由良木は倒れ、東郷走る。
10月18日に安保対が発足。安保特命大臣を任命して以降、内閣府は師走を迎えたかのように慌ただしくなり、その総理たる由良木には重圧がのしかかっていた。
首相周辺では由良木の体調を心配する声が上がり、マスコミもその情報をキャッチし、官邸入りする時、由良木はしばしば記者から体調について問われたが、その度に由良木は問題ないと繰り返していた。
「総理、少しお休みを取られてはいかがですか」
首相秘書官の伊端もよくそう上申したが、決まって由良木は、
「示しがつかないだろう。それより次の面会は誰だ?」
などと言っていた。しかし強いストレス、それから満足に寝ることも出来ない生活などもたたって、限界が表れる事となる。安保対発足後、約一週間後のことだった。
10月26日(水)朝 首相官邸
それは、由良木が私邸から官邸に現れ、5階にある自身の執務室に入った途端の事だった。
「ぐっ……」
突然の激痛であった。由良木は胸のあたりを抑えてうずくまった。
「総理!?総理大丈夫ですか!?」
「苦、しい…アァァァ、ウゥ」
伊端はすぐに由良木のそばに駆け寄った。由良木は数秒間呻いて意識を失った。伊端は初めて意識を失った人間に触れた。意識の無い体はとても重く感じると以前テレビで見た事があったが、それを身をもって感じた。
「総理!?誰か!総理が倒れた」
伊端はそう叫んだつもりだったが、あまり声が出なかった。
「救急車を呼んでくれ!」
同行していた飯森首相秘書官はそう言って執務室を出て行った。そして職員らに由良木が倒れた事を叫んだ。そばに居た職員が119番をし、医療に明るい職員若干名が執務室に入り脈を測るなどし、そうしている間に「由良木倒れる」の報は官邸中に広まっていった。
「おい伊端、お前人集めてこい。お前が総理のそばにいても何も出来ないだろう?その他誰か手の空いている者、こいつに協力してやってくれ」
東郷が事態を聞きつけ執務室に入って来たのだった。伊端は頷き、秘書官や補佐官同士で担当を決めて電話で閣僚や、ありとあらゆる重鎮を呼び集めた。
「斯波さんは自由党の役員クラスの方々に連絡をお願いします」
「了解」
「もしもし、斯波でございます。おはようございます。大和先生いらっしゃいますか!?変わって頂けますか、すいません」
政調会長たる大和龍臣の元に、至急官邸にとの要請が行ったのは当然であった。その頃には既に救急隊が到着して由良木が搬送されていった。官邸のエントランスホールでは各社の記者が情報収集に当たっていた。各局ではニュース速報が流れた。
「ニュース速報 由良木首相が救急搬送 意識不明」
朝のニュース番組はこの話題に釘付けとなった。
「臨時の閣議だ。大会議室に閣僚を集めて、党の役員とかは南会議室で待っててもらってくれ」
東郷の指示だった。官房長官が現場の指揮を執っていた。首相がその業務を遂行できなくなった際に置かれる総理臨時代理は事前に順位が決まっていた。由良木内閣においては沢渡副総理兼財務大臣、東郷官房長官、成瀬外務大臣、安芸雅史総務大臣(67)、浜田防衛大臣という順位であるが、沢渡はこの時現場に向かっている途中であった故に、東郷が指揮を執っていたのだった。
「長官。まだ閣僚は誰も到着していませんが、大和先生が到着された模様です」
「もう来たのか?連絡してから5分少ししか経ってないぞ。中々やる男じゃないか」
「お会いになられますか」
「いや返って叱責されそうだからやめておく。お前がこんな所に顔を出す場合かとな。あいつは先輩後輩関係なくそういう筋の通った態度を取る奴だ。代わりにお前が見に行ったらどうだ」
「仰る通りです。私少し下に降りてきます」
斯波はそう言って階下に降りた。そこで大和を見かけたので、本当に来たのかと実際に見て驚いた。
「先生、もういらっしゃったのですか。3階の南会議室にお願いします」
と言ってすぐに5階に戻った。忙しそうに見せておかないと叱責されるかもしれないからだった。




