群青
もとは別の小説投稿サイト(ハーメルン)にて投稿した作品です。これといった変更点はありませんのでご注意ください。
ジェット主流のこの時代に、と笑う者もいる。
お飯事と寝言は兵舎に置いてこい、と嘲る者もいる。
遊覧飛行は他所でやれ、と嗤う者もいる。
されど私はこれを駆って空を舞うのだ。
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二重反転一基、第二次世界大戦初期を思わせるレトロな機影、主翼下左右に搭載された切り離し式の増槽に、頭にはレシプロエンジンのサクソフォンが短く生え出している。二重反転の推進機とその武装を除けば、先の大戦の生き残りの様相を呈しているこの機体。
しかしこれでも彼女はつい最近、戦線への投入を決定された新型機である。簡易的ながら耐ミサイル装備も持ち合わせていることがそれを物語っているだろう。
しかしなぜ今なのか。
どうしても現在第一線を張る対地攻撃機には戦闘性能のどれを取っても覆せぬ差がある上に、前述した耐ミサイル装備もまた貧弱なもので当たれば耐えることはないだろう。
されど今こそなのである。
技術が進歩して高性能ながらも同時に高額化した兵器をこの国境争いの紛争に初期から投入してきている我らが大国は、その紛争の戦況からある考えを明確に抱き始めたのだ。
銃を構える民兵隊に対して航空支援要請のあるたびに新気鋭を差し向けては、なにをどうしてもコストと戦果が不釣り合いなのだ。
特に「もうこの争いは終わるのでは無いか」と基地内でも戦地外でも噂されるこの戦場に於いてである
もちろん今に始まった話では無いが。
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離陸許可が降り、滑走路を滑り出す。
基地に居候する老年の整備士たちが詰め所のデッキから勢揃いでその背中を見送る。彼女はこの基地からの試験飛行に喜びの声を上げているようだ。機内からでもわかる、レシプロエンジンの駆動音がそれである。
天気は生憎の曇りで少し転べば雨も降るようなそんな雲行きである。基地からの南西に一七○kmもいった荒野には巨人の手のように雲が地上へ垂れ下がっている箇所も見受けられる。
対照的に基地から北東、前線の方面には雲ひとつない快晴が広がっているようで明るく日が照っているのが見えた。
雲の切れ間から味方哨戒機がチラリと顔を見せた。彼らが飛ぶあの群青の中に彼女を連れて行くことはできないというのが残念で仕方がない。きっとあの空に似合うだろうに。
十分に高度を取って各操作の確認のために、許される範囲内で自由に飛行をする。
操縦桿は若干重い。
エルロンロールに一瞬のタイムラグを感じた。
しかしさすがは二重反転、左右の偏りなく十分にその性能を発揮してくれている。
操作の癖になれたところで少し基本的な機動をとってみる。
先ずはシャンデルを取るとしよう。
機体を右に四五度傾けてそのまま上方宙返り、当初の方位から一八○度反転して高度が上がる。曲がりがかなり小さく抑えられているように感じた。兵装を積んでいないというのもあるのだろうか。しかし予測していたより大分減速してしまった。
次にスライスバック。
シャンデルの逆バージョンで下方宙返りを行い、高度を下げて速度を上げる機動だ。曲がりが小さいのは変わらなかったがこちらはかなりスピードが乗った。
となると試したい機動がある。
スプリットSと呼ばれる、水平飛行から一八○度ロールして背面になりそのまま逆宙返りで水平に戻る動きである。逆宙返りを行うために降下時には一気にスピードに乗る。そのためある程度の高度を取らなければ機体の引き起こしが間に合わずに地表面へ激突する危険性があるのだ。
好奇心は猫をも殺す。
だが私の好奇心はその危険性を顧みなかった。
高度を取るついでにインメルマンターンを成功させて急上昇の具合を確かめる。それからもしばらく高度を取ってあとは私の心の準備を残すのみか。
機体は上機嫌なようで今か今かと防風窓越しの風切音が急かしてくる。まぁ少し待ってくれないか。
よし、やろう。
身構えた私はそのまま機体を一八○度ロールさせ、背面飛行に持っていく。上には荒れた地表が遠くされど近くも感じるほど詳細に見える。
意を決して逆宙返り。一気にGがかかり体が操縦席の後ろ側へめり込んで持っていかれるようだ。急降下姿勢でスピードに乗った機体は地表面との距離を急激に縮める。
そして焦らず急いで機体を引き起こす。
間に合わないか。
そう思ったが次の瞬間には機体は気持ち上を向いて引き起こされた。急降下後の復帰に対して補助作用をするようにエルロンに細工がされていたらしい。機体に助けられたか。
我ながら馬鹿なためしをしたものだなと冷や汗を出して地表を振り返る。恥ずかしいことに地表面との距離にはまだ余裕があったらしい。それでも上昇補助機構さま様か。
そもそもそんな危険な機動を初搭乗の新型機でやるのがおかしいのかと反省した。
ブリーフィングでは今前線を担当している空対地攻撃機の後継として開発されたと聞いたがアレの後継者たりえるかはまだ分からないと言ったところだろうか。
低速かつ低高度における高度精密兵器の運用を主眼に、という解説だったか。たしかに低速低高度の機動性には群を抜いたものがある。ジェット主流の今だからこその需要に良く応じているだろう。
これで武装の具合を測れれば、私や仲間たち、老年の居候整備士たちの彼女に対する評価も違ったものになるだろうがそれは叶わない。それは次の機会に期待しようか。
かれこれ二四○分余りを飛んだか、残り六○分の燃料を残すのみとなったので基地への帰路につく。
飛行は普段乗っている空対地攻撃機に比べれば不便ではあるものの飛ぶというその一事においては普段以上に楽しんだのかもしれない。その証拠に残り六○分の燃料を残して飛びまわったのだ。
ふと上を見上げればいつ晴れたのか、あの不気味だった分厚い雲がはるか北—前線の方角—へ流れて大きな暗い影を落としている。今なら上空一杯に、群青とは行かないまでも蒼い空を仰ぐことができるのだ。
そうあの空を見せたかったんだ。正確には本当に見せたかった景色とは少し遠うのだが、申し分のない青空といえるだろう。
戦闘の行きと帰りにみるあの群青に、あの戦を知らぬ純粋無垢な青空にまるで故郷のような懐かしさをこの機体と感じる日がそのうち来るのだろうとそんな思いに馳せながら管制官へ着陸申請を送る。
帰ったら同僚に自慢してやろう。
きっと私の愛機になるだろうこの機体のことを。