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8.思量

 エンフェス村の応接室は沈黙につつまれていた。


 ローゼは黙ってしまったフェリシアに声をかけようとしたのだが、何を話せば良いのか分からない。

 何度か口を開きかけては諦め、結局黙ったまま、うつむくフェリシアを見つめていた。


 今までフェリシアはローゼに苦言を呈したことは何度もある。周囲にも少なからず文句は言っていた。

 しかしローゼが止めてもなお何かを言い続けたことは、今までになかったはずだ。


(もしかして……)


 唇を引き結んで床に視線を落とすフェリシアを見ながら、ローゼは思う。


(エンフェスの神殿に入る前、村の広場で会った神殿騎士たちが関係してる?)


 大規模な異変が起きている南方には、大神殿から多数の神官や神殿騎士たちが派遣されており、3か月ほど南方にいるローゼも、大神殿から来た人物とは幾人も会っている。


 しかし、彼らと行動を共にしたことはなかった。


 ローゼは大神殿を出発する際に、南方では瘴穴を消す作業を最優先にしようと決めた。魔物は他の人物でも倒せるが、瘴穴はローゼにしか消せない。


 そのため村や町の神殿へ到着したときはまず、周囲に大きな魔物が出ているかどうかを尋ねる。大きな魔物は大きな瘴穴から出現することが多く、そして大きな瘴穴は長期にわたって消えないことが多いからだ。


 該当する場所があれば、そちらへ向かう。

 なければ神殿がある集落や、その付近の状況を問う。


 魔物が多く出ているのに大神殿からの増員が来ていなかったり、来る予定だがまだ到着していないと分かれば、しばらくそこに滞在する。しかし大神殿から人員が派遣されていれば、次の場所へと向かうことが多い。


 結果、大神殿から来た神官や神殿騎士とは、出会ったとしても挨拶程度しかせずに別れる。そして今回も、今までと状況は同じだ。


(エンフェスの瘴穴は消した。ここにはジェラルドさんも含めて10名の神殿騎士がいる。1名の神殿騎士見習いもいる。……本来ならあたしは次の場所に向かっていいはず……)


 だがなんとなく、ローゼは今回、エンフェスに残るべきだという気がしていた。


(この村はなんか、良くない感じがするのよね)


 他の町からの情報によれば、エンフェスもずっと幽鬼が出続けているというわけではないようだ。倒せばしばらくの間は出なくなるらしい。


 しかし時間をおくと、また幽鬼が出現する。


 おそらくエンフェスの周辺には、大きめの瘴穴が何度もできているのだ。先ほど村に入る前にローゼは大きな瘴穴を消したが、推測が正しければ村の周囲にはまた大きな瘴穴ができる可能性があった。


(ううん。可能性じゃない。きっと大きな瘴穴はできる。そんな気がする)


 もちろんこれは単なる勘にすぎない。


 だが本当に残るとなれば、神殿騎士たちと長期にわたって同じ場所で行動する。これは南に来て初めてのことだ。


 ずっと行動を共にしてきたフェリシアも、ローゼの態度から、この村にしばらく滞在するかもしれないと思っているのだろう。だとすればフェリシアの態度が妙なのは、神殿騎士たちが関係しているのかもしれなかった。


「……ごめんなさい、ローゼ」


 沈黙を破り、黙っていたフェリシアが口を開いて再度の謝罪を述べる。

 考え込んでいたローゼは彼女の声を聞き、慌てて首を横に振った。


「ううん。あたしこそ、ごめん。焦ったせいで強く言っちゃって――」

「違いますわ」

「ん?」


 首をかしげるローゼの方は見ず、床に視線を落としたままでフェリシアは続ける。


「そうではありませんの。……わたくし……わたくし、本当は……」


 わずかに言いよどんだ後、フェリシアは固く拳を握る。


「ローゼのためを思うなら、一緒に来るべきではなかったのです」


 声は小さい。

 それでも声はローゼの耳にはっきりと届いた。


「フェリシア? どういうこと?」


 うつむくフェリシアはローゼの問いに答えない。


 ローゼが重ねて問おうとしたとき、扉の向こう、神殿の入り口側から足音が近づいてきた。



   *   *   *



「大変失礼いたしました、聖剣の主」

「いえ……」


 顔色を悪くした壮年の男性正神官はローゼに頭を下げる。

 何と言って良いのか分からずにローゼは言葉を濁す。一方でフェリシアは黙ったままだ。


 それでも正神官は不審げな態度をとることなく長椅子を示したので、ローゼはフェリシアとともに腰をかけ、南方に来てから何度も行ったやり取りを始める。


 結果、現状を確認してもローゼの勘は「エンフェスに残るべきだ」と告げていた。


 どのような反応を返されるだろうか、と思いながらも滞在したい旨を口に出すと、神官は意外にもあっさりとうなずく。しかし代わりに「ただ、申し訳ないのですが……」と言葉を続けた。


「神殿の客間はすでに神殿騎士の方々で埋まっているのです」


 ローゼは隣に座ったフェリシアをちらりと窺う。


 神官と話をしている間中、一言も口をきかなかったフェリシアは、この件についても何かを言う気がないらしい。相変わらず表情の無いままうつむいている。


「分かりました」


 ローゼは承諾の返事をするが、やはりフェリシアは何も反応を示さない。

 これ以上は彼女を気にしないと決め、ローゼは神官へ質問を続けた。


「では、こちらの村に宿はありますか?」


 目の前の神官はわずかに緊張した様子を見せる。


「ございますが、今は閉めております。そこでご提案なのですが、宿泊場所として副神官の家をお使いになりませんか?」

「副神官の家?」


 ローゼの問いに正神官はうなずく。


「副神官は神殿内の私室で日々を過ごしておりますが、出身はエンフェス村なので家を持っております。そちらをご利用いただければ、と。……もちろんこの話は副神官も承知しております」


 副神官に加えて彼女という言葉で、ローゼはこの部屋で最初に会った若い女性のことを思い出した。家に住まわせてくれる副神官とは彼女のことかもしれない。


 若い女性神官がフェリシアに威圧されて出ていく姿を思い出し、なんだか申し訳ない気分になりながらもローゼは正神官の瞳を見る。


「分かりました、では、家をお借りしたいと思います。ご提案ありがとうございます」


 ローゼの言葉を聞いて、正神官はほっとしたような表情を浮かべて立ち上がる。


「では、副神官を呼んでまいります。家に関しての詳しい話は副神官からお聞きください」

「はい」


 出ていく正神官を見送りながら、ローゼはハタと気が付いた。


(もしかして、宿泊場所のこともあるから、あたしたちの出迎えを副神官にさせたのかな?)


 この時間から他の村や町へ行くことはできないのだから、必ずエンフェス村へ泊まる必要がある。宿泊場所の話が出ることは間違いないのだから、最初から副神官が村の説明をすれば、正神官と交代する手間は必要ない。

 本来ならば無礼な話かもしれないが、この非常時なので許してもらおう。と彼らは考えていたのかもしれなかった。


「わたくし……」


 ようやくフェリシアが口を開くが、声はとても小さい。


「わたくし、やはり失敗していましたのね」


 その言葉でローゼは、彼女も同じ考えに至ったのだと分かった。


「そんなことないよ、フェリシア。ただ……そう、お互いちょっと意思の疎通がうまくいかなかっただけで」

「……いいえ。わたくしが余計なことを言ってしまいましたの……」

「違うってば」


 ローゼは顔を覗き込むようにして声をかける。しかし、フェリシアの表情は晴れることがなかった。



   *   *   *



 宿泊場所を提供してくれるという副神官の女性は、パウラ・モディーニと名乗った。

 年齢は20、ローゼの2つ年上で、フェリシアとは3歳違いになる。昨年見習いを終え、エンフェス村に戻って来たのだとパウラは語った。


「私の家は神殿のすぐ近くなんです。アデクから鳥を受け取った後に神官様と話をして、聖剣の主様がエンフェスにお泊りされるときにお使いいただこう、って決めてたんですよ」


 彼女は自分も神官だというのに、正神官のことを「神官様」と呼んでいる。

 もしかすると正神官の男性は、パウラが神官を目指すより前からこの村で神官を務めていたのかもしれない。彼女はその時の癖が抜けないのだろう。


 ローゼと共に神殿の外へ出たパウラは、門から見える赤茶色の屋根をした家を指さす。


「あれが私の家です。鍵は開けてありますし、中も整えてあります。ご自由にお使いくださいね」


 その言葉を聞いて、ローゼはわずかに首をかしげる。


「ええと、ご家族の方はいらっしゃらないのですか?」

「はい、誰もいません」


 パウラは、そばかすの浮かんだ顔をほんの少しだけ曇らせる。


「姉は他の町へ嫁ぎましたし、両親や弟は、魔物に……」

「……すみません」

「い、いえ、こちらこそすみません」


 ぱたぱたと手を振り、パウラは笑みを浮かべる。


「もしかして、神官様はお話なさらなかったのかしら? まったくもう、うっかりやなんだから。ええと、エンフェス村に食人鬼が出た話はご存じですか?」

「食人鬼? 幽鬼ではなくて?」

「あっ、ごめんなさい。最近の話ではなくて、昔の話。エンフェスは8年前、村の中に食人鬼が出たんです」

「村の中に……」


 ローゼは言葉を失った。


 魔物が出る瘴穴は、森や草原といった自然の多い場所にできることが圧倒的に多い。


 だが、運が悪ければ集落の中にだってできる。といっても大半は小鬼が出てくる程度の瘴穴なので、大きな問題にはならない。

 しかしごく稀に、大きな瘴穴が集落内にできることもあった。


 ローゼは腰にある黒い鞘の剣へ視線を落とす。


(確かエルゼの記憶の中で見たっけ。……400年前、レオンも知ってる神官様が命を落とした原因は、村の中にできた大きな瘴穴から食人鬼が出て来たせいだった……)


 食人鬼は人間の倍ほどの高さがあり、横幅も広い。

 そんな体を支える足や、丸太のような腕も、かなりの力を持っていた。


 なるほど、と思いながらローゼは周囲を見回す。


(古い建物と新しい建物があるのは、その食人鬼が壊したからなのね)


 同時にエンフェスへ入った後に、どこかで見たような気がした理由が分かる。


(……そっか。これはあたし自身の記憶じゃないんだ)


 グラス村で神降ろしをしたときに見た、エルゼの記憶。

 新しくなった建物と、幸いにも破壊を免れた建物が混在している村の光景。


 魔物によって壊された後に復興した、400年前のグラス村の様子が、今のエンフェス村によく似ていたのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 成る程、身分云々で副審官が対応したわけではなく、宿泊するのに服新刊の家を使ってもらおうとと言うのが理由だったわけか……。 これは、フェリシアはごめんなさいと言うしかないよね。 でも、いろんな…
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