三顧の礼で八神に会いに行くべきだ。
11月は終わった。米軍撤退開始まで残り一か月となった。
私と軍師は今日まで様々作戦を練ったが、やはり改憲の発議に至る3分の2は確保できず、手をこまねいていた。
ここまで来ると、メディアもそろそろ私に批判的な論調を取るようになった。大和政権はどん詰まりの状況であると知られたからだ。
コウヤンや鈴木が尽力してはくれているが、実績が無い事にはメディアは私を賞賛しえない。
つまり、政権発足から一か月以上経っても特に大きな進展が無い事が原因だった。なにより参議院での3分の2を制する為には民新党の同意が必要なのだが、それが叶わないのだ。
「総理、一ノ瀬大臣がお越しになりました」
「ヤマトン、元気か?」
「んな訳あるかよ。こちとらいよいよ打つ手無しだ」
「民新党の初瀬さんとは決裂したそうだな」
先日の党首会談で初瀬と会ったが、三時間に及ぶ説得も及ばず、決定的な決裂をもたらしたのだった。
「そうだ…そういえば」
「どうした?、ヤマトン」
「お前、前にどうにもならなくなった時、紹介したい男がいるって言ってたよな」
「ああ」
「今がまさにその時だと思うんだが。会わせてくれないか」
コウヤンはじっと俺を見つめた。数秒ほど考え、そして頷いた。
「良いだろう。ヤマトン、防衛研究所はわかるか?」
「防衛研究所。名前は聞いた事があるが」
「防衛省のシンクタンクだ。そこの研究員に八神海斗という男がいる。そいつが俺の紹介したい男だ」
「どんな奴なんだ」
「人呼んで今孔明。世紀の大天才。安全保障に関する知識、研究は日本、いや世界的に見てもトップクラスだろう」
「ほう」
八神海斗…か。不思議とその名前に強さを感じた。
「とても若く、聡明な感じのする男だ。一度会ってみると良い」
私は秘書の河西を呼び付けて、明日にでも八神を官邸に連れて来るように命じた。
「承知しました」
「いや、ヤマトンそれはやめておけ」
「どうしてだ?」
「あいつは来いと言われて来るような奴じゃないぞ。自分から敬意を持って訪ねて行った方が良い」
「何だと?俺は仮にも総理だぞ」
「だからこそだ。内閣総理大臣たるお前が、名の知られていない一介の研究員を訪れる事からこそ、向こうも無下には出来ないだろう」
「本当に孔明みたいじゃないか」
三顧の礼という言葉がある。後に蜀を建国する劉備は軍師を求めて、孔明の元に自ら足を運び出向くのである。孔明は三度目の訪問にしてようやく劉備と面会し、劉備に忠誠を誓うのだ。
「三顧の礼だ。それくらいの価値が八神にはある」
「ところで、お前はどこでそいつを知ったんだ?」
「それは言えない」
「何故だ?」
「それも言えない」
コウヤンは頑なに説明を拒んだ。私にはなぜそんな事をしなければならないのかさっぱりだった。
「その内わかるかもな。まあ俺は何でも知っている。また困ったら頼ってくれ」
そう言ってコウヤンは執務室を後にした。私は軍師を呼んだ。
「長官、入られます」
「どうした?いきなり呼び出して。その顔だと何か進展があったのか」
「さっき一ノ瀬と話しましてね。一ノ瀬が八神という逸材がいると紹介してきたんですよ」
「八神?誰だそいつは」
「何でも防衛研究所の研究員だそうで。安全保障についてとても詳しいので、助言を求めてはどうかと」
「専門家会議のメンバーにそんなのいたか?」
政府は安保対の諮問機関として専門家会議を設置し、10名ほどの安全保障の専門家、有識者を招集していたが、八神は名前すら挙がっていなかった。
「いません。それは無名の人物ゆえです。まだ若いとか」
「大した奴ではないのではないか?」
「ですが、もう我々だけでは手詰まりでしょう」
「それもそうだが、あの一ノ瀬が紹介してきたというのがどうも引っ掛かる」
「今は藁をもすがる思いで進むしかありませんよ。行きましょう」
「今から行くのか?しかも私を連れて、自ら会いに行くのか」
「はい。善は急げと申しますし」
「わかったよ。そこまで言うなら。おい。午前の予定キャンセルしてくれ」
「私もだ」
軍師に睨まれたが、気付いていないフリをする。




