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18.道は見えない

 ローゼはフェリシアと共にジェラルドの部屋を後にした。


 今はひとりでいたい気分だった。考えをまとめたいからという理由で彼女と別れようとすると、フェリシアはローゼの手を取る。


「でも、何かご用ができたときは、いつでもわたくしの部屋を訪ねてくださいませ。留守だったときは部屋の中で待っていてくださって構いませんわ。鍵は開けておきますから」


 彼女の気遣いは嬉しかったので、ローゼは黙ってうなずいた。

 

 しかし部屋へ戻っても、何かをしたくなるわけでもない。そもそも何も考えたくはなかった。結局レオンとの会話も上の空のままでぼんやりしていると、昼過ぎにダスティ・ハイドルフ大神官が呼んでいると言って神官が訪ねて来た。

 ローゼはため息をついて聖剣と共に部屋を出る。もちろん、何の話だか見当はついていた。


 ハイドルフ大神官の部屋へ入ると、老齢の大神官はローゼへ一礼する。


「急に来ていただいて申し訳ない。どうぞ、そちらへ」


 部屋の端にある長椅子を示されたので、ローゼが聖剣を腰から外して座ると、正面の椅子にハイドルフ大神官も腰かけた。

 間にある机には既に茶の準備がされており、カップからはゆらゆらと湯気が立ち上っている。来る時間を見越して準備していたのかもしれない。


 しばらくの沈黙があった後に、大神官は口を開いた。


「レスター神官の行方をご存じありませんかな」


 やはりこの話か、とローゼは思った。

 しかし大神官は、ローゼがアーヴィンに会ったことを知って呼んだわけではないだろう。単に姿が見えなくなったので尋ねているに違いない。


「何かあったのですか」


 とりあえず大神殿側の情報を聞いてみようと、否定も肯定もせずに問いかけてみる。ローゼが驚いていないことに何かを感じたようではあるが、ハイドルフ大神官は話しだした。


「レスター神官の行方が分からないのです。会合があったのですが姿を見せなかったので、滞在している部屋に神官が呼びに行きました」


 しかし彼の姿は無かった。荷物もあり、馬屋を確認すればグラス村から乗って来た馬もいる。なのに探しても大神殿内で姿を見たものはおらず、門からの退出記録もない。

 そこで、事情を知る者がいないかどうかを確認するために、まずは知り合いから話を聞いているところなのだ、とハイドルフ大神官は語った。


 どこまで話して良いものか悩み、いたずらに聖剣の柄を撫でる。その様子を察知したレオンが言った。


【全部話してやれ】


 そこでローゼは、昨日の夜に様子がおかしかったこと、その後ジェラルドと一緒に城下へ行き、貴族の屋敷前で彼を見かけた話をしておいた。

 聞き終わった大神官は、そうでしたか、と言って黙る。


 沈黙の中、風が窓を揺らす音だけが響いた。しばらくして大神官が口を開こうとしたその時、扉が叩かれ、1人の神官が布でくるまれた荷物を持って入ってきた。


 神官が退出した後、ハイドルフ大神官は荷を確認する。少し悩んで、ローゼのところへ持ってきた。机の上に置いて、再度荷をひらく。


 中には鮮やかな青の神官服があった。

 さらに一枚の紙が添えられており、そこには


 『残してきたものについては、お取り計らいのほどよろしくお願いいたします。申し訳ありません』


 と書かれている。

 やや乱れた様子の筆跡だが、それでもアーヴィンの字であることは間違いなかった。


「これは」


 とローゼは呟く。


「一時的にいなくなるわけではなく、もう戻るつもりがない、ということでしょうか」

「おそらく」


 と、ハイドルフ大神官も沈痛な面持ちでうなずいた。




   *   *   *



 ハイドルフ大神官の部屋を退出したローゼは客間へ戻ろうとして思い返し、そのまま神殿騎士見習いの寮を訪ねた。

 フェリシアは自室にいて、扉を叩くとすぐに開けてくれる。その様子は、まるで来るのを待っていたかのように見えた。

 

 ローゼの表情を見て何か良くないことがあったと察したらしく、何も言わずにただ中へと促す。言われるまま椅子に座ると、黙ってお茶を淹れてくれたので、カップに入った温かいお茶を見ながら、ローゼは呟くように言った。


「ジェラルドさんの言ってたことは正しかったみたい」

「どういうことですの?」


 そこで先ほど、ハイドルフ大神官の元へ荷と手紙が届いた話をする。フェリシアは静かに聞いていた。


「だから本当に、戻ってくることはないんだと思う」


 そう言ってローゼはため息をついた。


「……何があったのかは知らないけどさ。どうしてこんなに急いで連れて行くのかな。貴族ってここまで神殿のことをないがしろにするもの?」


 アーヴィンはグラス村の神官だ。今はミシェラが代理でいるとはいえ、彼女はあくまで一時的に行っただけ、まさか長期にわたってアーヴィンがいなくなるなど想定もしていないだろう。つまり彼は、役目を放りっぱなしでいなくなったも同然だ。


 尋ねられたフェリシアは首をかしげて答える。


「本来でしたら、どんな理由があれ、すべてを放って行くことはありえません」

「急かしたりはしないんだ?」

「ええ。その辺りは暗黙の了解がございますわ。神殿と国は密接な関係にありますもの。きちんと手順を踏んで、その後、家に戻られますわ」


 ただ、とフェリシアは続ける。


「シャルトス家ですから、例外もありえるかもしれませんわね」

「そっか……」


 結局はそこに行きつく。

 

 神殿にも、王家にも、どうにもできない公爵家。

 フェリシアが呟いていた言葉をローゼは思い出す。


 「よりによって」


 本当にどうして。

 よりによって、そんな面倒な家に。


 シャルトス公爵家は何のために彼を戻したのだろう。

 そして彼自身も、一体何を考えているのだ。


 荷物も馬も残したままなのに。

 王宮から立ち去るときだって、誰にも、ローゼにも、何も言わず……。


 そこまで考えてローゼは首を振る。


 ――理由を探る必要はない。彼が戻らないことだけは確定なのだ。


 いつの間にかうつむいていたらしい。ローゼは顔を上げると、わざと明るい調子で言った。


「まあ、しょうがないか。今までの話からすると、ジェラルドさんの言う通り忘れるしかないよね」


 言いながら窓の外を見る。先ほどは湿った風が吹いていた。夜には雨になるかもしれない。


「……さて、あたしも準備しなくちゃ」

「何かございますの?」

「儀式も終わったし、いつまでも大神殿にいるわけにはいかないなって。明日にでも出発するよ」


 ローゼはそう言って、フェリシアへと視線を移す。


「フェリシアにはここまで、本当にお世話になっちゃった。何かと頼ってごめんね」

「どちらへ行かれますの」


 ローゼの言葉には答えず、フェリシアは質問を投げかける。ローゼは少し下を見て考えた。


「そうねえ、まずは――」

「北ですわね」


 怪訝そうに顔を上げたローゼに、フェリシアは繰り返す。


「ローゼは北へ行きますわね?」

「行かないよ」


 ローゼはきっぱりと否定した。


「なんか怖そうじゃない。初心者のあたしはもっと簡単な場所から――」

「いいえ、ローゼはまず、北へ行くんです。そしてあの方にお会いしますの」

「何言ってるの、フェリシア。無理よ」

「それでもローゼは北へ行かなくてはいけませんわ」


 ひたすら北と言い続けるフェリシアの目を見て、ローゼはゆっくりと言う。


「ねえ、冷静に考えてよ。今度の相手は公爵家よ? グラス村の時みたいに、アレン大神官相手じゃないんだから」


 それを聞いたフェリシアは椅子から立ち上がり、ローゼが座っている横に来て膝をつく。


「そうですわね……以前、アレン大神官様にお会いするのを邪魔されたときは、わたくしやお兄様がお手伝いできました。でも今度は無理ですわ。あの公爵家には、神殿も王家も関与出来ません」


 ローゼは苦笑する。


「だから無理だって結論になったじゃない。……あたしも、忘れるつもり」

「いいえ、いいえ、それはいけません、ローゼ」


 フェリシアはローゼの手を取った。


「どうやって会えば良いのかわたくしにも分かりませんわ。でもローゼは会わなくてはいけません。どんな形であれ、もう一度会わなければ一生後悔します。それだけは分かりますわ」


「そんなむちゃくちゃなこと言われても困る――」


「ローゼ。このままですとあの方は北へお住まいになります。おそらくご本人が領内……いいえ、もしかしたら城からもお出ましにならない可能性があります」


 フェリシアが覗き込む。紫の瞳は真剣な色を帯びていた。


「神殿も、王家も。神官1人のために、シャルトス公爵家に対して働きかけたりはいたしません」


 何も言わないローゼを見て、フェリシアは続けた。


「それともローゼが、もう絶対にお会いしたくないんですの?」


 ――会いたくない?


「……そんなわけないでしょ」


 フェリシアの言葉を聞いて、ローゼの目に涙があふれてくる。


「でも、こんな、どうしようもない……」


 会いたいと言って会いに行ける相手でなさそうなことは、ローゼにも良く分かった。


「神殿で手出しできなくて、王家で手出しできなくて、なのに、あたしだけで何ができるの」


 事情があって二度と会えないなら、せめて最後に何か言えたのにという思いはある。しかしもう、どうにもならない。ローゼにできるのは、諦めることだけだ。


「こんなことになるなら……」


 その先は言葉にならない。

 フェリシアが立ち上がり、ローゼを抱きしめてくれた。

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― 新着の感想 ―
[一言] アーヴィンさんは何かの理由で連れ戻されちゃった、のかな。 初登場時のマリエラの態度や、別れ際の勝ち誇った態度で察しましたが、ローゼさんの気持ちを思うと辛過ぎます……。
[良い点] アーヴィンは……ナルホド、そういうことだったのですね! だからセラータをローゼに引き合わせることができた。 銀狼もこれから関係してくるのかな(*´ω`*) ますます目が離せなくなってき…
[一言] 胸が締め付けられる……どうしようね、ローゼ……
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