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余話:串焼き屋

 おう、この町は初めてか?


 そうかそうか、なら一杯おごらせてくれ。

 何、気にすんな。俺は初めての奴を見かけた時、いつもおごることにしてんだ。


 ん? 俺が誰かって?


 よくぞ聞いてくれた!


 串焼き焼いて36年、『キーシュの町の串焼き屋』と言やぁ俺のことよ。

 機会があったら東の通りにある露店に来てくれ。俺ぁいつもそこにいるからよ。


 おうよ、味と品の良さに関しちゃあ、ちょっと自信あるぜ!


 俺ぁな、自慢じゃねえが、真面目な上に正直者で通ってる。

 生まれてこのかた52年、真っ当に生きて来たぜ。


 もちろん、目の前の不正も許さねぇよ。


 実際に俺が捕まえた犯罪者ってぇのも結構いるし、怪しく思う奴には容赦しねぇ。

 隣で果物を売ってるヨーゴルと一緒に、今日も町の平和を守ってんだ!


 ……と思ってたんだがなぁ。

 初めて失敗しちまったんだよ。


 あぁ、あれは何日前だったっけなぁ。

 茜馬(あかねうま)を連れて顔を隠すっつーな、いかにも怪しい娘がいたんだ。


 おう、茜馬な。お前も知ってるだろ。たてがみが夕焼け色してる馬さ。

 ……なぁ? あれぁ北方の中でも名馬中の名馬よ。

 従順で辛抱強いし、体も頑丈で足も速い。


 北は名馬の産地として有名だけどよぉ、茜馬は貴重だからさ、余所の地域には絶対出しゃしねぇもんなあ。

 持ってるのは公爵家やその関連の家、後ぁあれだな、どっかの金持ちくれぇだろうってよ、ってすまねぇ、この辺は常識だったな。ガハハハハハ!


 まあ、とにかくよぉ。


 先日珍しく茜馬を見たんだけどよ。連れてたのがなぁ。

 簡素な服を着て、被り物で顔を隠した、いかにも怪しい娘っ子だったからよぉ。

 俺の勘が告げるわけだよ。こいつは訳ありの娘だぞってな。


 だから隣のヨーゴルの奴に合図してよぉ、衛兵を呼びに行かせたんだ。


 ん? 俺か?


 その時娘っ子は俺の店で注文してたからよ。

 わざとゆっくり焼いて、時間稼ぎしてたのさぁ。


 そしたらこれがよぉ、さっきも言った通りの失敗さ。

 俺の人生で初の大失敗だぜ。


 娘っ子は隠してただけで、精霊銀の腕飾りをしてたんだ!

 そうだよ、精霊銀だぜ!


 茜馬も見かけねぇがよぉ、術士以外で精霊銀を持ってる奴ってのも、こりゃまたほとんど見かけねぇもんなぁ。

 おまけによく見るときらびやかな剣を差してなぁ、荷物の中には、そりゃもう豪華な鞘まで隠してたんだよ。


 でよぉ。俺は察したね。

 これは、どっかの金持ちの娘か、もしかすると貴族のお嬢様かもしれねぇってよ。


 ほら、ここんとこよ、術士たちがイリオスにある北方神殿に集められてるじゃねぇか。

 おそらくあの娘っ子はよ、どっかの若い術士と恋仲だったに違いねえんだ。


 だけど恋人は、公爵家の要請でイリオスへ行かなくちゃいけねぇ。

 出発の前の日に恋人は、精霊銀の腕飾りを娘に渡して言うんだ。


「これを俺だと思って、いつでも身につけておいてくれ。俺の心はいつまでもお前のところにあるぜ」

 ってよ。


 だけど娘っ子は恋人のことが忘れられなくてよぉ。結局イリオスへ追いかけていくんだ。

 俺が会ったのは、その道中だったに違いねぇよ。

 

 っかー!

 健気だと思わねぇか?

 な? これは泣けるだろ!


 だから俺ぁ決めたね。

 あの娘っ子が今頃どの辺にいるか知らねぇがよ、恋人と再会できるように、毎日北方神殿で古の大精霊に祈ろうってな。


 それがあの子を犯罪者扱いしちまった俺の、せめてもの罪滅ぼしってもんよ。


 ……そうだよなぁ。木もずいぶんおかしなことになっちまってる。

 行くたびに花が落ちてるし、枯れ葉もどんどん増えてやがるもんなぁ。


 術士に聞いても「たまたまです」なんて言いやがるけどさぁ、そんなに頻繁に行くわけでもねぇ俺たちが変だって思ってんだ。奴らが分からないわけがねぇ。


 まぁ、そうは言っても術士どもにも色々事情があるんだろうしな。

 あんまり触れてやらないのが優しさってもんよ。


 ……ああ、本当にな。嫌なことが起きる前触れじゃなきゃいいよなぁ。


 まったくよぉ。

 今の公爵様になってから50年くらいか、変なこと続きだってよ、うちの親父やお袋も言ってるぜ。


 木の話だってそうだし、今回の急な跡継ぎの変更だって妙な話よ。

 大体よぉ、本来の跡継ぎだったはずの公爵様の息子も、余所者女が殺したってことになってるけど、ありゃあ……。


 おっといけねぇ、今の話は忘れてくれや。


 それじゃ俺はいっちょ北方神殿で祈ってくる。お前さんは町を楽しんでってくれ。縁があったらまた会おうな!

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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど、ローゼさんはそう見られてたのかー! 当たらずとも遠からじ、一部都合のいい解釈をしているのもご愛嬌といいますか。 「50年前」というキーは公爵様絡みなのですね。 気になるキーワード…
[良い点] このおじさんは、あの串焼き屋の! おじさんは、そう言った勘違いをしてくれていたのですね。 色々と話してくれましたが、新たに気になるお話も出てき たので、これからどうなっていくんだろうとなっ…
[一言] 何と?! ものすごく大事な物を、串焼き屋のおじさんに語らせるとは! 慄きました。 おじちゃんに串焼いてもらいながら、いやもう……おじちゃんの話を聞いてて震えました。本当。 少しづつ原因の全…
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