表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/33

事態急変のため、記者会見を終了します。

同日 日米電話首脳会談 総理執務室


 東郷官房長官の記者会見中、由良木はベネフィット米大統領との電話会談に臨んでいた。


「ハロー。ミスターユラギ。まさかお前らから公表するとはな」

「大統領、まだ公表はしておりません。官房長官の会見でも今そういった質問がありまして、たった今パブリックに否定しましたし、ただ漏れてしまっただけでして」

「フン。そんな言い訳が通用するわけないだろ。今否定したとて、後で発表した時に、嘘つき呼ばわりされるに決まってる」

「そんな事は日常茶飯事じゃないですか」

「こっちの記者たちもホワイトハウス周辺を嗅ぎまわってて、はっきり言って迷惑だ。どうしてくれるんだと言いたいところだが、まあ良い」

「はぁ…」

「11月4日に在日米軍の撤退を発表すると言ったが、状況は変わった」

「と言いますと…?」

「今日にもテレビ演説で発表しよう。返ってそっちの方が面白いだろう」

「!?」


 ベネフィットが邪悪な笑みを浮かべていることは、通話越しに由良木にも伝わった。同席する伊端首相秘書官はあからさまに不快そうな顔をした。由良木も弄ばれるようで嫌だった。


 そして、今まで少しずつ溜まっていた鬱憤がぐっと臨界点に近付いた。


「悪いなミスターユラギ。いや別に、私は君らで遊んでいるわけではない。あくまで利益を最大化するための手段なんだ」

「ならば、こちらも一言よろしいか」


 伊端は驚いた。由良木は今までベネフィットに従属を貫いてきた。どんなに横暴な事をされても、最後は黙ってイエスと言い続けてきた。


 そんな由良木が、こんな表情を見せるのは初めてだ。一言で形容すれば「冷徹」だろうか。紅潮とは対極に青白い頬、冷ややかな目つき。はっきりと怒っているのが見て取れる。


「What?」


 ベネフィットは煽りたてるつもりは無いのだろうが、嫌な言い草だった。


「こちらが先に発表させて頂く。大統領」

「ハッハッハ。やめておけ。たった今、君んとこのミスタートーゴ―が否定したんだろ?」

「今それを訂正させます」

「What? Are you OK? よくわからないが、こっちは電話が終わったらすぐ撮り始めるからな」

「All right. Mr.Benefit, I understand. Thank you」

「Yuragi?」


 由良木は自ら電話を切った。伊端は目を丸くして由良木を見つめた。


「総理、そんな事して良いんですか。後で何を言われるか」

「今すぐ訂正紙挿してこい!」

「今はまだ会見中ですよ!」

「もう後戻りできないんだよ!」


 由良木は伊端に厳命した。会見中に乗り込んででも在日米軍の撤退を公表せよと。


 伊端は承知しましたと折れ、たまたま会談に居合わせていた、飯森裕幸首相秘書官(事務担当)(54)に原稿の作成を頼み、急ぎ嘉納官房副長官の元へ向かった。


 何としても、官房長官の会見が終わるまでに訂正紙を挿さねばならない。



同日 官房副長官執務室


「嘉納さん、総理が先程ベネフィット大統領と電話会談を行いまして、事態を受けて、大統領が今日にも在日米軍撤退を発表すると。それで総理が、今東郷長官が記者会見で否定した途端にそんな事されたらとんでもないから、今から訂正させろと」

「今会見中だぞ。割って入れと言うのか」

「その通りです」

「無茶言うな君は。それは勝手に割り込むなど、私に出来る話なのか。報道官を呼んでくれ」

「そんな時間はありません。こうしている間にも会見が終了しては元も子もありません」


 伊端は急いでいた。由良木の並々ならぬあの冷徹な表情が、自分に向けられることはあってはならない。その為には一秒でも早く訂正紙を挿すのだと。


「わかった。行こう。原稿は持っているのか」

「エレベーターで飯森さんから受け取ってください。申し訳ないですが、目を通す時間はありませんから、もし何か誤りとかがあっても、長官のアドリブ力に委ねましょう」


 伊端は、渋る嘉納をドアを開けて誘導した。2人は走ってエレベーターへ向かい、5階から1階の記者会見室へ向かった。嘉納は、エレベーターを降りたところで飯森から手書きのメモを受け取った。


「字もっときれいに書けなかったのか」

「すみません。時間が無くて」


 官僚上がりの人間は、平時に強いが、非常時に弱い。それは飯森も同じだった。



同日 官房長官定例会見(午前) 首相官邸記者会見室


「それについては、官民一体となって…」

「官房長官。会見中に失礼致します」


 東郷は嘉納の方を何事かと見た。嘉納は記者会見の壇を小走りで上がり、東郷に耳打ちした。


「状況が変わったようです。今はこれをお願いします。詳細は後で」


 嘉納はメモを手渡した。東郷は瞬時にメモに目を通し、そして読み終わらぬうちにも話し始めた。ファ!?という感情を抑えながら、出来る限り平静を保って。


「えーただいま入った情報によると、非公表の日米電話首脳会談を今行い、ベネフィット米大統領より、在日米軍について撤退する旨伝えられたとのことです」


 文字通り会見室はざわついた。白濱保雄内閣広報官(67)はこの会見の司会を務めていた。白濱は東郷を見やり、会見の中止を目で訴えた。東郷もこれに気付いた。


「事態急変のため、記者会見を終了します」


 東郷はそう言って、スッと頭を下げ会見室を後にした。


「誠に申し訳ございませんが、事態急変のため、東郷内閣官房長官によります定例会見は、これを持ちまして終了とさせていただきます。午後の会見の実施の可否等、今後の詳細及び続報につきましては追ってお知らせ致します」


 白濱はそう言って東郷の後に続いて、総理執務室へ向かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ