狂戦士の戦い方は
どう言ってもカナリアは着いていくらしく、遂にはリューンも折れた。
「ただし、危険だと思ったら必ず逃げること。これが約束出来ないなら、これから毎食全部出来合いの飯な」
「ぐぬぬ、ご飯を盾にするとは……お兄ちゃんずるい!」
「ズルくありませんー。ちゃんとした交渉ですぅ」
唇を尖らせるカナリアに向かって、ふざけた顔でそう答える。
でも、これが彼の許せる最大限の条件であった。
にしても、思えばなんとタイミングの良い話だろうか。
“たまたま”リューン達がミズガルドに着いた日で、“たまたま”勇者がいない日なのだから。
大正門をぬけて、ふと検門室が横目に入った。
『リューン! た——……いや、逃げてくれっ!』
『アネグロさん! 夜分遅くにどうしたんですか。そんな息を切らして』
『ドラゴンが、ドラゴンが出やがった!』
そこで宿の階段を駆け上がってきたアネグロの顔を思い出す。
——無事に逃げられただろうか。
本当は助けてと言いたかったんだろう。
ぐっと我慢して逃げてくれと言い直したアネグロの強さは、確かにリューンに響いていた。
☆
月光を背に受け、竜は滑空する。
大気は両翼の羽ばたきで震え、地の砂は重力に逆らって舞い上がった——。
「竜、か」
しばらく走り、少し広い場所へと出る。
リューンは目端に竜を捉えて、力を練り上げていく。
「狂化」を発動するには、精神を深く落とす必要がある。
集中が途切れると、かかりが甘くなってしまう。
「まだ気付いてくれるなよ……」
狂戦士である彼のスキルは普通の「狂人化」とは訳が違う。
より上位のスキルであり、一歩間違えると戻ってこれなくなる。
ふぅ、と深呼吸をして姿勢を正す。
「狂化操作——」
ちゃんと狂化から戻ってこれるよう、操作スキルも重ねて使用。
ゆっくりと思考というモノが抜け落ちていくのを感じながら、ギリギリのところで理性を残す。
八割の本能と、二割の理性。
綱渡りのような操作を終え、手応えありの会心の発動を掴み取る。
「あれが狂化——」
カナリアは目が血走る兄の姿を見て、何故だか戦いたい衝動に駆られた。
真祖としての本能だろうか。
その衝動を抑えるように胸の辺りを手で隠し、ただ行く末を見守ると言い聞かせるのだった。
一方で、リューンは挑発を行う。
全身から闘気を発して、竜の視線を奪った。
「ガァアアアアアア!」
六メートル程の大きさである赤き竜がいち早く動く。
町の上空から方向変換し、巨軀をしならせる。
敵を認知というよりは、屈辱とでも思ったのだろう。
竜としての絶対的な誇りを以って、矮小な人間にナメられるなんてあってはならない。
下降して、人間の前に降り立って、息を吐けばそれで終わり。
赤い竜は青い竜に何やら合図をして、リューン目掛けて翼をはためかせた。
「ッああああ!」
——衝撃が竜の身体を駆け巡る。
ありえない速度と判断の早さに、竜も状況が把握しきれない。
さっきまでは離れた所にいたはずのリューンよって、アッパー気味の拳が腹部に叩き込まれていた。
驚くべきことに、竜の重い身体が浮き上がる程の威力。
衝撃の余波は離れているカナリアにも伝わる程だった。
「ラァアアア!」
それだけでは終わらない。
間髪入れずに、拳が数発打ち込まれた。
闘争本能に則っているが、反撃の余地を与えないのは戦闘に慣れているだけある。
龍の手から放たれる右手の一撃は狂化と相まって、武器の一振りよりも断然重い。
おまけにスピードという要素もプラスで加えられているのだから、並大抵のモンスターならそれだけ動けなくなるはずだ。
「ギ、ィイイイ!」
しかし、それでも相手は竜だ。
比較的鱗の薄い腹や胸を狙って放たれていたが、それでも倒れ込むことはなかった。
翼の一振りでどうにかリューンが届かない位置まで上昇すると、竜吐息で焼き尽くそうとする。
その為に一呼吸溜めようと、間を空けた直後。
尾が何かに掴まれて、赤竜は動きを止めた。
届かない所まで上昇したはずなのに、脆弱な人間はその位置まで跳ねたらしい。
ピラミッドの頂点に君臨する種は、初めて人間に恐怖を感じた。
「ガッア!」
このままではいけないと、竜は急降下して尾をそのまま場面に叩きつける。
倒れてくれれば、そのままトドメをさせると。
だが、それも叶わない。
地面が割れる程の衝撃だった。
間違いなく、慈悲なく叩きつけたはずなのに、ソイツはまだ尾を掴んでいのだ。
——キィイイイ!
事態を見かねたのか、加勢に来た青竜が、咄嗟に蒼き炎を爆風と一緒に吐き出した。
赤竜の尾も無事ではすまないが、それどころではないと判断したらしい。
爆炎はちゃんと直撃した。
あの圧倒的な威力の竜吐息を受けて、五体満足で生きてるはずがない。
二頭の竜はやっと安心して、大きく吠えた。
「おい、テメェら、——勝ち誇るんじゃねぇぞ」
炎が消えて、煙が立ち込める。
竜の目には、ゆらりと人影が見えた。
二頭の竜の攻撃を凌いだどころか、今度は揃って相手しようとしているらしい。
その闘気は否応なしに、竜の視線を奪った。
竜としても、ここまで苛烈な人間に出くわしたのは記憶ない。
改めて相対する二頭と一人、一見すると圧倒的不利な状況は人間のはず。
なのに、どうしてか追い込まれているのは竜の方であった。
「……撤退です」
竜には確かに撤退の声が聞こえた。
狂戦士には届かないであろうその声は、二頭の竜を産み出した主人の声である。
「これ以上はこちらが不利になります。退いて下さい」
悔しそうな声に呼応して、竜は弾けるように上昇した。
リューンもそれを追うことはせずに、背を見届けた後、狂化のスキル解除を行う。
「いっつも後悔するんだけど、めっちゃ痛え……やっぱ竜二体を相手するのは無理しすぎたわ」
「お兄ちゃんっ!!」
「わー、こらこら! いま身体ばっきばっきだから、お兄ちゃん抱きつかれたら痛みで死んじゃう!」
制止も聞かず、カナリアはリューンに涙目で飛びかかる。
「心配させないでっ! 心臓止まるかと思ったんだから!」
「いでえええ! カナリアちゃん、痛いから! なんかいつもより力入っててやべえから!」
こうして、狂戦士は竜から町を守ったのだった。