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トップ ギア 前編  作者: ケイゴ
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7章 問診

「他に聞きたいことがあったらなんでも聞いてくださいね。」

 主治医の伊東はゆっくりと立ち上がると、

「それではお大事に。」

 と、軽くお辞儀をして病室から出て行った。

「じゃあ父さんも母さんのリハビリに付き添ってくるから。

 誠も時間に遅れないようにちゃんと検査してこいよ。」

「わかった。」

 そういって父さんと母さんも個室を出て行った。

 父さんと母さんは、葉月が透析をはじめて10分程してから到着した。

 本当はもっと早く着く予定だったらしいが、車両トラブルで遅れたようだ。

 その後、家族全員がそろったのを見計らったように伊東先生に病室に入ってきたので、説明は家族全員で聞くことができた。

「大きい車に変えられたら家族で移動しやすいんだけどな。」

「誰かさんが金を使うからねぇ。」

「軽じゃ5人も乗れないもんね。」

「…。」

(くっそぉ、なんだか今日はこの話題が多いな。)

 そういうわけでうちの福祉車両は軽なので、車椅子と一緒に3人、人のみで4人乗りだ。

 あまり遠くない距離の家族全員の遠出は、外に出る機会の少ない母さんが散歩がてら電車に乗ることが多い。

「にしても、いつも相部屋あいべやだから、個室は逆に落ち着かないなぁ。」

 今日はいろいろと説明もあったので、個室での透析だった。

 透析治療室はすべて2階にあり、個室ふたつと、8人の相部屋あいべやがひとつ、合計10台の透析機が設置されている。

 透析のできる病院としては少ない方だが、名桜では安定した患者さんが定期的に透析するために使用することは少なく、そういう患者さんはクリニックなどに委託することにしているので、数があまり必要無いらしい。

 葉月がそうなように、おもに腹膜透析や移植などの手術をする患者さんが使用するために置いているのだ。

「別に私は気にしないから、相部屋で話してくれてもいいのに。」

 葉月は上半身を45度ほど起こした状態の電動ベットに寝ながらつまらなそうに言った。

「今は個人情報がやたら騒がれる時代だから、相部屋で手術の話するわけにはいかないんだろ。」

 それに、相部屋で透析中に相部屋で騒がしくして、看護師長さんに怒られたことがあったからっていうのも原因な気がするが…

「だって葉月が話し相手にはなってくれるけど、やっぱり知らない人の人生話は新鮮で楽しいんだもん。

 伊東先生もすぐに行っちゃったし。

 散歩もできないし。」

 腕に刺さった透析の2本の管を見て言った。

 一本は体から血液を抜くためのもので、もう一本が透析機で不要なものを血液から抜いたものを戻すくだだ。

「伊東先生は話し相手になるために来たわけじゃないだろ?

 まったく。」

 伊東先生は、大雑把に治療計画の日程やリスク、そして、手術に成功したら生活習慣はどのように変化するかなど、ざっくりと説明した。

 その後、分からないことや聞きたいことはありますか?と言い、質問に対して、以前の移植者が今どのような生活をしているかなど、例を出して時間ぎりぎりまで話してくれた。

 このまえ授業で習った開かれた質問、閉じられた質問のように、まずは大きい所から説明し、次第に要点を絞る。

 知らなければ普通の説明にしか感じないのだろうけれど、ベテランの技術が随所に表れているなと感じた。

「にしても、やっぱりベテランの先生は話術が違うな。

 分かりやすくて安心できる。」

「お兄ちゃんさぁ。」

 上半身を起こした葉月が口をとがらせていた。

 機嫌が悪い時の顔だ。

「なに?」

「HLAとか抗原とかよくわからない医療単語を出して先生に質問するのやめた方がいいよ。」

「なんで?」

「医療用語は先生たちの聖域だから。」

「?」

 誠は首をかしげた。

「聖域?」

「伊東先生はね、素人の私たちが考え付くリスクなんて十分承知の上で、一番いい治療法を考えてくれてるんだよ?

 それなのに、中途半端な知識で知ったような口聞いたら失礼でしょ。」

「なんだよそれ。」

「自分の知識を見せびらかすのはやめてってこと。

 お兄ちゃんの話し方は、質問しているというより、僕はこんなこと知ってるんですよ、すごいでしょって言ってるように聞こえた。」

「そんなことは…。」

「と、に、か、く!そんなつもりなくても、聞き手にそういうふうに聞こえたら不快ふかいに決まってるでしょ。あ…。」

 葉月はひたいに手を当ててベットに寄りかかった。

「ちょっと葉月、透析中はじっとしてないとだめだってば。」

「あー、貧血…」

「どうする?ナースコールする?」

 文月がナースコールを手に取り、心配そうに言うと、葉月はフルフルと首を横に振り。

「大丈夫、いつものことだから。」

 と、両手で目を覆った。

「我慢はしないでね。」

「うん、ちょっと横になればすぐに良くなるから。」

 文月は電動ベットの横にあるスイッチで、ベットを水平にして、葉月の首元まで布団をかけた。

「フミ、ありがと。」

「ううん。」

 文月は、葉月の頭を軽くなでた。

「おにいちゃん、ここには私がいるから、検査結果聞いてきたら?そろそろ時間でしょ。」

 時計を見ると、9時45分を回っていた。

「そうだな。じゃあ葉月の事頼む。」

「うん。」

 誠は文月の頭にポンと手を置いて、病室のドアを開けた。

「ちょっと言い過ぎた。ごめん。」

 振り返ると布団に頭までかぶりながら、葉月がの鳴くような声で言った。

「俺も今度から気をつけるよ。葉月、行ってくる。」

 誠は廊下に出ると、そっとドアを閉めた。

「仲がいいのね。」

「んなぁ!?」

 ガンッ!

 驚いて、急に後ずさりしたため、誠は閉めたドアに後頭部を強打した。

「元気そうでよかった。大丈夫?」

 白衣姿の柴崎が立っていた。

 なんでこんなところに?という疑問もあったが、

「あーびっくりした。」

 と、そのまま頭を抱えて、ドアの前にしゃがみこんだ。

「お兄ちゃん?」

 文月がガラっとドアを開けた。

 ゴン…!

「あ…。」

 引き戸のコの字に飛び出した取っ手が横から誠の肩をめがけてぶつかり、ドアの収まる壁の角に頭をぶつけた。

「なにやってんの?」

「頭抱えてんの。」

 文月が首をかしげると、くすくす笑っている柴崎と目があった。

「どうも初めまして、救命救急の柴崎千鶴です。

 先日はお兄さんに御世話になりました。」

「あ、どうも…妹の葉月です。

 今日は兄の事をよろしくお願いします!」

 そう言ってお辞儀をすると、そそくさと葉月病室に引っ込んだ。

 柴崎に見えないように誠にグッと親指を立ててウインクをしながら。

 なにを邪推してるんだか…。

「はぁ…。」

うわさ通りの面白い妹さんね。

 行きましょうか。」

「はい。よろしくお願いします。」

 もやもやと考えつつ、そのまま上機嫌な柴崎に付いて廊下を歩き始めた。

 うわさ通りってどんな内容なんだろ…俺も交じってないだろうな…

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