紹介したい切れ者がいる。
軍師のおかげで組閣の人選はトントン拍子で進んでいった。コウヤンは居ても居なくても変わらない気がしたがまあ良い。
「岡本君はどうしましょうか、東郷先生」
コウヤンが軍師に尋ねた。岡本は42歳と若く、由良木内閣において、軍師の推挙によって初入閣した人物だ。
「そうだな。あいつはまだまだ修行が必要だ。党の役員に回すべきだと思う」
「となると、幹事長代行とかですか」
「幹事長代行も良いが、大和さんの元で修業を積ませたいな。総裁特別補佐に就かせたい」
「それだと格下げになりませんか」
「私が良く言い聞かせておく。真面目にやればまた引き上げるとな」
「では、そう致しましょう」
私は一つ疑問があった。軍師はなぜそこまで岡本に強く期待し、後見人のように振舞うのだろう。由良木内閣での抜擢人事は何故なされたのだろう。
「東郷先生、岡本君をこの前大臣に推挙したのは何故ですか」
「ゆくゆくは私の後を継ぐからだよ。それまで何十年かかるかは知らないが」
「それは新政研究会のですか」
軍師が会長の、新政研究会は自由党第二の規模を誇る派閥だ。
「そうだ。私の次の次かそのまた次くらいには、彼が新政会の会長になるだろう」
「じっくり育てていると」
「そうだ。自分の次を育てるのではなく、次の次くらいをちゃんと見ておくのが良いのだ」
分かった。次代は自分を早くどいてくれと思っている訳だが、次次代となると、自分と敵対する心配は無いし、むしろこちらの都合良く扱えるという事か。
「えっ、次じゃないんですか」
コウヤン、お前は無能なのか?財務大臣なんかやらせて大丈夫だろうか。
「鉄は熱いうちに打てだ。どんなに遅くても初老、つまり50になるまでに育て始めないと、既に政治家としての自我が固まってしまっていて、手の施しようが無くなる」
「なるほど」
「ましてや、次代なんて、俺の言う事を聞いているフリをして失脚させに来るような奴ばっかりだろ」
人事の東郷とは言うが、教育の東郷でもあるかもしれない。学校の先生になれば、さぞ名教師と讃えられたに違いない。
「そろそろ話を戻しましょう。石田先生ですが、留任させたいと思います」
「あの紳士か。あいつは緊急時に駆け付けるのが遅いからあんまり好きじゃないんだよな」
「そう言えば石田さん、自宅で身なりを整えてたから来るのが遅かったとか聞きましたよ」
「何!?それは本当か」
「ええ。秘書からこっそり聞きました」
「お前何でも知ってるな」
コウヤンの人脈は侮れない。あらゆるルートからあらゆる情報を日々聞き出している。
「ああ。何でも知っている」
それを聞いた、軍師の目が光ったように見えた。何か思い当たることがあったのか。
「一ノ瀬君。君、安保問題について知ったのいつ?」
「第一報は、9月末には聞いて、詳細を知ったのは今月の10日あたりですかね」
「何だと?君は日米首脳会談の前にもう知っていたと、そういうのか。誰から聞いたんだ。米国か?」
コウヤンは無能ではない。プロだ。情報通という意味ではだが。日米首脳会談前にそれを知っていたとは驚きだ。
聞いた話によると、米国の外交部、国務省が安保問題について知ったのは、局長級会談でつい最近と、先方のグレグソン国務次官補が言っていたらしい。
仮にそれより早く知っていたともなると、恐ろしいレベルだ。
「ええ。まあ。でも詳細は知らなくて、ところで先生は、閣僚懇談会の時に安保の件について初めて聞かれましたよね」
「ああそうだ」
「その懇談会の後、詳細を知りました」
軍師の目が細くなった。
「一ノ瀬君。君はそれを誰から聞いたんだ?閣僚懇談会に参加した者のうちの誰か、もしくはその秘書のうちの誰かだろ?」
「それは、言えませんよ」
コウヤンは困ったなぁという顔を浮かべた。しかし、軍師は全く追撃の手を緩めない。
「では、質問を変えよう。そこで聞いた話を誰かに話したか?」
「いえ、先生方誰にも、お伝えしていません」
「そうか。まあそうだな。君が誰かに話したのなら、第一報を受けた時にもう話が広まっているはずだものな」
軍師はここで手を引いた。長年の付き合いのある私から言わせれば、コウヤンが言いふらすなどもちろん有り得ない。
「では、話を戻して組閣に戻りますが、外務大臣と防衛大臣を入れ替えたいと思いますがいかがでしょうか」
「成瀬と浜田か。成瀬のランクが下がる事になるから、連絡を入れといた方が良い。私がやっておく」
「あ、」
「ん?どうかしたかコウヤン」
「いや、防衛大臣なんだけど、良い人を知っている。多分東郷先生もノーマークだと思うのだが」
「誰だ?党の議員は大体把握しているつもりだが」
「いや、議員ではなくて」
「民間人か。それは、国民から疑問視されるからあんまりやらない方が良い」
「まあそうですね」
「では入れ替えという事で」
その後、組閣作業は進み、12時頃、コウヤンが明日早いからと言って、先に帰った。軍師は残った。コウヤンは去り際にこんな言葉を残した。
「ヤマトン。もしどうしてもこの先内閣が立ち行かなくなったら、紹介したい切れ者がいる」
「さっきの民間人か」
「ああそうだ。じゃあな」
帰り際にも触れてくるとは、少し気になったが、今は組閣に集中だ。




