27.昔のこと、今のこと
ローゼとフェリシアは荷物を持って家を出る。向かう先は神殿だ。
神殿の馬屋に馬を預けてあるからだが、それ以外に神官にも用事があった。
出迎えたのは先日の神官補佐なのだが、少しひきつった顔をしているのは気のせいだろうか。なんだか申し訳なく思いつつ今度は改めて取次を頼んでみると、そのまま奥の応接室へ行くよう指示された。
暖かい季節に向かっているとはいえ、まだ気温は低い。
応接室の隅にある暖炉には既に赤々と火が燃えており、室内を温めていた。
机の側にはお茶の道具があったので、それを見たフェリシアが
「これはわたくしに淹れろと言っているのですわね!」
と言いながら嬉しげに用意を始める。
お茶を淹れるのが得意だと自負している彼女は、ローゼの家でも同じような行動をとっていた。確かにフェリシアが淹れるお茶は美味しい。ローゼの家族からも褒められ、得意げだった姿を思い出す。
しかし誰もいないのに勝手に淹れて良いのだろうかとは思うが、置いてあるのだから構わないのかもしれない。
4つのカップにお茶を注いだ辺りで、紙の束を持ったアーヴィンが部屋に入ってきた。
「待たせて申し訳なかったね、ローゼ、フェリシア様」
「ううん」
「わたくしのことも呼び捨てにしていただいて構いませんのよ」
【俺のことは結局無視するのか】
お茶を置きながらフェリシアが言い、何故かレオンは少し不満げだ。
しかし聖剣の前にもお茶を置いてもらえたので、あっさり上機嫌になっている。根は割と単純らしい。
その様子を見て笑いながら、ローゼは口を開いた。
「11振目の聖剣のことなんだけど、ほとんど何もわかってなかったでしょ」
「そうだね」
アーヴィンはうなずく。
ローゼは少しだけ言い淀んでからもう一度口を開いた。
「本当かどうか分からないし、あたしの頭がちょっと変になったのかもしれないんだけど……話したいから聞いてくれる?」
「それは書面に残しても良いものなのかな?」
机の上に置いてある紙と筆記具をちらりと見遣ってローゼはうなずいた。
「本人は「好きにしろ」って言ってたから、良いと思う」
そしてローゼは話をした。
* * *
1000年前に神々は10振の聖剣を作った。
しかし聖剣と主である人間の契約方法に疑問を抱き、600年後に1振の聖剣を新たな試みの一環として生み出す。
最後の聖剣は先の10振の聖剣と違い、神に選ばれた魂を持つ人間と契約する。
400年前、11振目の主になったのは、18歳の少年、レオン。
しかし彼は平民の出身だったため、貴族や一部の神殿関係者から疎まれた。そして貴族や神殿を嫌い、瘴気を浄化する必要があるにも関わらず神殿に近寄らなかった。
さらに、彼の幼馴染であるエルゼが罠にかけられて大神殿から追われ、神官になれなかったことを知ったレオンは暴走する。
1人の貴族を犠牲にして大神殿から神木の枝を盗み、エルゼのために出身の村に植えようとした。
拒んだエルゼを敵だと認定したレオンは村を離れ、遠い北の地で精霊に出会い、自分が魔物に変容しつつあったことを悟って命を絶つ。
エルゼはレオンが瘴気により染まっていることに気づき、神木の枝を盗んだことを大神殿へ連絡することによりレオンを保護・浄化してもらおうと思っていたが間に合わなかった。
結局、レオンのことは大神殿の記録からすべてが消される。
そのため後世ではただ、11振目の聖剣が存在したことがあるという事実しか分からなくなってしまった。
* * *
「これが顛末みたい」
しばらく話し続けていたローゼは、そう言って過去の話を締めくくる。
続けて机の上に聖剣を置いた。
「レオンはこの中にいるの。あたしを助けてくれたり、まあたまには雑談につきあってくれたりするかな」
少し迷って、アーヴィンに尋ねる。
「レオンは最期、何だったと思う?」
レオンは、最期の自分は魔物だと言い切っている。
神は、聖剣は人を斬ったと言っていたが。
筆記具を置いて顔を上げたアーヴィンは、ローゼの目を見ながら言った。
「魔物でもあり、人でもあったんだと思うよ」
「両方?」
「彼の人である部分は、聖剣と協力して魔物の部分を倒した。よって魔物の部分は消滅する。人としての魂はまだ残っていたけれど、大半を占めていた魔物の部分が消滅してしまったから体に残ることは出来ない」
アーヴィンは、聖剣を見る。
「残った魂は共に協力した聖剣と融合した――ということでどうかな」
「うーん、そうね」
「あとは……」
言いかけ、アーヴィンは口を閉じる。
「あとは、なに?」
「いや、なんでもない。それだけだよ」
待っても続きを言う気配はないので、最後の発言については流すことにした。
レオンは特に何も言わない。つまりは自分に関してのことも好きにしろ、ということなのだろう。
おそらくレオン自身もどうなっているのか分からないのだろうし、それならこの意見をローゼは採用しようと思った。
「……そんな話でしたのね」
気が付くと、フェリシアは不満げにローゼを見ている。
「ローゼったら、アーヴィン様に話すまでは駄目だって、わたくしにも教えてくれなかったんですのよ」
「いや別に、そういう意味じゃないってば。詳しいことは一回で済ませたいと思っただけで……フェリシアにもちゃんと話したじゃない」
「わたくしに話してくれた内容はこんなに長くありませんでしたわ」
「そうだけど、いや違う、だから、そうじゃなくって……」
ふくれるフェリシアをなんとかしようと、ローゼはおたおたする。
助けを求めてアーヴィンの方を窺うと、彼は2人の様子を楽しそうに見ているだけで何も言わない。
どうやら自分で何とかする必要があると思いながら改めてフェリシアを見れば、単にやりとりを楽しんでいるだけで、拗ねているのはふりだけのようだった。
ローゼがそのことに気づいて何か言おうとするのとほぼ同時に、さて、と言ってアーヴィンが立ち上がる。
手には先ほどの話を書き写した紙の束を持っていた。
「今の話はここに書き残したけれど、これを大神殿に届ければ、少し面白いことになるかもしれないね」
「……そうかも」
400年も謎のままだった聖剣の話を、当代の主が持ち出してきたのだ。
内容の真偽も含め、大神殿内でも議論が起きる可能性はある。
アーヴィンは灰青の瞳をローゼに向ける。
「これをどうしたい?」
「どう……」
つまりアーヴィンは、この話を大神殿に届けるかどうかを聞いているのだ。
それならば先に意見を聞いてみるべき相手がいる。
「レオンはどう思う?」
【好きにしろ】
当事者は、あっさり決断をゆだねた。
そうなると決めるのはローゼだ。
どうしようかと腕組みをして天井を見上げていたローゼだが、しばらく考えて口を開く。
「あたしは、世に出したくないな」
「分かった」
アーヴィンは部屋の隅へ移動し、手に持っていた紙の束を何のてらいもなく暖炉に落とす。
ローゼが話した時間のぶん書き続けていた紙の束は、あっさりと火に包まれた。
「……良かったの? ずっと書いてたのに」
「構わないよ」
「あたしに内緒で大神殿へ提出すれば、お手柄ってことで出世できたかもしれないよ?」
アーヴィンは苦笑する。
「別に嬉しくないな」
その言葉を聞いて、ローゼはふと疑問に思う。
「……もしあたしが世に出して良いって言ったら、大神殿へ送った?」
アーヴィンは首を横に振る。
「送らなかっただろうね」
「じゃあなんで書いたの?」
「書いてみたかったんだよ」
彼の言うことはなんだかさっぱり分からなかった。
「それにローゼはきっと送らないで欲しいと言うと思ったからね、良いんだ」
確かに送るとは言わなかっただろうと自分でも思うので、ローゼはうなずく。
そこまで考え、ふと思いついた。
「じゃあ代わりに、グラス村の神官様へ面白そうな選択権を差し上げるね」
悪戯っぽい笑みを浮かべたローゼは、手を組み合わせてアーヴィンを見上げる。
「400年ぶりに11振目の聖剣が世に出たというのに、哀れにも聖剣の主は大神官様から置き去りにされてしまったの」
悲しげな表情をして、いつもよりも高い声で訴える。もちろん演技だ。
「だから未だに大神殿では聖剣がどうなったか知らないものと思われるわ。神官様、どうしましょう。このことは主である私が大神殿で申し上げた方が良いかしら? それとも……」
上目遣いにちらりと見上げる。にやりと笑みを浮かべ、一転低い声で言った。
「この神殿からご連絡されます?」
それを聞いたアーヴィンは、少し間を開けると声をあげて笑った。
あら珍しい、とローゼは目を丸くする。
本来こういった重要な内容は、大神殿から神殿へと伝えられるのが慣例になっている。
もしも神殿が先に情報を入手したとしても、大神殿へと伝わることが分かっているものであれば、神殿側は憚って大神殿へ連絡したりはしない。
別に咎めがあるわけではないが、大神殿にも体面と言うものがある。神殿もそれを尊重するものだ。
しかし、ひとしきり笑ったグラス村の神官は言い放つ。
「それはいいね。アレン大神官に自分の行いを後悔させてあげよう。――聖剣の主様、どうぞこのアーヴィン・レスターにお任せ下さい」
大神殿と神殿の間の連絡には専用の鳥を使う。短い文しか送れないが、その代わりグラス村からでも2日あれば大神殿へ連絡が可能だ。
今から送ればアレン大神官が大神殿へ到着するのと前後して、鳥も大神殿へと到着するかもしれない。
笑顔の神官は、優雅な所作で聖剣の主へと一礼した。




