5.疑問と欺瞞
最初の町ではそこまで意識しなかった「北は排他的」という言葉を、道を進むにつれてローゼは徐々に理解できるようになってきた。
余所者だとばれたとしても、積極的に排除されたりはしない。ただ、嫌な感じの対応をされることが多くなってくる。
どうして余所者だと分かるのか不思議だったが、見た目だけで言うなら、どうやら髪の色で区別しているようだ。
初めのうちは、ローゼを捕まえるために赤い髪が手配として回っているのかと思ったのだが、そんな雰囲気でもない。
改めて周囲をよく見ると、北方の人たちは色の薄い髪が多く、濃い色をした髪の人はあまり見ないということが分かった。もちろんいないわけではないが、その場合は町の人たちと顔なじみなので区別がつくらしい。
つまり、見慣れない人物は余所者の可能性があるということ。見慣れない上に濃い色の髪ならば間違いなく余所者だという判断をしているようだ。
さらに、住人の噂話などに耳をそばだてているうち、言葉は同じでも抑揚が少し違うということに気づいた。
できるだけ真似をするように努力はしたものの、話しているうちにボロが出てしまうかもしれない。
考えた末、ローゼはコーデリアの真似をすることにした。
極端に内気で人と話すのが苦手、人と目を合わせたくないから被り物を取らない、という演技をしたのだ。
レオンには「似合わない」と笑われたり、店の人に「お嬢ちゃん、そんなことじゃお嫁に行けないよ」と余計なことを言われたりもしたが、大半はこれでなんとかなった。
それでも余所者だとばれてしまった時は、多めの金額を渡すようにする。こうすれば不満そうに鼻をならしながらも物は売ってもらえた。
とはいえセラータを連れている限り、ローゼが余所の地域から来た人物だとは思われることはほとんどなかったので、ローゼはなるべくセラータを見せるようにしながら行動していた。
泊まる場合は、表に宿の人がいる中から良さそうな場所を探す。
買い物をするときも、できるだけ店内に入らずに済む店を中心として物をそろえていた。
しかし。
* * *
比較的大きな町へ到着したときだった。
立ち並ぶ露店でセラータ好みの果物を買った後、近くで焼いていた串焼きの匂いにつられて買おうとした、そのとき。
「なあ。その馬はあんたのか?」
串焼き屋の店主が声をかけてきたのだ。
今までにも同じように尋ねられることはあったが、今回は店主の声色の険しさが気になる。目深に被り物をしたままローゼはうなずいたものの、なんだか嫌な予感がしていた。
【おい、あいつ睨んでるぞ。すぐ立ち去れ】
被り物のせいで相手の顔が見えないローゼに代わりレオン教えてくれるのだが、そうは言っても商品を受け取っていない。ここで立ち去っては怪しいと自分で宣伝しているようなものだ。
店主はことさらのんびりと串焼きを焼きながら、隣の露店の店主に何事か合図をしたように見える。隣の店主はそのまま店を離れ、どこかへ去って行った。
ローゼの背中を冷や汗が伝う。
本当は今の隙にセラータに乗り、駆け去ってしまった方が良いのかもしれない。
しかしそれでは他の町にも手配が回ってしまう可能性がある。
ただでさえ余所者の、しかも事情を抱えているローゼだ。最後の頼みである『夕焼け色のたてがみをした馬』まで封じられてしまえば、今後の旅をどう続けて良いのか分からない。
――いや、それでも、ここで捕まって送還されてしまうよりはその方がマシなのだろうか。
迷って、ローゼは留まる方を選ぶ。
逃げてしまえば完全に申し開きができなくなるが、ここで話を聞けば、対処法が見つかるかもしれないと思ったのだ。
しばらくして石畳を打つ足音が聞こえてきた。
そちらを見れば、3人の衛兵が隣の店主に連れられてこちらへ駆けてくるところだった。
【逃げた方が良かったんじゃないのか?】
声に続いてレオンのため息が聞こえる。ローゼは内心で彼に謝り、身をすくめさせた。周囲の人物は衛兵に注目している。もちろんローゼにも視線が注がれているようだ。
やってきた衛兵は案の定、ローゼの前に立つ。ローゼはおびえた様子を見せつつ、さりげなくセラータに寄った。
「娘。連れているのはお前の馬か」
衛兵に詰問され、ローゼはこくんとうなずく。
「どうやってこの馬を手に入れた」
【お前の様子を見てるぞ。どうやら身なりを確認してるみたいだな】
レオンの声を聞いてローゼは納得する。
高価な馬を、みすぼらしい身なりの娘が連れているということに不審の念を抱かれたのだろう。盗んだとでも思われたかもしれない。
――だとすれば。
「名を名乗れ。それから、被り物を取ってもらおうか」
ローゼはいやいやをするように首を振った。
それを見て衛兵は気色ばむ。言うことを聞かない娘の被り物を無理にはぎ取ろうと右手を伸ばしてきたので、ローゼは左手で払いのけた。
その瞬間、袖の内側に隠してあった銀色の鎖が日の光にきらめく。
腕飾りを目にした途端、兵たちの動きが止まる。
そのまま彼らはゆるゆると腕を下ろした。
「……娘。飾りを見せてもらえるか」
衛兵に問われたのでローゼは左袖をめくり、複雑な色に輝く銀色の腕飾りを見せた。彼らが息をのむ様子は、被り物をして狭い視界からでも窺えた。
衛兵たちは少し相談していたようだったが、ついでローゼに向かって言う。
「荷を改めさせてもらいたい」
中にはあまり見られたくないものがある。断りたかったが、ここで抵抗すると厄介なことになりそうだったので、仕方なくローゼはうなずいた。セラータに積んでいた大きな荷物を外して渡すが、その際に少しだけ荷物の中身を動かしたことは、幸いにもばれていないようだった。
ついでに聖剣に巻いてあった布もこっそりと取っておく。
衛兵の1人が荷を開け、最初に取り出したのは、一番上に移動させた白い鞘だった。
それを見て、衛兵はローゼの腰に目をやる。町に入る前は聖剣の握りと鍔を布でくるんで見えないようにしているのだが、布を取ったので今は優美な鍔と柄頭の玉がきらめいているはずだ。
彼らはお互いに目配せをすると、それ以上は中を探らず、鞘をしまって荷をローゼに返してくれた。
「大変失礼をいたしました。どうぞこの先、お気をつけてお進みください」
衛兵たちはローゼへ深々と頭を下げる。ローゼが黙って小さく頭を下げると、彼らは来た方向へ戻って行った。
ローゼがほっとしながら荷物をセラータに積みなおしていると、露店の方から声がする。
「お嬢様、大変申し訳ありませんでしたっ!」
見れば串焼き売りの店主は身を縮めている。
「精霊銀の腕飾りに美しい鞘。確かにこの馬をお持ちでもおかしくはありませんでしたっ!」
そう言いながら店主は焼いていた串焼き全てをすごい勢いで包み、ローゼへと差し出した。
「あの……ひとりですから、こんなには……」
ローゼは断ろうとしたのだが、店主はぶんぶんと首を横に振る。
「いいえっ、わたくしめにできますのは、せめてこの程度でございます! いえいえ、もちろんお代はいただきません!」
ならばせめて支払いをしようかと財布を出したしたローゼを止めて、店主はぐいぐいと包みを渡してくる。
(うーん……まあ、そこまで言ってくれるなら、しょうがないわよね。うん、しょうがないしょうがない)
これだけあれば、今日の昼だけでなく、明日の朝までゆうに持つ。
浮いた食事代を思ってローゼは心の中でにんまりとした。
「ありがとうございます……」
小さな声で礼を言うと、頭が地面につくのではないかと思うほどに下げる店主に別れを告げ、ローゼは包みと共にセラータに乗ってその場を立ち去った。
町を出ると、少し先に花の咲いた草原があったので、そこで昼食にしようと決める。中へ入ってセラータから降りると、首を撫でた。
「……いつもありがとね」
先ほど買った果物を出すと彼女は嬉しそうに食べ始める。
あっという間に食べつくしたセラータは、まだ欲しいとねだってくるが、持ってないことを示すと諦めたようだ。
次はもっと買うからね、と声をかけて草原の中に座ったローゼは、包みから串焼きを取り出し、もしゃもしゃと食べ始めた。
【……なんだったんだ、さっきのは】
戸惑ったようなレオンの声がする。べたつく手を濡らした布でふきながら、ローゼは答えた。
「つまりさ、あたしの格好がセラータを連れるには不釣り合いだったってことよ」
【だから腕飾りと鞘を見せたのか】
「うん。実はあたしはどこぞのお金持ちの娘で、身を隠すためにわざとみすぼらしい格好をしてるって思ってもらえたらいいかなって」
【そういうもんなのか? 身を隠したいなら、そもそも高価な馬を連れて歩かないだろうに】
レオンの言葉にローゼは肩をすくめた。
「その辺が、ちょっと世間知らずのお嬢様ってことよ」
【なんだそれは】
呆れたようなレオンの言葉に笑ったローゼは、ふと真顔になる。
「気になるのは、腕飾りを見て店主が精霊銀って言ってたことよね……」
串焼きを食べる手を止め、ローゼは左腕の銀の鎖を見る。
この飾りは、聖剣の主になったお祝いにとアーヴィンがくれたものだ。渡してくれた時に「換金することもできると思う」と言っていたので、値が張るものだろうと思って見せたのだが、相手の反応は想像以上だった。
「この腕飾り、アーヴィンは自分で作ったって言ってたのに……ねえ、どういうことだと思う?」
【俺が知るか】
レオンの返事はぞんざいだったが、一方で何かを知っているような気もした。
* * *
ローゼが怪しまれたのは、串焼きを購入した町だけではなかった。
しかし対処する術を学んだので、不審そうにされたときは左腕の飾りをさりげなく見せるようにしている。さらに状況次第で「イリオスへ……」と小さく言えば、聞いた相手は勝手なことを考えて納得してくれるようだった。
どういう想像をしたのか、たまに「元気を出すんだよ」などと言いながらオマケしてもらえることもある。
そんなときは、北だって人柄は変わらないのに、とローゼは複雑な思いを抱きながらも、礼を言って厚意はありがたくお受けしていた。
レオンからは「お前、少しは罪悪感が湧かないのか?」と呆れたように言われることもあるが、もちろん良心は痛む。しかし、ご厚意をいただけるならありがたくお受けしたいと思っていた。手持ちの金だって潤沢というわけではないのだ。
それでもセラータがいることにローゼは本当に感謝していたので、露店で彼女の好物を見つけたときにはできるだけ買うようにしている。
……腕飾りをくれた人物のことは、考えるといつも寂しくなる。なるべく頭から追い出すようにはしていたが、それでもこっそり泣く夜もあった。




