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開戦の好機。

 ビトレイヤー国防長官がホワイトハウスに訪れ、ベネフィット大統領と面会したのは、先の鳥羽光希安保対特別顧問との会談の翌日、すなわち12月11日である。


「非公式にですが、日本の安全保障の舵取り役を自称する輩がペンタゴンにやって来まして、何でも拉致被害者を奪還する最後の機会だと言って、在日米軍には自衛隊と共同で北に攻撃してくれとお願いに来ましてね」

「そいつは一体なんて奴だ」

「鳥羽光希と申しておりました。非常に若かったです。日本の安保対の特別顧問とのこと」

「ほう…ジャパンか」


 ベネフィットはビトレイヤーが日本の一ノ瀬副総理と何らかのつながりがあって、情報を漏洩しているのではないかと疑っていたから、まずはビトレイヤーが誰と会っていたのかについて確認して置きたかった。ひょっとして、セルフィッシュの言っていた、最近官邸に出入りし始めたという噂の奴か?


「随分乱暴な事を言うものですから、毅然と突っぱねてやったのですが、受け入れぬとなれば核武装も辞さぬと」


 ベネフィットは「核」という単語に敏感な反応を示しかけたが、ぐっとこらえた。


「それで報告しに来たのか」

「ええ。何か問題でしたか」


 ベネフィットはいつものように頭の中でバランスシートを組み立てた。メリットとデメリットを勘定して利益があるか、だとしたらどのくらいの大きさかを判断する。まさに彼の思考回路、行動指針そのものと言える。


 しかし、この時そのバランスシートに若干の感情が入り込んで、少なからぬ一方への肩入れ、世間的にはいわゆる粉飾が行われたことは否めなかった。事実、ベネフィットが若干高揚している様子を、ビトレイヤーの視覚は確認できたから。そしてそれを国防長官は怒気と捉えた。


「わざわざお伺いを立てて悪うございました。私の裁量で却下すれば良い事でしたね」

「いや、違う。むしろ来てくれたのは正解だった」

「…」

「これは極めて重要なことだ。NSCを開く」

「そ、そうですか」


 ビトレイヤーはベネフィットのリアクションを読み違えたが、結果としてそれは良かった。しかしより大きな関心事が発生してしまう。


「なぜNSCを開くほど大事なのだ?」



 12月13日、米ホワイトハウス地下、オペレーションルームにおいて米国家安全保障会議(NSC)が開かれた。建国以来、恐らく数百回は行われたことがあるだろうが、その中でも5本の指に入る程には、重要なNSCであっただろう。それを会議の始まる前にわかっていたのは、ベネフィットとセルフィッシュくらいだろうが。


「諸氏。ジャパンから面白い通達が来た。彼らはあろうことか、共に拉致被害者の奪還をしようと要求してきたのだ。しからざれば、核武装すると。かの国がこのような脅迫めいた手段を取れるとは驚きだ。普通なら、自分のことは自分でしなさいと子供を叱る親のように当たりたいところだ…」


 おそらくベネフィットが何を言おうとしているか理解していたのは、セルフィッシュ安全保障担当補佐官だけだろう。


「しかし、これはある意味好機だ。各々考えてもみよ。我らUSAは、チャイナに足を救われんとしているではないか。現に新しい科学技術の特許を見てみろ。どれもこれもチャイナばっかりが独占しているではないか。あるいはもはや、この中に誰かスパイが紛れ込んでいようとも私は驚くまい」


 ベネフィットはチラりとビトレイヤー国防長官を見やったが、対象の側は気付かなかった。


「ジャパンによって大きな大義名分がもたらされた。他国の国民を連れ去る、邪知暴虐なるロケットマンに対して、罰を与えるのを手伝って、誰が白い目を向けられようか!無論、本丸はそこではなく奴のバックだ。つまりチャイナが黙っていられるはずがない。間違いなく参戦してくるだろう」


「これを米中開戦の好機と言わずして何と言うか!」


 ベネフィットが専制君主の如き語り草を見せたのはこれが初めてだった。


「いつになく大統領は興奮している。誰かが慎重論を唱えるはずだ。具体的には、副大統領、国務長官あたり…」


 ビトレイヤー国防長官は心の中でそう呟いたが、全くの的外れであったとしか言いようがない。


「賛成」

「大賛成」


 オブザーバント副大統領とホープ国務長官はベネフィットに賛意を示したのである。そしてセルフィッシュの発言が最終的な決定を誘導する。


「私も賛成だ。これで大統領を含めて過半数が賛成を示した事になる。そして、確かこの国は民主主義のはずだが」


「セルフィッシュ。我が意を得たり」


 極東の小国はこの頃、安保改正法案の審議の真っ最中であり、野党議員の掲げるプラカードには強行採決反対の神聖六文字が躍る。彼らがもしオペレーションルームにいたならば、何を思うのだろうか。

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