5章 双子
5章
ピピピピピ…
朝か…
文月はクーッと布団の中で縮こまったあと、布団をバッと蹴っ飛ばした。
別に寝過ごしたという訳ではない。
ただ、布団の魔力の恐ろしさを知っている文月は、勢いがないとまた寝てしまうのだ。
6時前、いつもと同じだね。
二段ベッドの上から降りると、一段目のカラになった葉月の布団をキレイにたたんだ。
「よし!」
カーテンをシャッと開けると、もう一度伸びをした。
目を覚ましたかったら太陽の光を浴びて、体内時計を合わせればいい。だっけ。
CAさんもやってるって言ってたけどホントなのかな?
最近のお兄ちゃんはどうにも医療人ぶってていけないなぁ。
お腹の底からぐぐっと空気を吸い、大きく息をはいた。
「まぁいっか。」
文月はパパッと着替えると、キッチンに向った。
キッチンでは葉月がサラダを皿に飾り付けていた。
「葉月ちゃん、おはよ!」
「おはよ。」
よかった。今日は調子がいいみたい。
「今日は9時からだっけ?」
「うん、でも10分前には診察券を出しとかないといけないから、8時前には家を出るかな。」
そう言って、パンをオーブンに入れると、ノートに今日の朝食を書き込んだ。
交通事故にあってから、食事の度にそのメニューとカロリーなどを書き取るのが、葉月の日課になった。
特にタンパク質、水分、塩分などは気を付けないければ、腎臓に悪影響が及ぶからだ。
カロリーは糖と脂質で。なおかつタンパク質を必要以上に削らない様に気を付けている。
透析をする前と後では、少しは食事制限がマシになったが、それでも気を抜く訳にはいけない。
だから、葉月は塩味の代わりにレモン汁などで味付けをし、塩分を控えた料理を美味しくなるように工夫していた。
「今日はパンとサラダ、デザートとヨーグルト。葉月は手を抜かないねぇ。」
「昨日の朝は使い物にならなかったからね。動けるときは動かないと。」
そう言って笑顔で振り返った。
文月と同じ背丈、同じ声だ。
しかし、葉月の顔は文月よりも少しむくんでいて、少し顔色が悪かった。
あわせ鏡のようでいて、少し違う。
葉月は少し悲しげな顔になると、そのまま俯き、
「今日悪い物抜いちゃったら、また同じ顔になれるね。」
そう言った葉月の口元はキュッと結ばれ、少し震えていた。
昨日、誠が勉強部屋に戻って来てから、妙に集中して勉強してたのは、葉月のせいか…
普段は明るい性格の葉月も、体調が悪い時やむくみが出てる時、年頃の女の子としては顔を見られるのが嫌なのだ。
「でも、昨日いつもより早く寝て、少し早めに起きたから、結構マシでしょ?」
葉月は無理に作った笑顔で笑った。
もともとは二人とも低血圧ぎみで、早起きが得意なわけではない。
腎臓が悪くなってから健康的な生活を送るようには心がけているが、早起きは別の理由だった。
腎臓の働きが悪く、必要なタンパク質が尿として出てしまったり、毒素を腎臓で濾過しきれないなどの理由で、下肢に行っていた血液が上半身に上がってくる睡眠の後、つまり明け方に顔がむくむようになったのだった。
最初の内は、むくみが引くまで部屋から出なくなったり、ヒステリーを起こしたしていた。
そんな葉月のために、文月が悩みに悩んで考えたのが早起きだった。
その日から葉月は10時前には布団に入り、5時に起きるようになった。
結果的に学校に行くまでに時間が空いたので、自分の体のために料理をするようになった。
「葉月…」
早寝早起き、適度な運動、適切な栄養摂取。医師に言われたことをきちんと守っていても、体調は良くならない。
むしろ少しずつ悪化していた。
文月は俯いた顔にピンッとデコピンすると、驚いた顔の葉月におでこをそっとつけた。
「ねぇ、知ってる?双子じゃなくても、双子くらい顔が似ている人は世界に3人はいるんだよ。
でもね、どんなに似てても違う。別人は別人なの。
葉月と私はね、お母さんの一つの卵子から生まれたの。
葉月の代わりなんていないんだから、気にする事なんてなにもないんだよ。」
そう言って、葉月を抱きしめた。
「大丈夫。私の腎臓を移植しちゃえば葉月はすぐに良くなるから。」
「文…」
葉月は顔を埋めると、
「ごめんね。」
と、肩を震わせ、文月はそんな葉月の頭を優しく撫でた。
「ううん、きっと神様は助けあうために臓器をふたつずつ付けてくれたんだよ。
だから当たり前のこと。」
葉月は交通事故にあってから謝ることが多くなった。
あの事故が。あいつが葉月を苦しめてるんだ。
あいつがあの時、車で突っ込んで来なければ…
違う、私のせい。
葉月は私の代わりにこうなったんだ。
だから葉月は絶対に死なせない。
「大丈夫。何があっても葉月は私が護るから。」
文月はもう一度ぎゅっと強く抱きしめると、オーブンがチンッとなった。
「さっ、みんな起こして来るから朝ごはん食べよ!
お兄ちゃんも検査で4時間前から絶食だったはずだしね。」
「うん。」
そう言うと、葉月はリビングから出て二階に上がり、そっと誠の部屋に入った。
涙を流さないように、天井を見上げ、ギュッと目を閉じると、両手で顔を覆った。
よし!
目をすっとこすると、勢いよくジャンプした。
「起きろー!朝だぞ!」
文月はドンと誠の寝るベッドに飛び乗った。
「ぐえっ!おまっ文普通に起こせっての!」
誠が飛び起きて大声を上げた。
いつもと同じ朝が始まった。