26.グラス村にて
ローゼが寝ていたのはどうやら神殿の客間だったようだ。
馬の様子を見てくると言ってフェリシアが出て行ったので、荷物から服を取り出してローゼは着替えを済ませる。
アーヴィンを探しに行こうと思っていたのだが、その前に彼の方から部屋を訪ねて来た。
「おはよう、ローゼ。気分は?」
「うん、なんともない、おはよう……」
そう答えて、なんだか妙な気分にとらわれる。
「ねえ。あたし最近、アーヴィンとこんなやりとりを……」
言いかけるが、良く考えれば思い当たる節はない。
しばらく考えた後、問うように見つめるアーヴィンに首を振った。多分ローゼの気のせいだろう。
「なんでもない。昨日は騒ぎになったみたいでごめんね」
「神殿の方は気にしなくて良い。ローゼも大丈夫そうで良かった。……でも今回は何ともなかったから良かったけど、もうあれはやってはいけないよ」
アーヴィンは厳しい表情で言うが、ローゼは困惑する。自分が何をやったのか、良く分からない。
「あたし昨日は何をしたの?」
自分がやったことを他人に尋ねるのはなんだか間抜けな気がしたが、実際分からないので仕方がない。
アーヴィンは少しだけ表情を緩めて答えた。
「神降ろしをしていたんだ」
そういえばフェリシアがさっきそんなことを言っていたっけ、と思い出す。
「それは何?」
「人の体に他の存在を呼び入れることだね。神や人の霊魂、それに……精霊という例もある」
「へぇ……」
昨日のあれはエルゼの魂を呼び入れたということなのだろうか。
「本来は神にお伺いを立てるときに行われる。大神殿で巫子がきちんと手順を踏んで降ろすものなんだ。どうやら知らずにやっていたみたいだけど、ローゼはその適正があったんだろうね」
アーヴィンは苦笑して、すぐに表情を引き締める。
「とにかくあれは危険なものなんだ。体力を使うし、訓練を積んだ巫子でさえ命を落とすことがある。昨日は条件が良かったみたいだから、この程度で済んだんだよ。今後は絶対しないように。いいね?」
真剣な眼差しで念を押され、ローゼはうなずいた。
* * *
初日の夜は成り行きで神殿に宿泊となったが、翌日からは自宅に戻ることにした。
アーヴィンから神殿は好きに使って良いと言われたので、その言葉に甘えて馬屋だけは使わせてもらっている。
そうなるとフェリシア1人が神殿に宿泊することになるが、さすがにそれは寂しいのではないかと思って家に誘ってみると
「ローゼのお家にお泊りしてよろしいんですの!?」
と目を輝かせて喜んでくれたので、フェリシアも一緒にローゼの家へ泊まることになった。
フェリシアのことは、王都から来た神殿騎士見習いのお嬢様だと家族には紹介するが、前に家の玄関で彼女に会った時同様、弟2人の狂喜乱舞ぶりは大変なものだった。
不安に思ったローゼが妹のイレーネに監視を頼むと、頼れる妹はうなずいてくれたので、昼間は大丈夫だろう。
しかし夜に寝るときまで監視を頼むわけにはいかない。かと言って放置することもできない。残念ながらローゼは弟たちにそこまでの信頼をおいていなかった。
どうするか考えた結果、客間は使わずにローゼの部屋で一緒に寝起きしてもらうことに決めたのだが、寝台はひとつしかない。
フェリシアの意見は「一緒に寝たい」だったので、試しに寝てみると思った以上に狭かった。フェリシアはとても満足そうに「これで十分ですわね」などと言うのだが、さすがに狭すぎてローゼが断る。
フェリシアは不満そうだった。
結局、交代でどちらかが寝台を使い、どちらかが簡易寝具を利用して床で寝る、ということに落ち着く。
部屋という日常の場所で非日常的な出来事が起きるのはなんだか面白かったし、最終的にフェリシアもそれはそれで楽しそうだった。
* * *
結局、ローゼはフェリシアと共に5日間村に滞在した。
前回はほぼ何も見ていないとのことだったので、滞在中にローゼはフェリシアを連れて村を案内する。
彼女は村人と積極的に交流しようとしたし、ローゼも一緒にいたので最後にはだいぶ馴染んでいたようで、ディアナや乙女の会の子たちとも親しくなっていたようだった。
しかし残念ながらグラス村の住人ではないため『未来を目指す乙女の会』には参加できない。
会の内容を聞き、条件を知ったフェリシアは大いに悔しがった。
「ローゼはあまりそういう話をしてくださいませんの。わたくしも年頃の女の子たちと素敵なお話をしたかったですわ」
「ああ、確かに。この子じゃそういう話は無理よね」
フェリシアがため息をつき、ディアナが同意する。
なんだか理不尽だとローゼは思った。
* * *
村の共同墓地へは聖剣を伴い、ローゼだけで行った。
なんとなくレオンがそうしたいのではないかと思ったからだ。
400年前の墓がどれなのかは分からない。
古い墓を見ながら
「どこかにエルゼが眠ってるのかな」
と言うと
【そうかもな】
とレオンの返事があった。
一通り巡って入り口に戻り、ローゼは聖剣を見る。
「神官様のお墓なら調べれば分かると思うけど、どうする? 先日の要領で話が出来るかもしれないよ」
この問いかけにレオンは即答せず、しばらく沈黙していた。
ややあって
【……やめておく。エルゼに続いて神官様にまで叱られたらたまらん】
気まずそうにぼそぼそと呟くが、エルゼと話した後のレオンからはたどたどしさが消えていた。
「分かった。じゃあ、そのうちにってことにしておくね」
ニヤニヤしながらローゼが言うと、はたと気が付いたようにレオンは言う。
【いや待てよ。お前、あれはもうやるなって言われてなかったか?】
「ち、ばれたか。今後もこの手で脅そうと思ってたのに」
【くそ、いい性格してるな!】
レオンの悪態を聞きながら、ローゼは墓場を後にする。
周りの墓石を見ながら、何気ない調子で気になったことを尋ねてみた。
「ねえ、レオン。もしかして、あたしの祖先って……レオンだったりする?」
【……いいや。俺じゃない】
レオンの声は、風にさらわれてしまいそうなほど小さい。
【俺とエルゼは……何も、なかったからな……】
「……そっか」
それ以上は追及せず、ローゼは墓場を後にした。
* * *
聖剣の主の話は家族にだけならしても良いらしいのだが、ローゼは自分の家族の口の重さを信じていない。
そのため、どうしても王都に行かなくてはいけない用事が出来たとだけ告げておくことにした。
王都についてからの言い訳は後々考えることにしようと思う。
出かける際に何か言われたらどうしようかと思ったのだが、フェリシアが神殿騎士見習いであるということから、何かその関連の重大な秘密があるのだろうと家族は解釈したようだ。
気を付けてね、とさほど問題にはならず送り出してくれる。
……もしかすると以前ディアナが流したお土産関連の話も多少は頭にあるのかもしれないが。
そして弟2人は号泣していたが、どうやら姉よりもお客様と別れるのが辛いようだった。
薄情者、と思うと同時に
(あぁ、テオを好きだって言ってたディアナには見せられないな)
とも思うのだった。