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私は、世界の警察をやめる。

 戦後、日本の安全保障は、唯一の同盟国たる米国に依存してきた。


 いわゆる「核の傘」によって日本は、資本主義陣営、ブルーチームの最前線に置かれ、自国の領土を米軍に基地として献上し、他国の脅威から守られていたのである。


 しかし、1989年12月3日、マルタ会談が開かれ冷戦が終結。共産主義陣営、レッドチームは解体され、米国は冷戦に事実上の勝利を収めた。


 それと同時にこの日本の安全保障の枠組みを再検討し、最終的に軍事的な独立を目指す計画が、極秘裏に進行していた。


 この「日本独立計画」は、防衛庁の統合幕僚監部で立案され、その計画の存在さえもトップシークレットとされた。


 その後安全保障について防衛庁のシンクタンク的役目を担う防衛庁防衛研究所へとこの計画は移送され、「安全保障(対同盟国)のあり方に関する研究(仮称)」として継続していく事となった。。。


 そして、それから約30年の時を経て、ついにこの計画が日の目を浴びる時がやって来るのである。



第一章 末期

 2022年10月4日、ホワイトハウスにて日米首脳会談が行われた。表向きには日米同盟の強さをアピールするものだが、実態は大きく乖離したものである。


 報道される映像を注視すれば、委縮させられている日本の由良木恭輔首相と、屈託ない笑顔の裏に()()の二文字が刷り込まれた体格の良いベネフィット米大統領とが、息苦しさを感じる程のコントラストとなって見えたに違いない。


「通訳抜きで話したい」


 プレスが去った後、席上で単刀直入にベネフィット米大統領はそう提案した。膝を突き合わせたマンツーマンでの会談に、あまり良い思い出の無い日本の由良木恭輔首相なのだが、狼狽を完璧な表情筋の管理で隠し、むしろ微笑を讃えて応じた。


 通訳が部屋を出るや否や、ベネフィットの穏和な表情は豹変した。教師が出て行くのを見届けてから、いじめっ子が跋扈を始めるのと何ら差異はあるまい。


「これは、前から再三再四伝えているが、ジャパンにある我が軍の駐留費は、良い加減に日本側が全額負担してくれ、ミスターユラギ」

「そうですね…」


 利益主義者のベネフィットは、就任以来演説してきた。


「同盟国として、ジャパンは片務的だ!ジャパンは、紳士とは言えない!」


 これを日本の行政語では、しばしば「遺憾である」と訳すのだが、前者と後者では、言葉に込められた圧力が段違いであったし、何より遺憾の意を表して話が終わるベネフィットではなく、


「しかるに彼らには以下を求める。すなわち…(以下略)」


 必ずベネフィットはこのように具体的な要求をして、その度に外務省当局は震え上がったものである。


 ただし、日本が華麗に要求をいなす術を心得ていたのも評価されるべきである。再三に渡る要請を前向きに検討とか、方向性をもって検討とか、持ち帰ってしっかり協議するだとかで圧力をかわすのは、外交が弱いと評される極東の小国が持つ、唯一無二のお家芸であった。


 しかし由良木は命運の尽きるのを感じ取った。ベネフィットの鬼のように厳しく、そして針がごとく鋭い表情を見る限り、もはや小手先の回答は許されないようだったから。


「7500億円が1兆円になるのは、無理な話ではないだろう。それとも属国の汚名はむしろ心地よいのかな」

「いや大統領、率直に申し上げますが、防衛費はただでさえ限界なのですぞ」


 駐留経費は防衛費から支出される。日本の防衛費は、長らくGDPの1%以内に収めるという慣例があったため、由良木の言い分自体はもっともであった。しかし国内の、それも法律でも何でもない慣習律をもって、従属国が宗主国に言い分を聞いてもらえるだろうという希望的観測は、果たして合理的だっただろうか?


 歴代政権は、常にこの狭間にあって、いよいよ昨今NATO諸国の水準に合わせないのは不合理という謎(?)の説明を捻り出し、この慣例を逸脱するようになった。とはいえ、2500億もの大金を捻り出す余裕はどこにも無いのである。


 だがベネフィットにとって、由良木の抵抗は予想済みだった。


「特別会計とか言うのが日本にはあるそうじゃないか。それを使えば良い」

「特会ですか?あれは今度の事には使えませんよ…米国債の買い支えなら可能ですがねぇ」


 由良木からすれば、精一杯の皮肉だったが、ずうずうしさを体現したようなベネフィットに対していささか味が薄すぎた。


「ジャパンの思いやりの精神は海のように広いと聞いていたが。虚構、誇張の類なのかなそれは」


 ベネフィットは思いやり予算の事を皮肉った。思いやり予算とは、防衛省の予算に計上されている「在日米軍駐留経費負担」の通称である。


「そんなことはありません。駐留費用にこだわらずとも、例えば最新型のF-36戦闘機なら買いますのに」

「NOだ」


 Noと一言に付す事の出来る人間は、どれだけそれが幸せか理解できないものである。ベネフィットもその一人だった。


「しかし、韓国にはもう兵器を売らないのでしょう?売りつける先が無くて兵器が余っているのでは?」


 先のパンデミックによって世界の安全保障体制は再編成の構えを見せていた。


 例えば韓国では左派政権が親中従北の姿勢を示し、米国は「米韓同盟は存在するものの、信用が出来ない(米国高官)」として簡単に最新兵器を売り捌かないようになっていたのだ。


 この事は、かつて米国が中国に対し兵器輸出を推進に推進を重ねた結果への反省でもある。


「USAは、建国以来ワシントンから西進して、大陸を横断した。太平洋を渡って日本まで進出して拠点を作り、アジアを超えて中東、イスラエルにまで手を伸ばした」


 突然ベネフィットは演説するように語り始めた。


「それより先に行こうとしたら世界を一周してしまったとは笑い話だが…でももうじき潮時なのだ。世界の警察をする事よりも、自国が一番大切だ」

「要領を得ませんな。何が言いたいのですか…」


 ベネフィットは脂ぎった顔に笑みを浮かべた。しかしそれはヒーローのではなく、悪役の笑みに近かった。由良木は限りなく恐怖を覚えたが、それをよそにベネフィットは続ける。


「70年も前の話になるが、朝鮮戦争は知っているな」

「……!!!」


 由良木はハッとした。百も承知だ。


 時の元帥、マッカーサーは日本の非軍事化を推進するが、朝鮮有事をきっかけにマッカーサーは当時の吉田茂首相に対し、「事変・暴動等に備える治安警察隊」の創設を要望する「日本警察力の増強に関する書簡」を提示したのだ。


「チャイナは先のパンデミックで大きな脅威だとわかった。だがチャイナに賠償を求めるのは難しい。あくまで疫病が広がるのは災害だからな。しかし野放しにするつもりもない。早いうちに叩かねばならない」

「……!!!!」


 この目の前にいる大統領は何かとてつもない事をやるつもりではないか。由良木の脳内にはWorld War Ⅲの文字が浮かんだ。そして朝鮮戦争の事と話が繋がった。


 もしや大統領は日本にとても重大で決定的な事項を要求しようとしていないか?!


 かくあって、ベネフィット米大統領は遂に()()に触れる。


「お前の国は、お前ら自身で守るべきだ。ミスターユラギ。戦力を持て」

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