余話:木の話
むかし、むかし。
北にある小さな国に、ひとりの女王さまがいらっしゃいました。
女王さまは、子どものころから、せいれいとなかよしでした。
ある日、森へいった女王さまは、ぎんいろにかがやく、大きなせいれいに、であいました。
大きなせいれいは、しくしくと、ないています。
「せいれいさま。どうして、ないていらっしゃるのですか?」
女王さまがこえをかけると、大きなせいれいは言いました。
「せいれいたちが、かわいそうで、ないているのです」
「せいれいに、なにがあったのですか?」
「ほかのばしょでは、もうだれも、せいれいを信じていません。だれにも知られず、まものとたたかい、消えていくのです。そのことを思って、かなしくて、ないていたのです」
それを聞いた女王さまも、かなしくなりました。
「ほかのばしょの、せいれいたちは、なんてかわいそうなのでしょう」
大きなせいれいと、いっしょにないていた、女王さまは、よいことを、思いつきました。
「わたしの国では、みんな、せいれいを信じています。ほかのばしょにいる、せいれいたちを、わたしの国へ、あつめることにしましょう」
こうして女王さまは、せいれいがみえる人たちと、いっしょに、ほかのばしょにいる、せいれいたちを、北の国へあつめました。
たくさん、せいれいが、あつまったのを見て、ないていた、大きなせいれいは、えがおになりました。
しかし、ある日のこと。女王さまは、まものにおそわれて、なくなってしまいました。
やさしい女王さまのことを、あいしていた、大きなせいれいは、なんにちも、なんにちも、なきつづけました。
* * *
【人と精霊の悲恋か……泣けると思わないか、ローゼ?】
「んー? ごめん、あたしは良く分からないや」
【……まったく。お前はもう少し心の動きというものを学んだ方がいいぞ】
「わー、うるさーい。レオンって意外と心が乙女よね」
【なんだそれは】
「そのまんまだけど。……でも、恋、かあ。……ああ……ねえ、レオン。あたし、ずっと気になってたんだけど」
【……どうした?】
「ええと……あのね。……エルゼってあたしの祖先でしょ? 何ていうか、その、もうひとりの祖先が誰なのか、レオンに心当たりはあるのかなーって……」
【……お前……俺が考えないようにしてることを……】
「……そ、そっか、ごめん。あー……えーっと……つ、続きを読むね」
* * *
ある日、せいれいは、いっぽんの大きな木のまえに、女王さまの子どもをあつめて、言いました。
「女王さまは、せいれいたちを、とてもあいしてくれました。わたしも、女王さまを、とてもあいしていました」
お母さまを思い出した子どもたちは、木のまえで、なきました。
それを見て、大きなせいれいは、言いました。
「わたしは、女王さまに、おんがえしをしようと思います」
子どものひとりが、たずねます。
「おんがえしとはなんですか」
大きなせいれいは、言いました。
「わたしは木になって、この国の町や村を、まものから守ります。女王さまの子どもの、その子どもの、さらにその子どもたちが、ずっと、国をおさめている間は、わたしのいのちがあるかぎり、町や村にまものを、いれません」
そう言って、うつくしい女の人だった、大きなせいれいは、木にやどりました。
すると、どうでしょう。町や村に、同じ木がはえました。
小さなせいれいたちが、この木にぎんいろの花をさかせると、まものたちは、いそいで、にげていきました。
こうして大きなせいれいは、今でも木になって、北の町や村を、守っているのです。
* * *
宿の部屋で朗読を終えたローゼは本を閉じる。
北方神殿でジュストにもらった本は、やはり木にまつわる話だった。
「ということで、悲恋というか……古の大精霊は女性の精霊だったみたいよ」
椅子に座ったローゼは、机の上に置いてある聖剣を見た。
「女王様と男性精霊の恋話じゃなくてがっかりした?」
【……愛の形はそれぞれだ……】
「何それ」
【というか、ローゼ】
レオンは呆れたような声で続ける。
【……お前は演技も下手だが、朗読も聞くに堪えないな】
確かに演技などは苦手だという自覚があるものの、改めて言われるとローゼもむっとする。
「そういうこと言う? あたしだって努力してるのに」
【努力が実ってから言え。よし、俺は改めて黙読するから、お前は黙ってろよ】
「はいはい。じゃあ、あたしは……」
言いながらローゼが椅子から立ち上がろうとすると、レオンは焦ったように声をかけてくる。
【おい、どこへ行くんだ】
「どこって……」
【俺だけじゃ本をめくれないだろうが】
「は?」
レオンの言葉に間抜けな声を出したローゼは、思わず聖剣を見る。
【俺が読むから、お前はそこでページをめくってくれ】
ローゼは唖然とした。
「えぇー……なにそれ……」
【しょうがないだろう。ほら、早く】
レオンに言われたローゼは、ため息をつきながら椅子に座りなおし、本を開く。
しかしこの作業は思った以上に面倒だった。
【待て、ローゼ。めくるのが早い】
「まだ読んでないの?」
【そうじゃない。このときの大精霊の気持ちに想いをはせる時間が必要なんだ。余韻というものがあるだろうが】
かと思いきや。
【おい、まだめくらないのか】
「あれ? もういいの?」
【ここは展開の早さが重要だ】
「もう! 面倒ね!」
いったい何が良かったのかは分からないが、レオンはこの本をたいへん気に入ったらしい。旅の間中、読ませろと何度も要求してくる。
結局ローゼは宿の部屋だけでなく、青空や曇天の下でも本を開くはめになるのだった。