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16.王都城下

 本当は王宮で衣装を脱ぎ捨てたかったのを堪え、ローゼは大神殿の控室に戻る。

 女性神官たちに装飾品を取ってもらい、衣装を脱がせてもらうが、それ以上のことは頭を下げて断った。


「すみません、どうしても急ぎの用事があるんです」


 彼女たちはローゼの表情に何かを感じ取ったのだろう。最低限のことだけをすると、挨拶をして控室を出て行った。本当は湯浴みの準備などもしてあったようなので、本当に申し訳ないと思いながら、ローゼは自分の服を着て部屋を出る。


 表はまだ人が多くざわついていた。そんな中で待っていてくれたらしい大柄な神殿騎士が、ローゼを見つけて寄って来た。


「よう、ローゼちゃん、どうしたよ」


 口調は軽いが、どことなく訝しげだ。

 ローゼはアーヴィンの最後の様子を思い浮かべながら、ジェラルドに訴える。


「ジェラルドさん、アーヴィンが変だったんです。多分、大神殿へは戻って来てない。貴族の女の人と、どこかへ行った気がするんです」


 それを聞いたジェラルドは舌打ちをした。


「くそ、奴め……女をひっかけたか……先を越された」

「そうじゃなくて」


 やや脱力しつつ、ローゼはレオンの言っていたことを思い出す。


「どうしてアーヴィンが王都を避けてたって思うんですか? 会うかもしれないって、誰にですか?」


 それを聞いてジェラルドは少し首をかしげるが、すぐに思い至ったらしい。はっとした表情でローゼを見る。


「そういうことか……でもローゼちゃん、なんでその話を知って――」


 言いながら視線を落とす。


「……まさか、聖剣」

「その話は今度いくらでもします。だからお願いします、教えてください。アーヴィンがどこへ行ったのか、心当たりはありませんか?」


 小さくうなったジェラルドは、ローゼを見ながら思案している。しかし行先を考えているというよりは、教えても良いのかどうかを悩んでいるように見えた。しばらくして覚悟を決めたらしく、外を示す。


「よし。ローゼちゃん馬いたよな。まずは馬屋だ。馬を出したら城下へ行くぞ」

「城下へ?」

「ここかもしれねぇ、ってところはあるんだが、間違ってたらごめんな」


 お披露目会の後ということもあって、城下には明かりが多くともっており、人も多い。王宮から屋敷へ戻るのだろう、見事な装飾の馬車とも多く行きあった。


 それらを見ながらジェラルドの後につけて、ローゼは馬を進める。やがて王都の中でも城壁と門があり、護衛までいる場所に出た。それを見ればローゼにも目的地が分かる。向かっているのは、貴族の屋敷がある地区のようだ。


 ジェラルドは鎧を着ているので身分は証明できたのだが、ローゼはまだ身分証がない。どうしようかと思ったのだが、意外にも聖剣を見せるだけで良かった。

 聖剣の二家は貴族地区に住んでいるので、出入りする際に提示する聖剣を護衛たちは見慣れているらしい。「違う部分も多いですけど、雰囲気はよく似てますね」と言いながら通してくれた。

 

 地区に入ってすぐの辺りは大きな建物が並んでいるだけだったが、中央へ行くにつれて、庭もついた屋敷が増えてくる。おそらく中へ行くほど身分が高くなるのだろう。そんな庭のある屋敷のひとつでジェラルドは馬を止めた。


「……ここだと思うんだがな」

「ここ……?」


 そこは周囲と比べても、格段に大きな屋敷だった。


 門の向こう、広大な庭を挟んで遠くに見える玄関の前には、何台もの馬車が止まっている。すべて荷馬車で、荷物はほとんど積み終わっているように見えた。

 本来ならいるであろう門番の姿が見えないのは、彼らも手伝いに駆り出されているからかもしれない。

 護衛らしき騎士たちの姿もかなりの数が見え、門の前にいるローゼとジェラルドに気づいて警戒している様子も伝わってくる。

 

「出発の準備をしてるんでしょうか」

「そうかもな。ということは……」


 ジェラルドがそう言いかけた時、角の向こうから豪華な馬車が現れた。

 馬車の周囲には馬に乗った護衛の騎士たちがいたのだが、門の前にいるローゼとジェラルドを見て数名が馬を駆けさせてくる。

 

「何者か」


 こちらへ来たのは4人、その内の1人が警戒の目つきもあらわに問いかける。怪しげな様子を見せればすぐにでも攻撃してくる様子が見て取れた。

 ジェラルドは身振りでローゼを自分の後ろへ下がらせると、彼らの前へと進み出る。


「大神殿所属、神殿騎士ジェラルド・リウスだ。悪いな、人を探してたらここまで来てしまった」


 神殿騎士、との名乗りを聞いて、騎士たちの空気が変わる。その様子でローゼは、探している人物がいるのだと分かってしまった。


「神殿の者が無礼であろう。ここには貴様のような者が探している方はいない。早々に戻れ」

「探している方、ね」


 少しばかり引っかかる言い方をしたジェラルドが(かん)に障ったのか、騎士の内1人が詰め寄ろうとする。

 その時、馬車の扉が開き、1人の青年が降りて来た。

 馬車の周囲に残っていた騎士が止めようとし、中から女性が呼びかけるが、彼は構わずこちらへ進む。


 長い髪は褐色、しかし着ているものは貴族風の服だった。何かを持っているらしく、明かりに反射して手の中のものがきらりと銀色に光った。

 表情が見えるくらいの位置に来て立ち止まった青年は、無表情にローゼたちを見つめる。

 その様子を見て、騎士たちは少し下がった。


 やがて彼は、ローゼが聞いたこともない言葉で朗じだす。独特な節回しで紡ぐ言葉は、語りかけるような、もしくは歌っているかのようだった。

 ローゼが思わず聞きほれそうになったとき、レオンの声が響く。


【ローゼ、神殿騎士の前に出て、聖剣を抜け!】


 我に返ったローゼは言われた通りにジェラルドの前へセラータを進め、聖剣を抜いてかざした。刀身が煌めき、左腕の飾りが音をたてる。

 抜身の剣を掲げたローゼに対して周囲の騎士は武器を向けようとするが、歌うのをやめた青年がそれを制止した。


 場が静かになった中で、レオンが(おごそ)かな声を出す。


【今のは周囲の連中に覚悟を見せるためだな? だから許してやる。しかしこれ以上、俺の娘に何かをしようとするなら、ただでは済まさん】


 そのまま青年は黙り込んだので、周囲の騎士たちは訝しげだ。

 そんな騎士の中でセラータに目を止めた者が動揺しているのを、ローゼは見逃さなかった。


【俺の言葉が脅しにすぎないと思うなら続けろ】


 自分以外に語り掛けているらしいレオンの様子を不審に思いながらも、ローゼは聖剣を抜いたままでいる。

 しばらく待っても青年が動かないのを確認したレオンがもういいと言うので、ローゼは右手を下ろした。


 それでも騎士の警戒する姿は変わらない。そして、青年の態度も軟化はしない。今の彼はとても冷淡な表情を浮かべて、ローゼを見ていた。

  

【ローゼ、引け。理由は分かるな?】


 レオンは諭すように言う。その口調にはやりきれなさが含まれていた。


「……分かった」


 目線を落として大きく息を吐くと、ローゼは聖剣を鞘にしまう。

 ――目の前にいるのはアーヴィンではない。青年が着ているものは、神官服ではないのだから。


 門の前で騒ぎが起きていることに気づいた騎士たちがこちらへ駆けてきているらしい音がした。このままではジェラルドも危険にさらすことになってしまう。ローゼは振り返ると、ジェラルドを促した。


「ジェラルドさん、ありがとうございます。探している人はいないみたいなので、帰りましょう」

「いいのか?」

「いいんです。これ以上探しても、きっと無意味ですから」


 言って馬首をめぐらせようとしたが、ふと思い返す。


「そういえば何者かっていう問いにあたしはまだ答えてませんね。聖剣の主、ローゼ・ファラーと申します。どうぞお見知りおきください」


 なんとなく、名無しの娘として認識はされたくなかった。


 ローゼは馬上で微笑むと、最後にちらりと青年を見る。そのまま振り返らず、遅れて並んだジェラルドとともに馬を走らせた。


 2人は無言のまま大神殿へ戻る。

 馬屋へ着いてそれぞれの馬を戻すと、ローゼは改めてジェラルドに礼を言った。


「すみません、こんな遅くまで付き合っていただいて。ありがとうございました」


 いや、と首を振るジェラルドは苦い表情だった。


「結局こうなっちまったか……悪かったな、ローゼちゃん」

「いいえ……。あの、あそこにいた人たちは何なのでしょうか」

「うーん」


 尋ねられたジェラルドは腕組みをして見上げた。


「答えてやりたいんだけどよ、このままここでってわけにもなぁ。かといって今から俺の部屋とかローゼちゃんの部屋ってのも問題ありそうだ」


 空はまだ暗く、朝までかなりの時間があることを示している。確かにこの時間から異性の部屋を訪ねると言うのは、何かと障りがありそうだ。


「明日、俺の部屋に来なよ。なに、フェリシアちゃんが王宮から戻ってきたら、場所を聞けばいいからさ」

「分かりました……」


 ジェラルドはローゼの肩に手を置いて立ち去る。


 ――そう、明日でも構わない。どうせ今ここで詳細を聞いたところで、彼を連れ戻すことはできないのだから。


【部屋へ戻ろう、ローゼ】

「……うん」


 その場で静かに泣いていたローゼは、レオンに促されて自室へと向かった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] レオンがとても素敵、本当に格好良かったです。 謎が増えましたが、ドラマチックな展開に引き込まれました。 この青年は誰なのでしょう。 そして、セラータは最初から不思議な馬でしたが、なにや…
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