3分の2が無いので発議出来ない。
11月7日(月)、私、大和龍臣が第100代内閣総理大臣を拝命してから、約2週間が経過していた。
「世界で一番平和な憲法なんでしょ?何でわざわざその看板を下ろすような事したいの?」
「いや私から言わせれば日本国憲法なんて落書き以下ですよ。有り難がるような代物じゃない」
官邸に着き、朝一番の予定は軍師との面会だったが、数分後ろにずれ込んだので、少々暇を持て余していた。
そこで、朝のニュース番組で、私の補佐官の鈴木が出る事を知っていたのでテレビを付けるとどうやら憲法改正についてコメンテーターに噛み付かれたようだった。
「当時の憲法問題調査委員会が、実用に耐え得るように手直したから何とかなっていますが」
「あなた何を言ってるの?」
「例えば前文を見てくださいよ」
「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する(以下略)」
「読みにくくて仕方ない。ゴミみたいな日本語です。前文は法律的意味はございませんから、GHQ草案をそのまま直訳したから読みにくいんですね」
「でも前文には国民主権、人権尊重、平和主義、素晴らしい事が書いてあるじゃないですか」
「あなたのその平和主義ってね?戦力を持ちませんよとなると、他国から攻められたら戦わずに降伏するんですか?国民の財産とか守るのが国の役割でしょ?憲法が国家の役割を否定してどうするんですか」
「この時代に攻められるなんて事ありませんよ」
「尖閣で毎日のように中国艦が来てるんですよ?」
「自衛隊とか海上保安庁がいるじゃないですか」
「米軍が撤退するとそんな規模では通用しなくなりますよ?」
相も変わらず不毛な議論をしている。
「ここで何ですが、最新の世論調査の結果を見て頂きましょう」
司会の男がフリップを持ち出した。
「憲法改正に賛成が45%、反対が47%、わからないなどその他が13%という結果になりました」
憲法改正には国民投票での過半数の獲得が必要となる。常々世論調査の結果は確認してはいるが、報道局によって数%ズレていて、実際に国民投票をやって勝てるか…判断に迷うところだ。
そもそも衆院は3分の2に届いているが、参議院で3分の2を取れないと、発議すら出来ないので国民投票以前の問題だ。私はテレビを切った。
つまりは野党が改憲に同意しない事には、詰んでいるわけだ。
「総理、東郷長官が到着されました」
「おはようございます」
軍師が到着した。挨拶もほどほどに、私と軍師は席に着いた。
「初瀬さんと昨日話してきました」
「どうでしたか」
初瀬達朗(62)。民新党の党首である。野党の第2勢力で参院では30議席ほどを保有していた。民新党が味方に付けば、参議院でも3分の2を確保でき、発議に漕ぎつけられる。
「やはり、発議には同意しかねると」
「東郷先生でも無理でしたか」
とは言ったものの、無理な話だとは薄々分かっていたのだが。
「改憲案について何かしらの意見は無かったですか」
「米軍が撤退した事を口実に9条を変えるなど許されないと。ただし誤植改憲には賛成という事でした」
「7条4項の改憲なら乗るという事か」
「その通り。総理、ここは一旦7条だけで改憲して、改憲のハードルを下げてから9条に取り掛かるのはいかがですか」
7条4項には天皇の国事行為の話で、「議員の総選挙の施行を公示すること」とある。しかし、国会議員の総選挙は存在しない。普通、衆議院と参議院の選挙は重ならないからである。
そもそも、衆参ダブル選挙を行ったとて、参議院は半数しか改選されないのだから、両院議員が総選挙されることなど有り得ない事になる。
そのため、これは誤植であり、総の字を取って「議員の選挙の施行を公示」と改めるべきだという主張が誤植改憲である。
「それでは米軍撤退には間に合わないではないですか。来年の1月から段階的に撤退を始めるんですよ」
「だからと言って…」
軍師は黙り込んだ。どうやら考えは一致し、結論に達したようである。
「米軍撤退までに新たな安全保障体制を構築するのは不可能だ」
私はその事実を打ち破るために総理になったはずなのだが。




