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第四章   決戦虚空領域

 決戦当日。

 その日は、特に何があったわけでも無く普通に訪れた。

 賞金稼ぎは百二十七隻。内七割はアマガサと同種、一回り小さい戦闘機。参加するだけでも手当が支払われる為、近場にいた駆け出し賞金稼ぎも集まった結果だ。

 艦と呼べるのは二十隻も無く、大型艦は一隻だけ。撮影しているマスコミからしてみれば、賞金稼ぎ達の存在は非常に心細く映る事だろう。

 何せ、その後ろには二十隻もの大型艦が並んでいるのだ。更に、それぞれの艦には駆逐艦が二隻ずつ随行ずいこうしている。それらのカラーリングは緑と黄色で統一され、ファティマグループと分かる紋章が付いている。

 一緒くたに撮影されているとすれば、賞金稼ぎの団体は完全におまけだ。これで交戦が始まれば、大型艦からはそれぞれに十機以上戦闘機が出てくるはず。まぁ、実働的にもおまけになる事だろう。

 そんな光景を俯瞰ふかんで眺めていられるのは、あたしがその集団からは離れた位置にいるからだ。

「一応レシーバーを展開しておいたけど、これで分かりそう?」

『ありが、とう。……うん、データは、来てる』

 独り言のようなボソボソとした声だが、女性と分かる声色だ。

 アユメ。フルネームを知らない相手ではあるが、仕事では頼りになる仲間だったりする。

 アマガサの基礎プログラムを作って貰った頃からだから、随分ずいぶんと長い付き合いだ。その彼女がわざわざ危険だと連絡を寄越よこしてくれたのだから、言われた通りにするまでだ。

『ブラックボックスの、プロテクト。あれは、凄かった、から。万が一は、ある』

「……クラッキングして操作奪うなんて、可能なの?」

『ボクなら、出来る』

 まぁ、うん。アユメならそんな事も出来るんだろう、きっと。

「……なら、≪イミテュート・ゼロ≫の拠点ハッキングとかは?」

虚空領域ヴォイドエリアだから、二手間は、欲しい。あと、時間、沢山』

「そりゃあそう簡単にできるわけないわよね」

 そんな真似がさほど苦労なく出来るなら、今頃この世界はハッカーの天下だろう。

「でも、それならファティマグループの艦から指揮権奪うとしても、一隻がせいぜいなんじゃないの?」

『起動中は、無理』

 アユメがそう呟くと、アマガサのスクリーンが起動し非常時を示す映像が流れた。

 と言うか、見覚えのあるアラートだ。外部からの不正なアクセスが強力だった時表示される文字列、だったと思う。今回は表示だけで警報が鳴り響いていないので慌てはしないが、過去に三回いきなりアラートが鳴り響いて慌ててアユメに連絡を取った覚えがある。

『普通、こうなる』

「あー、自動で防御してくれるから分かるって事?」

『……うん。それで、いい』

 アユメ的にはかなり違うんだろうけど、頷いてくれたので合ってるという事で。

 付き合いが長いので、言葉少ないアユメ相手でもそれなりに理解は出来る。完全に間違っていたら返事が無いので、うんと言ってくれただけで及第点きゅうだいてんだ。

「でも、それなら尚更不可能じゃない? 最悪主電源落とせば良いんだし」

『その為の、一手間』

 アラートのスクリーンが消え、今度は三つのスクリーンが展開する。

 その映像は、映す場所も人物もバラバラだった。一つはメインデッキの映像で、もう一つは格納庫。そしてエレベーター内。それらの映像は順次切り替わってゆくが、共通点にすぐ気付く事が出来た。

 ファティマグループの艦だ。さすがに内装で気付く事は出来ないが、案内の女性がファティマグループの制服だったり、格納庫だったら艦体のカラーリングだったりで、関係性にはすぐ気付けた。

『映像は、≪イミテュート・ゼロ≫の、関係者』

「元が一緒って言ってたし、不思議は無いでしょ」

身分偽装みぶんぎそう

「でも裏で取引してるんでしょ?」

『……マックスに、聞いて』

 説明するとなると長くなるのか、マックスに丸投げするアユメ。

 ただ、重要な事としてマックスから聞いているのは、『今現在ではファティマグループと≪イミテュート・ゼロ≫は繋がっていない』『ファティマグループが≪イミテュート・ゼロ≫に付く可能性はない』と言う事だけだ。身分を詐称さしょうして関与していたと言う事は教えて貰っていない。

 つまり、調べた限りでは報告する必要の無い情報、って事なんだろうけど。

『ユイさん。傍観ぼうかんするなら報奨金は支払えませんよ?』

「サイト。まぁ、うん。別段頑張る気は無いから」

『でしたらマスコミと同じ位置まで下がってください』

「はいはい」

 サイトはいつも通りスピアフロートから。でもってサイトが回線を繋いだと判断するやいなや、アユメは即座に回線を閉じている。

 人見知りのアユメらしい迅速じんそくさだ。何年経ってもそのあたりは変わらない。

「それでサイト。今聞いたんだけど、身分を偽装して接触してきた奴らに関しては調べたの?」

『聞いていませんか? 立ち入り調査も行ったんですが、異常は見受けられませんでした』

「そーなの?」

『保有艦の中に関しては稼働時で無いと監視カメラも動いていないので動きは追えませんでしたけど、聞き取りとスキャンの結果何一つ問題ないと報告を受けています』

「なら、あの艦の指揮権を奪われる可能性は無し?」

『当たり前じゃないですか。艦内にひそんでいて武力制圧でもされれば話は別ですが、不正アクセスとかでどうにかすることはできませんよ』

「ふ~ん」

 呆れたような声色から察するに、それが常識なんだろう。

 アユメが例外なだけだ。

『今日の為に、出来るだけ不確定要素は排除したつもりです。不安がないわけではありませんが、まぁ大丈夫かと』

「大船に乗った気でいろ、とは言わないわけ?」

『ユイさんは大船に乗ってませんし、ボクも船頭せんどうではないですからねぇ』

「……もしかして、参加してないの?」

 あたしの投げかけに、サイトは乾いた笑い声を上げた。

『残念ながら。……ここまでの地位になると不便なもので、この日の為の準備だけで終わりですよ。美味しい所は、ここの銀河警察が食べてくれるみたいです』

「あー。通りで長官とか言う奴が出てきてるわけだ」

 何かもの凄く偉い人、と言う感じで広域通信を行っていたが、たぶんあれがこの惑星系を管轄する銀河警察の長官なんだろう。

 駆逐級だけでも三百、戦艦級も多く、極めつけは母艦級を三隻も投入している。サイトがいるからかと思ったが、銀河警察の長官が出てきているからなんだろう。

『戦力過剰なのですが、どうも彼は私の事が嫌いなようでして。……まぁ、宇宙警察の権限で艦隊を用意しろと言われるよりはずっと安く済んだのでいいんですけども』

「……ん? 長官とか言うのがお金使ってたら一緒なんじゃ無いの?」

『違いますよ? ……そうですね。作戦が終わるまでは寝るわけにもいかないので、ちょっと説明しましょうか』

 もの凄く勉強っぽい雰囲気になったので思わず頰が引きつったものの、黙って聞く事にする。

 あたしも暇なのだ。

 と言うのも、現在は虚空領域ヴォイドエリアに侵入し、侵攻を始めた所。ぱっと見ではどの艦も停まっているように見えるが、全艦共に速度を合わせて慣性航行中。≪イミテュート・ゼロ≫が今日の侵攻を知らないはずも無いので、襲撃を警戒して行動しているというわけだ。

 ちなみに、警察の艦隊は逆側からの侵攻だ。≪イミテュート・ゼロ≫の拠点があるだろう位置に同時に到着するよう、連絡を密にして行動している、らしい。

 らしいと言うのは、ファティマグループ艦隊の総指揮官とやらが一方的に指示を出しているからだ。不満を持つ賞金稼ぎは多いだろうが、一目で分かるほどに強大な戦力なので、素直に従っている。

 ≪イミテュート・ゼロ≫が何の対策もしていないのなら、開戦まで後三十分はあるだろう。

『まず、全ての警察は世界治安維持機関より認可を受けて活動している事になっています。厳密に言えば少し違うのですが、一般に言われる宇宙警察がこの機関です』

 そんな言葉と共にスクリーンが起動して、分かりやすい図が現れた。

 普通に生きていれば何となく察する事が出来る警察の序列だ。ピラミッド型で、頂点が宇宙警察になっている。

『そして、見ての通り銀河警察があり、惑星警察があり、国家警察があります。ここで重要なのは、各警察は独立していると言う事ですね』

「警察なのに?」

『極論で言えば、フランチャイズのような形式なんですよね。銀河警察ならその銀河系で発言力のある惑星の方々と相談して設立、惑星警察ならその惑星系の方々と相談して設立と、根本的には世界治安維持機関がありきではあります。ただ、職員は必然的にその地域の方となりますし、設立にあたる資金も地域の方からの援助が大きい。幸いな事に、設立は関わった政治家の名声上げにも役立つようでして』

「まぁ、でしょうねぇ」

 警察の力は強大だ。良くも悪くも『法が警察』と言われるのは伊達では無いのだ。

『ですので、世界治安維持機関は監査として各警察が正しく運用されているかの確認を行いますが、基本的な運営はその銀河系や惑星系の方々が行います。ですので、銀河警察が大金を使ったから宇宙警察に請求が行く、と言う事はないんですよ』

「……それでどーやってあんたの給料支払われてんの?」

『ロイヤリティですよ。警察機能の維持、監視、アドバイザーとして職員を派遣してますので、その分の対価が入ってくるんです。まぁ最も大きな収入源は献金ですけども』

 なんかこう、宇宙警察の職員なんて正義と引き換えに全てを犠牲にしているようなイメージだっただけに、違和感が凄い。

 まぁ、お金の為に仕事をするのは当然なんだけども。

『おかげで彼のように宇宙警察を敵視する警官ってのも多いのが難点ですけどもね。……個人献金の多さは、不満の多さでもあるんですよ。この銀河系は、それが多い部類でして』

「あ、もしかしてロマロ絡みじゃなくて、そっちで来てたわけ?」

『そうですよ? 監査に来てただけです。……元いた場所からリムルライト銀河警察本部までは、三週間以上かかりますしね。あのタイミングでユイさんと会えたのは偶然です』

「ワープ装置の近くに建造したら良かったのに」

『惑星間で色々と駆け引きがあったんですよ、たぶん』

 宇宙での航行は普通に光速を越えるが、それでも尚時間はかかる。その為各銀河系で最低一つは設置されているのがワープ装置だ。おかげで銀河系間の移動に年単位で必要だった時間が、一気に数秒へと短縮された。

 そんなとんでも技術ではあるが、それ故にとんでもなく高い。銀河系と銀河系を繋ぐ為に設置されてはいるが、惑星系間では殆ど設置されていないほどに。

 だからこそ、移動に時間がかかるのだ。

 今回、賞金稼ぎが百隻に満たないのも、その辺りが大きい。虚空領域ヴォイドエリアで活動できる艦船かんせんの保有者で、かつこの宙域に今日までに辿り着ける賞金稼ぎ。正直、これだけでも良く集まったと言えるぐらいだ。

『お、始まったようですね』

「……は?」

『言ったでしょう? 宇宙警察を嫌っている、個人献金が増えるような長官だと』

「分かってたならいいなさいよ」

 こっちはまだ交戦の様子すら見えない距離だ。

「で、この場合報奨金でるの?」

『宇宙警察が支払うわけですから、間に合わなくても支払いますよ。……この件も含め、長官と総監にはその地位を降りて貰うことになりますが、犠牲になる者が可哀想ですね。お二人の資産で補填ほてんさせますか』

「……あー、そのために言わなかったの?」

『私の指示を無視して隊を動かした。被害ゼロなら言い訳も通りますが、一人でも死ぬようでしたら諸々(もろもろ)の微罪しょくざいを含め退任していただく事が可能ですからね』

「性格悪いなぁ」

『クズを相手にするにはこれくらい出来ないと話にならないんですよ。……ホント、成り上がれるクズほど厄介な者はないですからね。コネだけの二代目三代目だと楽なんですけど』

 警察としての仕事以外の部分が大変らしく、スピアフロートからは深々としたため息が漏れてきた。 

 彼みたいなのがいるから、警察はちゃんと警察として機能しているんだろう。

 ただ、クズ警官はクズ警官で使い道が多いので、ほどほどにしてほしいものである。

『……あ』

「どしたの?」

『五隻ほど消えました。……だから陣形は間隔を広くと言っておいたのに」

「反物質はこの宙域だとキツいだろうし……タム爆雷?」

『恐らくは。個人的に出しているドローンからの映像なので、実際に何かは分かりませんが』

 反物質は物質と接触する事で対消滅を起こして爆発する。つまり、何も無い空間である虚空領域ヴォイドエリアではその効果を最大限に発揮できないのだ。

 適当にばらまいて機雷原のように使うというのも、ロマロの口ぶり的に不可能だろう。何せ、維持が難しいと言っていたのだ。対消滅を引き起こさずとも、反物質はすぐに消えていくモノだと判断できる。

 反物質に次ぐエネルギーを発生させるモノと言えば、タム火薬。

 今どき火薬と言えばエネルギー兵器の下位互換だが、タム火薬の爆発だけは一線を画している。あまりにも危険、かつ取り扱い難度が高い為製造は遙か昔に中止されたはずだが、一般的に知られる程度には定期的に問題を起こす化合物である。

「……まさか、ヤバい?」

『無能ではない筈なんですが……長官が総指揮官ってのがマズいですね。現場から離れて長いはずです』

「ん~……まぁ、負ける事は無いでしょ?」

『私の指示通り動いてくれていたのなら、負けはないと思いますが』

「……なんで過去形?」

『指定した位置から射撃を始めないようですので。……あー、また引っかかった』

「それ、宇宙警察としてどーなの?」

 平然と仲間を見捨てているようで、サイトへと向かって半眼を向ける。

 だが返ってきた言葉は抑揚のないものだった。

『回線が繋がらないんですよね。まぁ指示に関してはちゃんと録音してありますし、勝とうが負けようがこの映像さえあれば宇宙警察としてデメリットはありませんからね。指示に従わざるを得ない末端を哀れに思う程度ですよ』

「……今の音声売ったらボロ儲けできそうじゃない?」

『ヤメテッ!』

 甲高い悲鳴のような声が上がり、咳払いと共に緑のレンズが目の前へと迫ってきた。

『ホントやめて下さいよ?』

「大丈夫よ。借金があった頃なら悩んだかもしれないけど」

『……ロマロ様々ですね。後は素直に捕まってくれれば、栄誉重要指名手配犯として刑務所に額縁

(がくぶち)でかざるんですけど』

「あいつが素直に捕まるとは思えないけどね」

『それも含めて近付かないように言っておいたんですけどね』

 遙か遠くで、星のようにきらめいているのが見え始めた。

 艦隊が速度を上げる。交戦が始まっている事に気付いたのだろう。

 あたしはマスコミの集団と共に、慣性航行を維持しつつその後ろを見送る。

 モニターに、飛来するデブリや流れ弾などが観測され始めているのだ。シールドで問題なく対処できるとは言え、そんな場所にわざわざ加速して向かいたいとは思わない。

「で、陣形が事前の打ち合わせと違うみたいだけど、それも長官とやらの独断?」

 作戦通りなら、警察の艦隊は上下から。あたし達賞金稼ぎとファティマグループの艦隊は中央を攻撃する手はずだった。包囲戦ではあるが、フレンドリーファイアを避ける為に綿密な打ち合わせをした、と聞いていたのだが。

『賞金稼ぎ班が到着する前に片付けておくつもりだったんでしょうねぇ』

「どーすんのこれ」

『どうしようもないですよ。被害度外視、数で押し流すだけですね』

 サイトが呆れたようにそう呟くのと、ピピッと着信音が響くのは同時だった。

 発信元は、隣の小型艦。要するにマスコミだ。

 あまりいいイメージは無いので逡巡しゅんじゅんしたものの、拒否する理由も無いので繋ぐ。

 と、スクリーンが立ち上がり、学生のような幼さの残る女性が映った。

 栗色の髪は三つ編みで二つに纏められ、可愛らしい顔を引き立てる空のような青い瞳。丸眼鏡とそばかすが、幼さと愛嬌あいきょうを感じさせる。

『失礼します。あの、賞金稼ぎの方ですよね?』

「そうだけど、あ」

『ユイさんじゃないですかっ! うわ~っ! ファンですっ! サイン下さいっ!』

「えぇ……」

 『あんたは?』と返そうとした言葉をさえぎられてのどアップに、思わず身をらせる。

 ファンって。

 アイドル的な賞金稼ぎも存在するが、一流で、かつ顔立ちが整っていたりと存在に華やかさがあればこそだ。

 あたしは見た目がぱっとしない事を理解してるし、たまたま借金を完済出来ただけの二流だ。それにファンとか言われても、にわか感が凄い。

『あ、わたしSWNスペースワールドニュースのレポーター、ミハ・ルイ=レイですっ! ミハって呼んで下さいっ!』

「あ、うん。えっと……それで、何?」

『あ、そうでしたっ! 皆さん、あのユイさんより現状の説明をしていただけるようですっ! ユイさん、我々に当初説明されていた作戦スケジュールとは大幅な変更があるようですが、これはどういうことでしょう?』

 こー言う道理もマナーもすっ飛ばすような真似をするから、メディア関係者は嫌なのだ。

 辟易へきえきしつつサイトを見る。

 スピアフロートなので表情なんて無いのだが、非常に嫌そうな顔で頷いたのが分かった。反応としては、レンズを一度下にさげただけだったが。

「個人的な見解だけど、合流予定時刻までにはまだ十分はある。確認した限り、 ≪イミテュート・ゼロ≫の本拠地は予定通りの位置。つまり、警察側の独断専行でしょうね」

『なるほど。あ、今すぐ近くをビームが通りましたっ! ユイさん、我々の安全は保証されているはずではっ!?』

「その辺りは聞いてないけど……戦場に撮影に出るって言って、安全は保証するなんて馬鹿な発言した奴いるの?」

『はいっ! リムルライト銀河警察長官が我々五大メディアに対してそう保証してくれましたっ!』

「ふ~ん。でも、今飛んできたエネルギー兵器、警察の奴のだけどね」

『……え?』

「拡大すればそろそろ見えるんじゃない? こっちからみれば、拠点の奥半分を包囲するように展開している。あれなら警察間での同士討ちはないでしょうね。作戦とは違う展開だから、こっちの安全は度外視だけど」

 現場の指揮官はそれなりに優秀なんだろう。全体を見れば網に粗は目立つが、五隻ほどの集団でみれば中々に良い動きをしている。

 上が無能だと下が苦労する。今回の映像は、その良い例になる事だろう。

『でも、それじゃあ危ないんじゃ……』

「そりゃあね。虚空領域だから本来デブリも殆ど無いし、主砲に耐えられるだけのシールドがないならさっさと退避した方が良いわよ?」

『…………』

 ミハは押し黙ると、うかがうような視線を向けてきた。

『……あの、守っていただけるんですよね?』

「長官に保証されてるなら、長官にたよればいいんじゃない? 盾艦じゅんかん一隻回して貰えれば大分安全でしょ」

 盾艦とは文字通り、一番前に出てシールドを張る役割の艦だ。分類としては戦艦に入るのだが、基本的に武装はフェザーバルカンなどの対戦闘機用の小型しか搭載されず、基本的にシールドを展開するだけと言う地味な役割の艦である。

 反面、中長距離での撃ち合いでは基幹きかんとなり得る艦種であり、前面に広大なシールドを展開して攻撃を防ぐ→敵の攻撃が終わったら味方の艦が前に出て砲撃→また後退してシールドに守って貰う、と言った流れが基本となる。

 その基本こそが絶対であるのが、現在における宙海戦の常識である。

『あの、銀河警察に通信が届かないんですけど』

「交戦中だしねぇ」

『ど、どうしたらっ!?』

「撮影できるなら、この辺りで待機しておけば良いんじゃない? レーダーを確認しておけば、回避行動は十分間に合うでしょ」

『……そうですね。では、我々はこの位置で待機しています』

 その言葉が終わるかどうかと言うタイミングで、ミハのスクリーンが閉じた。

『ユイ。負け、た』

「アユメ?」

 突然の通信に首を傾げる。

 アユメが他人との通信を遮断してまで通信を繋いでくる事なんて滅多に無い。相変わらずのボソボソ声を更に不愉快そうに買えているというのも、珍しい事だ。

『物理的、に。基板を、足された。多分』

「……何言ってんの?」

『ユイさん。ファティマグループの動き、おかしくないですか?』

 サイトの言葉にモニターを改めてみてみれば、確かに艦隊は不自然な動きを始めていた。

 前列は盾艦が四隻。その後ろに攻撃用の戦艦が四隻ずつ随行し、更に二隻ずつの駆逐艦。それらが、一糸乱れぬ動きで艦首の向きを変えていた。

 丁度真ん中から分かれるように、三十度ほど角度を変える。それと同時に盾艦が速度を落とし、他の艦が前へ。

 攻撃態勢に入ったというのは、一目で分かる。

 だが、射線を左右に開いた時点で、照準が≪イミテュート・ゼロ≫ の拠点では無くなる。

『信号は、普通。なのに、正規の、コードとして、認識、された』

 アユメとしては珍しく、第三者がいると知った上で言葉を続けている。

 だが、その言葉に耳を貸す余裕など無かった。

 ファティマグループの艦隊から放たれる光。

 それは寸分のずれすらなく同時に放たれ、警察の艦隊へと吸い込まれると、連鎖する爆発を引き起こした。

「は、ははは……」

『そん、な……』

 盾艦が前に出るタイミングの隊は無事だったものの、運悪くシールドを展開していないタイミングで砲撃を受けた艦が爆発してゆく。その爆発に巻き込まれ、更に光が広がってゆく様は、不謹慎ながらも綺麗だと感じるほどだった。

『ア、アユメさんとか言いましたかっ!? どういうことか説明をっ!』

 サイトが慌てた様子で声を上げるも、そのときにはすでにアユメからの通信は切れていた。

 代わりにデータが送られてくる。

 こういう所がちゃんとしているのはアユメらしい。ただ、文字数は減らして欲しかった。

「……じゃあ、データ送るから。マックスから受け取って」

『いえ、問題ありません。非常に分かりやすかったです』

「え、マジで?」

『アユメさんには、サイトが感謝していたと伝えておいて下さい。……私のミスです。調査が甘かった』

 なげくサイトをよそに、あたしはモニターで戦況を確認する。

 一斉射いっせいしゃによる被害は大きかったが、警察の艦隊、その総数から考えれば一割すら減っていないだろう。ファティマグループの艦隊を敵と認識したのかちゃんと防御行動は取れているし、サイトが嘆くだけの余裕は十分になる。

『ファティマグループが保有する私兵としての艦隊は、種別ごとに全て同一の規格。一隻でも基盤への細工が出来るなら。他全ても同様に、極簡単に細工を行えると考えるべきでした』

「基盤とか言ってたの、艦のメインプログラムって事?」

『えぇ。本来人がいる場所なので、厳重に管理している訳ではありませんしね。……おそらく、金でも握らせて一時間ほど時間を得たんでしょう。対応した奴らは刑務所行きですね。こんなにも被害が出てるんですから』

 穏やかな声色に殺意を感じるのは、まぁ気のせいでは無いんだろう。

 戦艦一隻でさえ一般人では一生働いても買えない程の額だってのに、先程の一斉射だけでもそこそこ爆発したのだ。ただ嘘を吐き黙っていただけではあるが、強制労働十年は食らう事になるだろう。

 余談にはなるが、刑罰は基本的に労役だ。罪が重ければ重いほど、過酷な環境の刑務所へと送られる。人権だのなんだのと難癖を付ける人種やら惑星もあるらしいが、犯罪者に課せられた罰金と刑務所の維持費を請求すると黙るらしい。現金なものである。

「けど、押し切れそうよね」

『それだけの数を揃えましたから』

「……なんか、ロマロっぽく無いのよねぇ」

 正直、一目で異常と分かる真似をしてくると思っていた。

 ぼんやりと眺めるのは、戦場の中心となっている ≪イミテュート・ゼロ≫の拠点。

 四角いブロックを幾つも積み重ねたような不安定な形状ながらも、出力は確からしくさほどの被害も無く未だに健在。主砲がぶつかる時に淡く光るシールドがかなり分厚いのだろう。

 バラバラと虫のように飛び立ってゆく戦闘機の数もかなりのもので、善戦していると言える。

 だが、今のところはそれだけ。ファティマグループの艦隊に関してはアユメとサイトを出し抜くような真似をしてきたが、優れた工作では合っても異常って程の一手ではない。

『ちなみに、ロマロっぽい対応ってどんなのですか?』

「ん~、まぁ分かりやすい所なら自爆かなぁ」

『それも考慮して近付かないように指示は出してありますよ。プロファイル上、自爆する可能性は皆無と言われてはいますが』

「じゃああの拠点が変形して人型ヒトガタになるとか」

『十年単位で必要でしょうねぇ、それ。そもそも、ロマロの管轄外だと思いますけど』

「確かに」

 のんびりと喋りながら戦況を確認。

 ファティマグループ艦隊の指揮権を奪われはしたが、簡単なプログラムによって行動しているだけらしく、戦闘機が出てくる事も無ければ賞金稼ぎが狙われる事も無い。

 なので、賞金稼ぎ達が危なげなく艦隊の無力化を実行している。

 問題は被害を受けた警察艦隊の方だ。

 自分たちで通信を遮断しているくせに、連絡をしてくる事もなく、一部の戦艦がファティマグループの艦隊に向かって砲撃を撃ってくる。

 そんなバラバラな行動からも分かるように、圧倒的な物量で優勢を保っているようには見えるが、明らかに統制が取れていない。

 母艦級周辺だけはちゃんとしているが、それ以外は無数の敵戦闘機に翻弄ほんろうされるがままだ。

『……おかしいですね』

「部下の無能さが?」

『ははっ。その点に関しては下方修正しましたよ。……相手の戦闘機です』

「一流とまでは言わないけど、確かに優秀よね」

『全員があのレベルなんて、あり得ると思います?』

「あり得ないわね」

 宙賊の時点で、一定以上の技術を有しているのはまれだ。努力はしない、数や罠でおとしいれて勝つが基本の犯罪者に、訓練している警察以上の操作技術があるとは考えにくい。

「ダイブシステム、かな」

『あれは専用の機体が必要ですし』

「資金的にも考えられないわよねぇ」

 ダイブシステムを簡単に言えば、意思で機体を動かせるようになるシステムだ。一般人にとってはゲームの方がなじみ深いだろう。

 脳にアクセスできるようにインプラント手術をほどこすだけなので、1万Cもあればちゃんとした手術をして貰える。問題は機体の方だ。

 ゲームのように電脳世界へアクセスする道具だけなら一般家庭でも手は出るのだが、戦闘機となるととんでもなく高い。脳波自体が人それぞれと言う点も問題で、個人に合わせた機体をゼロから組む必要が出てくるのだ。

 そんな事情もあり、≪イミテュート・ゼロ≫程度の組織ではボスが一機所有できるかどうかだろう。普通ならそのお金で戦艦を増産とかするし。

諸君しょくん。今日は私の為に良く集まってくれた』

 そんな言葉と共に、モニターにロマロが映し出された。

 モニターなので、外の景色が見えなくなる。スクリーンで代用は出来るので問題は無いが、アユメのセキュリティをぶち抜いてこんな真似が出来るのは普通に凄い。アユメが知ったら数日は音信不通になるかもしんない。

『まずは感謝を。君たちの献身けんしんに、私は感動を抑えられない。そしてマスコミの方々。あなた方に危害は加えないと約束しよう。苦しく長い雌伏しふくの日々を終わらせてくれたのは、他ならぬあなた方だ。我々は、絶対に、あなたたちを攻撃しない』

『……イカレてますね』

「プロファイルしたんでしょ?」

 あのロマロが、このタイミングで売名行為をしないはずが無い。あたしとしては、出てきてくれてしっくり来たぐらいだ。

『では、まずは我が家を守る戦艦の艦長達から紹介しよう。これが、選ばれた艦長達だ』

 そんな言葉と共に表示された艦長達の姿に、あたしは顔をしかめたのだった。


 サイトはその映像を無表情で見つめていた。 

 スピアフロート越しにノイズ混じりで見る必要は無く、広域電波に乗った映像で。テレビでも流れているだろうから、家族で見ている者にとっては悪夢のような映像だろう。

 ズラリと並んだ脳の一覧。その下に役職と名前が表示されているのが、尚更悪趣味だ。

「これは、マズいですね……」

 何がマズいかと言えば、それが可能だと世界に知られてしまった事だ。

 ダイブシステムによって脳と機体を直結する事で操縦する技術はあるが、小型の戦闘機だから可能という認識だったのだ。サイボーグ化にしても、人としての姿形から離れすぎると脳が拒否反応を示すというのが常識。

 その常識が、くつがえる。

『さて、理論に関しては脳外科医の権威であるイヌホに横取りされる可能性もあるから今回は伏せさせて貰おう。そして、私の実験の結果は、警察諸君が実感している事だろう。まだ常識の枠内、ダイブシステムの延長でしか無いが、それでも百機。そしてここからは有人戦闘機四百機と有脳戦艦二十隻だ。是非楽しんでくれたまえ』

 ダイブシステム対応機を百機用意するだけでも、本来なら天文学的な金銭が必要になる。

 それを、従来の量産機とはいえダイブシステム対応機と同じ反応速度に変えたのだ。過去にも同じ事をした犯罪者はいるが、生きてこうして演説していると言う点は大きい。

『サイト。あんた達はどーすんのよ』

 ユイの言葉に、サイトは返事を出来ずに椅子へと寄りかかった。

 数秒だ。数秒だけ待てば、どうするかの指示は来る。

 そう思い黙っていたものの、連絡が無い。

 そのことに僅かな疑問を覚えつつも、サイトは笑みを浮かべて口を開いた。

「勿論、殺します。あれは、生きていて良い類いの生命ではない」

『そ。なら良かった』

「えぇ、本当に」

 宇宙警察がその知識を欲しがる可能性は十分すぎるほどにあったのだ。

 少なくとも現状では、生かして捕らえろとの命令は受けていないので、殺してしまっても問題は無い。

 だからこそ、サイトは笑顔で頷いたのだった。


「さて、それでは加勢しますかね」

 まだまだ余裕だが、数の有利はなくなりつつある。

 正確に言うのなら、数の有利を活かせなくなっている、と言うべきか。それほど二十隻の戦艦は優秀だった。

 戦闘機と共に警察の艦隊へと突っ込み、的確に数を減らしてゆく。盾艦じゅんかんが存在するように、本来なら攻撃と防御を分ける事で被害を少なく最大の火力を発揮するのだが、敵の戦艦は単艦で局部シールドを展開し、攻撃と防御を同時に行っているのだ。更に回頭も速い為、警察艦隊の被害が加速度的に増加している。

 勿論、全ての敵艦が無事なわけでは無い。接近される前に三隻は集中砲火を浴びて爆散しているし、大体は小破程度のダメージは受けている。

 だがそれでも、同じ戦艦二十隻相手に対して、警察艦隊の被害はすでに倍以上だろう。数の有利が撃てば当たる鴨の集団になっているというのは、傍目はためにも情けない。

 まぁ、助けになんていかないけども。

 幸いこちらに向かっている戦艦はいないし、ファティマグループの艦に関しても無力化済みだ。烏合の衆とはいえ、賞金稼ぎである以上最低限の仕事は出来るのだ。

 なのであたしは、安全な位置から主砲をぶち込む事にする。

 タッチマニューバーでプラズマカノンを選択、起動。

 アマガサ前部が左右に割れ、そこから砲身が姿を現した。

 エネルギー充填と共に砲身に光が集まり、更に左右に分かれた前部の断面にもプラズマが走り出す。

 この機能はログ爺的にはロマンらしいが、実用性も伴っている。プラズマによる射出補助は威力を僅かに上乗せすると同時に、射線のズレを大幅に低減するのだ。あたしのリボルバーで言えば、ライフリングと同じ効果を持っているわけである。

 充填率百%。

 標的を定め、トリガーを引く。右手の中指でタッチマニューバーを押しただけだが、気持ちはフェイタル・ペインのトリガーを引く時と同じだ。

 ゴッ! と、制御なしでは機体が後方へと吹き飛ぶほどの衝撃がコックピットを揺らした。

 放たれたのは青白い光。雷光を伴うそれは宇宙空間を駆け抜け、狙い違わず拠点の一ブロックを貫いた。

 エネルギーの奔流ほんりゅうはそれだけにとどまらず、隣接する二ブロックを完全に破壊し、更に周囲のブロックにまで爆発を連鎖させた。

「ま、上々ね」

『……凄い威力ですね』

「自慢できる威力ではあるけど、今回はちゃんと狙った結果よ?」

『狙うって……全体をシールドで覆ってあるじゃないですか』

「そう思ってたんだけど、ムラがあるのよね。多分あれ、ブロック毎にシールド展開してるわよ?」

『なるほど。良く気付きましたね』

「あのね。さすがのあたしでも、戦場ならちゃんと観察ぐらいはするわよ」

 何か馬鹿にされている気がして半眼で返し、モニターへと視線を戻す。

 思った以上に爆発が連鎖れんさして、拠点の五分の一程が剥がれてゆく。そこが弱点だとばかりに賞金稼ぎ達が一斉に主砲を放つが、ロマロもさるもの。すぐさまシールドが発生して拠点まで届かない。

「……そういえば、ロマロが我が家とか言ってたわよね」

『そう、ですね。言われてみれば』

「もしかしたら、さっきの脳みそ一覧にここのボスの名前が並んでたりするんじゃない」

『確かに。少し調べてみます』

 もしあたしの予想が正しいなら、実にロマロらしい。シェアハウスをして、その相手の持ち物も相手そのものすら自分の物のように振る舞い、潰し、壊し、次の家へと移ってゆくのだ。

 だとすれば、この我が家にも見切りを付けたと言う事だろう。

「さすがにこっちに注意が向くか」

 牽制程度に五機戦闘機がいたものの、警察の艦隊方面から二十機ほどがかなりの速度で接近してきている。

 と、通信を求める音が鳴り、あたしは回線を開いた。

『すまんっ! こっちの戦闘機はほぼ全滅だっ! 任せて良いかっ!?』

「あぁ、戦艦の。……なんで? 墜とされる要素なんて無かったでしょ?」

『警察艦隊の主砲を受けたり、勝手にあっちに向かったりで、残ってねぇんだよっ!」

「なるほど。で、その要求を呑んだとして、こっちにメリットは?」

『ちっ。……貸し一つって事で頼む』

「ふふっ。オッケ、ちゃっちゃと下がって」

『頼む。おい、全速後退だっ!』

 戦艦にとって戦闘機は蚊と同じだ。

 分厚い装甲に大出力のエンジンによるシールド。普通の戦闘機相手なら幾ら囲まれてもせいぜいが小破どまりだが、被害が出ればお金もかかるし、戦闘機が持っている武装によっては死に至る。

 そのために対戦闘機用に特化した駆逐艦なり護衛艦が存在するのだが、賞金稼ぎでそこまで揃えれるのは一流の賞金稼ぎ船団ぐらいなものだろう。 

 戦闘機で代用していたんだろうけど、戦闘機が居なくなったならすぐ下がるってのは英断だ。

 再び着信音が鳴り、通信を開く。

『失礼。先程の主砲、見事でござった』

「それはどうも」

 今度はスクリーンが立ち上がり、おかっぱの黒髪美人が顔を見せた。

 言葉遣いが少しおかしいが、賞金稼ぎは癖者くせものの巣窟だ。むしろ口調がおかしいだけならまともとも言える。

拙者せっしゃ牛若うしわかと申す。砲台型ほうだいがたなら我らが守護するが、如何いかに?』

「主砲の威力が特別ってだけで、戦闘機として活動できる。気にしなくて良いわよ」

『それは重畳ちょうじょう。なれば敵拠点の上を天とし、西を任せても構わぬか?』

「おっけー。そっちは最初の五機すら墜とせてないけど大丈夫?」

『なに、雑兵ぞうひょう相手にたわむれていただけよ。ほたえるならその首すっぱ落とすまで』 

 くっくっと喉で笑って通信を切るウシワカ。

 なかなかキャラは濃かったが、今回集まった賞金稼ぎの中で最も動きが鋭かった機体のパイロットだ。言葉通り、その気になれば楽に墜とせるんだろう。

 そう判断して、あたしは任された宙域へと機首を向ける。

 警察艦隊からの誤射が何気に厄介だ。距離が十分すぎるほどにあるので、レーダーで確認してから回避で問題ないのだが、火力は十分に高いので間違ってもシールドでは受けたくない。

 そんな事を思いながら機体を傾け警察艦隊の射撃をかわすと、向かってきた五機をモニターにとらえた。

 ウシワカ達三機を中心に上下左右に分かれているのだが、上、右、下にも三機ずつに分かれている。

 あたしを抜いて残り十二機なので綺麗に分かれているとはいえるんだろうけど、あたしの受け持ちだけ一人ってのはおかしいとおもう。

 先程までの交戦で、友情でも芽生えたんだろうか。

「ま、足手纏いはいない方がいいんだけど」

 ぼやきつつ、フェザーバルカンを先頭の一機に向かって放つ。

 その回避方法は独特だった。まるで人間が投石をかわす時のように真横に動き、すぐに加速してくる。

 いや『まるで』ではなく、実際に『そう』なんだろう。

 お返しとばかりに放たれるバルカンを、微速後退しつつ機体を傾けてかわす。

「ちっ」

 ちゃんとかわしたつもりが、数発シールドに被弾した。

 相手が優れているのでは無く、収弾性しゅうだんせいが悪いのだ。真っ直ぐ飛行しているように見えるが、上下左右に微動していると言う事だろう。

 ちなみに、向かってきている五機は全て黒塗りの飛行機型だ。脳を搭載する機体には、市販でも高めの奴をあてがったと言う事だろう。

「さて、じゃあこれは?」

 プラズマカノン発射準備。

 アマガサの前部が開きエネルギーの充填を始めると、五機はすぐさま散開し、手で掴むかのように接近してきた。

 肉眼で見ると言うより、ちゃんと熱反応を見るレーダーも認識して行動していると言う事だろう。

「ふむふむ。ならこいつは?」

 手で言えば親指に当たる位置から接近してくる機体へと機首を向け、充填率十%で主砲を放つ。それと同時に、機首を横へと動かした。

 確率は二分の一。実験がてらの一撃だ。

 プラズマカノンは、一秒間プラズマエネルギーを放出する兵器だ。発射と同時に機首を動かせば、一秒分プラズマカノンの形状は変わる。

 そして今回、敵機からしてみれば右側へとプラズマカノンの射線を動かした。

 不幸にも前進を止めて右へと跳ねるように移動してしまったその敵機は、プラズマカノンに薙ぎ払われるように両断され、爆散する。

「うん。やりようは幾らでもあるわね」

 人としての本能があまりにも残りすぎている。

 咄嗟とっさかわす時に足が止まるのも、右か左に回避してしまうのも、宇宙空間での戦闘に置いては致命傷だ。自由自在に動いているように見えても、そう言う癖が残っている以上脅威にはほど遠い。

「しっかし、哀れね。まぁ同情はしないけど」

 望んでロマロの実験台になったわけではないだろう。勝てば義体をくれてやるとでも言われて、死に物狂いで攻めてきているのかもしれない。

 ただまぁ、どんな理由があっても知ったこっちゃないのだ。

 敵である以上、殺すだけ。

 急加速しつつ、残る四機をモニターに捕らえる。

 ロック、ロック、ロック、ロック。

「じゃ、さよなら」

 スイッチと同時に放たれたのは、四本のミサイル。アマガサに搭載した唯一の実弾兵器だ。

 宙海戦で実弾兵器を使われない理由は単純で、エネルギー兵器に比べれば遙かに遅いという点。戦闘機相手に追いつける速度を与えようと思えばエンジンを積むほか無く、巨大化と高コストというどうしようもない難点がつきまとってくる。

 逃げる機体に向かって実弾を放てば、数秒もせず実弾を発射した機体に当たると言う間抜けな展開すらあるのだ。実弾兵器がすたれるのも当然だろう。

 今回のミサイルもその例外に漏れないが、加速して撃つ事で初速に関してはおぎなえる。そしてエネルギー兵器と異なる利点は、誘導弾であると言う点だ。

 四本のミサイルを放つと同時に逆噴射。サイドスラスターをかして迫る四機の射線から機体をらす。

 精密な射撃を出来るパイロットなら、問題なくミサイルを撃ち落とす事も出来ただろう。並程度の技量があれば、加速しつつ旋回せんかいして、ロックの範囲外まで逃げ切る事も可能だ。

 だがその四機は、誘導ミサイルを前に止まってしまった。

 慌てて撃ち落とそうとバルカンを放つが、当たらない。当たったとしても、短時間ながらシールドを展開するようになっているので、連続で当てない限り爆発はしない。

 そのことに気付いたのか逃げようとするが、わざわざ横に旋回せんかいしてから加速だ。幾ら戦闘機の加速が優れているとは言え、それでミサイルから逃げ切れるはずもない。

 四機のケツにミサイルが突き刺さり、爆発。炎は大輪の花のように綺麗に広がり、消えていった。

「さて、こっちは楽に片付いたけど……」

 他も楽勝、とまではいかないが優勢には進めている。

 警察の戦闘機乗りが無能なのでは無く、少数対少数に賞金稼ぎが慣れているというだけだろう。あちらは大艦隊故のやりにくさというのもあるはずだ。

『ユイさん……』

「あ、サイト。ここのボスの名前見つけた?」

『えぇ。……もしかしたら、ユイさんの予想があってたかもしれないです』

 妙に暗いサイトの口ぶりに、あたしは首を傾げた。

「宇宙ステーション爆破するような奴だし、宿主実験台にしてても不思議はないでしょ?」

『いえ、そうではなく。……変型合体』

「変形合体?」

『なんか、そんな事言ってたじゃないですか。……グールズ・ファティマの名前はありました。ただ、その役割が拠点だったんです』

「……?」

 名前があったって事は脳みそだけになってたって事だろうけど……拠点?

 あたしが疑問符を浮かべるのと、その拠点からブロックが一つがれてゆくのはほぼ同時だった。

 一ブロックのサイズはバラバラだが、目視では百メートル四方ほどだろうか。分離したそれは一面からブースターの光を放つと、警察艦隊へと向かって加速し始めた。


 その機体は、警察艦隊にから好奇の目で見られていた。

 同じ戦闘機乗りにとっては気にするなと言う方が無理があるほどに、異彩いさいを放っていたのだ。

 一撃で敵拠点に大きな被害を与える主砲。

 脳を搭載した戦闘機を軽くあしらう技量に、搭載しているミサイルという兵器。

 遙か遠く、最大望遠でなければ確認できない距離での話ではあるが、その挙動を気にしない者はいなかった。

 宇宙パイロットとして二十年。ベテランパイロットであるジンもその例外に漏れず、交戦しつつも彼女の機体を観察していた。

 時の人である賞金稼ぎ、ユイ。

 最初ニュースでその顔写真を見た時は、小娘が宝くじを当てたようなものだと思っていた。

『良い機体っすねぇアレ。俺たちだってあの機体に乗ってれば……』

「オーロ、それは違うぞ。だからお前は未だにルーキーなんだ」

 ジンは若干きつめに答えつつ、急制動きゅうせいどう。バランスを崩しつつすぐ脇を敵戦闘機が行きすぎたのを確認し、そのエンジンをフェザーキャノンで貫いた。

 銀河警察の戦闘機は、基本的には全て正四面体だ。へんに当たる部分にパトランプがつき、頂点部の一つに高火力であるフェザーキャノン、残り三つの頂点部には可動式フェザーバルカンが搭載されている。

 銀河警察で採用されるだけはあり、如何いかにも戦闘機な敵機体に性能では負けていない。

 だが優勢とは言いがたい。それは単純に乗り手の問題だ。

「無駄に撃つな。シールドも必要な時だけ展開しろ」

『そう言われても……くそっ』

 バディであるオーロの射撃は、敵のシールドに阻まれて消える。

「当てるだけマシだが、ちゃんと見ろ。お前がねたむあの機体の持ち主も、ちゃんと見た上で撃っているだろうが」

『あんなん機体性能でどーとでもなってるだけじゃないですかっ!』

「ばかもん。主砲は拠点のシールドが薄い部分を、ミサイルにしても当たると判断したから撃ったんだろうが」

『そりゃあ撃たれて動きを止める馬鹿機体なら俺だって当てられますよっ!』

「お前なぁ。……めんどくさい相手にしたのは俺達だろうが」

 今となっては撃たれた程度で動きを止めたり、制動をかけて真横に移動したりする機体はいない。だが、最初はいたのだ。

 脳だけだからか、急速に学習し、動きが変わっている。有人らしい低価格帯の戦闘機は簡単に墜とせるのだが、時間が経つほどに黒い機体の動きが良くなっている事は確かだ。

『戦闘機、発進します。カバーをお願いします』

「了解。こちら3の5、カバーに入る」

『……ジンさん一人で撃墜に回った方がいいんじゃないですか?』

「オーロ。卑屈ひくつになるのも分かるが、見て学べ」

 すでに三十分は交戦しているだろう。それで一機も墜とせていないオーロがストレスを溜めるのも分かるが、被弾せずにちゃんと付いてきているというだけでも意味はある。

 だからこそジンは慰めるようにそう伝えたのだが、オーロからの返事は無かった。

(若いのはこれだから……)

 ジンとてストレスは感じる。戦場でストレスを感じないなど、精神的にイカレていなければ無理な話だ。

 とはいえ、パイロットにとってバディとは、女房以上に重要な相方だ。年長者としても、ふて腐れたからといって見放すわけにはいかない。

「いいかオーロ」

『ジンさん、あれ……』

「ん?」

 オーロの呟きにジンがモニターを動かすと、四角い箱が近付いてくる所だった。

 敵拠点の一区画だろう。武装も何も無い箱。だが、戦艦の主砲ですらシールドで阻み、ひたすらに接近してくる。

『全機迎撃っ! 至急あの区画を撃墜して下さいっ!』

『そんな切羽せっぱまった感じで言うほどでもねーでしょうに、ねぇ?』

「同感、と言いたい所だが……おかしいぞ、あれは」

 シールドで戦艦の主砲を防ぐ、と言うのがすでにおかしいのだ。

 区画の一つでしか無いにも関わらず、独自でシールドを展開している。つまり、動力があると言う事だ。

「3の5、迎撃に向かう」

 ジンは報告を入れ、オーロを伴ってブロックの元へ。

 戦艦、駆逐艦の一斉射いっせいしゃを受けているというのに、ブロックは健在。

「……想定より速いな」

『ジンさん、撃ちますよっ!?』

「無駄だ。それよりもあらを探せ」

『迎撃に出るって言ったじゃないですかっ!』

「あのなぁ。戦艦の主砲で無理なのに、戦闘機でどうにかなるはずないだろうが。戦闘機だからこそ出来そうな事を探せ」

『そう言われても……って、尚も加速っ!』

「ならブースターでも付いたんだろうがっ! 行き過ぎた所を狙うぞっ!」

『はいっ!』

 それは恐ろしい速度で艦隊を駆け抜けてゆく。

 だが、軌道は一直線。

 ジンはオーロと共に機体のケツを箱へと向けると、加速を始めた。

 出力で負け、速度で追いつけそうに無い以上、少しでも長く射撃を行う為に事前に加速しておく。

 ゴッ! と機体が揺れて、すぐ脇を箱が行き過ぎた。

『速いっ!』

「それでも二発はいけるっ! 撃てっ!」

 フェザーキャノンと同時に、フェザーバルカンも全門ぜんもん掃射そうしゃする。

 だが、全ての攻撃はブースターからあふれる青白い炎にまれて消えていった。

『冗談、ですよね?』

「フェザーキャノンよりも出力が大きいって事だ。……くそっ。一度近くの艦に乗せて貰うぞ。ガス欠だ」

『……うす』

 切り替えも大事だ。

 元々戦闘機の仕事は敵戦闘機の撃墜。だからこそジンはすぐさま意識を切り替えて、一度期間の選択をする。

 その瞬間、世界が、消し飛んだ。


 グールズ・ファティマはただよっていた。

 何も無い闇。

 だが何百という目が映像を脳へと送り届け、命を摩耗まもうさせてゆく。

(くそ、くそっ。脳が、焼き切れそうだ)

 そう思うのに、目の一つがとらえる自身の脳は、欠片の痛痒つうようすら抱いていない様子で培養液の中に浮かんでいる。

 吐けると言う事。泣けると言う事。それがどれほどに幸せな行為だったのか、今更ながらに実感する。

 もう、戻らない。

 だが、仮初めの肉体であろうと自分に戻れるのなら、とグールズは映像の一つへと意識を向けた。

 予測データ通り爆発が起こり、母艦を巻き込んで大きな光を放ち終えると、今度は闇に呑まれる。発生した小型のブラックホールが空間を吸い込み、十秒間周囲一帯のモノを吸い集めると、残っていた反物質と化合し一度目よりも大きな光が広がった。

(俺は、人に、戻るんだ)

 多くの敵を殺した。だが、相応に部下を失った。

 今の部下は、以前とは比べものにならないほど信頼できる。家族とも呼んでもいい。同じ悪党の被害者であるが故に、同情や仲間意識と言ったものを強く感じるようになっているのだ。

 だが、それらを犠牲にしてでも、グールズは成し遂げなければならなかった。

 『敵を迎撃できたら、義体を用意しよう』

 そう、約束したのだ。

 例えその言葉に何の保証もないとしても、グールズを含めた犠牲者達一同は、その言葉を信じて戦いにおもむくしか無いのだから。


「……やられたわねぇ」

『ホワイトマン付きの巨大爆弾、ですね。……この宙域で反物質を使うには、合理的です』

「そんな悠長な事言ってていいの? 半壊、とまではいかないけど六分の一ぐらい持ってかれたでしょ」

『そんな事より、母艦が呑まれたのが痛いですね。あれ、多分長官が乗ってた奴ですよ』

 『身の安全のために、わざわざ宇宙警察から借りた一品モノなんですけど』と愚痴ぐちるサイト。お金に興味なさそうなサイトがそう言うって事は、とんでもない値段の代物なんだろう。

「まぁ、値段なりの爆発だったわよね」

『笑えないんですけど』

「あ、二発目出たわよ」

『……勘弁してくれよ』

 画面越しに頭でも抱えているんだろう。神にでも祈りだしそうな声色に、あたしは思わず苦笑した。

「まぁほら、長官は消し飛んだし? 一緒に邪魔なお偉いさんも消えてくれたんじゃ無い?」

『生きてた方が責任を取らせやすいんですよ。……えぇ、この被害額どーすんの』

「いっそ全滅したらスッキリしたりして」

『しないですよっ! そんな事になったら何日か寝込みますからねっ!?』

 宇宙警察と銀河警察は別だって言ってたから気にしないかと思いきや、サイトは悲鳴のようにそう叫んだ。

『警察の方にだって家族はいるでしょうし……うぅ、気が重い』

「で、どーすんの?」

『ですから、私では何も出来ないんですよ。……どーにかなりません?』

「案ならあるけど」

『お願いしますっ!』

 勢いある懇願こんがんに、あたしは頰を歪めて人差し指と親指で円を作って見せた。

「地獄の沙汰も金次第、でしょ?」

『……えぇ。地獄で仏に会えるなら、言い値を支払いますよ。ただし、結果が無ければ払えません』

「ま、それでいいわ。ただし、今発射されたブロックに関してはどーしようもないわよ? じゃ、回線切って」

『何故です?』

「アユメに頼むから」

『あぁ、はい。では、次は討伐完了の報告を期待しています』

「はいはい。さっさと切った切った」

 僅かな接点ながらもアユメの人見知りを察したのか、素直に回線を切るサイト。

 スピアフロートのレンズが赤色になったのを確認した上で、あたしは更にジャマーを展開して周囲からのアクセスを完全に断った。

 勿論アユメに連絡も出来ないが、多分あたしからだと数日は繋がらないので同じ事だ。

 だからこそ、頼る。

「起きて、アマガサ。アマガサ・カナメ」

 あたしの言葉に、プログラムが起動する。

 そして、コックピットは闇に包まれた。

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