ACT.3 「ビッっとしてるか? ビッとしてんのか!? ああ!? 投票ナメたら死ぬぞ!!」
杏子&梓の絶対的育ての親である靖恵子、買い物鞄を提げて現れる。
靖恵子 「あら、早いね。アンタたち」
杏子 「靖恵子さん」
梓 「おはよう!靖恵子さん」
靖恵子、ものすごく大きなため息をつく。
梓 「…どうしたの?」
靖恵子 「…鬱になるわぁ…」
杏子 「えぇっ!ウツ?なんでまた?」
靖恵子 「死にたい…」
杏子 「ウッソ!やめてよ、靖恵子さん」
梓 「なに?なんでよ、靖恵子さん!」
靖恵子 「…や、その名前がさ」
杏・梓 「名前?」
靖恵子 「靖恵子って、なんでかなぁって。なんで靖恵、で、キメずに、子、つけちゃったかなぁ?ウチの両親って。40年、靖恵子で生きてきて、いまさら言うのもどうよ?って、ハナシではあるんだけどさ。でもねぇ、って。靖恵子って、ホラ、ヤス‐エコ、安い‐エコ。ね。なんか省エネのキャッチフレーズみたいでしょ?CO2削減的な?京都議定書的な、さ。そんな地球に優しい要素一つも持ち合わせてない人間に、ひとりひとりのCO2削減目標、常から意識してます!みたいな名前つけられても…ねぇ?背負いきれない看板だよ」
梓 「誰も思ってないよ、そんなこと」
靖恵子 「名前、変えようかと思うんだ」
梓 「やめた方がいいよ!それは!」
杏子 「靖恵子さん。アタシたちがお世話になっている鉄工所の、愛すべきおかみさん。元ヤンだが、アタシたちを含め、女の子8人、男の子6人の面倒を、たった一人でみてくれてる、器のデッカイ人だ。最近、ちょっとしたことで鬱になりがちなのは、どうにも更年期障害によるものらしい。(靖恵子に)それより、なに?こんな早くから買い物?」
梓 「一般的な主婦は、連続テレビ小説見終えて、スーパーの折込チラシに食い入る時間帯でしょ?」
更年期障害のクスリを飲む靖恵子。
靖恵子 「(飲んで)あー…いつも通りさ、アタシは」
梓 「そうなの?」
靖恵子 「アタシはね、アンタら送り出した後、まずは朝市。それからスーパーを7軒ハシゴしつつ、掃除、洗濯、食事の用意に内職仕事を、同時にこなすからね」
梓 「アイドル真っ青のスケジュール」
杏子 「全部、中途半端になりそうな気がするけど」
靖恵子 「そこを何とかするのが、おかみの腕前さ。つーか、動いてないと鬱ハマッ ちゃうし…(気付いて)あらやだ!更年期のクスリだと思ったらストッパだった!だめねぇ…」
杏子 「スゴイ。靖恵子さんは、スゴイねぇ」
靖恵子 「ビッっとしてる、って言ってよ。それよりアンタたち、朝っぱらからめかし込んで、もう投票に行こうってのかい?」
杏子 「さて、投票、とは。さっきも言ったが『総理大臣直接指名選挙』の投票のこと。4年に1度、日本の代表者を決める一大イベントだ。今回の選挙は現職の総理大臣VS政権交代を狙う野党、民心党党首・大隈重蔵の戦い。予想は五分五分で、例年以上の盛り上がりを見せている」
自分の名前のタスキを掛け、街宣車に乗り拡声器で名前を連呼しながら、それぞれ議員が現れてくる。
杏子 「大隈候補は、先ごろついに完成した『クローン技術』なるモノを、日本経済復活の旗印として、国民にアピールしていた」
大隈の車のみ止まり、現職総理消えてゆく。
大隈 「クローン技術です。クローン技術。これからはクローン技術の時代なのです。クローン技術は、あらゆる方面に応用がきき、同時に革命的な変化をもたらす。産業の中心に組み込めば、この国の経済を救う救世主となるでしょう。また医療分野においては、それまでは諦めるしかなかった病気が、ケガが、命が、クローン技術によって、救われることになるのです。私が、この大隈重蔵が総理になった暁には、ひろく国民がこのクローン技術の恩恵を受けられるように法律を改めます。クローン技術。国民の皆さん、クローン技術です。クローン技術と大隈重蔵こそ、日本を救う切り札なのです」
『クローン技術』を連呼しながら大隈の車も走り去ってゆく。
梓 「靖恵子さんは、どっちに投票するの?」
靖恵子 「あぁ、アタシ、そういうの行かない主義だから」
梓 「行かないんだ?」
杏子 「参政権の放棄、ってこと?」
靖恵子 「うーん、って、言うか。自分の人生を他人に任せるようなコトしたくないっ
て言うか、政治の舵取りはアタシが!って感じだから」
梓 「靖恵子さん、政治家じゃないじゃん」
靖恵子 「って、言うか。政治ってなんだろう?って感じだから」
梓 「政治は政治でしょ」
靖恵子 「だーかーら、そこにクエスチョンマークでもって斬り込みたいわけよ、アタシは。政治って、国、動かしたりするんだろ?じゃ、国、ってなによ?アタシらのこと?それとも税金?つか、見たことある奴いるのかよ、国?って感じでリアリティないじゃない。だったらそんな、あるのかないのか分かんないものを、ワーワー言ってる人を選ぶより、アタシはアタシのリアルでもって生きてやろうと。とにかく働こうって思うわけですよ、汗水たらして。畑耕そうって考えたりもするわけよ、農家でもないのに」
梓 「ううん。靖恵子さんてば、アナーキスト」
杏子 「ビッとしてる。ビッとしてるね、靖恵子さんは」
靖恵子 「つーか、アンタらが気合入ってないんじゃない?生半可な気合で投票しに行ったら、死ぬよ?ホント」
梓 「死にゃ、しないでしょ」
杏子 「いくらなんでも」
靖恵子 「だーかーらーさ、それが甘いっての。実際、投票するってことは、自分の人生の何%かを他人任せにするんだってこと、覚えときなよ?候補者の名前書いた紙を、そのまま顔面にパンチと共に叩き込むくらいの気合を入れてって、初めて活きた投票になるんだ」
梓 「投票の世界は、いつから、そんなストロング・スタイルなことになってんの?」
靖恵子 「要するに気合さ」
杏子 「…。ま、大丈夫。心配しないで。アタシたち、自分の人生の1%だって他人任せにするつもりなんて無いから。ね」
梓 「そう、そ。むしろ、奪う、くらいの気合で投票してくるから。なに奪うか知らないけど」
靖恵子 「そうかい。ま、しっかりやってきな。悔い無い、清き一票を、投じておいでな。帰ってきたら、ご馳走、作るよ」
杏子 「ご馳走?」
靖恵子 「ご馳走さ」
梓 「よーし、まかせといて!」
杏子 「靖恵子さん、もしかして……知ってるの?」
梓 「え?」
靖恵子 「あたしゃ、おかみだからね。おかみは受け止めるのが役目さ」
杏子 「そっか。ありがと」
靖恵子 「水臭い。家族だろ?」
梓 「家族!」
杏子 「うん!靖恵子さん、最高!」
靖恵子 「そうさ。アタシはいつだって最高さ。うーし、じゃ、買い物に出掛けようかね。ご馳走と言えば…手巻き寿司!」
梓 「てーまきーずしー!」
靖恵子、買い物に出掛ける。