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30.継ぎ、繋ぐ

 ローゼはエンフェス村でマティアスから話を聞かせてもらった際、さすがは魔物を倒し続けてきた家だけはあると感心する一方で、なぜその知識が神殿にはないのかと疑問にも思った。


 もし二家の知識を神殿にも渡したなら、もっと世の役に立つのではないだろうか。


 不躾かとは思いつつ、薬草庫の中で『二家が知識を独占したままである理由』をローゼが尋ねると、マティアスはほんのり笑って答えた。


「もっともな考えです。……そうですね、ローゼ嬢になら構わないでしょう」


 これはもうずっと昔のことになる、と前置きしてマティアスは話し出した。


「当時の大神殿では『魔物は強いものほど上位の存在だ』という話が主流となりつつありました」


 これを危惧したのが当時の聖剣の主たちだった。


 魔物は地の底に住まう『闇の王』が、人々を苦しめるために地上へ遣わすもの。『光の神々』に敵対する存在である彼らのことなど、人には詳しく分からない。


「力が強い魔物は確かに脅威だ。だが、小さな者たちには様々な種類がある。大きい魔物ばかりを重要視するのは危険ではないだろうか」


 二家の当主はそう提言したのだが、『強い方が上位』という考えは大神殿の中、特に神殿騎士たちから大いに支持され、覆すのが難しくなりつつあった。


「この時、大神殿内で力を持っていたのは神殿騎士側の人物だったそうです。二家の意見は退けられ、やがて『強い魔物を倒すことが評価に繋がる』という暗黙の制度までできあがりました」


「……その話が今も主流になってるせいで、ルシオのような人物が出てきてしまったわけですね」


 ローゼの言葉を聞き、マティアスは端正な顔にわずかな憂いを見せる。


「残念ながらローゼ嬢の言う通りです。……当時の主たちは持てる限りの知識を根拠として提示し、粘り強く交渉を続けました。しかし大神殿側に『聖剣の主は己の考えを主導としたいがため、わざと大神殿の考えに反発している』と言われ、すべて退けられたそうです」


 マティアスは自身の聖剣へ視線を落とす。

 彼の聖剣はローゼのものより長く、鍔の意匠である翼もまた大きい。ローゼが持つ聖剣の翼はどこか優美であるのに対し、二家の聖剣に施されている翼は立派で堂々とした印象を与えた。


「やがて二家の当主は大神殿から疎まれるようになり、最後にはずいぶんな扱いをされたのだとか。失意の当主たちは『今後、二家の側から大神殿へ知識の提供を持ちかけてはならない』との言葉を残して世を去りました」

「そんな」


 ローゼが思わず声を上げると、現ブレインフォード家当主はローゼを見て寂しげに微笑う。


「彼らは後を継ぐものたちに、自分と同じような思いをさせたくなかったのでしょうね」


 マティアスの瞳には悔しさともどかしさがあった。


 ほんの少しエンフェスで行動を共にしただけのローゼにも、二家が人々のために戦うことをどれほど重要視しているのかは良く分かった。

 おそらく二家はずっと、魔物を倒すための行動を最優先として考えてきたはずだ。


 だというのにそんな言葉を残さねばならなかったほど、当時の聖剣の主が受けた仕打ちは厳しかったのだろう。言葉を残した当主もまた、悲痛な思いだったに違いない。


「ただし、当時の主が禁止したのは『二家の側から提供すること』です。彼らは提供すること自体を禁止したわけではありません」

「……では、大神殿側から請われれば、知識を提供するつもりがある?」

「もちろん」


 仄かに薬草が香る室内で、マティアスは強くうなずいた。


「いつか大神殿が、主流となってしまった考えに疑問を持つ日が来たのなら。……いいえ、そうではなくとも、大神殿が我らの知識を必要としてくれることがあるのなら」


 マティアスは拳を握る。


「ブレインフォードもセヴァリーも、いつでも記録を提示する用意はできているのです」


 輝石の明かりに照らされた彼の表情には、そうあってくれる日を願う強い気持ちが見えていた。


 きっと、とローゼは思う。


 二家の歴代当主たちは、これまでも準備を怠らずに来たのだ。そしてこれからも、大神殿が話を聞きたいと言ってくれる日が来るまで、彼らはずっと準備しながら待ち続けるのだろう。


「今回のことで、大神殿が少しでも考えを改めてくれたらいいですね」


 ローゼが言うと、マティアスは期待に満ちた笑みを浮かべる。


「ええ。本当に」



   *   *   *



 二家の話、とローゼから聞いた大神殿長は大いに興味を惹かれたようだ。


「なるほど。二家は神殿とは違う、独自の視点から記録を残しているというわけか。ふむ……」


 デュラン大神殿長は思案する様子を見せる。


「……昔、大神殿と二家の間で、確執があったようなことをお聞きしましたが」


 注意深くローゼが言うと、彼は顔をあげて両手を組んだ。


「そうだな。大神殿の意見に不満を持つ二家の当主に反意の兆しがあったため、少々厳しい態度を取ったとの記録が残っている。……次代の当主たちは恭順の意を示したため、以降は不問にしたそうだが」


「聖剣の主は大神殿だけでなく、国や大陸、人々にとっても重要な家ではないのですか?」


 ルシオの一件でローゼは大神殿側の考えに反感を持っていた。マティアスの話を聞いた今は更なる不満も抱いている。発した口調は自然と非難がましいものになった。


「無論。しかし、聖剣の二家は大神殿の(もと)にあるとはいえ、配下と言うよりは協力体制に近い状態だ。お互い深く踏み込むことはない」


 対して答える大神殿長は、感情を見せず静かな様子で言葉を紡ぐ。 


「彼らはどんな状況にあろうとも、常に一族の誰かが神から聖剣の主として選ばれ続ける。街中で煌びやかな生活をしようと、荒野で泥水をすする暮らしをしようと、彼らは祖の血が続く限り聖剣の主だ。例え大神殿側が、巫子が選んだ名を告げておく程度の関りしか持たなかったとしてもな」


 言って大神殿長はひたとローゼの瞳を見据えた。


「聖剣の主は神殿に属しているように見えるが、実は属していない。――大神殿が聖剣の主に好待遇を与える必要は、あるようでいて実はないのだよ」


 彼の視線は鋭く冷たい。まるで刃を向けられたかのような気がして、ローゼは背筋がぞくりとする。何と言って良いのかも分からなかったため、ただひたすら大神殿長の視線だけを受け止め続けた。


 執務室をしばらく沈黙だけが支配する。


 やがて、どのくらい経っただろうか。

 耐え切れなくなったかのように大神殿長が吹きだし、声を上げて笑いだした。


「だがな。聖剣の主が持つ力は、大陸中の人々が必要としている。だからこそ聖剣の主は今の地位があるわけだ。そして彼らは自分の立場を分かった上で、地位を維持し続けている」


 笑んだまま彼は言う。


「神殿というのはな。神の名の下に纏まっているように見えて、実は思いのほか渦巻くものが多い場なのだよ」


 確かに大神殿長の言う通りだろう。短い間しか滞在していないローゼですらいくつか思い当るものがある。


 例えばローゼの味方となってくれている平民出身のハイドルフ大神官は、情に厚く庶民派な大神官として多くの神官にも慕われている。


 もちろん、彼の根底にある考えは見えているもので間違いないのだろう。

 しかしただお人好しなだけであるならば、大神官の地位を手に入れることなどできていないはずだ。


(北方でも同じだったなあ。『特別なお茶』を飲まされそうになった時、ナターシャ様はマリエラと一緒に分家達の力関係なんかを話してたっけ)


 デュラン大神殿長が異例の早さで最上の位に就けたのも、元々の仲間である神殿騎士たちが強力に後押しをしたからだ。

 そういった世渡りは、人が集まればどこでも必要となるのだろう。


 口を結んだローゼが、カップの中で揺れる風景を見ていると、正面から静かな声がする。


「だから安心するが良い、ローゼ・ファラー」


 のろのろ顔を上げると、大神官長は悪戯な視線をローゼに向けている。


「あなたはどうやら自身を取るに足らないものだと考えているようだが、このように大神殿の連中とて大したものではないのだよ。――だとすれば、あなたが南方の異変を退けた功労者だと名乗ることに罪悪感を覚える必要はまったくない」


 ローゼの立場を巡ってすらもまた、大神殿では思惑が動いていたはずだ。

 今回、南方でローゼが良い働きをしたということは、ローゼを推していた人々の立場を上向けるだろう。

 何より、ローゼ自身の立場も。


 それが分かっても何も言えないローゼを見たか、大神殿長は同じ話を続けることなく、カップを手に取る。


「しかし、二家の知識か。確かに興味はあるな。そこに私の欲しい答えはあるだろうか」

「……分かりません。ただ、もし二家の当主が話をして下さるなら、何か見つかるものはあるかもしれません」

「なるほど。話をしてくれるなら、か」


 大神殿長は、カップの中身を一息にあおる。


「二家の当主とは公的な場で会ったことはあるが、親しく話をしたことはない。だというのに急に茶の誘いなどすれば、警戒されるかもしれんな」


 おどけたように言って、大神殿長は空のカップを置く。


「だが、近いうちに彼らへは私の部屋へ来てもらえるよう手紙を出そうと思う。……どうかね、ローゼ・ファラー。彼らは私の誘いを受けてくれるだろうか」


 大神殿長の言葉を受け、ローゼはカップを手にしてわずかに微笑む。

 実際にデュラン大神殿長に会うかどうか、話をするかどうかの判断は、彼と会った二家の当主たちがすることだが。


「二家のご当主にお会いする機会があれば『大神殿長が淹れて下さるお茶は、私の友人が淹れてくれるお茶に匹敵するほど美味しかった』と言っておきます」

「それは良い」


 大神殿長は笑って立ち上がると、執務机に向かった。


「手紙と言えば、あなたに宛てたものを預かっている」


 戻って来た彼は一通の手紙をローゼに渡し、独り言のように呟いた。


「ご当主は今、王都におられるとか」


 大神殿長自らが預かるほどの手紙とは誰からのものだろう、と不審に思いながら受け取ったローゼは、封蝋を目にして言葉を失う。

 押された紋章は、ローゼも良く知るものだった。


 中央にあるのは大きな木。上半分には、取り囲むように5つの花が配置されている。


 ローゼは胸元を握り締める。服の下に隠しているが、首からかけている鎖の先には同じ紋章の指輪があった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 聖剣の騎士達は人々を救っているにも関わらず、あまり神殿とは関わりがなかったのですね。 ここで初めて知りました。 だから神殿にいる時のローゼの扱いも、とても居心地が良いわけではなかったと言うこ…
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