第一章 賞金稼ぎユイ
補足
インプラント手術……基本的には電脳空間に直接アクセスする為のコネクターを埋め込む手術。
警察の区分
宇宙警察 …… 全警察の親玉。権力も凄い
銀河警察 …… 正確には○○銀河警察。担当する銀河系内では宇宙警察に次いで権力がある。
惑星警察 …… 惑星系担当。宇宙警察の一番下。
惑星内に関しては、基本的に国家警察の仕事。人工惑星や宇宙ステーションなどは惑星警察の管轄となる事が多い。
義体 …… 義手義足の全身バージョン。生身の時と近い形状で無ければ適合率が著しく下がる。
サイボーグ …… 義体とは異なり、性能の向上を前提に部位を機械化した者の総称。四肢を交換 可能なようにする者も多く、サイボーグ用パーツ、アタッチメントの専門店も存在する。脳以外に生身の部分がある事が必須であり、全身を機械化した場合の生存率はゼロとされている。
※義体化+四肢のサイボーグ化は認識による拒否反応が大きく、死亡する。義体の見た目を損なわずに武器を内蔵などの場合は、その限りでも無い。
遠隔人形 …… アンドロイド。ロマロが遠隔でアンドロイドを操った際にそう呼んでいただけ。電脳空間経由で操作を行った。
アンドロイド …… 人型の機械。蛸足などでも人種、種族として認められている形状がベースであるのならアンドロイドと呼ばれる。AI二より接客用などで使用される。工業用の場合は人型である必要が無いので、単にロボットと呼ばれる。
スクリーン …… 基本的にはスクリーンベースの真上にのみ展開される平面映像。映像に過ぎないので触れないが、飲食店などではタッチスクリーンにより触って注文できる。厳密にはスクリーンベースにより僅かな感触が伝えられ、同時に指の位置からスクリーンベースがどれをタッチしたか完治するシステム。宇宙船では通信で使用されるだけで、その辺りの高度なシステムは積まれていない。
モニター …… 映像が映し出される画面。安全性の問題から、基本的に戦闘機を含む宇宙船全般がモニターに映し出される外部カメラの映像で外を見るようになっている。
キャノピー …… F15とかの戦闘機のコックピットに入る時に開く透明なシールド。天蓋。
電脳空間 …… インターネット。脳に直結することで人としての肉体を投影したままに交流を行える空間。電脳世界とも呼ばれ、脳だけになってこの世界で生きる者も存在する。
ハンガー、ドック …… 両方共に機体や艦を止める場所、格納庫。前者は宇宙空間に何かしらの方法で固定、停泊する場所で、後者はちゃんとした箱で覆われた場所を指す。
「今どき、ポリ公であんな馬鹿がいるなんてね……」
あたしは硬いベットに横たわって灰色の天井を見上げていた。
ちょいと視線を移せば、剥き出しのトイレと鉄格子がある。
そう、牢屋。現代となっては珍しいと言えるほど、牢獄らしさを演出した一室だ。
実際に留置される身としては、臭くて不愉快でしか無いが。
ガンガンと鉄格子を叩かれ、あたしは身体を起こした。
「お呼びだ」
「ここは……なに? 進んだ科学を受け入れられない僻地な訳?」
呼びに来た警官が手に持っているのは警棒。今どきそんな物を持っているのも異常だし、そもそも呼びに来ると言う行為自体が時代遅れだ。
「両手を出せ」
「……あのさぁ。任意同行って意味、分かってる?」
「上からの指示だ」
「まぁいいんだけどね。あんたもその辺りはちゃんと言葉にしとかないと後々面倒よ?」
そんな言葉の意味を良く理解しているのか、男は苦々(にがにが)しい顔で一つ頷いて、手錠を取り出した。
こちらはちゃんと現代の物らしく、分厚くて両手をがっちり固定するタイプだ。現代では義体だったりサイボーク化だったりで普通の手錠では拘束にもならない事が多々ある。その点こういったタイプは、無理に外そうとした瞬間電流が流れたりするので、そこそこ効果がある。
「サテル警部がお呼びだ。ちゃんと手錠を着けて連行しろと命じられている」
「お疲れ様」
分かりやすく言い直してくれた警察に苦笑して、歩き出した彼の後に続く。
留置場だけが古びた作りなだけで、エレベーターからは普通だ。
このリムルライト銀河警察本部自体が宇宙建造物なので、むしろあんな古びた感じに作り上げたのは一種の拘りなんだろう。
そんな事を思っているとエレベーターが止まり、扉が開いた。
その先に伸びているのは白い廊下だ。数時間前に取り調べを受けた階層とは全く違うのが一目で分かる。
「……フロア間違えてない?」
「間違えていない」
「ふぅん。……なるほど、さっきは醜男三人でみちみちだった上に、一人怒鳴れば二人が顔を顰めてたもんね」
「ぶふっ。……んん、何でも無い」
「あ、外から見てた? いやぁ、ほんとさっきの留置所よりも臭くてさぁ。あいつら、自分以外が臭いと思って広い部屋に変えたんでしょうね」
「ん、んんっ。……俺は、案内を任されただけだ」
先を進む彼の肩が震えている。
まぁ、先程の奴らよりもまともな警官を弄るのも可哀想だ。笑わせにいくのはやめてあげよう。
しかし静かだ。会議用のフロアなんだろうが、誰一人見かけずに不安になる。
むっさいオッサンが十人ぐらい詰まってる部屋に案内されたらどうしよう。
「重要参考人をお連れしました」
『入れ』
「失礼します」
男の後に続けば、そこはちゃんとした部屋だった。
絨毯が引かれ、ソファにテーブル。意外な事に応接室らしい。
ソファに並んで座っているのは二人の男。一人は数時間前にも見た、あたしを恫喝していた刑事の一人だ。
もう一人はスーツを着込んだ如何にもエリートって雰囲気の男。隣のオッサンが強面の中年と言う事もあり、新入社員のように見えなくも無い。
中々にイケメンの彼はあたしを目に、眉間に皺を寄せた。
「サテル警部。何故彼女に手錠を?」
「そりゃあ逃げられたら困るからですが」
「そうか。……君、すぐに手錠を外して。サテル君、君は減俸半年だ」
「なっ!? いきなり何言ってやがる若造っ!」
「はぁ。幸い今日は警視長がいます。不満があるなら直接聞いて下さい。あぁ、自分が何をしたのかの報告も忘れないように」
「クソガキがっ!」
そう怒鳴りながら小走りで出て行くオッサン。その警視長やらに話をしに行ったのだろう。
その間にも手錠を外されたあたしは、勝手に対面のソファに腰を下ろした。
「お仲間に中々厳しいじゃない」
「申し訳ありませんでした」
「いいのよ。あたしはちゃんとお金を貰えれば」
ちゃんと頭を下げた彼に、あたしは笑顔でそう告げた。
黙って恫喝を受けていたのも金の為だ。メガネを没収されていないので、請求出来るだけのデータはある。基本的には閉まっているので、音声だけだけど。
「……やはり賞金稼ぎですね」
「当たり前じゃ無い」
「運送業の方が儲かっているようですが?」
「うっ」
にこりと微笑まれ、あたしは言葉を詰まらせた。
言い訳っぽくはなるが、大半の賞金稼ぎなんてそんなものだ。未知の領域を探索する冒険者とかになると、更にその割合が増える。と言うか、有名どころのごく一部以外は本業以外で食っているのが普通だったりする。
賞金稼ぎは賞金首を求めての移動が多いので、副業で運送は基本。犯罪に手を出さずに食っていけてるだけ、十分マシな部類だ。
「賠償金に関しては、彼のカットした給与を振り込みます」
「まぁ警部とか言ってたし、銀河警察の警部ってんなら十分ね」
「いえ、彼は惑星警察ですよ」
「……銀河警察の本部でしょ? ここ」
「惑星ロメリの警察が捕まえましたからね。手柄が欲しくて騒いだ結果ですよ」
「あのクソ野郎。……訴えてもいい?」
「時間とお金が惜しくないのでしたらお好きに」
うん。この男、笑顔は爽やかだが性格悪い。その上やっぱり頭が回る。
裁判になれば確実に勝てるしそれなりにお金も入るのだが、判決まで五年待ちはザラなのだ。お金もかかるし、警察相手だと出頭する必要もあり、拘束される時間がヤバい。
それを考えれば、かなり減額にはなるがお金を貰えるだけマシと判断するのが普通だ。
ちょっと負けた気がするけど、妥協しておく事にする。
「では自己紹介を。宇宙警察に所属しているサイト・カウンティです」
「ユイよ。……若いわね」
差し出された手を握り返し、まじまじとその顔を眺める。
宇宙警察と言えば、数ある警察機構の中でも最上位の組織だ。惑星単位の軍にまでなら出動要請を出来る程の権力がある組織であり、二十代そこそこの男が所属できるような場所では無いはずなのだが。
「両親が長寿種でしてね。これでも三十五歳ですよ」
「それでも十分若いじゃない」
二十五のあたしが言う事でも無いけども。
「ありがとうございます。では、聴取に移って構いませんか?」
「それはいいけど、見れば分かるでしょ? あいつらにも、ハンターギルドからデータ買って見ろって繰り返し言ってただけだし」
「えぇ、ちゃんと買って拝見しましたよ。ただ、分からない事がありまして」
そう言ってサイトがテーブルを二度叩くと、映像が浮かび上がった。
ロマロが映っている。会話の内容からして、逃げ出す少し前だろう。
映像が動き、ロマロから広場へ。『ホワイトマン』と呟いた所で映像が止められた。
「この彼を見て、ホワイトマンと言っていますが、ご存じなのですか?」
「噂よ、噂。見たら不幸になるって言う都市伝説」
「……ふむ。調べても出てきませんでしたが」
「最近この辺りで広まってるってだけの噂だしね。惑星ロメリ周辺のローカルネットじゃないと引っかからないんじゃない?」
「あぁ、なるほど」
基本的にはどの惑星でも共通語が使用されているが、当然惑星、あるいは国ごとに言語は異なり、そちらの言語がメインとなるネットワークも多い。全てが吸い上げられて銀河ネットワークに乗りはするが、メインとなる銀河ネットワークから端の情報を拾い上げようとするとまぁ手間がかかる。
更にそれが事件事故では無く噂となれば、その地域にいない限りそう簡単に知る事は出来ないだろう。
「噂の内容も、見たら不幸になるってだけ。……まぁ、噂じゃ無かったわけだけど」
「話を聞く限り、ロマロが改造したようですが……ロマロの現在地に関して、心当たりは?」
「あれば任意同行なんて無視して追いかけてるわよ」
「……ですが、今回も近付けた。貴女は、銀河警察でも不可能だったことをやっている」
「当たり前でしょ? 賞金稼ぎなんだから」
警察の本業は治安維持。一人の賞金首を追い続ける賞金稼ぎと比べられても困る。
「でしたら、是非協力していただきたいのですが」
「メリットは?」
「各地の警察機関の利用、状況に応じた軍への要請が可能になります。まぁ私の許可は必要ですが」
「ロマロをまともに追えもしなかった情報網を利用できるようになってもね……」
軍に関しても、そんなモノに頼らないといけなくなった時点で賞金稼ぎの業務外だ。何のメリットにもなってない。
「でしたら、給料を支払うというのはどうでしょう」
「それは良いわね。ロマロの逮捕、殺害時の賞金割り当ては?」
「支払った給料を差し引いた額を」
「どうにしても満額貰えるって訳ね」
「ただし、宇宙警察と協力している旨を公表して貰います。給料の支払期間は半年」
「……なるほどねぇ」
期間を定めなければ、延々と探してますアピールをして給料を貰い続ける事が可能。その対策は必須だろう。
そして協力の公表。これが中々に嫌らしい。
有名どころの賞金稼ぎならそこそこある事だが、無名のあたしと協力していると公表するなんてのは、警察にとってリスクではある。『犯人逮捕に全力を挙げていない』と疑惑の目を向けられかねないと言う意味では。
まぁ、金を払って有名どころとも協力していると発表すればいいので、回避できるリスクだ。
問題はあたし。何の成果も上げられなければ、今後賞金稼ぎとしての仕事に支障が出る事は必須。『ポリ公に身体を売って名前を売ろうとした』なんて噂は間違いなく出てくるだろう。
なので、リスクがでかい。
反面、美味しくもある。給料次第ではあるが、ロマロの犯行を防ぐだけでも評価は得られるのだから。
「……うん、給料の話に入ろうか」
「ふふっ。では、よろしくお願いします」
サイトは笑顔だが、あたしにとってはここからが本番だ。
一日に幾ら貰えるかで、運送業にかける時間が変わってくる。結果を出す必要がある以上、どんな金額を提示されてもまずは値上げ交渉からだ。
『で、どちらに向かうんです?』
バスケットボールに小さなレンズを取り付けたような金属の球体が、サイトの声でそう投げかけてきた。
スピアフロート。監視カメラとして一般的に使用されている代物だ。
ただし、宇宙警察が使うだけあって他にも様々な機能が付いているらしい。市販の物でさえこれより一回り以上大きく、監視カメラとしての機能しかないというのに大したものだ。
「ハンターギルドよ。当たりが付いてれば現地の情報屋を探すんだけど、何の情報も無いんじゃね」
そう答えつつアマガサで警察本部を出る。
銀河警察の本部なだけあって、スクリーン越しに見える人工衛星はかなり大きい。半径五百キロほどの球体で、外から見た限りだとサイトのスピアフロートをただ大きくしただけのようにも見える。
パトランプを点灯した警察専用機、通称パトシップが多いと言うだけで、その球体がヤバいところの本拠地だというのは一目で分かりはするが。
最寄りのハンターギルドを選択し、航行はAIに任せる。
『……凄い機体ですね』
「それが分かるだけでも大したもんよ。単なるエリートじゃないの?」
『貴女が言うエリートなら、全員それぐらい分かると思いますよ。戦闘と大型艦の基本操縦は必須技能ですし』
「あ、そうなんだ」
『実技、実地も授業の内ですからね。ただ、自動航行付きの戦闘機は初めて見ました』
「あー。まぁ、自動航行自体は賞金稼ぎの機体なら普通なんだけどね」
軍や警察における戦闘機は、その言葉の通り戦闘を前提に使用される機体だ。自動航行機能が付いている筈もない。
だが、賞金稼ぎを筆頭とした個人で保有している者にとって、戦闘機に区分される機体は自由に使える足である。自動航行自体は普通の機能だ。
このアマガサAIの優れているところは、自動で宙域管制にアクセスし、航路を確定して進んでくれる点だ。普通のAIではそんな事出来ないので、パイロットがアクセスする必要がある。
ちなみに、宙海航路の確定は超速航行における義務だ。違反したら罰金どころでは無く、数十年単位の実刑を受ける事になる。衝突事故を越した瞬間とんでもない被害が発生するのだから当然だ。
『ちなみに、武装はどうなっているんですか?』
「主砲のプラズマカノン一門」
『……それだけ、ですか?』
「実弾とかさぁ、当たる気しないしね」
『それはまぁ、実弾は弾幕を兼ねて使うものですし』
「あ、先に連絡入れちゃって良いかな?」
『えぇ、どうぞ』
機体性能に関して詳しく話すつもりは無いので、話を逸らしつつ通信を繋ぐ。
映像は繋がず音声のみだ。
『マックスだ』
「はいマックス。ユイだけど」
『あぁユイか。かなり儲けたなぁお前』
「……そういえば、警察が差し止めとかしてこなかった?」
『そういやぁされてねぇなあ。ポリ公で買ってった奴は多いけど』
ちょっと意外でサイトのスピアフロートを見ると、ノイズ混じりに小声が聞こえた。
『誰も……やってないのか……』
『ま、こんだけ広まっちまやぁどうしようもねえけどな。お前、これだけで報道映像家として一流に成り上がったぜ?』
「いや、賞金稼ぎだから。で、ロマロに関して新しい情報は無い?」
『あぁ、賞金額にゼロが一個増えたぜ』
「マジでっ!?」
『ウン十万人消し飛んだからなぁ。どっかの王族がガツンと乗せたらしいが、こっからまだ増えるだろ』
「競合相手が増えそうね。……あ、そろそろ着きそうだから詳しい話はそっちで」
『了解。いつもの所に留めてくれや』
「ん。じゃあまた後で」
通信を切り、タッチマニューバーへと手を乗せる。
レーダーを見て、位置を確認。目的地へと進路を変えた。
『あの、こんな所にハンターギルドが?』
「確かに惑星から離れてはいるけど、惑星間航路からそう離れていないし、何より警察の本部が近い。営業場所としてはかなり良い位置よ?」
『……ハンターギルドがこんな所にあるなんて、聞いた事も無いですけど』
サイトの言葉にあたしは首を傾げ、少ししてから納得して頷いた。
「なるほど、エリートさんだとそう言う認識になんのね」
『何がです?』
「ハンターギルドは本部とかなら惑星にでかでかと看板掲げてたりするけど、それ以外は基本的に個人が営業してんのよ。契約して、ハンターギルド加盟店って感じで」
『はぁ』
「要するに、九割方飲み屋なのよね」
『……はい?』
スピアフロートは微動だにしていないが、サイトが首を傾げたのは声色だけで分かった。
「ほら、あれよ」
あたしがモニターを視線で促せば、ズームされた映像に光が漂っていた。
赤い光。近付けば、その光が提灯から溢れているのが見えてくる。
そんな光の中心に浮いているのが中型艦。『営業中』とネオンが輝き、『ちょっと一服』『ハンター大歓迎』なんて文字が躍っていたりする。ビールジョッキの絵柄なんかもあり、一目で飲み屋を営業していると分かる光景だ。
『……思いっきり居酒屋ですね』
「ハンターギルドに加盟してれば、こんな場所でも賞金稼ぎはやってくる。でもって宙賊とかのたまり場になりにくいしね。支局って形にはなるけど、案外所属してるところは多いわよ?」
そう答えつつ、艦の前方にある剥き出しのハンガーにバックで駐艦する。
停止と同時に上下から複数のワイヤーが降りてきて、機体を固定。フルフェイスヘルメットを被ってコックピットを開けば、その部分のワイヤーだけが負荷を感知して外れ、あたしは問題なく外へと身体を踊らせた。
今回はジェットパックなしだ。こういう場所なら、慣れてさえいれば宇宙空間でも普通に移動できる。
『……こんな着艦方式は初めて見ました』
「普通なんだけど……まぁ、縁が無い人も多いか」
もう少しマシなところならリードシステムで牽引してくれるし、大型艦なら格納庫に停める事も出来る。
ただまぁ、普通の酒場ならこんなものだ。小型艦だとアンカー引っかけておくだけ、なんて所も少なくないので大分マシな部類である。
アマガサを蹴って艦体へ。ハンドレーターに触れて移動すると扉があり、エアロックを介してようやく中へ。ほんの数分の宇宙空間とは言え、メットを外して呼吸を出来るとほっとする。
「らっしゃい。……スピアフロートなんて買ったのか?」
「あぁ、こいつポリ公」
あたしの言葉に、酒場のマスターは下顎を突き出して『イーッ』とでも言いたげな顔を見せた。
バーテンダーでもやってそうな服装と体付きだが、顔がマフィアかヤクザのそれなので普通に怖い。
「別に良いでしょ? 悪い事やってるわけでもなし」
「そりゃあそうだがよぉ……」
「客もいないし問題ないじゃない」
「喧嘩売ってんのか? お?」
チンピラみたいに顎をクイクイやるオッチャンに苦笑しつつ、正面のカウンターに座る。
『失礼します。私、宇宙警察に所属していますサイト・カウンティと申します』
「おぉ。俺はマックス……って、宇宙、警察。それにサイト、って……」
驚きに目を見開くマックスの手からグラスがこぼれ、床に落ちてコンと音を立てて跳ねた。
「史上最年少で銀河系警察総監になったっていう、あのサイトかっ!?」
『はい。ご存じでしたか』
「ご存じも何も……お前、とんでもない大物連れて来たな」
「そりゃあ宇宙警察って時点で大物でしょうよ」
「違うっ! この方は本物なんだよっ!」
いきなり怒鳴られて顔を顰めつつ、あたしはカウンターを二度指で叩いた。
「ヴィテで」
「お前なぁ。……まぁ、学がないお前には分からんか」
「似たようなモンでしょうが」
「こっちは常に情報集めてんだ。それを求めて集まるテメェ等と一緒にすんな」
乱暴に置かれたグラスを受け取り、一口。
ヴィテとはアルコール飲料だ。正式名称をアクア・ヴィテ。水と同じく星間ガスから生成できる装置が出回っており、宇宙では最も安価な飲料の一つでもある。
味は普通に旨味。無色透明で軽い口当たりなのはヴィテ共通ではあるが、マックスの店は化学調味料で僅かなビート香を混ぜており、客を選ぶものの安価な割には美味しいと評判だったりする。
「で、ロマロか? あいにくと新しい情報はねぇぞ」
「ホワイトマンは?」
「あぁ、そっちは調べた。目撃情報があった地点だが……」
マックスは一度サイトに視線を向けてから、カウンターのパネルを操作してスクリーンを立ち上げた。
「まぁサイトさんだからな。評判も良いし、構わんだろ」
そんな呟きに、サイトはスピアフロートを四十五度傾けた。
『あの、このような所は初めてなんですけど』
「だからだ、ですよ。惑星系の宙賊撃滅に、銀河系の治安向上。それだけの事を数年で成し遂げながら、こっちに被害は……まぁ少しはあったらしいですが、上に報告を上げるとちゃんと対応してくれるって事で、情報屋界隈では評判が良いんですよ」
『普通の事では?』
「まさか。警察なんだからただで情報寄越せとか言うのはマシな方で、ゆすりたかりがサラですからね。感謝してます」
『……由々(ゆゆ)しき事態ですね』
「そう言っていただけるだけでも」
ペコペコとマックスが頭を下げる光景は珍しいが、本題はスクリーンの映像だ。
ホワイトマンが確認された場所はこの惑星系に多いものの、近隣三つの惑星系でもそれなりに。分からないのは、それらが赤色のピンで表示されているのに対し、薄緑色のピン。周囲の惑星系だけではなく、他の銀河系でも確認されているらしく、右側に小さな銀河系の映像と共に薄緑ピンが立ち、×1000とか表示されている。
「ねぇ。ロマロ絡みでこの一年この銀河系にいたから分からないんだけど……他でも確認されてたわけ?」
「いんや。ここ数日で急激に増えやがったんだ。ま、あんな映像が広まれば当然ではあるがな」
「あー。他銀河系でも流れてんの」
「そうだ。で、お上からのお達しで、ハンターギルドに登録してる奴からなら五年間情報無料だ」
「マジでっ!?」
思わず腰を浮かしてしまったのも仕方ないだろう。
情報料は案外高い。良く売れるような高額賞金首に関しての情報は安かったりするのだが、そんな情報でも100Cから。始まりの惑星である地球の基軸通貨を元にしているので、そこで言えば100$と同じくらい。
銀河間を移動するような者にとっては端金とは言え、ちゃんとした情報となると百倍、千倍は普通なので、その額が無料になるのはホントありがたい。
中堅賞金稼ぎのつもりだが、それでも情報料のおかげで借金まみれなのだ。これで食費を削らなくても済むと思うだけで、涙が出そうになる。
「一日一食からやっと解放される……」
「それどころか船団組めるぜお前。俺も大型艦予約したしよ」
「……どんだけ中抜きしたのよ」
マックスの言葉に一気に冷めて半眼向けるも、彼はニコニコ笑顔だった。
「契約通り五%だ。それでこれなんだから、十倍貰えるお前の口座、どんでもねぇ事になってんだろ。借金なんざ全額返済だ」
「……まぁ、そうね。人並みにはなれたかも」
「何言ってんだ大金持ちがよぉ」
「……あんた、ロマロ関係で幾ら持ってったか覚えてる?」
あたしの半眼に、マックスの笑顔が引きつった。
ロマロを追っている者は少ない。高額償金首ではあるが足跡が少なく、マックスみたいな情報屋に情報を集めて貰うと経費だけでもとんでもなくかかる。更に得た情報に対して情報料までかかるので、現状の負債額はえげつないの一言に尽きるのだ。
ハンターギルドのお偉いさんに直談判したおかげで、アマガサを担保にまだ借りる余裕はあったとは言え、一般人ならとうの昔に一族郎党財産没収の上にバラして売られていてもおかしくはない借金額だったりする。
アマガサ万歳。小型化した反物質炉万歳。
「ま、まぁそこらの情報は情報料だけでペイできるだろうし、な?」
「参入者増えそうだもんねぇ」
あたしが調査を依頼した情報なら、その情報を他の人が買うだけでマージンが発生する。購入しやすい額に抑えられた上に五%なので、普通ならマージンだけでの完済は不可能だが。
『あの、ロマロの話に戻って欲しいんですが』
「あ、そうですね。えー、この緑色のピンが最近増えたホワイトマンの目撃情報です。当てにはならないので省きたい所ですが、偽情報という確証も得られていませんので表示しています」
申し訳なさそうなマックスだが、ちゃんと報告があった時間ごとに色分けしてあるだけでも情報屋の仕事としては十分だろう。
宇宙ステーション爆発前の情報は、古いほど濃い赤のピンになっている。
「確度が高いのは?」
「映像で確認されたのは三件。で、最新がお前の奴だ」
「そんな少ないの? 話題になる前でも百件以上報告あるみたいじゃない」
「だから確証がねぇんだよ。お前の映像が出回るまでは噂でしか無かったんだから察しろ」
「あー、そりゃそうか」
「まぁ、そこから確度の高い情報を上げるのが俺たちの仕事だがな」
マックスは自慢げに胸を張ると、スクリーンの映像を切り替えた。
「そもそも、今どき映像で確認されてないってのは、惑星内での目撃情報が多いからだ。そんな中偶然ドローンで確認された三件がこれだな」
その三件は、どれも短い映像だった。
一つは攻撃用ドローンらしく、白い少年に向かって銃弾を放つと、次の瞬間少年が爆散し映像が途切れる。一つは一定距離歩いた所で銃弾を受けた少女が、爆発。もう一つは青年で、こちらは一定距離歩いた所で倒れ、突然爆ぜた。
見た目が白くフラフラと歩いていると言う点では、あたしが見たホワイトマンと同一だ。ただ、爆発の規模はかなり異なるが。
「戦場?」
「そうだ。惑星内での国家間戦争なんてのはどこの惑星でも大なり小なり常に発生しているからな。この映像が撮られた惑星ロメリも同じって訳だ」
『なるほど。つまり、この戦争に加担している勢力に、ロマロのパトロンとなっている組織がある、と』
「はい。そう考えて、組織をリストアップしました」
サイト相手にいきなり腰が低くなるのはちょいと面白いが、本題は情報なのでスクリーンを見る。
知っている組織は殆ど無いが、数はかなり多い。あたしでも知っているような造艦企業が参加しているのには驚きだ。
「映像で確認できた三件も含め、基本的には優勢である同盟軍の方で確認されています。宇宙ステーションや人工惑星でも証言だけですが確認されていますので、惑星内を主とした企業を省くとこうなります」
残ったのは十の企業。有名どころが残り、全く知らないのは三つだけだ。
「後は今後次第ですか。もし他の銀河系でホワイトマンが確認されるようでしたら、大手企業の関与が疑われます」
『その通りですね。ロマロの言葉が事実なら、ではありますが』
「『生きた人』でなければ反物質の運搬は出来ない。その前提が崩れるようでしたら、お手上げですよ」
「ま、その点は大丈夫でしょ」
軽く呟いた言葉に、二人の視線が向く。
それにあたしは肩を竦め、言葉を続けた。
「あいつはイカレてて、自己顕示欲の塊。ちゃんと知って欲しくてたまらないから、自分と分かるように宇宙ステーションに現れたし、説明した。だからまぁ、所属してる組織もすぐ分かる」
『すぐ分かる、とは?』
「そりゃそうでしょ? あんだけの事をして、声明を出さないはずがない」
「いや、ロマロはお前を通して声明を発表したようなもんだろ」
「それだけでどこが儲けるのよ」
「まぁ、そりゃそうだけどな……」
マックスは顔を顰めると、もう一つスクリーンを立ち上げてチャンネルを変え始めた。
丁度犯行声明が流れると言う事はないだろうが、いずれあるのは間違いない。
宇宙ステーションを丸ごと消し飛ばすような兵器だ。声明はリスクを伴うが、莫大な資金が発生する事も保証されている。開発させた以上、資金回収の為に公表するのは必然とも言える。
『問題は、声明を出すのが一つの組織で済むかどうかですね。検討するまでもない弱小組織からはすでに声明が幾つも発表されてますし』
「それなんですよね。公共放送乗っ取って映像流した組織もあるんですが、まぁ嘘くさくて」
そう言ってマックスがチャンネルを止めると、女性アナウンサーが五件の声明があったと告げて何かの専門家と話し出す所だった。
この宙域だけでも五件なのだ。宇宙全体で見れば百は超えるのかもしんない。
「一応、リストアップした企業と関係がある組織を当たってみるか」
「……ん~、でもこれだって言う犯行声明なり予告があると思うのよねぇ」
「そうか? 予告はリスクがデカすぎんだろ」
「でも。多分今回はロマロの独断でしょ?」
「まぁ、かもな。パトロンがいるような事は言ってたが、宇宙ステーションを消し飛ばした理由が、今んところあいつのイカレ行動でしか無いしな」
組織の意向があっての犯行なら、事前に犯行声明なり何なりを出していただろう。
だが、それが無かった。結果が犯行声明の乱立だ。
ロマロの口ぶり的に、金欠の誘拐組織から次の組織に移っている。『今は金欠じゃ無い』みたいな台詞だったから、多分そこそこの組織ではあるんだろう。
だが、ロマロが満足するような大組織ではない。自分がやったと証明する為にわざわざあたしをおびき寄せたのがその証拠だ。
自尊心の塊みたいなロマロは、より良い自分の居場所を得る為に、ああして名を売った。逆に言えば、今の居場所に満足しておらず、ああしなければ自分の名が売れないと思ったわけだ。
つまり、組織としてはもう一度ホワイトマンによる爆発を実行せざるを得ない。
自分たちがやったという証明の為に。
……まぁ、犯行声明にロマロを出せば良いだけなのだが、ロマロの性格的に協力はしないだろう。
組織と円滑にやれていたのなら、自分の名前を売るような真似をわざわざしなかった筈だから。
「そう言えば、ロマロは監視カメラで当たりが出たが、ホワイトマンは映ってなかったな。一目で異質と分かるし、入管が簡単に通すとは思えないが……」
『こちらでも当たってみますが、荷物として入管を通っている可能性が高いですね。検査を厳しくするよう厳命しておきます』
「……無駄だと思うけど」
ぽつりと漏らした言葉に、サイトのカメラとマックスの目が向いた。
レンズ越しにサイトがむっとした表情なのが分かる。それは良いとしても、マックスまでそんな表情をするのは少しイラッとする。
「マックス、あんたなら分かってんでしょ? 現状で出来てない事が出来るようになるはず無いじゃない」
「……いや、けどな。サイトさんだぞ?」
「あんたのサイトに対する信頼は何なのよ。さっき会ったばっかだし、そもそも生身でも無いし」
サイト相手の腰の低さと良い、ファンなんだろうか。
サイトのレンズがずっとこっちを見ているのに気付いて、あたしはため息を吐きつつ説明してやる事にする。
「あのね、大体の入管はちょいとお金渡せば通しちゃうもんなの」
『……冗談でしょう?』
「規律が厳しい所でも関係しそうな奴に金をばらまけば一蓮托生で頷いてくれるし、緩い所だと『あいつもやってるし』でかなりお安く通れるしね。そんなのはまだマシで、酷い所だと正規品でも警備やら警察やらがイチャモン付けて金をせびってくんのよ。あんたがキツく言ったって、そう言うクズが基本の地域じゃまず意味なんて無いわよ」
『ですが、私が担当していた地域ではそんな事……』
「そりゃあそう見えただけでしょ」
大体、どこの惑星でもクズな民族とまともな民族がいるのだ。結果的にまともな民族が残りやすいが、まとも故にクズにも慈悲をかける。だからどうしたってクズの割合が一定は存在するのだ。
逆にクズが優勢の惑星だと、まともな奴まで感化されて酷い事になる。この辺りで有名なのは、惑星キアだ。
「この惑星見てみなさいよ」
『……直近の報告数が異常ですね。惑星キア、ですか』
今いる所と同じ銀河系に存在し、惑星系としては三つほど離れている場所にある惑星だ。
そこだけ、緑色のピンに表示された数が群を抜いている。
惑星ロメリは宇宙ステーションに最も近い惑星だったと言う事もあってか、五万程。それに対して惑星キアは百万近い報告数なのだ。赤いピンが一本も無いにも関わらず。
「どの銀河系にも一個はある、クズ主体の惑星ね。根底に嘘の文化があって、騒げばいいと思ってる民族だからヤバいのよ」
『こういう惑星も、あるんですね』
「数は少ないけどね。今まではどうかしらないけど、『僕は命令した』なんてのが通じるとは思わない方が良いわよ」
『そのようですね。……なるほど、興味深い』
そう呟くサイトの声はどこか楽しそうで、勝手にコードを延ばしてカウンターに差し込むと、惑星キアに関する情報を表示し始めた。
「……なんなのこいつ」
「あー、あくまで俺が知っている範囲にはなるが、この方は武闘派なんだ。勿論頭も良いが、称えられているのは自ら先頭に立って宙賊を撃滅した事とか、そー言ったのが多い」
「なーるほど。頭も良いし指揮能力も高いけど、惑星内とかの細々(こまごま)した事はあんまりってわけ」
「多分な。大きな事を為してるから、些事には気付かなかったんだろう」
そんな会話も耳に入っていないようで、サイトはどんどんスクリーンを切り替えている。
そのスピアフロートを、あたしはヘルメットでぶん殴った。
「おいっ!?」
『何をするんだっ!?』
「生身の方で見なさいよ」
あたしの半眼に、フラフラ揺れていたスピアフロートはピタリと止まった。
マックスはサイトに媚びているが、あたしにとってはどーでも良い相手だ。そんな奴が好き勝手やるなら、当然止める。
『それも、そうですね。……それで、ユイさんは今後どう動くつもりで?』
「アマガサのメンテナンスがてら情報収集ね。少なくとも借金は完済出来そうだし」
『そうですか。でしたら当面はオートにしておきますので、用事があったら私の名前を呼んで下さい』
「オートって……ずっと着いてくるわけ? シャワーとかも?」
『ステイと言ってくれればその場で止まりますし、ホテルとかの部屋ならクローゼットに入れておいてくれれば自動認識で待機状態に変わりますよ。ただ、二十四時間その場に停まっていたら自動で追尾モードに戻って追いかけますので、その点はご了承下さい』
「……いっその事、ここで待機して優秀な賞金稼ぎ待ったら?」
『貴女である事に意味があるんですよ。ロマロに認められた貴女である事に』
「あー、そう言う話だったわね」
動画で広まったおかげで、多分今のあたしは有名人だ。その協力を仰ぐという体裁に意味がある。
『では、何かあったら呼んで下さい』
「了解。ま、当面は何も無いと思うけど」
『そうですね。犯行声明がない事を祈るばかりです』
サイトがそう呟くと、レンズの色が赤から緑へと変わった。
自動追尾へと切り替わったんだろう。そう判断して、あたしはグラスの中身を飲み干した。
「じゃ、いつも通り引いといて」
「いつもなら引くのはギルドからだったがな。ま、どうにしても今回は奢りだ。儲けさせて貰ったから、当面は飲み食い無料にしてやる」
「ホントに? なら一番良い奴食わせて」
「ぷはっ。あぁ、生成肉のステーキ食わせてやるよ。ちょっと待ってろ」
「ごちそうさまですっ!」
心底から感謝して、あたしはバックヤードへと向かうマックスを見送った。
この数年、基本食事はエネルギーバー。
久方ぶりのちゃんとした食事に、あたしは胸を躍らせてその到着を待ったのだった。