党内宥和だの言ってる場合でしょうか。
「次の首相はこの中の誰が最もふさわしいだろうか?」
沢渡は言った。場にいる7名はそれぞれを見渡した。この時部屋の中にいた7名は以下である。
1.沢渡総理臨時代理
2.東郷官房長官
3.酒田幹事長
4.都倉総務会長
5.大和政調会長
6.一ノ瀬国対委員長
7.友利選挙委員長
「まず今居ない者は除外するという事ですか」
「じゃあ誰がいるんだい」
「まあそれはそうですが。例えば成瀬外相とか」
東郷の質問に、都倉は一応の指摘をした。しかしまだ成瀬は閣僚としての経験も浅く、後々首相になる可能性はあれど、次の首相に相応しいとは思えない。
やはりこの7名から決めるのが妥当だろうという空気だった。
「逆に、長官はいかが思われますか」
都倉は東郷にボールを投げた。東郷は考え込んだ後、
「話し合いで首相を決めるにしても、密室謀議とか言われないためには、誰もが納得できる基準に則るべきだとは思う」
「基準とは一体…」
「自由党の総裁に次ぐ地位は幹事長だ。ナンバー2が後継するのがふさわしい」
東郷は客観的に、合理的な選出という立場に立って、酒田を挙げた。
「ですが、由良木と私は同じ水鏡会に属する訳でして、党内から批判を招きはしませんか」
「党内ねぇ…」
「そもそもここで決めた結論が両院総会で受け入れられますか。また水鏡会から出たら納得しないでしょう」
酒田の言はつまり、国民やメディアの機嫌を窺うのも大切だが、同時に党内をまとめ上げる事も大切だという事である。
「ちなみにですが、解散総選挙はしないという理解で良いですよね」
「しないというか出来ない」
一ノ瀬の質問に友利選対委員長が答えた。
「臨時代理の職権として、解散総選挙は総理の一身専属的な権限だから出来ない。予算編成や条約締結、防衛出動は可能と言うのが、法制局の見解だ」
「第一、そもそもこの非常時に選挙をやってる暇はない。ここは党内事情優先の人事で良いんじゃないか」
臨時代理はそう補足した。
「じゃあ、言った側から悪いけど酒田くんは…」
「全然大丈夫ですよ」
非常時に首相をやりたくないという本音が酒田にはあった。いや、酒田には留まらず多数がそう思っていたかもしれない。
総理の座の押し付け合いは、今に始まったことではない。
例えば明治期に自由民権運動が盛んになった頃は、今やっているように、元老による押し付け合いがなされていたという。
「お言葉ですが、今は未曾有の危機に瀕している状況です。党内宥和だの言っている場合でしょうか。速やかに後継を決め、一刻も早く組閣に移るべきではないですか」
ここまで黙って議論を聞いていた大和が口を挟んだ。
「この危機を乗り越えられるかどうか、これを基準に選ぶべきです」
正論に場は少々和やかなムードから静まり返った。大和の真剣さがそうさせた。
「経験が豊富な沢渡先生ではいかんのですか」
「私は74だぞ。到底、首相の任には堪えられない。むしろお前がやるのはどうだ」
「私ですか…」
大和は自分に話が回って来て少し黙った。沢渡が大和を推したのだ。
「この中でも大和君は若いし、この難局を乗り越えるのは君しかいない」
「そうだ。体力もある」
「何でも、官邸にいち早く来たのは君だそうじゃないか。走って来たと聞いたぞ」
酒田、都倉、友利は賛成に回った。そして、一ノ瀬は大和とは盟友であり、無論賛成の意向を見せた。では東郷はどうだろうか?
「確かに、君はいの一番に来たな。中々やるとは思ったが、最初からこうなる事を予見して、急いで来たんだろ?」
「流石ですね東郷先生。仰る通り。是非この私にやらせて下さい」
「うむ。その一言を待っていた。実は公益党から事前に連絡を受けていて、大和君が適任だと伺っていたんだ」
「そうだったのですか」
「うむ。全力で後押しさせてくれ。という事で、皆さんいかがか」
「異議なし!!」
かくして後継は大和として位置付けられた。




