余話:ある女性
私のおばあさまは侯爵令嬢だったの。
でも、嫁いだ先は異国の子爵家。
元のお国にいらしたなら、もっと良いお家に嫁げたのではないかしら。
そう思って「おばあさまはこの家に嫁いでくるときお嫌ではなかった?」と伺ったら、おばあさまは微笑んでおっしゃったの。嫌ではなかったって。
「私の子どもか、孫か、ひ孫か……いずれにせよ私の血筋の誰かが、あの家で公爵になれるかもしれないのです。嫌なんてとんでもない。むしろ楽しみでしたよ」
だから私が公爵家に嫁ぐと決まったときは、誰よりもおばあさまが喜んでくださったの。
私も誇らしかったわ。だって私の子どもが、公爵家の当主になるのよ。もしかしたら、おばあさまの国で結婚する子も産まれるかもしれないわって。
でも最初に産まれた子どもは、公爵家の継承権を持たなかった。
私はがっかりしたわ。継承権がない子なんて、何の意味もない。おばあさまの国へお嫁にも行けない。
泣いている私を励ましてくださったのは、会いに来てくださったおばあさま。
「どうして泣くのです? こんなに可愛い子が産まれたのに」
笑ってそうおっしゃったの。本当は、残念に思っていらっしゃるはずなのに。
だから次こそは、おばあさまのためにも一人前の子を産もうって思ったの。
それなのに、突然ひとりの子どもが城に現れた。
汚らしい色の髪をしていて、一目で余所者だと分かる男の子。
なのにあの方の面影を持っていて、あの方と同じ灰青色の瞳をしている。
私は気付いていたのよ。
雰囲気から。少しの仕草から。
あの方は、どこかに想う女がいるのだと。
でも、お母さまやお姉さまも言ってらしたわ。
夫となる男性は、他にも妻を持つことがあるかもしれない、って。
「それでも家の跡を継ぐのは正妻の子よ。だから他の女の子どもたちは、政略のために使う道具だと思って許しなさい」
何度もそう聞いてきたわ。なのに公爵閣下はおっしゃるの。
私の娘は精霊を扱えないから、暫定的な公爵家の跡継ぎとして、余所者の子だけど城へ連れてきたって。
とても悔しかった。でも仕方がないと思った。だって私の娘は出来損ないだもの。
だから次に、一人前の子どもが産めたときは、とてもとても嬉しかった。
これで私の子どもが跡継ぎになれると思った。
もちろん、おばあさまもとても喜んでくださった。
なのに何年かして、あの方は言ったのよ。
「私の跡はフロランではなくエリオットに継がせようと思っている」
聞いたときには目の前が真っ暗になったわ。
だっておかしいでしょう?
家の跡を継ぐのは正妻の子だと、お母さまもお姉さまも言ってらしたはずよ。
リュシーしかいないときは、仕方がないと思って許していたわ。
でもどうして、フロランがいる今もエリオットを公爵にしたいの?
考えて考えて、やっと私は答えを出した。
……もしかしたら私が、正妃ではなくなってしまうから?
そうよ、そしてあの女が私の代わりに正妃になるの。
だから跡継ぎにエリオットを指名なさるおつもりなのね。
ひどい、ひどいわ。
私は公爵家の分家である、子爵家の娘よ。
公爵になられる方の正妃として嫁いできたのよ。
それなのに、身分が低い上に余所者の女、そしてその女の産んだ子どもが、私や私の子どもより上の扱いになるの?
エリオットではなく、フロランこそが政略のための道具になるの?
シーラは「お側にいたいだけです。それ以上は望みません」と言ってたはずよ。
嘘つき。嘘つき。
ああ、どうしましょう。私の子どもが公爵になれないなんて。
今はもういらっしゃらないおばあさまが、あんなに喜んでくださったというのに。
あの女がいけないのよ。
余計な子どもを産むから。
あの女が悪い。全部あの女のせい。
どうしたらいいの?
このままでは、私と、私のフロランはどうなってしまうの?
何か方法はないの?
どうすれば正されるの?
私は何をするべきなの?
……ああ。
……ああ、そうだわ。
エリオットを公爵にと推しているのはクロード様だけだもの。
クロード様がいなくなってしまえばいいのよ。
そうすればフロランが公爵になれるわ。
そうよ。
現公爵閣下の跡継ぎは、クロード様でなくても構わないはずよね。
この家にはフロランがいるもの。
ちゃんと跡継ぎになれる子がいるもの。
――だから、クロード様はいなくなっても平気なの。