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村娘は聖剣の主に選ばれました ~選ばれただけの娘は、未だ謳われることなく~  作者: 杵島 灯
第4章(前)

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19.調べ

 ローゼは使者のところへ行くフェリシアを見送ると、玄関の扉を閉めて顔をしかめた。


「まだ口の中がひりひりする」

【だろうな。食事中の顔は見ものだったぞ】

「他人事だと思って」


 言いながら、2つに分かれた鍋を思い出して肩を落とした。


「あれが今日の夜と、明日の朝と、さらに昼まで出てくるなんて……」

【まあ、元はと言えばお前の失敗だ。頑張って食うんだな】


 レオンのいかにも楽しげな声を聞き、ローゼは聖剣を睨みつける。


(いつか火であぶってやるわ)


 厨房へ戻ったローゼはもう一杯水を飲んで口を冷やし、鞘から聖剣を抜いて食卓の上に置く。続いて腰の物入れから布にくるんで持ってきた種を取り出し、椅子に腰かけた。


「さて、と」


 ローゼは自分から見て左側に『1』の種、右側に『2』の種を置く。


「ねえレオン。部屋の中では意地悪して教えてくれなかったけど、この種から何か感じるものってある?」

【意地悪じゃない。お前の態度が悪いから俺が反省を促しただけだ。とりあえずどちらの種からも感じるものはないな】

「前半の返事には腹が立つけど、分かった」


 ローゼは続いて小刀を取り出し、申し訳なく思いながらも『1』の種に切れ込みを入れる。


「……どう?」

【何もないな】


 レオンの返事を聞いてローゼはうなずく。次に少し躊躇った後、『2』の種に切れ込みを入れた。

 途端にレオンがわずかに声を上げたので、ローゼは、切れ込みを入れた『2』の種の上へ素早く聖剣を置く。


「何かあった?」

【……俺は(ふた)か】


 尋ねたレオンからはやや不機嫌な声が戻って来た。


【……妙なものを感じたから、とりあえず浄化らしきことをしてみた。今はもう何もない】

「ありがと。で、妙なものって?」

【分からん。ただ、どことなく瘴気に似ている感じもしたが……】


 うーん、と呟いてローゼは腕を組む。


「最初のうちは何も感じなかったのよね」

【そうだな。切れ目を入れるまでは何もなかった】

「じゃあやっぱり、種の中が原因か」

【やっぱり?】


 レオンは怪訝そうな声をあげる。


【何か気付いたのか】

「うーん、気付いたと言うか……食事の前にフェリシアと話したとき、これを見ながら色々考えてたのよね」


 ローゼは服の袖からしゃらりと銀鎖を覗かせる。


「そうしたらなんとなく、フェリシアと別れずに済む方法を思いついたというかさ」

【ああ、確かに聖剣の主の随伴者がどうとか言って引き留めてたな。あれか】

「あれも考え付いたわね」

【あれ『も』? どういうことだ。あの娘に言ったことが、別れずに済む方法だろう】

「違うわ。留めるだけじゃ何も解決しないでしょ? だって」


 家の中にフェリシアがいないことは分かっている。それでも一度言葉を区切ったローゼはなんとなく辺りを見回し、声をひそめた。


「フェリシアは王女様よ。神殿騎士たちにとってみれば厄介者で、早くいなくなって欲しい存在なんだもの」


 種が保管されていた部屋でフェリシアとルシオの話を聞いたときのことを思い出す。ルシオは「私の管理下にある地から、さっさと立ち去ってくださいよ」とまで言っていたのだ。


「あたし、フェリシアのこと好きよ。フェリシアの思いや寂しさも理解できるから、できることなら叶えてあげたい。……でもね、フェリシアにいなくなって欲しいっていう、ルシオや神殿騎士たちの気持ちだって良く分かるの」

【なのにあの娘を留めたのか】

「そう。……別れずに済む方法を思いついたから」


 種を包んでいた布を腰の物入れへ戻しながらローゼは言う。


「南方の異変を終わらせればいいのよ。そうすれば侯爵の屋敷に行かなくて済むし、この村からも帰ることができるでしょ?」

【そんな簡単にできるはずがないだろう】


 呆れたようなレオンの声に、ローゼは反応しない。

 ややあってレオンは小さく問いかける。


【……できるのか?】

「どうかな。たぶん合ってるような気がするけど、さっき気が付いたばっかりだから、もう少し調べないとね。ということでちょっと出かけよう。フェリシアには書き置きを残しておくわ」


 言ってローゼは立ち上がる。机の上に置いてあった聖剣を鞘に戻すと、近くにある棚から何の気なしに筆記具を取り出した。いつも『見せるつもりがない秘密の手紙』をこっそりと書くときに使っているものだ。


【どうしてこんなところに筆記具があるんだ?】


 しかし不審そうなレオンの声を聞いてローゼは焦る。確かに食卓付近に筆記具と手紙用の紙があるのは不自然だ。


「さ、さあ、どうしてだろうね。良く分からないけど、この家に来た最初の頃、何があるのかなって色々調べてたときに見つけたのよ」

【……ふうん】


 レオンの声は懐疑的だったが、それ以上は追求してくることがない。


 ローゼはほっとしながら紙に「村の中を巡ってくる」旨の書き置きを残すと、聖剣を携えて家を出た。



   *   *   *



 神殿にはちょうど正神官がいた。

 ローゼが投げるいくつかの問いに、彼は困惑と戸惑いを浮かべながら答える。最後に伝言を頼んでから、ひとつまみの香を分けてもらうと、ローゼは再び表へ出た。


【大丈夫なのか?】

「分かんないけど、行ってみるしかないでしょ」


 正神官に教えてもらった場所は村の中にあった。


「なんで今まで行こうって思わなかったのかな」

【もしかすると無意識に避けていたのかもしれん】

「レオンも?」


 レオンからの返事はない。


「ねえ、レオン?」

【……お前が言い出すことがないのを幸いだと思ってた】


 強く呼ぶと、どことなく気まずそうな声で答えが戻る。ローゼは指で柄を弾いた。


「もう! 行くべきだって思ってたなら、ちゃんと教えてよ!」

【俺も行きたくなかったんだから仕方ないだろ】

「なんで開き直ってるのよ!」


 とはいえ、最初から村に不快感を持っていたレオンなのだからそこは仕方ないかもしれなかった。


 正神官に聞いた通りに道を歩いていると、やがて遠目に赤い色が絨毯のように見えてくる。さすがに香りも強くなってきたので、ローゼは腰の物入れから布を取りだすと鼻と口を押えた。


 布の中には先ほどもらった香が入っている。各地の神殿や大神殿でも焚かれているこの香は、ローゼにとってもなじみの深いものだ。


 すっきりとした香りを嗅ぐうち、頭が澄んでくるのが分かる。どうやら気づかないうちに、甘い香りのせいで頭がぼんやりしていたらしい。


「……どう?」

【嫌な気分だ】


 戻って来た声があまりにも嫌そうだったので、ローゼはほんの少し申し訳ない気分になる。


「もうちょっと我慢してね」


 くぐもった声をかけ、布を顔に当てたまま道を進む。

 畑に着く頃には神殿の香を嗅いでいても分かるほど、甘い香りは強くなっていた。


「……これは……すごいね……」


 顔をしかめて呟くローゼの前には、赤い花々が広がっていた。刈り込まれている場所もあるが、それでもまだかなり多く咲いている。

 どうやら広い区画がこの薬草の畑であるようだが、全体的に植えられているわけでも、四角く植えられているわけでもない。よく見れば赤い花はいびつな円形を描いて咲いているようだった。

 なぜこのような植え方しているのだろうかとの疑問がよぎるが、思考はうまくまとまらない。それどころか考えることすら面倒になってきた。


(……あれ? あたし、どうして布で口元を覆ってるんだっけ? これ、香りを嗅ぐのに邪魔……)


 ぼんやりとしながら布を外す。

 途端に甘い香りが体を満たした。あまりにも幸せな気分になり、ローゼはうっとりとため息をつく。


【どうしたローゼ。布を外すな!】


 焦るレオンの声が聞こえるが、ローゼに従うつもりはない。そのままふらふらと前へ進む。


【おい、行くな! 理由が分かったからもういい、この場から離れろ!】


(レオンうるさい……)


 覚束ない足取りで進みながらローゼは眉を寄せる。

 その時、別の声が聞こえたように思えた。


『ローゼ』


 厳しい声に、ローゼは思わず足を止める。


(……でもあたし、花の方に行きたい。あそこに埋もれたら、絶対いい気分になれるもの。……うん、行こう)


 無視して歩き出そうとしたのだが、再び声がした。


『ローゼ』


 名を呼ぶ声に含まれる響きは強い意志を持って「戻れ」と告げている。

 この声に従わないと後々面倒な事になるのをローゼは知っていた。


 渋々ながらも振り返り、ローゼはふらふらと来た道を戻り始める。

 どのくらい歩いただろうか。不意に突風が吹いてようやく正気付いたローゼは、右手に持ったままの布を慌てて顔に押し当てた。


「やだ、失敗した!」


 振り返ると、赤い畑はだいぶ遠い。ほっと息を吐いたところで、聖剣から声が聞こえる。


【お前はどこまで俺の言うことを聞く気がないんだ】

「ご、ごめん。でもそれはほら、香りのせいでぼんやりしちゃったからよ。……とにかく戻ってこられて良かったわ」

【その鎖が妙にシャラシャラうるさかったもんな】


 レオンの声は拗ねたようにも、安堵したようにも、そしてどこか悔しさがまざっているように思える。

 ローゼは左腕を上げて首をかしげた。


「これが? でもあたしには、腕飾りの音なんて聞こえてないわ。確か聞こえたのは……」


 思い出し、ローゼは辺りを見回す。もちろん声の主がいるはずはない。


(そっか。また守ってくれたのね)


 ローゼはしばらく左腕の飾りを見つめていたが、やがて小さく首を左右に振ると歩き出した。


「早いとこ、この場所から離れなくちゃ。……で、レオン、理由が分かったってどういうこと?」

【ああ】


 先ほどの感覚を思い出したのか、レオンの声には不快感が滲む。


【あの薬草が植えられていた畑には、瘴穴があったに違いない】

「……どういうこと」

【言葉の通りだ。この村には以前、食人鬼が出たんだったな。たぶんその時の瘴穴はあの畑にできたんだ】

「とすると、あの薬草は瘴穴跡に生えてるってこと?」

【そうだな。本来の瘴穴があった所よりは広い範囲に生えているが、中心は瘴穴があった場所だ】


 レオンの言葉を聞き、ローゼは重い口を開いた。


「……魔物は、こんな形でも人に関わることができるんだね」

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― 新着の感想 ―
[一言] 障穴のあった場所にできた花畑……! なるほど、だから種の中なんですね。 そして……アーヴィンさんはまたローゼさんを守ってくれたんですね……!
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