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18.古の聖窟

 古の聖窟の中は白い石で舗装されていた。

 壁と天井は舗装されているわけではないが、きちんと整備されている。

 中は思ったよりも明るいのが意外だった。よく見てみると壁にはなにかの植物が生えており、それがぼんやりと発光しているようだ。

 この様子なら歩きにくくはないだろう。


 ローゼは荷物を背負いなおすと、奥へ向かって歩き始める。するといくらも歩かないうちに、正面から光が差してきた。


(……あら?)


 そこは広間だった。


 30人ほどの人物がゆったりできるだけの広さがあり、床だけでなく壁も白い石で出来ている。見上げれば遠くに天井があった。


 どこからか光が来ているのか、それとも部屋全体が光っているのか。昼間かと思うような明るさに満ちていてる。

 正面には3段ほどの階段があり、その上には神像で正面以外の三方を囲まれた祭壇らしきものがある。

 祭壇の奥には光の神々の主神であるウォルスの像が見えた。


 まさかここが目的の場所なのだろうか、とローゼは首をひねる。


 だとすれば、古の聖窟はとても短い。

 グラス村の入り口からローゼの家までの距離も無いではないか。


(もしかしたら、祭壇の後ろに道があるのかも)


 そう考えたローゼが祭壇の下まで進むと、まばゆい光が祭壇の上に現れた。

 眩しくて見えないが、光の中には人らしき姿が見える気がする。

 まさか、と思うローゼの頭の中に、柔らかい声が響いた。女性の声だ。


『ローゼ』


 ローゼは慌てて荷物を横に置き、その場に膝をつく。


(め、女神様?)


『よくここまで来ましたね、ローゼ。私はティファレト。かしこまる必要はありません。顔をお上げなさい』


 言葉に従って、ローゼはおずおずと顔を上げた。

 ティファレト。光の10柱の神のうち、確か知恵の女神だった気がする。


『さあ、こちらがあなたの聖剣となります。お取りなさい』


 その言葉と共に、祭壇の上に1振の剣が現れる。

 どうしようか悩んで、ローゼは立ち上がった。

 荷物をその場に置いたまま階段をのぼる。


 祭壇にあったのは美しい剣だった。


 握りの部分の模様はあっさりしているが、鍔は黄金で巧妙に翼を模した優美なものだ。

 柄頭には美しい玉がはめ込まれており、透明の透き通った玉は、よく見ると中に金色の光がちらちらと瞬いている。

 刃の長さはローゼの片腕くらいだったが、嘘のように軽い。

 先ほどまでジェラルドに借りていた小ぶりの剣の方がずっと重かった。


 しかしそんな剣に対して、鞘は良いものとは言えなかった。


 黒い革の鞘だが、飾り気もなく、使い込んだもののようだ。

 剣に比べるとかなり見劣りがする。


 そのことを読んだのかどうなのか、女神は優しく告げた。


『鞘は自身で用意して構いません。好きなものを用意して良いのですよ』

「ありがとうございます。……あの、女神様……」


 聞いても良いものかどうか悩んだが、ローゼは思い切って口にした。


「この聖剣はどういったものなのですか? そして私はなぜ、聖剣の主として選ばれたのでしょうか?」


 広間に沈黙が訪れる。

 しばらくの後、女神は話をしてくれた。



* * *



 その昔、闇の王が人間たちに対して魔物を送り込んだときのこと。

 神々は魔物に困る人々に対し、もっと強い力を与えても良いのではないか、と考える。


 神々は協議し、その結果、人に聖剣を下すことになった。


 しかしあまりにも強すぎる力は、人の世を狂わせるかもしれない。

 そう考えた光の神々は、各々1振だけ、己の力を込めて剣を作り、人に与えた。


 10の神々が1振ずつ作った10の聖剣は、人の世で長く魔物と戦うことになる。


 しかしそれを見ていた神々は、欠陥があったことに気が付いた。


 人にとって、下されたこの力はとても強いものだ。

 完全に制御できるよう、悪用されたりせぬよう、聖剣には主を決め、その主以外には使用できぬようにした。

 主に不意の出来事があったり、戦いの継続が困難だと判断した場合には、新たな主をいただくようにもした。


 ――しかし次の主は、最初に聖剣を手にした者の血の子孫である必要があった。


 これは、初めに聖剣の主となった人間の血と聖剣とを、結び付けてしまったことに由来する。


 これで良いのだろうか、と神々は思った。


 もし、なにがしかの不測の事態が起きて血脈が絶えてしまった場合、その聖剣は主を失って力を暴走させる可能性がある。

 暴走した剣を放置した場合、人の世にどんな被害をもたらすか分からなかった。


 ――それならば、例え聖剣が暴走しても、それに対抗できる力をを与よう。


 主神ウォルスの一言で、神々は新しい試みを実行にうつした。その手始めとして1振の聖剣を作ったのだ。


 魔物を倒せる聖剣としての力に加え、他の聖剣が暴走した場合に破壊することが出来る力を。

 しかし、暴走した聖剣を破壊するのは良いが、通常の状態の聖剣は破壊できぬように。

 そして何より、人を傷つけたり殺したりしてはならない。

 加えて、前回の失敗を踏まえ、血と聖剣の結び付けはしない。


 では何と結びつける?


 血ではなく、神が選んだ魂と結び付けることにしよう。


 これならば血が絶えても問題はないはずだ。



* * *



 ローゼは目の前の剣を見つめる。


 これが、最後に作られた聖剣。

 魔物を倒すだけではなく、暴走した他の聖剣を滅ぼせる力を持った聖剣……。


『我々は魂を選んで、聖剣と結びつけました。そして人の世に聖剣を下ろしたのです』


 もしも主の魂が天に召されても、神が次の魂を選んで聖剣と結びつければ良い。

 そうすれば11振目の聖剣も、常に人の世でその力をふるうことが出来るだろう。


『しかし予期せぬ出来事が起きたため、この試みは失敗したと結論づけ、我々は最後の聖剣を回収しました』

「予期せぬ出来事……?」


 ためらったような沈黙の後、女神は言う。


『聖剣は、人を殺めたのです』


 ローゼは目を瞬かせた。

 つい今しがた、この聖剣は絶対に人を殺せないようにしたと言わなかったか?


「あの、どうして……?」

『我々にも分かりません。しかし結果的に聖剣は人を殺めました。これは11振目の聖剣につけた制約と反します』


 人を殺せないはずなのに、人を殺した聖剣とは一体どういうことなのだろう?

 聖剣を見つめるローゼの頭に、たどたどしい喋りの声が響いた。


【けん ひと きく】

「へっ!?」


 辺りを見渡してみるが、この場にいるのはローゼとティファレト神のみだ。

 他には荷物と、剣。


 ――けん?


(まさかこの聖剣が喋った? そういえば、フェリシアに抱き着かれて気を失った時の声と似てる気がする……)


『我々は何度も聖剣に何があったかを調べましたが、作られた際の定めは変えられていませんでした』

【けん つくった  かみ】


『しかし聖剣は既に人の手にゆだねたもの。完全に神の下に置かれていたときとは違い、思うように調べることが出来ません』

【けん ひと】


『故に我々は、剣は人に返すのが一番であると判断したのです』

【ひと いう きく】


『ところが幾度となく魂を選定しても、聖剣は全く反応しませんでした。しかし先日選定したときに、やっと聖剣が反応したのです。それがあなたです、ローゼ』

【ひと けん きめる】


(なんか2か所から声が響いてきて混乱する!)


『ここまで400年ほどかかってしまいましたが、やっと11振目の聖剣を人の世に戻すことが出来て嬉しく思います。それではローゼ、聖剣を頼みましたよ』

「えっ? あの、待っ……」


 その言葉を最後に、ティファレト神の姿は消えた。

 辺りからは神々しい光がなくなり、最初の明かりのみとなる。


 後には呆然としたローゼと、1振の剣とが残されていた。

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