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アナザーブラフ。

 作戦の第一段階が実行に移されたのは12月7日である。いや、移されたというよりは、白日の下に晒されたという方が適切だろう。


「3日経ったが、陽動はうまくいった。いや、上手く行き過ぎたというべきか…」


 八神海斗はそう呟いた。陽動とは先の連続投稿騒ぎであった。和服の天才は連続投稿の話題が収まる気配の無い状態で作戦の第二段階に移る事に慎重であった。これについては、第一段階担当である月詠蒼明の成果として評価されるべきなのだろうか。


「月詠は淡々と仕事が出来る奴だが、自分の担当区域で最大効率を目指しているのであって、全体を見て成果を調整する事を知らない。しばしば八神の想定を大きく上回る成果を叩き出すが、何事でもやりすぎは悪というものだ」


 記録家の風見岳人は手記にそう綴って、月詠に対する否定的な見解を述べている。


「鳥羽、核ブラフ作戦の第二段階を始めてくれ。だが若干の変更を加える。つまり…」


 鳥羽に八神は耳打ちした。


「イエッサー」


 お世辞にも上手とは言えない発音だったが、八神は気にせず鳥羽に行かせた。




 同じく10日、米ホワイトハウス内では大統領のベネフィットとその安全保障担当補佐官たるセルフィッシュによる話し合いが持たれた。報告の場という方がふさわしいだろう。


「ビトレイヤー国防長官について、何かUSAに害をなすような動きは見られたか」

「今のところは特にそういった様子は見られません」

「ならいいが、それより、チャイナに仕掛けるタイミングなんだが」


 脂ぎった顔のベネフィットはセルフィッシュを見やった。セルフィッシュは自分が発言を求められているものと解釈した。


「戦略レベルで見れば、相手との実力差を加味して、優位な今のうちに攻撃するべきかと」

「それで?」

「戦術レベルで見れば、まず機先を制する、つまり先制攻撃を加えたほうが有利となります」

「ほう…」


 ベネフィットはこの時欲していたのは、利があるかどうか、これに尽きていた。だからベネフィットは不機嫌になった。彼の行動原理は極めて単純である。


「ベネフィット大統領は自国利益を最大化する事、それだけが自らの決断の指針である。ゆえに彼の行動はほとんど予測が可能であったし、下手をすると別の人間やそれこそ影武者がベネフィット大統領を演じたとしても、誰も気づけなかったのではないだろうか」


 グレグソン国務次官補は後にメディアの取材にこう答えた。これには一言続きがある。


「在日米軍撤退は唯一の例外だが」



「セルフィッシュ。俺が聞きたいのは何月何日、チャイナに喧嘩を売るか。それだけだ」

「いささか難問ですな。そう言えば日本では謎の若い集団が官邸に入ったとか」


 セルフィッシュはベネフィットの扱いを心得ていた。つまるところ、話題の転換によって険悪な空気を打開する事であった。


「その者らが主導しているのかはわかりませんが、どうやら核武装に舵を切るようです」

「何だと?」


 ベネフィットは呆気にとられた。そして理性がセルフィッシュの言を完全に咀嚼し終えた時、彼は何かに取り憑かれたかのように、烈火の如く怒った。


「話が違うではないか!」


 実を言うと、セルフィッシュの言はかなり根拠が曖昧で、彼はただ単に核実験をしている噂がささやかれている事を又聞きで仕入れたのみだった。本人からすればベネフィットの思考を対中から対日に移すための口から出まかせであったのだが、ベネフィットのシンプルな思考回路はそれを真に受け止めてしまった。


「それでは全く戦力にならないじゃないか。ジャパンは!彼らに再軍備をさせて戦争に引きずり込めると貴様は以前申したではないか!全くアテが外れたもんだ!」

「いやでも、ひょっとすると、使いようによっては大きな武器になるかと思われますが」


 ベネフィットはセルフィッシュを見やった。セルフィッシュはやはり発言の続行を求められているものと受け取った。


「もし、あくまで仮にですが、日本が核武装するのならば、原子力潜水艦の利用が可能になります。対中戦争のシナリオの中で、北極海を航行させている米原潜を、ロシアのいる手前動かせるかどうかが問題視されていましたが、日本に原潜を作らせて配備させれば、たった一隻だとしても大きな戦力になり得るのではありませんか」


 ベネフィットはしばらく考えた。30秒ほど何も言わずにじっくりと思考を巡らした。セルフィッシュにとってはさぞ長く感じられただろう。


「君の言いたいことはわかった。それならむしろ原潜の母港提供を理由に米軍撤退の撤回を正当化出来るな。」

「仰る通り。プラスアルファでいっそ対中宣戦も早めてしまえば、誰も撤回に文句は言えますまい」


 在日米軍撤退は、ベネフィットにとっては全くもってブラフであった。完全な日本の再軍備を促し、将来対中戦争に参戦させることが真の目的であり、そのために本気で撤退するつもりである事をアピールする必要がある。そもそも在日米軍を撤退することに利益などあろうはずがない。米軍撤退のハッタリをかます事に利があるのである。


 その揺さぶりだが、結果日本の大和龍臣首相は再軍備せず核の抑止力によって安全保障を担保する道を選択した。これすらブラフであるのだが。

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