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トップ ギア 前編  作者: ケイゴ
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プロローグ 衝突

 プロローグ 


「んー疲れた!」

 だれもいない駅のホームで誠は両腕をぐぐっと空に突き上げて伸びをした。

 夜間の理学療法専門学校の帰り道。申し訳程度についた街灯を道しるべに、沖田誠は暗い抜け道を通っていた。

 去年まで工場で働いていたのだが、ある程度まとまった資金と親の援助のおかげで、25歳にして新たな人生を歩むべく学生をしているのだ。

 4時まで今まで通り工場で働いて、夜は学生という生活リズムだ。

 夜間の専門学校は、一度社会を経験し、自分で汗水かけて貯めたお金で勉強をしている人が多く、午前、中間部に比べると、勉強に対して貪欲な人が多かった。

 勉強がもともと得意ではない誠は、授業後も学校で自習をすることで、なんとかみんなについていこうと必死だった。

 まだ2年の1学期だが、明日から三連休だといってうかうかとはしていられない。

 25歳にもなって留年なんてしたらそれこそあいつらに合わせる顔がない。

 工場で働いているときはそんなに考えなくてよかったんだけど…と、やり直しの効かない年齢を思い、深いため息をついた。

「にしても…」

 線路と森の間にある脇道というのもあって、本当に京都なのだろうかと疑ってしまうほど暗く、車がすれ違うことが出来ない位の細い道だ。

 ところどころに「痴漢注意」と書いた看板があるが、暗闇で見えなくなる看板を立てるより、街灯を一本でも立てたらいいのにといつも無駄な突っ込みを入れてしまうのは関西人のさがだろうか。

 ちらほらと民家が建ってはいるが、10時過ぎのこの時間になるとほとんど人通りもない。

だからこそ人目を気にせずに伸びをできるというものなのだが…。

「きゃっ!」

 暗い路地に急に女性の声が響き渡った。

 誠は驚いて後ろを振り返ると、50メートル程後方にある街灯の下に倒れこんでいる女性と、バイクに乗った男が向かってきているのが見えた。

「だれか…取られたぁ!」

 女性は膝を抱えながらも、必死に叫んでいる。

 と、誠は反射的に両手を広げて立ちはだかった。

 しかし、ひったくりは速度を緩めずにどんどん近付いてくる。

「止まれ!」

 とにかくいったんよけて、バイクのナンバーを見て警察に連絡するべきか。

 でも運よく捕まえられたとしても、警察が見つけた時には証拠となるバッグや中身は捨てているに違いない…

 考えがまとまらないうちに、バイクはさらに加速し、どんどん近付いてくる。

 考えをまとめている時間はなかった。

「どけ!轢くぞこら!」

 バイクが誠の脇をすり抜けようと重心を左に少し傾け、誠はそれを反対に避けようと足に力を入れた。


(お兄ちゃん…)


「!」



 キキー!ドンッ!

 暗闇を引き裂くようなスリップ音と衝突の音があたりに響き渡った。が、すぐにあたりを静けさが包み込んだ。



「あぁ、くそったれ、、、」



 バイクが自分の横をすり抜けようとした瞬間、誠は思い切り体当たりをし、ひったくりと一緒にバイクもろとも吹っ飛ばされた。

 脳と体をつなぐ神経回路がパニックを起こしているのか、大の字に寝転がった状態から思うように体が動かせない。

 なんであんなことを今思い出すんだよ、くそ…

 近くの民家の人がカラカラと窓を開ける音がやけに大きく聞こえた。

「あの、大丈夫ですか?」

 さっきひったくりにあった女性が、怪我をした足をかばいながら駆け寄ってきた。

「痛いところは?気分は悪くないですか?」

 いまだに大の字で空を見上げる誠の肩を叩いて耳元で大声で聞いてきた。

「そんなに大きな声を出さなくても聞こえてますよ。」

 よいしょと上体を起こそうとすると、両肩を抑えられて起き上がれなかった。

「動かないでください。すぐに助けを呼びますから。」

 と、女性は携帯電話を取り出した。

「あ。」

 誠がふと眼をやると、さっきまでうずくまっていたひったくりが、ヘルメットを荒々《あらあら》しく外してこちらをにらみつけてきた。

「ふざけんなよ、お前ら!あぁ!」

 首を抱えながらふらふらと立ち上がると、ひびの入ったヘルメットを片手に向かって来た。

 誠はとっさに起き上がろうとしたが、また両肩を抑えられて起き上がることができなかった。

「離せって!」

「やめなさい!バックはもういいから動かないで!」

 そういうと、その女性はひったくりをキッと睨みつけて、

「あなたも、警察にも訴えないからバックを持って行きなさい!もういいから。」

 と、毅然と言い放った。が、

「うるせえ!」

 ひったくりは完全に頭に血が上っていて、手に持っていたヘルメットを振りかぶると、女性めがけて振り下ろしてきた。

「やめて!」

 女性が肩に置いていた手を緩めたそのとき、誠はガッと起き上がって女性を押しのけると、腕をあげて守ろうとした。が、急に起き上がったせいでめまいがし、腕を上げるのが一瞬遅れてしまった。

 振り下ろされたヘルメットは誠の無防備な右側頭部をかすめるように振りぬかれた。

 ガスッ!

 割れた頭から鮮血がぼとぼとと地面にこぼれ、流れる血が誠の顔を真っ赤に染めた。

「う、うわっ」

 ひったくりは驚いたのか急に怖くなったのか、真っ蒼な顔でヘルメットを落として尻もちをついた。

「ち、違う、おれは、あぁ」

 誠は血の出る頭を押さえながら、ギリッとひったくりを睨みつけた。

 いやな静寂が訪れ、ひったくりは少しずつ後ずさり始めたとき、微かに、しかし確かにサイレンの音が聞こえた。

 だんだん近づくサイレンの音にひったくりはあたりをきょろきょろと見渡した。

 明らかに動揺している。

「お前、さっき警察にちくりやがったな!畜生!」

 と、ガタガタと震え始めた。

「そうよ、だから早くどっかに消えなさい!」

 と、女性はひるむことなくひったくりを一喝した。

「くそ!」

 ひったくりはよつん這いで転がっているバイクに駆け寄ると、

「おぼえとけよ!」

 と、ありきたりなことを吐き捨て、奪ったバッグのことも忘れてさっさと逃げてしまった。

 誠は余りな滑稽さに思わずククッと笑い出したが、女性の顔を見て笑いを飲み込んだ。

 足元に転がっていたバッグを拾い上げたその顔はむしろ怒っていた。

「何考えてるんですか!ひったくりを捕まえるために死ぬ気ですか!?とにかく横になってください!」

 そう言うと、首と背中を支えてゆっくりと寝かせ、バッグを枕にした。

 とてもではないが、寝心地がいいとは言えなかった。

「バッグが汚れますよ?」

「いいから、静かに寝てて!110番するから。」

 女性がさっと携帯電話を出したのを見ると、誠は少し首をかしげた。

「あれ?さっき警察に連絡したっていってませんでした?」

「ちょうどサイレンの音が近づいてたからはったりかましただけ。」

 そういえば携帯を出しただけで、電話している時間はなかったか。 

 ?「警察なら呼びましたよ。」

 低い男性の声に、二人は跳びあがらんほどに驚くと、民家の玄関から携帯を片手に青年が出てきた。

 そういえばバイクに吹き飛ばされたときに窓が開く音が聞こえたようなと、今更のように思い出した。

「とりあえず救急車も呼んだので、すぐに来ると思うんですが…手伝うことあります?」

「いえ、連絡していただいただけで十分です。ありがとうございます。」

 そういうと、誠の頭の傷を見ながら、怪我の具合や自分の名前、今日の日付や場所などの簡単な質問をしてきた。

 何だかこの人はずいぶんと聞く質問が…

 そう思っていると、救急車とパトカーが到着し、救急隊員が駆け寄ってきた。

「負傷者はこの方だけですか?」

「はい、負傷者名沖田誠、25歳、意識レベル1、オートバイとの接触後、ヘルメットで側頭部を殴打されてます。

 頭部割創ありますが、かすめるように振り下ろされたためおそらく骨には異常はないでしょう。

 上肢下肢ともに擦過傷が見られますが、緊急を要するような外傷は今のところ見当たりません。

 しかし、念のためにほかに異常がないか精密検査をお願いします。」

 女性はさらさらと救急隊員に言うと、誠に救急車に乗るように促した。

「あなたは医療関係者の方ですか?」

 誠がおどろいて言うと、にこっとほほえみ、

「京都名桜医療大学付属病院の救命救急、外科医の柴崎千鶴といいます。今日はほんとにありがとう。」

 そういって、千鶴はタンカで運ばれる誠と一緒に救急車に乗り込んだ。

 名桜といえば葉月が通っている病院の先生か。あ、家に電話しないと…

 そんなことを考えていると、数分後、誠は烏丸にある名桜の付属病院に運び込まれた。


書き始めは10年前になり、やっと前半が終わったので投稿します。

完全オリジナル作品となりますので少しの間お付き合いください。

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