ACT.1 「I still cannot fly that now !! 」
本編始まります!!
この物語は80%「会話」で進めていきます。
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ボロボロで埃まみれで満身創痍なスーツ姿の美少女。
名を杏子。
18歳。
この物語の主人公。
咥えタバコで虚ろな瞳。
鼻血垂れ流し。
おおーきく煙を吸い込み、おおーきく吐き出してゆく。
ここはとあるビルの屋上。
雲ひとつなく晴れ渡った空。
彼女が立っているのは、鉄柵の向こう側。
自分で自分を嘲笑うようにしながら、杏子が語り出す。
杏子 「終わったーー……。全て終わった。終わった後のアタシだ。後の祭りのアタシ。アフターケア祭のアタシ。……言ってる意味が分からない?大丈夫。アタシにだってわっかんないから」
タバコを咥えながら、手に持ったウサギのヌイグルミ「ミツヒデ」を玩ぶ。
ヒュウウーッと吹いた風が、タバコの煙を横一直線に流してゆく。
杏子 「ご覧の通り、相当のことがあった。過去形だ。物語のオープニングなんだけどさ、アタシはすでにやり終えてる。今はもう何も無くて、正直、このまま死んでもいいや、って感じなわけ」
プッとタバコを口から飛ばす。
オレンジ色の火を灯したままのそれは、はるか眼下の地上へと落ちてゆく。
見下ろしたそこには、何十台ものパトカーと警察。そして大勢の野次馬たち。
杏子 「ちょうどいい感じに、いま高いトコにいるし。このまま飛び降りってのも悪くないかな。……I can fly!! 随分前だけど、映画の中でそう言ってた俳優がさ、現実でもマンションの9階から飛んでたよねーー。ここはその倍の高さくらい?人には羽がない。飛べば必ず落ちる。死の間際、人はその人生を走馬灯のように見るという。鉄板でウソだよね」
鉄柵にもたれかかり空を仰ぎながら、泣きそうな声になって杏子は言う。
杏子 「……だから、だからさ。飛ぶ前に少しだけ付き合って欲しいんだ。アタシがここにくるまでの物語に……」
彼女は目を瞑り思い出す。
懐かしい記憶。
子供の頃の風景。
11歳の頃。
親友の梓が泣きながら歩いてくる。
その後でうつむきながら歩く杏子。
不意にペタンと地面に座り込んで大声で泣き出す梓。
しばらくして、杏子がおずおずと声を掛ける。
杏子 「……あの、さ。……また買ってもらえば、いいじゃん」
梓 「ダメだよぉ、あれじゃなきゃぁああ……」
杏子 「泣くなよぉ。そんな、泣くなよぉ…!」
そこへ泥だらけの少年が歩いてくる。
これまたドロだらけのヌイグルミを手にして。
顔についたドロを手の甲でぬぐいながら、梓の前にそのヌイグルミを優しく差し出す。
陣 「はい、梓ちゃん」
梓 「陣くん……これ……!!」
陣 「取り返してきた。でも、ドロだらけで、ゴメン」
少年の名は陣。
イジメっ子に奪われた梓のヌイグルミを、ケンカの果てに奪い返してきてくれたのだった。
梓 「うぅん……ありがと。ありがとぉ陣くーん!! うわぁあああっ……」
感極まって再び泣き声をあげだす梓。
その横で悔しそうに、情けなそうに、申し訳なさそうに杏子が呟いた。
杏子 「……ゴメンね、陣。アタシなにもできな……」
陣 「杏ちゃん、言わないの」
杏子 「でも!」
陣 「僕たち、トモダチでしょ?」
優しく微笑む陣の笑顔。
その笑顔に杏子の胸はほっこりと暖かくなる。
杏子 「……うん」
陣 「今日はさ、たまたま僕が助ける番だっただけなんだよ。でももし、いつか僕が困ってたら、そのときは杏ちゃんが助けてよ」
杏子 「うん……分かった。助ける。絶対助けるよ」
真剣な眼差しで。力強い決意で。
陣の言葉に返す杏子。
梓 「うばぁあっ!!……私も!私も陣くん助けるよ!」
涙と鼻水で顔をグチャグチャにしながら梓も負けじと決意を表明する。
その一所懸命な姿に思わず小さく笑いながら
陣 「うん、ありがとう。お願いするね」
陣は梓の頭に優しく手を置いた。
満足そうに泣き笑う梓の横で、杏子が大きな声をあげる。
杏子 「じゃっ、じゃーさ!! 誓おうよ。このさきずーーっと、大人になっても。アタシたち三人の内、もしも誰か一人が困ってたらさ、ほかの二人がぜっっったいに、助けること!!……いいね?」
梓 「うん!! わかった」
杏子が、陣の胸に握り拳をあてる。
すぐに気付いて、陣が梓に向けて握り拳を突き出す。
梓も立ち上がり、陣の拳を胸に受け、自分の拳を杏子の胸にあてた。
三人が繋がった。
陣が上を向きながら大声で言う。
陣 「この魂に誓ってーーっ!!」
杏子と梓もそれにならって、そして負けじと大声で。
杏・梓 「この魂に誓ってーーっ!!」
そして3人声を揃えて。
「3人、ずーーーーーーーっと、トモダチだーーーーーー!!」
笑い合う三人。
遠いような、つい昨日のような記憶。
目を細く開き、空を眺めながら18歳の杏子は言う。
杏子 「……でもさ、この約束から6年後。アタシたちが17歳になったある日、突然、陣は姿を消したんだ」
ス―――ッと。
杏子の左頬を涙が伝う。
杏子 「アタシと梓はさ、陣が本当に苦しんでたとき、それを知ってあげることさえ出来なかったんだ……」
鼻をすすり涙を手でぬぐう。
今更ながら鼻血に気付く。
なんだか笑ってしまう。
ここに来る直前にポケットティッシュを貰ったのを思い出し、勢いよく鼻をかむ。
そしてタバコと同様に投げ捨てる。
テンションあがって、そのまま使ってないティッシュも全部まき散らす。
小さな笑い声をあげながら。
杏子 「それからまた1年。アタシと梓は、いよいよ大人に、18歳になろうとしていた。いつしか陣との過去は思い出に。あの日の誓いは、果たせぬ想いに……でも、そんなある日、一通の消印のない手紙が届いた。そこには、あの、懐かしくて、下手くそで、でも見間違うはずのない、陣の字で、『僕を見つけて』…そう書いてあった」
ポケットティッシュの花吹雪。
ひらりひらりと宙を舞いゆく。