余話:コーデリア
コーデリア・セヴァリーは、聖剣の主であるマティアス・ブレインフォードの旅に同行していた。
一緒にいたのはマティアスの他、彼の息子のラザレス・ブレインフォードだ。
今回の旅はマティアス、ラザレス、そしてコーデリアの3人だった。
マティアスは来週、新しく任命される聖剣の主の儀式と夜のお披露目会に出席しなくてはいけない。その分、旅はいつもより短い……つまりコーデリアがラザレスと一緒にいられる時間も少なかった。
ラザレスと一緒に出掛けた際は、王都が見える辺りで旅の終わりを思い知り、いつもコーデリアは気落ちするのだが今回は違う。
王都が見えても、わくわくした気持ちのままだった。
なぜなら次の旅は、ラザレスと2人で北へ出かける約束をしたからだ。
思い切って一緒に行きたいと言って良かったな、とコーデリアは胸を押さえる。恥ずかしいからではなく、嬉しいという理由から顔が赤くなった。こんなことは初めてかもしれない。
「僕は儀式には出られないんだけど、お披露目会には行くんだ」
左側で快活な声がして、コーデリアは顔を向ける。
馬に乗り、本当は儀式も覗きたかったなー、と残念がっているラザレスに、同じく馬上のコーデリアは帽子の下から問いかけた。
「どうして、お披露目会に行くの?」
「なんかさぁ。新しい聖剣の主は、若い女の人なんだって。17歳だったかな。で、父上たちはその人の随伴をどっちかの家から選んで欲しいみたいなんだよ……ね?」
ラザレスがコーデリアとは反対側の隣にいるマティアスを見ると、端正な顔立ちをしたブレインフォード家の聖剣の主は、微笑んでうなずいた。
聖剣の主の一族は、魔物退治に関する知識が豊富だ。
今回、新しく聖剣の主になった人物は、元は普通の村人だった女性だと聞いた。彼女はきっと、魔物に関する知識をほとんど持っていないだろう。聖剣の二家の誰かが随伴するのは理にかなっている。
それでもなんとなく釈然としないものを感じながら、コーデリアはラザレスに問いかけた。
「ラザレスの他には、誰がお披露目会に参加するの?」
「えーっとね……」
ラザレスが挙げたのは他に3人、しかも全員が若い男性ばかりだ。
さすがにコーデリアは不審に思う。若い女性に随伴としてつけるのならば、女性のほうが良いのではないだろうか?
――嫌な予感がする。
コーデリアのわくわくした気分は、しゅんとしぼんでいた。
* * *
コーデリアの父であり、もう一人の聖剣の主でもあるスティーブ・セヴァリーは、先に旅から戻ってきていた。
コーデリアが部屋を訪ねると、娘の姿を見たスティーブは相好を崩す。
彼は髭を生やした厳めしい顔をしているのだが、笑った目つきは案外可愛い。
コーデリアは父の笑顔が好きだった。
「おかえり、コーデリア。今帰って来たのか。旅はどうだったね」
「ただいま戻りました、お父様……えっと、特になにもなかった……です」
息子4人の後に産まれた末っ子の娘を、父は目に入れても痛くないほど可愛がっている。
そうかそうか、とうなずくスティーブは、たったそれだけの会話だというのに、とても嬉しそうだった。
その後も何も言わずに立っている娘を、父はただニコニコと見ている。
……実はコーデリアはお披露目会のことを聞きたかった。しかし、どう切り出して良いのか分からなくて困っていたのだ。
しばらくもじもじしていると、さすがにスティーブもコーデリアは何か話があると察したらしい。
こちらへおいで、と椅子に座って手招きをする父に従い、コーデリアは彼の正面に腰かける。
その様子を見ながら、スティーブは目じりを下げて問いかけてきた。
「どうした? 父様に何か用でもあるのか?」
「あ、あの。ラザレスに、お披露目会のことを、聞いたの……」
お披露目会、と聞いてスティーブは目を丸くする。
「お前がそんなことを言い出すとは驚きだな。もしかして行きたいのかね?」
父の問いかけに娘は、ぶんぶんと音がしそうなほど首を横に振る。
内気なコーデリアは、未だに王宮の舞踏会へほとんど行ったことがなかった。
今回も行く気はまったくない。
「違うの。あの、今度のお披露目会で、新しい聖剣の主様に、随伴を、選んでもらうのでしょう?」
「そのつもりだよ」
「えっと、どうして、男の人ばっかりなの?」
「ああ」
スティーブはコーデリアの話を聞いてうなずく。
「新しい聖剣の主は若い娘だ。うちとブレインフォードと、どちらかへお嫁に来てもらおうと思ってな」
「あの、じゃあ、随伴を選んでもらうって、いうのは……」
「うむ。最初に、誰かを夫に選ぶ気があるかどうかを聞いてみるつもりなのだ。受ければ良し、断るのなら、彼女が選んだ随伴の相手をいずれ結婚相手として考えてもらおう、という……」
父の話を聞いて、コーデリアは頭を殴られたかのような衝撃を受けた。顔から血の気が引くのが分かる。
ラザレスは、随伴の候補の中に入ってると言っていた。
彼はコーデリアと同じ14歳だ。17歳の聖剣の主からすれば年下だが、年齢的に考えれば別におかしくはない。
ということは、もし新しい聖剣の主がラザレスを随伴に選んでしまえば、将来的に2人は夫婦になってしまう。
(そんな……そんなの、絶対に嫌……)
だからといって邪魔をすることなど、自分にできるはずがない。
どうしよう、と思いながらコーデリアはうつむいた。
一方、自分の前に座っていた愛娘がみるみる青い顔になって項垂れる様子を目にしたスティーブは、血相を変えて立ち上がる。
「どうした、コーデリア! どこか具合が悪いのか!?」
少女は首を横に振るが、その動きはひどく緩慢なものだった。
コーデリアは単に、動くのも億劫なくらい動揺していただけなのだが、父はそう取らなかったようだ。
これはいかん、と呟いたスティーブは慌てて部屋を飛び出していった。
* * *
結局コーデリアは儀式の日まで鬱々として過ごした。
元気のない娘を見て父は毎日のように大騒ぎをしていたが、娘の気持ちを察していたらしい母に「あなたは黙りなさい!」と怒鳴られ、やっと大人しくなる。
事実、お披露目会が終わって戻って来たスティーブが不機嫌そうに「ローゼ・ファラーは申し出を完全に断りおった。大体、あの神官が……」と愚痴った後、コーデリアは安堵し、やっと笑えるようにもなった。
しかしラザレスが断られて嬉しいとは思いつつも、悔しそうな父の姿を見たり、断られた人物たちの気持ちを考えたりすれば、やはり内心穏やかではない。
おまけに詳しい話を聞いてみれば、新しい聖剣の主は誰とも話をすることなく申し出を断ったようなのだ。それはさすがにひどいのではないか、とむかむかする。
結果、コーデリアの中でローゼ・ファラーという人物は「失礼で鼻持ちならない人物」として印象付けられた。
――それなのに。
なぜ今、その相手と北方の店の中で向かい合い、2人で菓子を食べていなくてはならないのだろう、とコーデリアは不愉快な気分でいっぱいだった。
しかしなぜと言っても、それが自分のせいなことにもまた嫌気がさす。
ラザレスに帽子を取られてしまった後、おろおろしている時にローゼから声をかけられ、思わずついてきてしまったのだ。
今となっては、やはり帰れば良かったという後悔しかなかったのだが……。
「あの……ローゼは、どうして、お話を断ったの? みんないい人だったでしょう?」
それでもつい話しかけてしまったのは、彼女を見ているうちに父や親族たちの顔が思い出され、憤りがよみがえってきたからに他ならない。
どうせちやほやされて舞い上がっている嫌なやつなのだろうと思ったのだが、
「あたし、好きな人がいるの」
と言った後の彼女の表情が思いのほか純粋だったので、逆にコーデリアは驚く。
同時にローゼという人物に興味がわいたので、自分の話をした後に話題を振り、そして気が付いた。
――どうやら彼女は、悪い人ではないらしい。ただ、あまり素直でないだけで。
もう少し自分の気持ちに向き合って気持ちを表に出してくれたら、まわりを振り回したりせずにすむのにな、とコーデリアは考えた後に、自分だって人のことを言えないのではないかと思い至る。
「ねえ、ローゼ。僕たちも一緒にイリオスへ行っていい?」
だからラザレスがそう言った時、コーデリアは落胆すると同時に決意した。
彼がローゼと行きたいと言うのは、コーデリアのせいでもあるからだ。
出かける前は「ラザレスが見たいところへ行きたい」と言ったくせに、コーデリアはいつもの内気さのせいで上手く行動できず、結局ここへくるまでの間のこともほとんどラザレスがひとりで考えている。
どうしたいか聞かれても「好きにしていい」と言われるばかりでは、彼だって困るばかりだろう。
元々コーデリアはラザレスと一緒に旅に出たかっただけで、あちこち見て回りたいわけではなかったのだが、彼はそうではない。
そんな彼の旅に同行したいと言ったのだから、中途半端にしては駄目だ。
(一緒に行く、って決めたんだもの。誰かに任せっきりにしてちゃいけない。ただついて行くだけなのは、一緒に行くのとは違うもの)
ラザレスとローゼのやりとりを聞きながら、外に出るときはずっと被っていた帽子を脱ぎ、コーデリアは思い切って口にする。
「わ、私っ!」
それは今まで自分が出したどの声よりも大きい気がした。
「私っ、ラザレスが見たいところあるなら、が、頑張って、協力する、からっ。だからっ、ふ、2人で、行きたい……の」
言えた、と思った。
初めて意見を主張できた。
ローゼが後押ししてくれたこともあり、ラザレスもうなずいてくれる。
「いままで、ごめんね。私も、一緒に見て回りたい。だから、どこに行くか、考えたいの。2人で」
「……うん!」
コーデリアが言うと、ラザレスは頬を紅潮させて嬉しそうに笑ってくれた。
つられて微笑みながらコーデリアは、今までにないくらい気分が高揚している自分を感じていた。
――2人で一緒に行く旅は、やっと今から始まる。