余話:フェリシア
フェリシアは神殿の裏手にある庭でのんびりと木にもたれていた。
神殿内でレオンの過去の話が終わった後、ローゼはアーヴィンに話があると言いだした。アーヴィンの方もローゼに話があると言うので、フェリシアは表に出ていることにしたのだ。
(今ごろお2人でどんな話をなさっているのかしら)
そう思うとなんだか頬がゆるんでくるのが分かる。
* * *
身分の低い第3王妃から産まれたフェリシアは、王位継承権も低く、王宮の中で見れば半端な立ち位置の王族だった。
王族としては低いが、全体で見れば地位は高い。貴族から見ても利用価値はあるような、ないような。そんな中途半端なフェリシアは周囲からの扱いも中途半端で、王宮では自分の居場所が見つからないままだった。
神殿ならば身分は関係ない、貴族も平民もいると聞いたのはいつだったか。
それならば神殿関係の道を行こう、母と同じ神殿騎士になろうと心に決め、10歳のときに大神殿に入った。
しかし大神殿へ行けば行ったで、今度は王族という区分が邪魔をする。
確かに大神殿にも貴族はいたが、市井に下りることもある神殿関係者を目指すのは、せいぜい中位の貴族までだった。大貴族になればなるほど、神殿関係の道へ進もうと思うものはいなくなる。
そんな中に来た王族という身分の人物は大神殿でも扱いに困るらしく、ここでもフェリシアはなんとなく周囲から浮いていた。
もちろん邪険にされるわけではないが、どことなく壁がある。
親しく構ってくれるのは、従兄のジェラルドくらいだった。
気兼ねなく話ができるような友人が欲しい。
ずっとそう思っていたある日、新しい聖剣の主が誕生するという話を聞いた。
その主は自分と1歳違いの平民の娘だという。
特別な地位につく特別ではない身分の娘に、フェリシアは会ってみたくなる。
もしかしたら友達になってくれるのではないかという期待もあった。
しがらみがあって新しい聖剣の主を迎えに行く一団に参加する、という従兄に頼み込んで休暇を申請すると、こっそり一団に同行させてもらった。
新しい聖剣の主はとても目を引く娘だった。警戒されているのは分かっていても、フェリシアは一目で彼女に惹かれた。
そして一緒に旅をしていく間に仲良くなり、敬称を付けずに呼んでも良いと言ってもらえたのだ。ずっと憧れていた、名前を呼びあえる友人ができた。それがどれだけ嬉しかったことか。
もっと仲良くなりたい。そう思い、一度故郷へ戻るという友人について一緒に村へやってきた。
そこでフェリシアは確信する。
――この友人には好きな相手がいる。間違いない。
旅の途中で話していたときは、そこまで感じることはなかった。
しかし今回彼女の出身村に戻って来た翌日くらいからか、態度に変化があったような気がしてならない。それとなく話を向けても特に意識している様子はなかったので、無意識に変化する何かがあったのだろうとフェリシアは考えている。
しかも、友人が好意を抱いている彼もまた、彼女を気に入っている。これも間違いない。
王宮で培われた自分の人間観察眼に、フェリシアは自信があった。
にまにまと笑いながら今まで自分がいた神殿の方を見る。
きっと2人は今、この後のことを話しているに違いない。いや、そうだといいなとフェリシアは思っている。
今のところフェリシアは自由にさせてもらっているとはいえ、それでも王族の端くれだ。いずれはどこかの人物と政略結婚でもさせられるのだろうと半ば諦めている。
そんな自分の境遇だからこそ、彼女の恋の行方は気になる。自分も少しばかり追体験をさせてもらっている気分なのだった。
* * *
「フェリシア、お待たせ!」
それなりに長い時間が経った後、庭に出てきたローゼは嬉しそうだった。手には一枚の紙と木の札、それに大きめの袋をを持っている。
もしや恋文? 袋の中は贈り物? とフェリシアはドキドキしながら尋ねた。
「平気ですわ。お話は何でしたの?」
「これこれ」
そう言ってローゼはフェリシアの横に立って、手にした紙を見せてきた。
「これは……」
流麗な文字で日付と金額が書かれている。残念ながら、どう見ても色っぽい手紙の類ではない。
がっかりしつつもフェリシアは内容を目で追ってみた。
どうやらなにかの支給金の記録、その一部を抜粋して書き写したもののようだ。金額は相当なものになっている。日付は……。
「400年ほど前ですわね」
フェリシアが言うと、ローゼはうなずく。
「レオンの記録ってさ、大神殿から消されてるでしょ。なのにどうして在籍年間だけが分かってるか、知ってた?」
「いいえ、知りませんわ。……もしかしてこれがその理由ですの?」
「そう。大神殿から聖剣の主へ払われてる毎月の支給金。3人のうち、1人だけが全く受け取ってないの。そして受け取らないまま、支給が途絶えた」
「支払い開始から途絶えた期間までが8年と少しだったわけですのね……」
何故この記録だけが残っているのかは分からない。
歴史関連とは違う分野なので見逃したのかもしれないし、他の主と同じ項目に書かれていたので書き直すのが面倒だったのかもしれない。
または、全ての記録から消されるのを哀れんだ誰かがこっそり残したのかもしれなかった。
とにかくこれは、レオンが存在したという証なのだろう。それが分かったから、新しい聖剣の主は嬉しそうなのだ。
「だからさ、王都行かなくちゃね」
笑顔で言うローゼに、フェリシアもうなずく。
「……そうですわね」
「かなりすごい金額だもんね!」
「そちらですの?」
思わず笑ったフェリシアに、あとね、と言ってローゼは木の札を見せてくる。
手のひらほどの大きさをした四角い木の札だ。神殿の関係者が持つ身分証のようだが少し違う。
神官や神殿騎士の身分証は大神殿から渡される。
表に所属神殿の焼き印が押され、裏には階級の焼き印が押される。そして階級の下に証を持つ本人の名があるのだ。
身分証は大神殿にある神木でできているため、うっすらと金色に輝いている。
しかも証になるだけでなく、神聖術を使う際に媒介となる。身分証がなければ神聖術を使うことができないので、神殿関係の者たちにはとても大切なものだった。
だが、ローゼが持っているのはただの木の札に見えた。様式は同じだが、神木でできたものではない。
表には所属神殿のだろう、焼き印が押されているのは一緒だ。
裏の身分階級の焼き印にフェリシアは覚えがなかったが、焼き印の下には所持者ローゼの名前が先ほどの記録と同じ筆跡で書かれていた。
「これね、神官補佐の身分証なの」
ローゼは悪戯っぽく笑う。
神官補佐になるのは、神殿のある町や村の民だ。神官の手伝いをするために神殿で雇われている。大神殿で修行をしたわけではないので神聖術は使えないし、あくまで手伝いなのだから仕事は雑務が中心だった。
なるほど、とフェリシアは納得する。
神官補佐のものだから、神木ではなくただの木でできているのだ。
「こないだまで旅しててさ、あたしの身分証がなくてフェリシアに頼ることがあったでしょ?」
確かにそうだったので、フェリシアはうなずいた。
「だからあたしも身分証があればいいなと思って、まあちょっと無理言って用意してもらっちゃった」
「大神殿に行くまで使うんですのね」
「うん。それ以外でもなんか役に立つかもしれないし」
あとね、と言ってローゼは大きい袋を開ける。
ここまではフェリシアの期待するようなものは何もなかった。今度こそ素敵な贈り物かしら、とフェリシアはわくわくする。
「色々もらっちゃったの。えっとね、薬でしょ、獣避けでしょ、それから……」
しかし袋から出てくるものは実用品ばかりで、最後まで待ってもフェリシアが期待したような『素敵な品』はどこにもない。
(あの方もなんでこんなものばかりお贈りになりますの? つまらないですわ!)
さらに、袋を開けて色々な品を取り出すローゼは、純粋に「もらった」ということが嬉しいだけにしか見えず、フェリシアは内心で落胆のため息をもらした。
結局フェリシアの思ったようなことは起きなかったらしい。
仕方ない、今回は諦めよう。でもいつかは……と期待しつつ、フェリシアはローゼに言った。
「たくさんいただきましたのね」
「そうなの。タダで良いって。儲かっちゃったわー」
そんな風に言うローゼは本当に嬉しそうで、フェリシアもつられて笑顔になった。品々を袋に戻して口を閉めたローゼは立ち上がる。
「じゃあ、王都に行こうか。お昼はまだ後でも平気?」
「ええ、どこか見晴らしのいいところで食べましょうね。イレーネ様の作って下さったお昼楽しみですわ」
「イレーネに様を付ける人、初めて見た」
2人の少女は楽しげに笑いながら各々の馬に乗り、王都へと向かうのだった。