兄は妹の通訳
「紙に一連の動きをまとめましたが、やはり狂戦士は抜けているようですね」
ぱさりと紙に視線を落とし、黒髪の少女がそう呟いた。
漆黒のマントを椅子にかけ、目頭を揉む。
見目麗しいまさに乙女といった感じなのに、その行動はまるで中年のデスクワーカー。
また変に凝った高そうなインテリアがそこら中に置いてあって、机の脇、窓の淵には部屋にはまた統一性のない可愛いぬいぐるみが大量に座っている。
「ふんふん、ふーん」
軽快な鼻歌を響かせながら、華奢な身体に似合わない大きな机に肘をついて、羽ペンの筆を走らせる。
「——にしても、勇者は惜しいことをしましたね。狂戦士がいれば、こんなあっさりダンジョンを作成されなかったでしょうに」
柔らかいクッション素材で出来た回転する椅子を自分で回しながら、今度は退屈そうに嘆いた。
「勇者は魔王を倒すことも忘れ権力に夢中。王族は王族で、民草に無茶を強いる。これではどちらが悪なのか、全く分かりませんよ。ほんと」
ピタリと腕で回転を止めると、今度は再び羽ペンで何かを書く。
「完成です! 抜かりはありませんね」
『狂戦士捕獲計画』
割りかしポップに描かれている不穏なタイトルの計画書は、出来上がりと共に無造作かつ乱雑に、机の上に置かれるのであった。
☆
検門職員である、アネグロは困っていた。
さっきから一向に話が進まない。
大正門の脇にある検門室、その中でのやり取りはもう既に十五分は経とうとしていた。
「あー、んーどうしようかね」
彼の仕事はミズカルドへ入っていいかの、許可証を出すこと。
最近ではモンスターの動きも活発化しており、今や安全地帯であるこの町に来る人も少なくない。
そこへ元勇者パーティーの一員である狂戦士が来たのだから、町に何かあるのではないのかと優先させてみたらこれだ。
さっきから狂戦士の妹は黙るか、わたわたするか、兄にに助けを求めるか。
ぽりぽりと薄くなってきた後頭部を掻くと、また質問をする。
「んで、妹さんはいくつ?」
「あ……う」
やはり会話が進まず、困った職員はリューンに視線を送る。
「妹はこっちに出てきたばっかりで、緊張してるんですよ。歳は十六歳、西の村ガザルナーンから来ました」
「ほう、ガザルナーンってまたえらく遠いところから来たな。わざわざ兄貴に会いに来るたぁ、健気じゃねえかよ!」
「っ、あう」
アネグロは顎に生えた髭をさすりながら、そうカナリアを褒めた。
「にしてもよー、噂になってんだが、お前勇者パーティー辞めたって本当か?」
——顔見知りだからこそ、やはり聞かれることがある。
リューンも覚悟はしていたし、分かってはいたものの、こうもストレートに聞かれると誤魔化しようもなかった。
「あ、ええ……まぁ」
俯いて、短く返事をする。
「なんかやったんか?」
「俺がですか? 冗談キツイですよ。……あまり言いたくはないですが、簡単に言っちゃうと、お払い箱ってことです」
「なるほどなぁ」
ははっと、力なく笑う狂戦士。
誰から見ても、無理矢理笑っているのが分かる。
その時だった——、
「お兄ちゃんは、悪くない!」
立ち上がりフードを取って、職員を睨みながら、そう大きく叫んだ。
「何かやったのかってどういうこと! お兄ちゃんが悪い者みたいに言うのはやめて!」
「お、落ち着けって、カナリア!」
相当の覚悟で叫んだのだろう。
小刻みに足は震えて、息も荒い。
でも、その眼はアネグロをちゃんと見つめていて、決して折れることもなさそうだった。
「ほう、また随分と妹に愛されてんなぁ。すまんカナリアちゃん、おじさんが悪かった。別に俺はリューンが悪いなんて思ってねぇ!」
「ご、ごめ、ごめんなさい」
「むしろ、リューンにとっては良かったんじゃねぇのかって思うぐらいだぜ。アイツらの町での態度は正直腹立つからな」
ケッと煙草に指で魔法の火を付けてから、締まらなさそうにポツリポツリと話し始めた。
「西方の魔王、知ってるよな」
「ええ、黒死の王とか呼ばれてる正体不明のヤツですよね」
「ここ数日各地でモンスターを生み出しまくってて大変なんだよ。もし町まで侵攻されてみろ。とばっちり受けるのは、検門の俺らだぜ? 腹立つからこないだ、メンデスにちょっと愚痴ってやったんだよ。『どうなってんだ』ってよ」
紫煙を窓から吐き出す。
外はもうすっかり暗くなっていた。
「そしたら、『やれることはやってます。外野は黙ってて下さい』だってよ。じゃあ、その外野をちゃんと守ってくれるのかってんだ!」
……ほんとに余裕ねぇ感じだったなぁ。
と、ボヤいて煙草を灰皿に押し付けて消した。
「まっ、ブラックパーティーなんざ辞めて正解だぜ。そうだ、就職困ってんならこの仕事斡旋してやるから言ってくれよな」
はははと陽気に笑うと、二枚の許可証を手渡しした。
カナリアに良い啖呵だったぜ、と歯の抜けたとびきりの笑顔を見せる。
それを見ると少し安心したのか、カナリアも「ありがとうございましゅ」と噛みながらもきちんとお礼を言うことが出来た。
「んじゃ、またなんかあったらここに来いよ!」
「助かりました。また寄らせてもらいます」
アネグロは二人を町の中まで見送ると、狂戦士の後ろ姿を思い出して、柔らかい笑顔を浮かべた。
——どう見たってありゃ、妹じゃねぇよなぁ。
見た目は似ても似つかない。
アネグロはリューンが孤児でも引き取ったのだろうと、察していた。
「心優しい狂戦士は、パーティー抜けてもそのまんまだねぇ」
妹の手を引っ張る兄にエールを送りつつ、あの二人に何事もありませんようにと、神に祈るアネグロであった。
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