次の総理は誰が最も相応しい?
第二章 組閣
同日 首相官邸
「石田先生がたった今到着されたとの事です。これで閣議のメンバーは全員揃った形となります」
その報告が東郷に入ったのは、大和が着いてから実に1時間後だった。ここから見てもいかに大和の到着が早かったかがわかる。
「やっとか。よし大会議室に行くぞ。記者も入れて良い」
東郷はいそいそと大会議室へ向かった。後ろには官房長官秘書官の家村は元より、首相補佐官らが続いた。
大会議室に入った時の席次で一悶着起きたが、由良木の席には副総理たる沢渡が座り、東郷は官房長官の席に座った。
「お集まり頂きありがとうございます。今朝方、由良木総理が倒れ、救急搬送されました。現在、容体は悪く、懸命の救命が行われています。総理が一刻も早くご回復する事を願います」
東郷は一呼吸置いた。
「付きましては、内閣法第9条に基づき、総理臨時代理として沢渡直哉副総理が職務を代行する事と致しますが、よろしいですか」
「異議なし」
「では、協議を終了します」
総理、及びその臨時代理不在では『閣議』は開けないと定まっている。大会議室で行われたのは、内閣法に基づく臨時代理の選出とその確認をする『協議』であった。
「どこに搬送されたんだ。総理は」
「順天堂病院とのことです」
「主治医を連れてきてくれ」
同日午後 主治医との面会 総理執務室
「脳梗塞ですね。意識もなく、昏睡状態にあります」
「いつ治るんだ。それが聞きたい」
「難しい質問をされますね」
主治医は何秒間か沈黙した。沢渡は主治医が自ら話し始めるのを待った。
「少なくとも、明日明後日に回復して、公務を普段通り出来るようになる容体ではありません」
「やはりそうですか」
「申し上げにくいですが、最悪の場合、一か月ほど寝たきりになって最後は亡くなる可能性もございます」
「怖い病気ですな」
「いかに早く救急隊が駆け付けられるかがカギなのですが、何せ渋滞ですとか、警備の方もいらっしゃる」
「官邸まで来るのに一苦労と言う事ですな。大体わかりました。わざわざありがとう、何とか、よろしくお願い致します」
「全力を尽くします」
そう表明して、主治医は執務室から去った。陳腐な言葉だが、心配する人の心を救ってきた言葉でもある。
沢渡は由良木の盟友であった。副総理兼財務大臣という地位はその証であった。沢渡は霞が関の中で最も由良木の回復を願っていたに違いない。
「伊端くん、党の人たちもそろそろ集まっているだろう。重役を執務室に呼んでくれ。あと東郷さんも」
「承知しました」
臨時代理はそう指示した。順天堂病院の方角をじっと見ながら。
同日 党重役との面会 総理執務室
場に会したのは、沢渡臨時代理、東郷官房長官、酒田章宏幹事長(72)、都倉政義総務会長(69)、大和政調会長、一ノ瀬国対委員長、友利選対委員長の7名だった。
「どうぞ、お掛け下さい」
東郷が着席を促した。
「知っての通り、由良木首相が倒れられました。今しがた主治医の方にお話を伺ったところ、意識不明で、少なくとも明日明後日に復帰出来る状況ではないとの事でした」
沢渡がそう言うと、部屋は重い空気に包まれた。一国の首相が欠けた事実は重みが違う。
「となると、総辞職ですか」
しばらくの沈黙の後、東郷は言った。それが慣例だからだ。なぜなら、臨時代理は職務執行内閣として、次の首相が決まるまでのあくまで「臨時」であって国会で指名された訳では無いからだ。
しかし、臨時代理が事前に決められていない場合、首相が意思疎通出来ない場合、誰が臨時代理に就くのか、その正当性はどこにあるのかが大問題となる。故に臨時代理は必要なのだ。
「左様、そのつもりだが、後継の首相、自由党総裁を誰にするかをここで決めたい」
「ここでですか」
「そうだ。政治空白を避けるためだ。総裁選は両院議員総会で明日にも行う。次の首相はこの中の誰が最もふさわしいだろうか?」
密室謀議であった。沢渡の言はつまり、この場で後継を決定し、明日の議員総会で議決するという事だ。そして国会の本会議の指名を受けるという事になる。
この会談の参加者は、マスコミに『7人組』と呼ばれることになる。
大和の、山が動く予言は的中した。




