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村娘は聖剣の主に選ばれました ~選ばれただけの娘は、未だ謳われることなく~  作者: 杵島 灯
第3章(後)

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余話:村祭りの前 【挿絵あり】

 ここしばらく人間たちが浮かれているような気がする、と彼は思っていた。


 周囲の木々が赤く色づくころに人間たちが騒ぐ日があり、騒ぐ日が近づくと人間たちが浮かれ始めるのだということを、何年も森に棲んでいる彼は知っている。だから寒くなる前のこの時期に人間たちが浮かれ始めると、ああ騒ぐ日が近いんだな、と思っていた。


 しかしなぜ人間たちが騒ぐのかは分からない。そこで彼は、自分たちと話ができる唯一の人間に尋ねてみることにした。


 自分たちの言葉が話せるこの人間を、彼を含めた仲間たちは『オハナシさん』と呼んで他の人と区別している。2日と間を空けずに森を訪ねるオハナシさんの姿を確認した彼は、何があるのかを質問してみた。


 博識なオハナシさんからは、仲間たちも色々なことを教えてもらっている。きっと今回も答えがもらえるはずだと期待した彼は、案の定「もうじき祭りがあるんだよ」との返事をもらった。


『祭り? 祭りってなに? いいこと?』


 森の恵みを探しに来たというオハナシさんに、彼は昨日見つけたばかりの秘密の場所へ案内することにした。その道すがら問いかけると、オハナシさんはうなずく。


「そうだね。一年に一度しかない特別な良い日だから、みんな楽しみにしているんだよ」


 だが、「みんな楽しみにしている」と言う割に、オハナシさんは浮かれているわけでも楽しそうにしているわけでもない。彼は不思議に思いながらオハナシさんの周囲をふよふよと飛び回った。


『変なの。人間たちは浮かれてるのに、オハナシさんは浮かれてないよ? オハナシさんは祭りが楽しみじゃないの?』


 オハナシさんは黙ったまま歩く。

 問いかけに対する返事はだいぶ遅かった。


「……私は楽しみではないかな」

『どうして? 人間は祭りっていうのが楽しみなんでしょ? オハナシさんは人間なのに楽しみじゃないの? なんで? なんで?』


 尋ねながらオハナシさんの周りを飛び回っていた彼は、はたと気が付く。


『分かった! オハナシさんは人間みたいだけど人間じゃないんだ! そっか、だから精霊の言葉も話せるんだね!』

 

 彼としては精霊の仲間が増えたように思えて嬉しかったため、素直に喜びを伝えただけなのだが、再び黙ったオハナシさんは先ほどよりも長い間返事をくれなかった。


『オハナシさん、どうしたの?』


 彼は周囲を飛び回り、オハナシさんが(まと)っているものを引っ張り、頭の上で跳ねる。さらにもう一度尋ねたところで、ようやく返事があった。


「……私は人間だよ。だけど村の祭りは、村の人たちのために行うものだからね」


 言って、オハナシさんは進みながらも顔を下へ向ける。


「私はこの村の人じゃない。村の人になれない。……仲間に入るわけにはいかない」


 オハナシさんの言っていることは難しくて、彼には良く分からなかった。


『うーんと、人間たちがオハナシさんを仲間に入れてくれないの?』

「違う。仲間になれないのは私に問題があるからで、入れてくれないわけじゃない。……私は仲間に入ってはいけないんだ。いずれいなくなるのだからね」


 何が分からずとも、いなくなる、という言葉だけははっきり分かった。

 いなくなるのは嫌だと伝えようとしたときオハナシさんが地面にかがみこむ。


「……ああ、ここだね。すごいな、これはたくさんの恵みをいただけそうだ。よく教えてくれたね」

『でしょう! ここはね、まだほかの誰も知らないんだよ! あのね、昨日遊んでた時にね……』


 オハナシさんに褒められた彼はとても気分が良くなり、自分がどのようにこの場所を見つけたか自慢し始める。そのまま、今話していた内容は忘れてしまった。


 以降ずっと忘れたまま時が過ぎたのだが、しばらくオハナシさんの姿を見ない日が続いた際、彼は急にこの時のことを思い出した。


『オハナシさんは、オハナシさんの仲間が見つかったのかもしれない。だからいなくなっちゃったんだ。だってオハナシさん、いずれいなくなるって言ってたもん』


 彼は仲間にそう告げた。みんながっかりした。オハナシさんに二度と会えないのは悲しいと泣く仲間もいた。

 しかし、人々が浮かれる時期になったころ、オハナシさんが森へ来た。見た目が少し違うように思えたが、彼らにとってはどうでも良いことだった。


 またオハナシさんと会えたことは、彼らにとって大きな喜びだったのだ。


『ねえ、もうじき祭りがあるんでしょ?』


 姿の変わったオハナシさんが戻った何日か後、祭りという言葉を覚えていたことを誇らしく思いながら彼は尋ねる。赤い葉をつける森の中、木に体をもたせかけるオハナシさんは彼に笑いかけた。


「よく覚えていたね。今日が祭りの日だよ」

『やっぱり! うん! 覚えてた! 覚えてたよ! 褒められた! 嬉しい! 祭り、祭り! そっか、今日が祭りの日!』


 気分が高揚した彼は、木の周りを飛び回る。

 そんな彼を見るオハナシさんもまた、とても嬉しそうな様子に見えた。



挿絵(By みてみん)



『でも、今日は祭りだよ? オハナシさん、祭りは楽しみじゃないんだよね? なのにどうして嬉しそうなの?』


 ああ、と言ってオハナシさんは笑った。


「今年の祭りはね、私も楽しみなんだ」

『なんで?』

「私に居場所を作ってくれた人がいるんだよ。彼女のおかげで、私も今年から祭りを楽しんでも構わないはずなんだ……たぶんね」

『たぶん?』


 オハナシさんは見ている先を下に向けたので、彼も合わせて下に動いた。


「本当に参加していいのか、少し自信がないんだ」

『だからここにいるの? じゃあ、一緒に仲間のところへ行く?』


 期待をこめて彼は尋ねたのだが、オハナシさんは首を横に振った。


「いや。もしかしたら彼女が来てくれるかもしれない。そうしたら私も祭りに行くよ」


 オハナシさんの返事を聞いて彼は少しがっかりした。


 でもよく考えれば、祭りが楽しみだということは、オハナシさんは人間たちから仲間に入れてもらえたということだ。ならばきっとオハナシさんにとっては良いことなのだと思い返す。


『分かった。じゃあ誰も来なかったら、仲間のところへ来ていいよ。でも祭りに行けたら、どんなだったか聞かせてね』


 オハナシさんは笑ってうなずいたので、彼はオハナシさんと別れて森の奥へ飛んで行く。

 もしかしたら今度、オハナシさんから祭りの話が聞けるよと、仲間に教えてあげようと思いながら。

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― 新着の感想 ―
[一言] 精霊さんから見た、アーヴィンさん。 もう、以前のような憂いがなくなった彼の様子に、ほんわり嬉しくなりました。
[一言] あぁ……妖精の様子がよくわかる、とても素敵な話だと思います。 アーヴィンと妖精の関係もとてもよく理解できるし、妖精の性格と性質がちゃんと出ている。 上手いなぁ……こういう部分を書かせると杵島…
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