6.嬉しくはない邂逅
神殿に到着したローゼはセラータを預けると、入り口にいた神官補佐に神官への面会を申し出る。
聖剣の主であることはまだ神官までしか知らないはずなので、大神殿から来たとだけ言っておいた。
しばらく待つと神官補佐が若い女性神官を連れて来たのだが、ローゼが口を開こうとすると彼女は身振りで話さぬよう指示し、手招きをする。他に聞かれたくない話なのだろうと理解して、ローゼは黙ったまま彼女について行った。
応接室と思しき部屋に入った神官は、そこでようやくローゼに頭を下げる。
「ようこそお越しくださいました、聖剣の主様」
それを受けて、ローゼも挨拶をする。
「初めまして、ローゼ・ファラーと申します」
挨拶をしたということは、もう話しても良いのだろうと判断し、ローゼはそのまま本題を切り出した。
「ブロウズ大神官様からお伺いしました。町の近くに数週間も瘴穴があるとは、さぞお困りでしょう」
神官の目が一瞬泳ぐ。
「……ええ、そうなのです」
それに気づかぬふりをしてローゼは尋ねた。
「魔物が町に入ることはあるのでしょうか? 人々や家屋に被害は?」
「いいえ、壁を越えて町にくることはありません。被害は外で起きているだけなのが不幸中の幸いです」
「そうなんですね。特に被害が多いのはどの方面ですか」
神官は少しだけ考え、迷った後に口を開いた。
「……特にどこということはありません」
「ない?」
「はい。どの場所からも被害の報告がありますから……」
ローゼが見つめると、神官は目をそらす。明らかに怪しいが、被害があると言っている以上は確認に行く必要があるだろう。
「分かりました。今から周囲を見て回ってきます」
ローゼが言うとレオンが抗議したそうな声を上げる。
もちろん神官には聞こえていないので無視をした。
「よろしくお願いします」
頭を下げる神官に見送られ、預けたセラータを返してもらったローゼは再度町の外に出た。先ほどよりも大きく周回して広範囲を確認し、さらにセラータからも降りて森の中にも入ってみる。
しかし瘴穴は見つからなかった。
「やっぱりなかったねえ」
日はとうに暮れ、町の門は閉まっている。
元々ローゼは町に戻るつもりが無かったので、これは予定通りの状況だ。夕食用に買っておいた食事を頬張っていると、レオンの呼びかける声がした。
【ローゼ】
「んー?」
もぐもぐと噛みながらレオンに返事をする。心の中で思うだけで通じれば良いのだが、ローゼの方は口に出さないといけなかった。
【お前、最初から怪しいって言ったよな。ずっと疑ってたのか?】
ローゼは飲み下してから聖剣を見る。
「うん。どう考えてもおかしいでしょ」
手紙には神殿騎士か聖剣の主と書いてあった。ならばまずは神殿騎士を出せば良い。彼らで手に負えなければそこでやっとローゼの出番となるはずなのだ。本来ならローゼはまだ任につかないはずなのだから。
そもそも以前フェリシアが言っていた。ジェラルドの部隊は王都周辺の魔物を退治する任務に当たっているので、今は大神殿にいないのだと。
王都から馬で2日の町は、王都周辺に入るはずだ。数週間も瘴穴が開いているなら、彼の部隊が先に向かっているのではないだろうか。もしくは応援要請が出て、他の神殿騎士たちが向かうはずだ。
「まぁ、他にも理由はあるけど……。だから最初から瘴穴はないだろうなーって思ってたんだよね」
【なんだと? じゃあなんで来たんだ】
「どう考えてもあたしに用がある感じでしょ? 誰がこんな頭悪そうな呼び出しをしたのか気になって」
【馬鹿かお前は! どうしてわざわざ自分から罠に飛び込んでいくんだ!】
レオンが声を荒げるのを聞きながら、ローゼはお茶をすする。
「どうせここで断っても、相手が納得しない限り次の手が来ると思うし。面倒なことはさっさと終わらせたいじゃない」
【……お前な】
「やっぱりお茶はフェリシアが淹れてくれた方が美味しいねぇ。今度コツを聞こうかな」
レオンのため息が聞こえた。さすがに呆れたらしい。
「まあ、なんとかなるでしょ。明日は神官に報告をして、詳しい話を聞くからさ」
* * *
朝になったがローゼはすぐ町に戻ることはなかった。セラータに乗って近くを駆けたり、森の中に入って薬草や山菜などを見つけたりしている。
「レオン、これも薬草?」
【それは痛み止めだ。向こうのは腹痛に効くな。ここの森は珍しい薬草が多くていいぞ、もう少し摘んでおいた方が……じゃない、何をやってるんだお前は】
400年前に聖剣の主だったころ、レオンは旅の途中で見かけた森の恵みなどを売って生計を立てていた。その癖がまだ抜け切れていないらしい。
薬草を前にしてうっかり興奮してしまったのを恥じるように、語尾が少し小さくなるのがなんとなく可愛く思えて、ローゼは聖剣の柄を撫でた。
「いや、もうちょっと後で神殿に行こうかなと思って」
【時間を気にしてやる必要なんかないだろう。なんなら寝ているところへ押し込んでも良かったんだ】
「別にそういうわけじゃ……うーん、ま、いっか。そろそろ行こうかな」
空を見上げるがまだ陽は高くない。もう少し後の方がいいかなと思いつつ、のんびりと神殿へ向かう。昨日同様の手続きを踏み、応接室で神官と対面した。
「聖剣の主様、お姿が見えないので心配致しておりました」
「ええ、昨日はあれから町の外へ出まして……先ほどまで寝ずに探していたのですが、瘴穴は見つかりませんでした」
ローゼの言葉を聞いてレオンが「嘘つけ」と呟く。一方で、神官は少しばかりの動揺を見せた。ここが勝機とばかりにローゼはたたみかけることにする。
「神官様、お伺いしますが、本当に数週間も瘴穴は開いているのでしょうか」
「な……私が嘘を言っているとでもおっしゃいたいのですか」
そう言って睨みつけてくるが、目に力はない。
逆にローゼが神官の瞳を見据えて言う。
「大神殿から連絡があったかと思いますが、私は瘴穴が分かります。しかし昨日の昼過ぎから、今までです。寝ずにずっと探し続けていましたが、瘴穴はありませんでした」
「そ、その、瘴穴が分かると言うのが、気のせいだということはありませんか。町の近くには瘴穴がある――」
「間違いなくありますか。あると言い切れますか」
ローゼは神官の目を見ながら聖剣を抜き放ち、恭しく捧げ持つ。
「私は聖剣を賜る際、神にお会いしました。そして瘴穴と瘴気が分かる力も与えられたのです」
正確に言うならばその力を持っているのはレオンなのだが、レオンは聖剣に宿っているのだから、完全に嘘というわけではない。
「この町の付近に瘴穴はありません」
言いきって一歩踏み出す。神官が同じだけ後退った。
「神官様、もう一度お尋ねします。この町の付近に瘴穴はありますか。神に誓ってあると言えますか」
「あ、わ、私は……」
ローゼはその場にとどまっていたが、神官はなおもずるずると後退る。
「その、ですから……」
「――そこまでだ」
後ろから男の声が聞こえて、ローゼは振り返った。
腰に聖剣を戻しながら言う。
「やっぱりあなたでしたか」
扉の近くに、モーリス・アレン大神官が立っていた。