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村娘は聖剣の主に選ばれました ~選ばれただけの娘は、未だ謳われることなく~  作者: 杵島 灯
第4章(前)

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序話

 大陸の西にアストラン王国はある。


 アストランの王都アストラは中央部から南寄りの方面に位置しているため、王都の気温はやや高い。


 一方、アストランの最も西にあるグラス村の気温は低めで、これはグラス村が国のやや北寄りに位置しているためだった。


 北で育ったアーヴィンにとって、神官見習いの時に過ごした王都の暑さは辟易(へきえき)するものだったが、グラス村は王都よりずっと過ごしやすい。

 夏は適度に涼しかったし、冬も寒いとはいえ、雪に降りこめられるほどではない。ここは良い場所だと、身びいきが多分にあることは自覚しつつも思っていた。


 しかし今年はどこかおかしい。


 例年とは違って気温が低く、そろそろ春の声も聞こえてくる時期だというのに雪が降っている。私室の窓から外を見ると、今朝も地面は白く覆われていた。また夜のうちに雪が降ったのだ。村人が来る前に、神殿入り口付近の雪を除けてしまわなくてはならない。


 早く起きて良かったかもしれないと、いつもの夢見の悪さにほんの少し感謝をして、身支度を整えたアーヴィンは私室を出る。


 廊下には、祭具などがある倉庫や薬草を保管してある部屋、応接室などの扉があった。突き当りには書庫があり、そこから右に折れた先が、祭壇のある礼拝堂へと通じる扉だ。


 軽く音を立てる扉を開けると、広い礼拝堂は体の芯から冷えるような寒さで満ちていた。それでもどこか静謐さを感じるのは、神殿の建物と同じく白い石で造られた神の像があるからだろう。


 白い息を吐きながら礼拝堂の中へ足を踏み入れたアーヴィンは、主神であるウォルスの像の前で膝をつき、手順に従って祈りの形に手を組み合わせる。


 本来ならば祈りをささげる際に神官が膝をつくことはない。

 それでもアーヴィンはここ数か月、朝夜の誰も見ていない礼拝室で祈るときだけは膝をついていた。


 ――どうか、本日もローゼが無事でありますように。


 静かな礼拝堂の中で祈りをささげるアーヴィンの脳裏に、「あたしね」という声がよぎる。


「大神殿から言いつけられてる用事が多すぎて、アーヴィンの誕生日は村に戻ってこられそうにないの」


 村を発つ日、ローゼは神殿の裏手にある庭で、王都の方角を見ながら残念そうな声を出した。アーヴィンに背を向けていた彼女がどんな表情をしていたのかは分からない。


「だけど年が改まる頃には戻ってくるつもりよ。王都で素敵な贈り物を選んでくるから楽しみにしててね!」


 振り向くローゼは笑顔だが、声には隠しきれない寂しさが滲んでいた。しかしアーヴィンはその寂しさに気づかないふりをしてうなずき、「楽しみにしているよ」とだけ言って抱き寄せた。


 あれはもう数か月前の秋の日、村祭りから4日経った朝のこと。

 しかしローゼは結局、年が改まる頃どころか、もうじき冬が終わるという今に至っても、一度として村に戻ってこなかった。あと10日ほどでローゼの誕生日を迎えるが、おそらくその日にも戻ることはないだろう。


 すべてはこの気候異常のせいだ。


 大神殿からの定期連絡によると、グラス村でも起きている気候の異常はアストラン全体で起きている。そして今回の異常の大元となっているのは南方だ。


 国に関わる大規模な異常が起きる時、大元となる場所では瘴穴(しょうけつ)の数が多くなり、大きな瘴穴もできやすくなる。大きな瘴穴からは強い魔物も出てくるので、南方は今、大変な状況にあるようだった。


 ローゼも今頃、異常の大元である南方へ行って魔物の討伐をしているはずだった。なにしろ彼女は、大陸に11振しかない聖剣を持っているのだから。


 ――昨年の今ごろは普通の村人として、討伐をする者たちから庇われる存在だったのに。


 共に行きたい、とアーヴィンは何度も思った。

 行ってローゼの助けになることができればどんなに良かっただろう。

 しかし彼女のことを思うのならば、自分は残るべきだということも分かっていた。


 長く祈りをささげた後に立ち上がったアーヴィンは訪れる人のために暖炉へ火を入れると、雪除けの作業をするために外へ出た。


 広がる空は暗く陰鬱な色をしている。


 晴れ渡る空を見られる日が来るのはいつになるだろう、とため息をつくアーヴィンの目の前で、またちらちらと雪が舞い始めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 心配をするアーヴィンの気持ちが手に取るように分かるシーン。 季節の異常と幻聴のようなローゼの声。 大事な人の助けになりたいのは当たり前に分かるだけに、ローゼにために残る選択をするアーヴィンの…
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