り込む事になった経緯も。

『感謝を言うのは、私の方ね』

 この子がいない状況で目覚めていたら。

 きっと私は、気が狂っていただろう。何も無いこの深淵領域の中で、まだ幸せな夢の中にいる人たちを羨んで、憎んで、この脳ドック毎破壊する為に行動を始めていた筈だ。

『ありがとう、ユイちゃん』

 自分よりも不幸な少女。

 彼女がいてくれたから、私は私でいられる。

 だから、この不幸な少女を幸せにする為に。それ以前に、生きてこの領域を出て貰う為に。

 私は、再び幸せな夢の中へと戻っていった。

 それが今の私の、始まりの日

「あ、ユイちゃんからだっ」

 久しぶりの通知に目を輝かせ、私は意識を現実へと浮かび上がらせた。


『呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン! 永遠の十六歳、カナメさんだよっ!』

 宇宙空間に虹色のスポットライトが差し、その中心でビシッとポーズを決めた美少女。

 何か、非常に古い感じのアイドルを思わせる登場だ。電脳空間の一部ではこんな感じのアイドルに熱狂している、と聞いた覚えがある。

 そんな事を他人事のように冷静に考えて、あたしは小さくため息を漏らした。

「ホラーな感じで出てこられるよりはずっといいけど……たまには普通に出てこれないの?」

『たまにしか呼んでくれないからこうなるんだよっ!』

「だって……あんま迷惑かけたくないし」

『もう。気にしないでいいって言ってるのに』

 カナメは笑顔でそう言ってくれるけど、年下になった少女はあたしにとって命の恩人なのだ。迷惑をかけたくないのは、当然だと思う。

 まぁ、呼んだけど。

「あ、そうだっ! お金入ったから義体買えるよっ!」

 思い付いて、つい昔みたいな声を上げてしまう。

 それにカナメはクスクスと笑って、首を振った。

『それは、ユイが稼いだお金でしょ?』

「いいの。……あのね、何かさせてくれないと、あたし、ずっと恩返しできない」

『……じゃあ、そうだ。アンドロイドとか言うの買って欲しいな。それならユイちゃんと散歩できるでしょ?』

「勿論っ! って、そうだ。お願いがあって呼んだのよ」

 違う事に夢が膨らみかけて、慌てて話を戻す。

 が、カナメはモニターからあたしの右上をジッと見ていた。

『……それもいいなぁ。ユイちゃんの側に入れるし』

「スピアフロート? うん、乗っ取っちゃってもいいよ」

『いいのっ!?』

「宇宙警察の物だから、大丈夫。今回のをちゃんとやれば、大きな貸しになるし」

『ひゃっほぉいっ! ……って、これすごっ! ユイちゃんが最初に乗ってた機体より断然高性能なんですけどっ!』

 即座に乗っ取ったらしく、カナメの声がスピアフロートから聞こえてくる。

 まぁ、うん。カナメが喜んでくれた事は嬉しい。

 けど今は仕事中だ。

「あのね、アユメに連絡取って欲しいんだけど」

『出来るけど、それだけ?』

「うん。アユメの奴、多分今拗ねちゃってるから」

『ん、了解。ちょっと待ってね』

 カナメ達にとってジャマーは障害にもならない。

 あたしには詳しい事が分からないが、アユメと同郷どうきょうのマッド爺さんに言わせれば、『肉体を失って長い期間存在した事で少し上の次元存在になっている』と言う事らしい。

 分かりやすく言えば『電脳空間の神様級』だとかなんとか。

 カナメに言わせれば、『転生してないけど脳だけでした。なライトノベル』らしいけど、何のことやら。

『ねぇユイちゃん。こっちに通信繋げないって。ジャマー?』

「このファティマグループの艦隊を、あそこにある拠点にぶち込んでってお願いして」

『えー。それなら私でも出来るのに』

「仕事だから。カナメにはあの敵拠点にある反物質の位置を特定して欲しいんだけど。出来ればそこに艦隊ぶち込んで欲しいなって」

『適材適所ねっ! オッケーっ!』

 そんな返事と共に通信が切れて、レンズが赤く変わる。

 出会った時から変わらないカナメ。それが、素直に羨ましい。

 そんな事を言ったらきっとカナメは『ユイちゃんの方が羨ましい』なんて言うだろうから、言葉にはしないけど。

 と、カナメがアヤメに話を付けに行ってから五分と経っていないにも関わらず、ファティマグループの艦隊が動き始めた。

 カナメに声をかけられて、もの凄く張り切ったんだろうなぁってのが分かる迅速さだ。

『ねぇ。なんかアユメちゃん、悪化してない?』

 戻ってきたカナメの言葉に、あたしは肩を竦める。

 「何が?」なんて聞くまでも無い。

「電脳の女神様にお目にかかれれば、ね」

『……あんな登場しといてあれだけど、そー言われると恥ずかしい』

「最初の時からそー言ってるでしょ? アユメにとってはそうなんだって」

 カナメとアユメの出会いがどんなんだったかは知らない。あたしが知っているのは、アマガサ建造に必要だからと、カナメがアユメに声をかけ、協力して貰ったという流れだけだ。

 ただ、アユメがカナメに憧れ、元々の名前であったアユから語感を似せたアユメに変えた事だけは事実。モニター越しに会って速攻でカナメの素晴らしさを小一時間も聞かされた悪夢は、未だに鮮明だ。

 何を言っていたかはあんま覚えていないけど。

「兎に角、誘わないでよ? 普通に身体捨てちゃいそうだし」

『私がそんな事言うはず無いでしょ?』

「うん。でも、マッド爺があれだから、念の為ね」

『……天才で、同類大好きなのよねぇあの人』

 そんな話をしている間にも、ファティマ艦隊が敵拠点へと加速してゆく。

 二発目のブロックはすでに警察艦隊で爆発。一回目より爆発の規模が小さかったのは、単純に巻き込めた艦数の少なさが原因だろう。

『あ、それで反物質っぽいのは五カ所。あそこの設備のデータ、お爺ちゃんに送っちゃったけど良かった?』

「うん、大丈夫。それより、ファティマの艦で、ちゃんと墜とせそう?」

『当たり所が良ければ一発だし、オーバーキルね。あ、もう後退した方がいいわよ?』

「そうね。あ、それでまたお願いなんだけど」

『お姉ちゃんにどーんと任せなさいっ』

「……もうあたしの方がお姉ちゃんだけどね」

 あはは、と乾いた笑い声が漏れる。

 ホント、時間の流れは残酷だ。

 機首を百八十度反対へと向けて、加速する。ジャマーを切って、全域に逃げるよう通達しておくのも忘れない。

『じゃあお姉ちゃんっ! もっと妹を頼ってっ!』

「一生かかっても返しきれないくらいに頼ったから、気が引けるんだけど」

『もう。……あ、そういえば最近の義体って味覚の再現まで可能なのよね? 現代の食べ物って、凄く興味ある』

「義体のシステムをアンドロイドに適用すればいけると思うけど……あたし、今まで美味しい物ってあんま食べた事ないなぁ」

『そうなの?』

「カナメに貰った食べ物が、今までで一番美味しかった」

 思い出すと涙が出そうになるほどに、あのときの食べ物は美味しかった。

 どんな味だったかはもう思い出せないけど、きっとあたしは、あの日以上に美味しいと感じる事はないだろう。

「まぁ、やっと借金も返済できて、かなりお金に余裕はあるから。操作できるアンドロイドが出来たら、一緒に行こう」

『うんっ! 楽しみだなぁ~』

 そんな話をしている間にも加速は進み、拠点は見えなくなる。

 だが、爆発の光は確かに見えた。

 思わず瞼を閉じるほどの閃光。全速全開で距離を取って尚機体が揺れるほどの衝撃。二度目の爆発はマグマの塊のような熱源となり、恒星こうせいのような輝きを放ち出す。

 その光はまばゆく、虚空領域ヴォイドエリアを抜けても尚輝きが見て取れるほどのエネルギーを放ち続けていた。

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