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1.大神殿

 儀式の手順書は、本日もう何度目の読み返しになるだろう。

 いい加減飽きたローゼは、窓の外へと目をやった。

 とはいえ窓の外もいつもと同じ景色なので、特に見るものはない。


 ため息をついて寝台に転がると、大きく伸びをする。


(あーもー。飽きたー。つまんなーい)


 そのまましばらくごろごろと回転すると、天井を眺めてぼんやりする。

 王都へ到着してから1か月、こんな無為な時間を何度過ごしただろうか。


(どっか行きたい……)


 外へ出たい。

 それが無理なら、探索に行きたい。

 そう思いながらも特に用事がないときは日々部屋に籠っている。


 ローゼがいるのは大神殿にある客間の一室だ。先月、大神殿に来て以降、ずっとこの部屋に滞在している。

 長期滞在するつもりが無かったローゼにとって、この事態は完全に予想外だった。


 身分証をもらえば用はないだろう、儀式のときだけ戻ってくれば良いはずだと思っていたのだが、そうもいかないらしい。どうやら来月にある聖剣の主任命の儀式が終わるまで、ローゼが聖剣の主だという告知はされないようなのだ。

 儀式が終わらなければ身分証がもらえない。

 そのため儀式が終わるまでは大神殿に滞在する必要があると言われ、仕方なく毎日手順書を読んだり、適当な書物をあさって読んだりしているのだ。


 ……しかし、ローゼが部屋に籠ったままなのはそれが原因ではない。


(せめて大神殿内の見学くらい行きたいんだけどなー……)


 そう思いながら聖剣を眺め、ローゼは本日何度目か分からないため息をついた。



   *   *   *



「わたくしは通用門から戻ります。ローゼはこのままあの門へ行って、門番に名前を言ってくださいませね。それではまた大神殿でお会いしましょう」


 1か月前。

 王都へ着いたローゼは手を振るフェリシアと別れ、参拝客たちと一緒に正門へと向かった。そこで言われた通りに名前を告げる。

 すると大慌てで門番が奥へと連絡し、迎えの馬車がやってきた。


 ローゼは驚いたが、周囲の参拝者たちも同じ気持ちだったようだ。あまりにも不釣り合いな格好のまま立派な馬車に乗せられた娘に対し、好奇の視線が向けられる。赤面したローゼは恥ずかしいやら申し訳ないやら、大変複雑な思いをすることになってしまった。


 しかしその程度の恥ずかしさは、後のことに比べればずっとましだった。


 馬車が到着した場所には出迎えが多数いたのだが、そこには大神官全員に加え、大神殿最高位の人物である大神殿長の姿もあった。

 硬直するローゼの前で、全員が自分に対して膝をつく。そのうえで大神殿長が謝辞を述べるのだから、あまりのことに倒れてしまうかと思ったほどだ。


(どうしてまたグラス村の草原みたいなことされてるのよ、あたし!)


 どうやらアレン大神官がローゼを放置して帰ってきたことは想像以上に大神殿内で問題になっていたらしい。そのために起きた事態のようだ。

 膝をついたアレン大神官を見かけたローゼは、お前が余計なことをするから、と思わず蹴り飛ばしたくなる。


 そのあとに「大神殿滞在中はこちらをお使いください」と通された部屋は思った以上に良かったので驚いた。大神殿の客間だったが、どうやら上位の場所らしい。もしかしたらこれも詫びの一環かもしれなかった。


 いずれにせよ、滞在する部屋も決まった。

 大神殿には2か月もいなくてはいけない。ならば探索でもしようと思ったのだが、そうもいかない理由があった。


 レオンだ。


 彼にとって大神殿は、馬鹿にされたり、エルゼが追い出されたり、神木関連の話があったり、良いことが何もない場所だ。――神木はある種自分が悪いのだが。

 とにかく短時間いることですら嫌なのに、長期滞在を余儀なくされる現状はまったく歓迎できないようで、大神殿に来てからとにかく機嫌が良くない。

 最初のうちは少しばかり出歩いたこともあったが、レオンがずっと文句ばかり言うのにうんざりして、ローゼは早々に部屋へ戻ってしまった。


 聖剣を部屋に置いたまま出かけたこともあったが、今度は神官たちに聖剣を持っていないことを不審がられる。これは悪手だったかと部屋に戻れば「どうして置いて行ったんだ」とレオンの機嫌はさらに悪くなっていた。

 伴って行っても機嫌が悪く、置いて行っても機嫌が悪い。なんだかんだで結構やっかいな存在なのだった。


 そんなわけでレオンの納得する理由がなければ出かけることもできず、ローゼは毎日暇を持て余している。

 

 家族への手紙を出すときは部屋から出るが、別に毎日出しているわけではない。

 さすがに、こんな長期間戻らないとは思っていなかっただろうということで、考えた末に「大神殿で住み込みの手伝い中」と連絡してある。きっとアーヴィンも口裏を合わせているだろうし、何より妹が家族を納得させているはずだ。


 もちろん聖剣の主に関することはまだ話していない。

 家族だけには言っても良いのだが、ローゼの家族はそのことを知るや否や、まだ公開してはいけないということをすっかり忘れ、ご近所さん方に「ちょっと聞いて、うちの娘がね!」と始めるであろうことは容易に想像がつく。

 大変危険なので、事前に伝えるという選択肢は皆無だった。


 その他にも剣の訓練をしたいと頼み込んだので、神殿騎士の教官に稽古をつけてもらっている。部屋から出歩ける数少ない機会のひとつだ。

 とはいえ空き時間を利用しての稽古なのでこれも毎日ではないし、時間も長いわけではない。

 

 せっかくなのでフェリシアやジェラルドとも話をしたいところだが、フェリシアは先日まで出歩いていた分の追加訓練が課せられて毎日忙しくしている。


 ジェラルドが所属している部隊は王都周辺の町を巡回する任に当たったそうで、現在彼は王都にいない。


 今のところ他には知り合いらしい知り合いもいないので、これ以上の部屋から出る口実はほとんどない。せいぜい書庫へ行くくらいだ。


 仕方なくローゼは大半の時間を、書物を読んだり窓の外を眺めたりして過ごしていた。


(部屋の外に行きたいなー。レオンが納得できるような口実がもっとできればいいのに。そうすればついでに他の人とも交流ができるんだけど)


 そんなことを思いながら寝台に転がっていると、戸が叩かれて人の声がした。

 開けてみると、世話係の神官が伝言を持って来てくれている。

 礼を言って扉を閉め、ローゼは部屋の聖剣を振り返った。


「レオン、鞘ができたって連絡が来たよ。見に行こうか」


 聖剣は先ほどまで書物を読んでいた机の横に立てかけてある。


 神から渡された聖剣は鞘付きだったが、黒い革で出来た鞘はかなり年季の入った品で、お世辞にも見栄えが良いとは言えなかった。

 もちろん普段使うのならば問題はない。むしろ簡素で良いとも言えたが、さすがに儀式で使用するには問題がありすぎる。

 神官たちからも、出来れば儀式前に新しいものを用意して欲しいとやんわり言われたため、工房に依頼をしておいたのだ。


 しかしレオンからの返事はない。

 首をかしげて聖剣に近寄ると、小さめの声で話しかけられた。


【ローゼ】

「なに?」

【この鞘は嫌いなのか?】

「んんん?」


 この反応はなんだろう。

 とりあえず返事をしながら様子を見ることにする。


「そんなことないよ。うん、どっちかというとかっこいいんじゃないかな」

【そうか?】


 レオンの声が少し明るくなる。


「別にあたしはこのままでもいいと思うんだけどね。でもやっぱり、公の場に普段着で行くのはなんていうか、失礼になるじゃない? それと似たようなものだと思うのよ」

【……確かにな】

「だからちゃんとした格好をしなくちゃいけないときは新しい鞘にして、普段の時は今まで通りの鞘にしようと思うんだけど、どうかな?」

【そうしよう】


 どうやら対応は正解だったようだ。

 ほっとしながらローゼは次いで聞いてみる。


「もしかしてレオン、この鞘が気に入ってる?」

【気に入ってる……というか……いや……】

「……あ、ひょっとしてこの鞘、レオンが作ったというか作らせたというか、そういうの?」


 元はと言えばレオンは人間で、この聖剣の主だったのだ。

 そのとき聖剣のために用意した鞘がこれだったのではないだろうか。


【……ああ……まあ……】

「なるほどー。じゃあもしこの鞘が壊れた時は、似たようなのを作ってもらおうか」

【その必要はない。今の主はお前なんだから、好きにしろ】

「あたしも結構気に入ってるから、いいのよ」

【……そうか】


 声からは、照れたような恥ずかしいような、そんな気持ちが伝わってくる。

 癖はあるが、意外と根は素直なのだ。


「よし。じゃ、おめかし用の服を見に行こう?」

【そういう言い方はやめろ】


 ローゼは少し笑って、400年前の鞘に入った聖剣を腰に差した。



   *   *   *



 神殿騎士たちにとって武器は重要だ。そのため大神殿内の神殿騎士側区域には専用の武具工房がある。ローゼの部屋は神官側の区域にあったので、余計な場所をぶらぶらしてから行くことにした。


 新しい鞘の話が出た際、神官に「工房の職人たちが訪ねて来て欲しいそうだ」と言われたので、せっかくだからと行ってみたのだ。

 聖剣を見せると職人たちは涙を流して感激し、金はいらないからぜひ自分たちに鞘を作らせてくれと頭を下げる。


 正直に言えば王都の工房に行き、手持ちの金額の範囲で作れる程度の鞘を考えていたのだが、そこまで言われると断る方が申し訳なくて、神殿騎士の工房でお願いすることにしたのだ。 

 

 わざと遠回りをしながらのんびり工房へ向かって歩いていると、神殿騎士見習いたちが訓練を終えて通りかかる姿を目にした。

 中に見慣れた少女がいたので、ローゼは手を振る。

 この後まだ訓練が控えている可能性を考えて声はかけなかったのだが、フェリシアは紫の瞳を輝かせるとローゼの方へ走ってきた。


「ローゼ! それにレオン様も、こんにちは」

「こんにちは、フェリシアー」

【おう】


 フェリシアは毎回レオンにも挨拶をする。

 レオンの声はフェリシアには届かないのだが、彼も一応は律義に返事らしきものをしているのが少しおかしい。


「訓練中じゃないの?」

「ちょうど今、終わりましたわ。この後はいったん休憩になりますの。ローゼはどうしましたの? 稽古のお時間ですかしら?」

「ううん。聖剣の鞘ができあがったって聞いたから、取りに来たの」

「まあ! この前言ってらした、儀式用の鞘ですわね?」


 そう言ってフェリシアは聖剣に向かってかがみこむ。


「どんな鞘が出来上がったのか、とても楽しみですわ。わたくしもご一緒してよろしいですこと?」

【……好きにしろ】

「大歓迎だって」

 ローゼが意訳して伝えると、フェリシアは手を叩いて喜ぶ。

「嬉しいですわ!」

【おい】


 レオンが抗議したげな声をもらすのをさっくり無視して、ローゼはフェリシアと連れ立って工房へと歩き始めた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ローゼが聖剣の主だと伝えたときの家族の行動予想が、ありそうだ、と思えて、内緒にしているのは大正解!だと思いました(*´ェ`*) アーヴィンとジェラルドの昔の話や、フェリシアの立場とアーヴ…
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