核の保有は認めない。
「在日米軍の撤退表明を受け、日本は自立を促された。与党自由党は、憲法改正の上で自衛隊を国防軍として再組織し、大々的に戦力を増強させる方針だったが、野党の同意を得られず頓挫した。撤退の期限迫る中、時の大和龍臣首相は、劇薬を的確に処方して日本を守ろうと画策した。それが、核ブラフである。彼がそれを投与する医師団に、全面的に政治屋ではなく若い研究者を頼った事は、行政の責任放棄ともとれる」
当時、西京新聞の政治部記者だった瀬川正憲は後に執筆する書籍『大和の決断 西京出版』でそう記した後、こう続けている。
「一方で、その薬の開発者本人が、臨床試験に参加しないのは明らかな責任放棄である」
官邸地下、オペレーションルームで行われた9人の若衆の協議において、最年長者である夏川綾斗が強調した事が一つあった。
「絶対に失敗は許されないよ。今までの研究成果の通り、まずは政府による核保有の表明から入ろう」
この無謀な策の根幹は、日本が核保有していると思わせることで、他国が日本を攻撃せんとした時に、これを抑止力でもって封殺することにある。今まではその役割を在日米軍に頼っていた訳だが、核と在日米軍は無論全く性質が異なる。それが核ブラフの運用を困難せしめる所以であった。
具体論としては、仮に本当に有事が起きて、その規模が自衛隊では抑えきれないところまで発展した際、在日米軍はこれに対して陸・海・空・海兵、による対処とその戦力の調節―何機飛行機を出撃させ、何隻の艦隊を出すか―が可能である。しかし核は「何発か」、しか戦術上の選択がなく、その上一発でも核弾頭を打ち込もうものなら国際社会からどのようなリアクションがあるか火を見るより明らかだ。
例えば尖閣諸島が某国に占領されたとき、在日米軍が日米安保に則って奪還に向かうならわかるが、報復として核攻撃を北京にお見舞いするのは度が過ぎている。よって「どうせ打ってはこないだろう」という妥当な打算をたてられ、抑止力として機能しない恐れがある。
そればかりかそもそも在日米軍は実在するが、核は実在しないハッタリなのだ。
「夏川さんの言には同意だが、もしハッタリが露見したらどうする」
花山晴仁が疑問を呈した。
「大富豪で、3しか手札にないのにジョーカーを持っているフリをしているようなものだ。露見したら投了しかない」
花山の向かいに座る春日飛雄が応じた。春日はその豪胆な見た目とは裏腹に、比喩的に物事を表現する繊細な感性の持ち主でもあった。
「いやまだだ。そこから革命をちらつかせる事も出来る」
「雄弁は認めるが、いささか青いな。手番が回ってこないだろう」
鳥羽光希の突飛な発想が炸裂するも、月詠蒼明の冷静沈着な指摘にあえなく撃沈した。
「確かにバレたら終わりだ。だが完全な確信に変わらなければ十分に脅威だ」
八神はさらに続けた。
「ゆえに私は今までの研究成果を基に作戦を遂行する前提の上で、一つだけ変更を加えたい。これは花山君が言ったようにもしハッタリだと露見しても、ギリギリ最後の0.01%だけ疑いを残しておくための保険だ」
「それはどんな?」
花山が皆の心情を代弁したように思われる。
「その変更とはつまり、政府は、核の保有を認めない」
「ほう…?」
夏川の第一声はこうだった。研究成果への絶対の自信が一か所傷付けられた事に対する反感は若干あったかもしれないが、それを上回る八神への期待があった。八神なら、歴代受け継がれた、言ってしまえば「机上の空論」を、どう運用して見せるのだろう。
「これは総理に会ったときにも言ったのだが、結局のところ、核保有を認めるのは非核三原則との兼ね合いで世論、そして野党の反発を食らうし、そして露見した時に多大なダメージを負うことになる。ならいっそのこと、最初から核保有をオフィシャルには認めず、ただの噂として流す」
「ほう…本当に上手くいくのか?」
「仮に核保有を表明すれば、持っていない疑惑に対する説明を誤るとドツボに嵌る可能性がある。しかし、核保有を否定する立場に立てば、野党なんかが核保有の疑いを追及して、我々が骨を折らずとも、幻想世界の工作に専念してくれるさ。我々は一度背中を押せばいいんだ」
「それを見た外国が疑念を持つんだな。政府はウソを付いている。在日米軍が撤退した今、彼ら秘密裏に核を持てり。無論認めるはずもなく」
夏川は満足そうに八神に視線を向けた。疑惑が疑惑を呼ぶ構図を逆用してかつ、政府は一切嘘を付かない。諸氏も理解に数秒要したが、八神の策の何たるかをわかった。
「終始、何があっても政府は核の保有を絶対に認めない事。嘘を付くのは文明への背信行為だからね」
冗談めかした風見の発言だった。この八神の修正は、後に絶大な効果を発揮することになる。




