一ノ瀬の正体。
特別顧問会議の後、春日飛雄は独自の構想をまとめ上げ、今孔明から許可を得て渡米した。
「ホワイトハウスで今何が起きているのかを詳細に把握するのも君の仕事だ。例えもし国内の不穏を解決できたとしても、核ブラフ作戦においてホワイトハウスに不穏があるようでは困るからな」
八神の関心事はホワイトハウスの事だった。彼は大和龍臣首相からの絶大な信頼を得ていたから、彼の段取りに合わせて日本を動かすことに不安は無かった。しかし、1万kmも離れたワシントンを意のままに操ることは当然だが至難の業である。
それを可能にするためには、ベネフィットが強大な力を持ってアメリカを主導的に動かす状況が必要不可欠であった。ベネフィットの思考回路は簡単に読めるので、それを誘導することはさしたる困難ではないのである。だが、ベネフィットの決断を邪魔するような存在や、それが佞臣によって捻じ曲げられる事はあると困るのだ。
春日飛雄がワシントンに降り立ったのは12月17日である。クリスマスまで約一週間、年明けまで約二週間という年末ムードの中で、春日は徹底的なホワイトハウスで起きる不穏についての調査を開始した。
12月13日に行われたアメリカ国家安全保障会議以降、ベネフィット米大統領は、連日長時間に渡り、ビトレイヤー国防長官について極秘で行われている調査の報告を受けていた。
主にベネフィットの話し相手となったのはセルフィッシュ国家安全保障担当補佐官であったが、その他にもCIA長官など大統領に直属する機関の人間が良く大統領府に出入りしていたとされている。
「ビトレイヤーが会ったと言っていた鳥羽光希の正体がわかった?」
「ええ。どうやら防衛研究所から大和首相が抜擢したとのことでして、特別顧問団の全員が、ついこの前まで防衛研究所の研究員だったと」
「なぜ彼らを見つけることが出来たんだ?」
「一ノ瀬副総理が大和首相に紹介したとの事です。ではなぜ一ノ瀬副総理が若き防衛研究所の研究員を知っていたかについてですが、興味深い事実が浮上しました」
この日もベネフィットに報告を上げていたのは、セルフィッシュであった。セルフィッシュのもたらす情報は日によって重要性が区々ではあったが、たまたまこの日は重要な情報をベネフィットにもたらした。
「一ノ瀬康世という人物について良く調べましたところ、防衛政務官を務めていた時期があったようでして、その時に日本の安全保障問題についてかなり肩入れした。具体的には、その当時、米国からの軍事的独立を目指す計画がトップシークレットで動いていたようなのですが…」
「ほう?それは中々今の我々がやっている事と重なるところがあるな。それで?」
「これには驚きましたが、防衛研究所にその計画を移送するのを指示したのが、当時の防衛政務官、一ノ瀬康世副総理であったということです。今も、防衛研究所でその研究を続けているチームがいるとのことで、ひょっとするとそれがあの特別顧問団なのではないかと疑っております」
「!」
「一ノ瀬副総理が、防衛政務官を離れて以降も、ある程度防衛研究所の研究員とつながりがあって、だからこそ大和首相への紹介につながったと考えることも出来るでしょう」
ベネフィットは一ノ瀬康世という人物がビトレイヤー国防長官と内通している線をかなり疑っていた。それは一ノ瀬が先の日米首脳会談の前に、在日米軍撤退について知っていたという事を聞いたからである。その意味で、一ノ瀬が防衛系の仕事に携わっていたとなれば、何らかのきっかけでビトレイヤーとの接点があったとしても何ら疑いはないではないか。
ベネフィットは調査の継続をセルフィッシュに指示した。




