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日本史はおろか世界史の教科書に載るだろう。

「お前の国は、お前ら自身で守るべきだ。ミスターユラギ。戦力を持て」


 ベネフィットは澄まし顔でそう言ってのけた。


 由良木は当然仰天した。75年前の占領とは、二度と戦争のできない国を、二度と米国に歯向かえない国を作り上げ、まさしく日本を属国とすることが目的であったはずなのに、あろう事か自らその手の平を返すと言うのか。


 由良木は思い出した。かつてマッカーサーは吉田茂元首相に警察予備隊の創設を要望した事があった。その際、


「我が国には平和憲法がありますので」


 と、吉田は難色を示したという。元外交官として、中々皮肉に富んだ台詞だ。ならそれをぶつけてみようか。


「我が国には…」


 だが、ベネフィットは歴史を学習済みだった。


「平和憲法があるんだろ?」

「…おっしゃる通りです。大統領」

「キュージョーがあるもんな。でも解釈でどうにでもなるんだろ?」

「そう言いましても、広義には、歴代の政府見解や習律も含めて憲法なのです。例えば村山談話って知りませんか?あれは簡単には撤回出来ない」


 由良木の懸命な主張はベネフィットからすれば見苦しい言い訳だった。ベネフィットは国益を追求する事が是だという信念を持っていたが、なあなあで妥協して帰結点を見出す政治手法を良しとする信念は持ち合わせておらず、そればかりか悪とすらみなす節があった。


 彼は例え他国と利害が対立しても、国が堂々と自国の利益を追求する事は、大変健全で善い事だと思っていたから、そのケースならむしろ気を良くした。"vise versa"つまり逆もまた然りであり、「揺らぎ首相」とその優柔不断さをそしられる由良木のような存在は、全く共感出来ない、地理的にではなく人格的に遠く離れた存在なのだ。


「海洋国家を名乗るなら自国の海域にもっとプレゼンスを発揮すべきだ。自由で開かれた太平洋、インド洋を実現するべきなのは、USAでもチャイナでもなくジャパンだ」


 ベネフィットに詰め寄られ、由良木は困惑した。一般人が言うなら勝手だが、米国の大統領が、しかも本気でそう言うのなら、日本の安全保障を根本から覆す大問題だ。そもそも世界の警察を勝手に名乗り勝手に放棄するとは何と傲慢な。


「仰る事はよくわかりますが、大統領。しかし、まだ時期尚早ではないですか。国民が納得しませんよ」


 政権が吹っ飛ぶとは言えなかった。由良木は常に人の顔色を窺ってきた。時には先輩政治家、時には国民、時にはあの憎き霞が関の官僚ども!


 何故かと言えば、自らの地位を安泰たらしめるためなのだろうが、そんな人物に限って、絶対にそうとは認めないものである。口が裂けても、ベネフィットに保身を理由に拒否しているとは思われたくないのだ。政界における断り文句には、歴代の由良木に似た政治家が残してきた良質な蓄積と使用例があって、時期尚早とかは使いに使い古された表現である。


 拒絶したいのなら、「急に言われても困る」「そんな話は聞いてない」

 押し通したいなら、「もう決まったことだから」「○○君の言いたいことは良くわかるが、△△先生がへそを曲げる」

 とりあえず万能なのは、「誠意が見えない」「傷つけられた」「そんな事もわからないのか」「私の口からは何とも」


「唯一の欠点があるとすれば、これは目上が格下に対して使える技であって、相手を間違えると逆効果な点だ」


 そう霞が関の常用者は口を揃えて言うのだ。つまり、由良木は誤った。


「それは君らの問題だ。それと在日米軍は撤退するからな」

「大統領!?」


 由良木はベネフィットの意図が全く理解できず困惑した。いくら世界の警察をやめるからと言って、簡単に拠点を手放す事が有り得るだろうか?


「だから、日本は自主防衛が必要な状態に置かれるのだ。必要が君らの国民を動かすだろう。国が軍隊を持つことが認められないなど端からおかしな話だったのだ」

「急に言われても…」


 首脳会談と言うのはそれまでに事務方がある程度の擦り合わせを行って、その最終確認をする場であって、突然何か聞いてない議題が飛んで来る場ではない。トップ会談で決めたなんてパフォーマンスが殆どだ。


「一月後の11月4日に在日米軍の撤退はこちらから発表する。予定では年明けから在日米軍は撤退を段階的に始める。それまでに何らかの方策を立ててくれ」

「大統領、急いては事を仕損じると申しますが…」

「USAは戦力を再編成し今すぐにでもチャイナを叩かねばならないのだ。一刻の猶予もない!」

「思い付きで政策を決めていませんか」

「そうかな?こちらは準備万端だ。君らも本当は真の意味での独立、対等な同盟関係を、望んでいるのではないのかね」


 ベネフィットが()()()に突然この要求を突き付けてきた事は明らかだった。そして、由良木には、いつも自国の利益を第一に考えるベネフィットが、さも日本の利益も考慮しているかのような言い回しで迫ってくることが不思議だった。いつもの調子なら自国の都合で会談を振り回す男なのだが。


「わかりました。大統領」


 由良木は受け入れざるを得なかった。ベネフィットはここで初めて笑みを浮かべた。


「センキュー。ミスターユラギ」


 その後、由良木は同行していた嘉納官房副長官に伝えた。


「大変な事が起きるぞ。俺は将来教科書に載る政権になるだろうな」



同日 日米首脳による共同記者会見 同所にて


「それでは、ただいまより由良木内閣総理大臣、及び、ルドルフ・ベネフィット、ルドルフ・W・ベネフィット米国大統領によります、共同記者会見を行います。まず初めに由良木総理からご発言がございます。

(中略)

由良木総理、それではよろしくお願いいたします」


「まず、冒頭、米国ノースカロライナ州で発生した事件でお亡くなりになった方々のご冥福をお祈りし、

(中略)

ベネフィット大統領とは、何度も会談を重ね、胸襟を開いて、

(中略)

そして、さらにこの日米関係を、緊密な連携を加速していくことで、完全に、一致を、しました。(後略)」


 由良木は終始いつものトーンで発言するように心がけたが、原稿から目を離すことがほとんど出来なかった。先程の会談が由良木を動揺させているのは言うまでもない。


「続いて、ベネフィット大統領、よろしくお願いいたします」


「Well....Thank you very much and so this has been a truly enjoyable trip and one where we're accomplishing a lot(後略)」


 対照的にベネフィットは気持ちよさそうで、堂々とした、自信満々な話ぶりだった。やはり両者のコントラストは歴然としていた。


 プレスからの質問を受け、記者会見は終わった。これを持って二日間に渡る由良木の訪米の全日程は終わり、日本政府団は帰国の途についた。由良木の胸中には日本を揺るがす先の要求がうずめいていた。

 

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