0.道が分かれた最初の日 【挿絵あり】
ローゼは目の前の景色を、半ば呆然としながら見つめた。
かなり低くなった陽は、広々とした草の海を昼間とは違う趣の緑に染めている。しかしローゼの眼前にある色は緑色ではなかった。
手前から奥に向けて濃さの変わる青い衣、その後ろには輝く白い鎧。
合わせて100を数えるほどのこれらの色は王都の大神殿より訪れた人々の纏う衣装であり、すべての人は皆、膝をついて頭を垂れている。
この場でただひとり立つ、赤い髪と瞳の村娘に向けて。
何が起きているのか分からないローゼはおろおろとしながら視線をさ迷わせた後、すがるような気持ちで、共に村から来た男性を見つめる。
だが、いつも穏やかな声で助言をくれる彼も青い群衆の中で頭を下げ、無言で夕の風へ褐色の髪をなびかせるばかり。ローゼにその灰青の瞳を向けてくれることすらない。
よく知っているはずの彼が、まるでまったく知らない人のようで、何が起きているか分からないローゼはくらくらとしてくる。
(……もしかしたら、これは夢なのかも)
目の前の出来事があまりに現実味を帯びていないこともあって、ついそんなことを考えてしまう。
(だってあたし、さっきまではいつもと同じような時間を過ごしてたでしょ?)
朝起きた後、家業である畑仕事の手伝いをし、家に戻って本を読んだ。昼からは友人たちと会い、皆と別れた後はまた畑へ行って、祖父母や両親の手伝いをする予定だった。
(なのに、どうして……)
友人たちと談笑している最中に「遠く王都の大神殿から、身分ある人物が会いに来た」と言われ、この場に連れてこられた。それだけでも困惑する出来事だったというのに、今の状況は。
草の揺れる音だけが響く中、この場で一番の身分を持っていると思しき人物がようやく頭を上げて挨拶の言葉を口にし、続いてローゼへと告げる。
「神より賜った、魔物を打ち倒すための聖剣。――ローゼ・ファラー様。あなた様はその聖剣の主となるべく神に選ばれたのでございます」
何を言われたのか理解するまでにはしばらく時間が必要だった。
目を見開いたまま動きを止め、やがてローゼはかすれた声で呟く。
「聖剣の主に選ばれた……? ……あ、あたしが……?」
――すべては、ここから始まる。